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連れ込みババア

作者: 柿太郎

 大澤恭子がそれに気づいたのは電車の中だった。

 会社の帰りのいつもと同じ時間の電車。

 くたびれたサラリーマンや塾帰りの学生がそれなりの人数乗っている。

 恭子は車両の中央付近の場所に立っていた。

 座席に座る乗客の大半、8割がたがスマホをいじっている。ゲームだったり動画を見たり……恭子はそれを見ると毎回インベーダーゲームを思い出した。

 スマホは異星人の侵略兵器かもしれないわ。

 UFOでの侵略じゃなく娯楽機械から侵略してきたのよ。

 瞬く間に世界に広がり今やホームレスだってスマホ決済の時代だもの。侵略兵器としたらこれほど現地生物の洗脳に役立つものはないわね。

 そう思いながらも恭子もまた鞄からスマホを取り出し、漫画でも読み時間を潰そうとした。その時だった。

 老婆がいた。

 いきなりである。

 先程まで居なかったはずの老婆が目の前にいた。

 恭子の目の前の座席に座るサラリーマンの首に、後ろから抱きつくように腕をかけ頬と頬をくっつけている。

 座歴の背もたれから老婆の上半身が生えているのだ。下半身は電車の外か座席にめり込んでいないとおかしい状態だった。

 老婆は皺くちゃな顔で目だけが飛び出るほど大きかった。白く乱れた髪は肩までの長さで頭頂部は薄く頭皮が見えた。頭皮に汚らしいシミの跡がういている。

 老婆はサラリーマンの顔を愛おしそうに撫でると、舌なめずりをしながら首筋に顔をうずめた。

 ずぼぼぼぼ。と言う音が聞こえた。

 周りの乗客は何の反応も見せていない。

 まるで無関心なのだ。

 スマホを弄っているだけで気づいていないのか?それとも私の頭がおかしくなったのか?

 恭子だけがその光景を見ていた。

 頭の中で考えていたことが全てどこかに消え、残ったのは恐怖だけだった。

 本当に恐ろしいことがあったときに人は叫び声を上げることすらできないとそう思った。恭子は息を吸うのも忘れその光景から目が離せないままでいた。

 声を出すことも逃げ出そうとする考えも思い浮かばなかったのだ。

 恐怖から手が震え、漫画のアプリを開いたスマホが床に落ちた。


「あっ……」


 ガシャンと大きな音がし、周りの人たちが一斉にこちらを見た。

 目の前のサラリーマンも不審げにこちらを見ている。

 その肩から老婆は消えていた。

 はじめから何もなかったようにいなくなってしまったのだ。


 今日は厄日かもしれないわ。

 スマホの画面は蜘蛛の巣上にひび割れてしまったし、電車の中では変なものを見るし。

 思い出すとまだ恐怖が残っているのか手が震えている。


「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ」


 社会人になって3年目念願の一人暮らしだった。それが今になっては悔やまれた。

 幽霊とかだったら部屋までついてくるパターンのやつだよこれは、寝たら金縛りにあってさっきの老婆が体の上に乗っているようなパターンだよ。

 恭子はテレビっ子だった。

 オカルト特番もご多分に漏れず視聴していたため、このあと起こることを想像し一人恐怖した。

 トイレに行ったら閉じ込められるかもしれないわ。老婆とトイレで二人っきりになって鍵はどうやっても開かないのよ。

 実際には何事もなく朝を向かえることになるのだが、恭子はその日一睡もすることができなかった。


 その後も恭子は老婆を見た。

 月に1度あるかないかだったが、誰かの肩にぶら下がっているのだ。

 街中、駅、コンビニ、その日は職場にもいた。

 課長の肩に抱きつくようにくっついている老婆を見て恭子は顔をしかめた。

 知らない誰かについていても通り過ぎれば終わりだったが、会社の中で同じ島の人間に取り付くとなると意識せずにはいられない。

 課長の顔を愛おしそうに撫でる姿はある種の喜劇だ。

 そんな課長と平気で仕事の話をする同僚も上司も誰も老婆を見ることはできていないようだった。

 やはり老婆の姿は恭子にしか見えていないようだ。

 しばらくすると老婆は課長の首に音を立てて吸い付き始めた。

 電車の時と同じだ。

 なんの意味があるかはわからないが首を吸う。

 そして10分ほど吸い付くと老婆は消えてしまった。

 課長の様子に変わりはない。

 首筋に吸い付く幽霊なのかもしれない恭子はそう思った。

 ただギョロリとした目と歯のない口、ニヤニヤと顔が頭から離れなかった。



 課長が死んだ。

 事故死だった。

 自宅で階段から足を滑らせ頭を強打したのだという。

 家族が救急車を呼んだが間に合うことはなかった。

 課長の死を聞いた時、恭子の背中に冷たいものが走るような感覚がした。

 そういうタイプの幽霊だったか。

 電車の彼も死んだのだろうか……。

 首筋に吸い付く老婆の姿を思い出すだけで背筋が寒くなった。

 皺くちゃで薄気味の悪い顔、首を吸う前の嬉しそうに舌を動かす醜悪な表情――。

 どうして私にだけ見えるようになったんだろう。

 恭子は誰にも相談できずにいた。

 相談したところで分かり合える人はいないんだろうが……。


 家から出るのが嫌になる。

 老婆を見るかも知れないからだ。

 それでも会社には行かなきゃならない。

 お金がなければ食べていけないから。

 恭子は憂鬱な気持ち家を出た。

 アパートから駅までの道は小学生の通学路と重なっている。

 恭子が家から出るタイミングが悪いと小学生の列が歩道を塞ぐ。

 大人と比べ歩幅が狭いため、良くはないことだが邪魔だと思うことがあった。

 いつもなら早歩きで抜かすところだが、今日は歩道いっぱいに広がって歩く彼らの後に付いて歩いた。

 最後尾の女の子の肩に老婆がいたからだ。

 老婆が女の子に頬ずりをし、舌をレロレロと舐め回すかのように動かしているのが見えた。

 恭子は勇気を出して老婆の頭を掴んだ。

 子供が死ぬと分かって何もしないなんてできなかったのである。

 手には手応えがあり薄い髪の上から頭皮を掴む感触がした。

 老婆は表情を変え見開いた目で恭子の顔を見た。


「触れるんだ」


 そう呟くと女の子は不審げな顔で恭子を見たが、そのまま歩いていった。

 掴んだ手を離すと老婆の体は空間に溶け込むように少しずつ消えて行った。



 それから老婆を見ることが無くなった。

 前まではどこにでも居たのに、今では全く見ない。

 ただ、恭子の周りで人が死んでいく事件が立て続けに起こっている。

 会社の同僚も先輩も後輩もみんな死んだ。例外はなかった。

 よく通っていた居酒屋の主人も。見かければ挨拶する程度の隣人も死んだ。

 どれもが事故死でそれでいて短期間に死んでいる。

 老婆の仕業だ。

 姿を見ることがなくても恭子には分かった。

 老婆がどこかで見張っていて私の友好関係を皆殺ししようとしている。

 親しく喋った相手は全員殺されている。

 親が殺されていないのはせめてもの救いだろう。

 恭子が実際に合っていない相手は死んでいないのだ。

 電話でしか話さない友人も生き残っている。

 何故そんなことをするのかはわからない。

 恭子を苦しめるためだとすると、それは成功していた。

 恭子は恐怖で家から出れなくなってしまった。



 つまらないテレビを見ながら考える何故こんなことになったのか。

 始まりは私が老婆に触れた時からだった。


 あなたは不倫問題についてどうおもいますか?

 え~みんなしてる事でしょ?私の友達だって隠れてしてるって言ってたよ。全然気づかれないって、いや私はしてないですけどね。私はしてないけど本当はみんなしていると思うかな~。


 老婆は驚いた顔をしていた。

 見つかるとは夢にも思っていないような顔だった。

 見つかると、触れられると何かまずいことがあるだろうか?


 ピッ

 

 耳鳴りが聞こえたことはありますか?

 耳鳴りは細胞が死に絶える時に上げる最後の悲鳴だと言われています。

 その周波数の音は生涯聞こえなくなるので最後の悲鳴を心ゆくまで楽しんでください。


 老婆が死神だとしたらどうだろう。

 死後にしか見えないはずの存在なのに生きている人間にバレたら……。

 驚くだろうが、それでも私自身を狙うことも周りを狙う理由もわからない。


 ピッ


 動物の目の見え方はそれぞれちがうんじゃよ。

 犬は色がほとんど判別できないかわりに夜でもよく見える目を持っているし、虫は紫外線を見ることができる目を持っているんじゃ。

 ヒゲジイ何でそんな違いがあるの?


 もしかしたら私の目の見え方が変わっただけなのかもしれない。

 初めからそこにいるものがただ見えていなかっただけなのかもしれない。

 見える周波数が増えたのかなんなのか、私の目の見え方が変わったから老婆が見えだしたのかもそういうことなのかも……。


 ピッ

 ピッ

 ピッ


 もしかしたら老婆は殺せる存在なのかもしれない。

 老婆が出てこなくなったのは私にその姿が見えて触れることができるからだ。

 触れるということは首も締めれるし刃物で刺すこともできるかも知れない。

 老婆にとって危険な存在だから精神的にまいらせようとしているのかも。

 見えないだけの存在ならどこかに閉じ込めることもできるんじゃないのか?

 壁を通り抜けると漠然と思っていたけど幽霊じゃなきゃそういうことになる。


 老婆は私の親しい人を狙って殺していく

 普段見えないだけでそこにいる存在かも知れない

 食事はどうしている?人間を殺すことが食事なのかそれとも別にとっているのか……

 どうやって閉じ込める?どうやって誘い込む?


 恭子はメモを書かないで頭の中だけで計画を立てた。

 どこから見られているかわからないからである。

 恭子は元より頭のいい方ではなかった。旅行に行くにしてもまともな計画を立てたことのないような性格なのだ。だが今回のことは順序建てて上手くやらなければ成功しないことはわかっていた。


 これは実験だ。

 老婆を殺せればいいし、そうでないなら仕方がない。

 恭子はノートパソコンを立ち上げると、上から毛布をかぶり周囲から画面が見えないようにしながらSNSサイトにログインした。

 自殺志願者を探すためである。

 重要なのは自分から死にたい人間を見つけることだった。

 死刑囚にでも会うことができれば都合が良かったが、刑務所での面会には家族や友人を言った条件が発生してしまうのだ。

 SNS上では死にたいだの、自殺するだの、そんな呟きが上がっている。大半は偽物だ。何とはなしに書き込んだだけの紛い物ばかりだった。本物を見つけなくてはいけない。

 本物を見つけて一日一緒に過ごし、最後には死んでもらう。

 部屋の中で一人でである。

 都合のいい山小屋は見つけていた。窓もなければ入口はひとつしかないただの物置のような小屋だが周囲に人はいないから中で自殺したとしても発見は遅れるだろう。

 自殺志願者には練炭で一酸化中毒になってもらう。老婆が一酸化中毒になるかはわからないが、それで死ななくても入口を開かないようにすれば死体が発見されるまでは閉じ込めることができるはずである。

 問題は都合よく老婆が自殺志願者に取り付いてくれるかだが、回数をこなすことで確率を上げるしかないだろう。


 カタカタとキーボードを叩く音だけが響いた。

『自殺するなんてそんなこと考えちゃいけないよ。何があったか知らないけど辛かったら逃げてもいいんだよ』

 その日も恭子は自殺をほのめかす呟きの主にダイレクトメッセージを送った。

 本当に死にたい相手を探すために送った。


主人公が連れ込みババア

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