第2話
鈍い銀色に輝く鋼の体を持ち、煌めく純白の長髪をたなびかせた勇者ショーカは
巨体の怪物スケアピグと相対する。
両手でパラシアを抱えながらも、その目はしっかりとスケアピグを睨んでいた。
「神様との約束の為、魔王はあたしがやっつけちゃうよ!」
「……神だと? 人間どもを見捨てていた癖に今更勇者なぞ寄越しやがってェ!
許せねェ、ぶっ殺ォす!」
激昂したスケアピグはハルバードを力任せに振るい、ショーカたちに迫る。
さながら暴風が如く荒々しい攻撃にショーカは慌てて後ろに跳んで回避した。
「うわっ!? あ、危ないなあ!」
「死ねェ!」
「ひいっ!」
抗議も込めてスケアピグについた悪態に対して、
返ってきたのは投擲されたハルバード。
せめて腕の中のパラシアだけは守ろうと、ショーカは身をかがめる。
そしてその身にオリハルコン製のハルバードが凄まじい勢いで激突した。
「ぐうっ……! ……あれ? 痛くない?」
「何だとォ!?」
ズゴォン! と轟音を立てて衝突したハルバードは、
ショーカの体に突き刺さらず弾かれた。
そのままの勢いで空中を回転したハルバードはスケアピグの足元に突き刺さる。
一方、衝突したショーカの方は凄まじい衝撃こそ受けたものの、
その体にかすり傷ひとつ無かった。
「……何かにぶつかっても傷つかない頑丈な体……!」
ショーカは感慨深く呟き、小さく微笑んだ。
だが、視線を落とした瞬間その顔を悲痛に歪める。
「っ、はぁ……くぅ……っ」
ショーカを通じて衝撃が伝わったパラシアが苦しんでいたからだ。
「全力でぶっ殺せって事かァ! 覚悟しろよ勇者ァ!」
「来るっ!? 受け止める訳には……!」
巨体に見合う豪力でハルバードを振り回すスケアピグと、
それを必死に回避するショーカ。
(どうやって戦えばいいんだ!?
この子をどこかに下ろそうにも、このモンスター隙がない!)
「どうした勇者ァ! 逃げてばかりでオレさまをバカにしているのかァ!?」
「カカカカ! 勇者とは名ばかりの臆病者ですじゃなあ!」
周囲の下級魔族たちは消滅したとはいえ、
更に遠くの場所にはまだまだ軍勢が控えている。
今はまだ生き残った騎士や兵士たちが食い止めているが、
時間をかければどうなるかわからない。
人々は勇者と怪物の戦いを祈りを込めながら見守っていた。
『聖女――聖女パラシア・ラディニールよ』
「……! せい、かい、しんさま……」
パラシアの脳裏に再び天啓が降りる。
それはスケアピグに潰されていた時と同じく威厳がかった老人の声であった。
『今この世界で儂の声が届くのはお主しかおらん、最後の聖女よ』
「おこえが、はっきりと……」
『よく聞くのだ。勇者ショーカは戦う術を知らぬ。
その前にそちらに送らねばお主が死んでおったからだ』
「わ、たしの、ために……」
パラシアは感極まっていた。
自らの信奉する神によって救われたのだ。
そして、同時に罪悪感も感じていた。
自分が窮地に陥らなければ勇者はこうも逃げ惑わなくて良かったのだと。
『故に、お主を通じて勇者ショーカに戦う為の術を授ける。頼めるな』
「おおせの、まま、に……」
『良いか、勇者ショーカにこう伝えるのだ――』
天啓を一言一句逃さぬよう、死にかけの体に鞭打って覚えこむパラシア。
回避に必死だったショーカはぶつぶつと呟く彼女の様子には気づいていない。
「……しゃ、さま。ゆうしゃ、さま……っ」
「よっと、っと……え? 何か言った? ごめん、今頑張って避けてるから!」
「かみさまから……ことづけです……!」
「えっ!?」
咄嗟に残骸に身を隠し、身をかがめるショーカ。
無論スケアピグには捉えられており、隠れた方向へ一直線と向かっていく。
「それで隠れたつもりかァ? オレさまをバカにするのもいい加減にしろォ!」
「カカカカ! スケアピグ様から逃げられるはずもございませんですじゃあ!」
ズシン、ズシンと地鳴りと共にスケアピグが迫り来る。
「それでええっと、神様はなんて?」
「は、はい。勇者様の戦う術、それは――」
ショーカの耳に口元を近づけ、天啓を伝えるパラシア。
ちなみにその耳は普通の耳ではなく通信機のような形状になっていたが、
意識が朦朧としていたパラシアは気づけなかった。
「ええ、そんな方法で……でも、わかった! これで――」
「死ィねェ!」
パラシアが全てを伝え終わったタイミングで、
ショーカの真上にハルバードが振り下ろされる。
だが、直前でそれを察知した彼女はパラシアを抱えて横っ飛びに回避した。
「いつまでもいつまでもいつまでもォ~~~~ッ!
ちょこまかちょこまかとうざったい勇者めェ!」
「待たせたね! お前はここで終わりだ!」
パラシアを片手で抱え直し、
右手を握りしめてスケアピグの方へ向けるショーカ。
「ラッラ、ようやくやる気になったかァ。だが遅いィ!
貴様が何をしようと……」
「くらえ! あたしのひっさぁつ! メテオブレイクウウゥゥゥ――――」
拳が赤熱し、手首が変形して4つのスラスターとなり、
噴射口から青い炎を吹き上げる。
溜められたエネルギーが臨界を迎え拳が暴れるように振動を始めた瞬間、
勇者は叫んだ。
「――――スマアアアアアァァァァッシュ!!!」
射出、一拍置いてからズ、ドンッ!!! と轟音が辺りに響く。
音を置き去りにした炎の鉄拳はスケアピグの巨体に瞬時にえぐり込み、貫通。
拳の大きさの何倍もの大穴を怪物の腹に開けながら、
鉄拳は器用にショーカの元に戻ってきた。
「――ごふッ」
「こ、これが……勇者の力」
パラシアと人々は瞠目していた。
魔王軍の幹部、七大魔将の一体にここまでのダメージを与える力。
反抗できるかもしれない。世界を取り戻せるかもしれない。
人々の心に希望の光が差し込み始めていた。
「スケアピグ様! お気を確かに!
あなた様はこのような所で死ぬお方ではございませんじゃぞ!」
「ラ、ララ……」
「かくなる上は……この老体をお食べくださいませい!」
「ララ……感謝するぞォ、お前の献身にィ……」
だが、その光はまたたく間に塞がれた。
スケアピグが老ゴブリンを鷲掴み、そのまま丸呑みにしたのだ。
「ひっ、な、何あれ……」
老ゴブリンを完食したスケアピグの体は、一瞬の内に再生した。
鉄拳によって開けられた大穴が一瞬で塞がったのだ。
ショーカはそれを見て嫌悪感と悲鳴の混じった声を漏らした。
「魔王様の加護によってオレさまは食ったものを力に出来るゥ!
肉を食えば肉にィ! 鎧を食えば鎧にィ!
勇者、貴様の体もオレさまの一部にしてやるぞォ!」
「そ、そんなことさせるか!
それに周りに他のモンスターもいないし、また攻撃すればいいだけだ!
メテオブレイクスマッシャーッ!」
叫び、鉄拳を再び飛ばすショーカ。
「バカがァ! 分かっていればこの程度ォ!」
しかし、鉄拳が怪物の腹を貫く事は出来なかった。
スケアピグの持つハルバードによって叩き伏せられてしまったからだ。
「まずはこのうっとおしい拳から食ってやるゥ!」
暴れまわる鉄拳を強引に掴み、そのまま飲み込むスケアピグ。
「うそーっ!? あたしの必殺技が!」
「んグ、ムグ……グオオオォォォォ!!!」
あ然としたショーカはスケアピグの所業だけでなく、その体の変化にも驚いた。
鉄拳を飲み込んだスケアピグの右腕がギチギチと
音を立てて作り変えられていったからだ。
その右腕はスケアピグ本来の巨体を維持したまま、
噴射口を多数備えた恐るべき鉄腕と変化した。
「グゥゥ……こいつが勇者の力かァ。
なかなか悪くないぞォ、これでお前を殺せると思えばなァ!」
「そんなぁ! あたしの右手ー!」
勇者降臨によってかすかに見えた希望の光は今は見えない。
勇者の力を奪ったスケアピグの姿に、人々は絶望する他なかったのであった。