約束の果てに
注意!
この作品はR15です。
「残酷な描写」「グロ」「変態」要素があります。
それを理解した上でお読みください。
お読みいただいた上で、体調などに不調をきたしても作者は一切責任は負えません。
自己責任でお願い致します。
男はその日、運命に出会った。
その日はたまたま書類仕事が少なく、次の仕事まで時間が空いた男は息抜きに街へ出かけた。
時は既に夕方に差し掛かっており、街は茜色に染まっている。仕事帰りの男たちが家路を急ぎ、女給達が夜の稼ぎ時に向けて店の準備進める、そんな時間。
大通りをゆっくりと散歩し、細い路地を通り過ぎた、その瞬間。男の耳に、このありきたりな街並みには似合わない音が届いた。
――グチャッ、グチャッ
野良犬が生ごみでも食べているのか……?
普段ならそのまま放置していただろう。けれど、何故かその日は気になった。
男は足を止め、細い路地に入る。建物と建物の間の路地は細く、風通しが悪い。それでいて、ゴミが普通に置かれているから、とてつもなく異臭がする。
――うっ、くさっ!
持っていたハンカチーフで鼻を覆い、ゴミを踏まない様に気を付けながら進んで行く。
日の当たらない路地の奥。ゴミの影に隠れるようにして――それはいた。
女の子供……?
元は金色だったのだろう髪は薄汚れて黄土色に見える。白い手はなぜか鮮血に染まっていた。
俯いていた幼女が顔を上げる。
――っ!
幼女は、泣いていた。若草色の瞳から大粒の涙を流していたのだ。しかし、その口元は――鮮血で紅く染まっていたこともあり、妖艶な笑みを浮かべ、まるで天上のワインを口にしたような――そんな恍惚とした表情を浮かべていたのだ。
それを見た瞬間の衝撃と興奮は、今まで男が人生の中で1度も経験したことのないものだった。
男はその瞬間、恋に落ちたのだ。
ただしその幼女は、人肉を喰らうことでしか生きられない存在だった――。
カニバリズム――人が人を喰らうという、忌避される行為。幼女は、それによってしか食事をとることができなかった。野菜、魚、人肉以外の肉――ありとあらゆるものを、ありとあらゆる方法で調理し、なんとか食人を回避できないか試したが、その悉くが失敗に終わった。
幼女は、そんな己を嫌った。人に忌み嫌われる行為によってしか生きることができない自分を。それでいて、人肉を喰らえば「美味しい」と感じてしまう自分を。
そして、悩んだ末に自ら命を絶とうとした。男が幼女を見つけたのは、幼女が最後の晩餐を楽しんでいた、その時だった。
男は、幼女が泣きながら人肉を頬張り、平時は淡い桃色の唇を血で紅く染め、そしてその美味しさに頬を朱色に染めながら緩ませて恍惚とした表情を浮かべるのを――普通であれば猟奇的で狂気に満ち満ちて恐ろしく見える筈の食人行為を、幼女とは思えぬほど艶やかに行う――そんな幼女の姿に虜になった。
あの興奮を知ってしまっては、もう後には戻れない。
だから男は、自らの在り方に悩み、命を絶とうとする幼女に告げた。
「生きてくれ。君がいなければ、僕はもう生きていけない。君がどんなに自分のことを否定しても、他の誰が君の事を否定しても、僕は君の味方だ。僕だけは、最後まで君の事を肯定する。だから――生きてくれ」
男の涙ながらの訴えに、幼女もまた涙した。忌み嫌われてきた幼女にとって、誰かに必要とされたのは生まれて初めてだったのだ。
こうして、幼女は男の下で生きることになった。
男は、まず自らの家族を差し出した。幼女に恋に落ちた男にとって、既存の家族は邪魔な存在だった。
妻、娘、息子……父、母、祖父、祖母。男の周りの人間が、わずか1週間で消える。そんな異常事態に、通常であれば周囲が不気味に思い、警察に通報して事態は公になるだろうが――そうはならなかった。
何故なら、男はその国の大統領であり――独裁者だった。恐怖政治により、誰も彼に逆らうことはできない。彼の言葉が法律であり、彼がイエスといえば正義、ノーと言えば悪なのだ。
男は次に、犯罪者を差し出した。これには、男に媚びへつらう官僚達も大いに歓迎した。
犯罪者を喰らってくれるならば、わざわざ処刑する手間が省ける。処刑人の心労を軽減し、処刑した後の死体の処理も楽に済む。
しかし、犯罪者はあっという間に底をついた。そもそも男が治める国は人口1万人にも満たない小国な上に、男の恐怖政治によって犯罪自体が少なかったのだ。
ここで、男に迷いが生じる。
「どうする……? もう不要な人間は全ていなくなってしまった。けど、愛する彼女が飢えるのを見るなんて耐えられない……!」
男が悩んでいる間にも、幼女は食事がとれず、飢えていく。
「おなか……へったよぉ」
潤んだ瞳で見つめられ、可愛らしい桃色の唇で呟かれるそれは、悪魔の甘い囁きのように男の脳髄に響き渡る。男に残されていた僅かな理性を崩すのに、そう時間は掛からなかった。
一方で。
男が自らの僅かな理性と幼女の甘い悪魔の囁きの板挟みになっている間に、男の恐怖政治と奇行に抗おうとする者達が現れる。
一時はクーデター成功なるか、と思わせるほどの勢いとなったが――幼女の甘い悪魔の囁きに陥落した男の前には、何もかもが無力だった。
むしろ、男にとっては幼女に差し出すのに丁度良い愚民が炙り出せて好都合だったと言える。
しかし、そううまく事は運ばない。
クーデター派は男の予想以上に勢力を増し、気づけば全国民の3分の2に達しようとしていた。
数で負けているのなら、武力で鎮圧する他なく――男は全力を出した。
男は元々軍人であり、かつてはバラバラだったこの国を武力と知略でまとめ上げ、「建国の英雄」とまで謳われた人物であった。
大統領として第一線からは退いた現在においても、その優れた知略はもちろんのこと、軍人としての戦闘力も衰えてはいない。むしろ、独裁者として常に暗殺を狙われる立場になったことで、一層磨きがかかったとも言える。
そんな男が本気を出し、己の知略と戦闘力はもちろん、国の兵力の全てを投入したとなれば――幼女に食事として差し出す前に、その多くが塵と化してしまうのは、当然の結果と言えるだろう。
生き残ったクーデター派も、食べられるぐらいならと自害するものが多数あらわれ、生かさず殺さず幼女に差し出すのは至難の業であった。
そうした混乱に乗じて、この狂気に満ちた国から逃げようと試みる民も多く――国はいつしか国として機能することができなくなった。人々から生きる気力は失われ、遠からず幼女に喰われる日がやってくるのを恐れながら、愛する家族と1日でも長く共に生きられることを願うことだけが、民に残された生きる理由となった。
時は流れ、クーデターから約3年。
ついに、幼女は男を残してそれ以外の民の最後の1人を喰らった。
――それはそれは美味しそうに。
けれど、最後の骨の髄までしゃぶった後、幼女は紅く染まった唇を開き、小さく呟く。
「たりない……」
幼女は目を伏せる。床に散らばるのは、先程幼女が美味しく頂いた残り滓。とても小さな骨たち。
最後の1人は、赤子だった。
それだけでは、幼女の空腹は満たされない。
そんな幼女の様子を見て、男はやっと食事中の幼女の姿を見て高まっていた興奮から冷静さを取り戻した。
どうする? もう民はいない。しかし、彼女は飢えている……彼女の飢えを満たし、あの興奮を再び味わうにはどうしたらいい……?
思考を巡らす男に、幼女が近づく。それに気づいた男が視線を上げると、幼女のつぶらな瞳と目線が合う。
「どうしたんだい?」
「やくそく……おぼえてる……?」
幼女は小さく口を開き、呟く。
「約束……?」
はて、なんだっただろう。
男は少し目線を上げて考える。男が答えに辿り着く前に、幼女は答えを発表した。
「いきてって。ぼくだけは、さいごまでわたしのみかただから、わたしのことをこうていしてくれるって、いった」
あぁ――そういえばそんなことを言ったこともあったか。
男が過去のやり取りを思い出している間にも、幼女はさらに近づく。
そういえばそんなこともあったな、そう言おうと男が目線を戻したその時には、幼女は地べたに座る男の目の前にいた。
「だから――――いいよね?」
――グチュ
幼女の白くて小さな可愛らしい両手が、男の両目を抉る。
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
男の絶叫など聞こえていないかのように、幼女は顔色1つ変えず、男の目玉を抉り出し、そのまま口に運んだ。
「……おいしくない」
ぺっ、と幼女は男の目玉だったものを吐き捨てる。
「ぐっ……どうして……!!」
男は一瞬にして視界を奪われた両目を両手で覆い、痛みに耐えながら呟く。
「うん?」
幼女はなんてことはないというかのように、いたって普通に返事を返す。
「どうして、こんなことを!? 私は今まで、君の為に一生懸命尽くしてきたじゃないか! なのにどうしてこんなことをする!?」
男の必死の問いかけに、幼女はうーん、と悩んでから、答える。
「でも、もうあなたいがいに、たべられるひと、いなくなっちゃった。あなたはさいごまでわたしのみかたでしょ? だったら、たべてもいいよね?」
それに、と幼女は続ける。
「ずっとおもってたの。もし、あなたをたべるときがきたら――そのときはめからたべようって。なんでか、わかる?」
幼女は、可愛らしく小首を傾げながら――男にはその可愛らしい姿はもう見えないのだが――男に問うた。
「……」
男は答えが思いつかず、何も答えない。
「わたし、ずっとあなたのこときらいだった。わたしがくるしみながらひとをたべるたびに、あなたはよろこんだ。それがイヤでイヤでしかたなかった……だから、わたしをみるめからたべようっておもってたの」
「なっ……」
「ほんとうは、いままでごはんくれたおれいに、ぜーんぶたべてあげようとおもってたんだけど……ごめんね。おいしくないから、もういらないっ」
幼女は立ち上がり、男から背を向けて歩き出した。男はその気配を察して、幼女に叫ぶ。
「まっ、待ってくれ! この国の民はいなくなったけれど、隣の国にはたくさんの民がいる! 僕がそいつらを連れてくるから、だから、僕の側からいなくならないでくれ!」
幼女は足を止めない。男にもうそんなことができないことは、まだ幼い幼女であっても簡単にわかる。部屋から出る瞬間、幼女は別れの言葉を口にした。
「ばいばい。やっとあなたのきもちわるいめとおわかれできるね。ごはんなくなっちゃったし、これでわたしも、やっとしねる――わたし、うれしい!」
バタン、と扉の閉まる音がする。
永遠に己の視界と愛する幼女を失った男は、ただただ赤い涙を流し続けた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
普段はこれとは全く異なる世界観の「ウルラの後継者」というハイファンタジー小説を投稿しています。
もしよろしければそちらも読んで頂けたら幸いです。