7.事件
本日二話目の投稿となります。
慌てた様子の春日から連絡を受けた時、思わず冷や汗が出た。
先日から試験的に手配しているキッズシッターに満を託し、会社に戻っている車中で携帯が鳴ったのでハンズフリーで対応する。春日が言うには、エントランスの待合で俺を待つ間仕事に関する細かな家打合せをしていると、そこへ見知らぬ女が現れたのだと言う。灯からは、一人で対応するのでオフィスに戻るようにとの指示を受けた。
指示通りエレベーターに乗ったものの、女の異様な雰囲気に不安を覚える。何もないのかもしれない、しかし何かあっては……と、矢も楯もたまらず春日は俺に連絡を入れたのだった。
クレーム処理なら、二人以上で対応するのが会社のセオリーだ。内容を正しく把握し、対面中の会話を相手に都合良く改竄されないための防衛策だ。また単純に、人数が多い方が心理的に威圧感を与えるという理由もある。相手がこちらを舐めて必要以上に過度の要求をすることを防ぐ為にも、単独で対面するのは信頼できる相手以外、回避すべきだ。
長年社長を務める灯が、そんな初歩のルールを破るなんて余程のコトだ。だから相手は会社に対するクレーマーではない。
病み上がりの灯は本調子ではない。本来はもっと休息が必要で、そのための自宅療養だったが、彼女の要求に負けて短時間会社に通うことを認めたのだ。仕事に心を砕いているほうが、嫌なことを考えずに済むだろうとの配慮もあった。
良かれと思ったその配慮が、裏目に出るとは……!
彼女の身が―――ただ心配だった。しかし焦りを抑えて、会社へとアクセルを踏む。ここで事故りでもしたら、目も当てられない。
ビルの入口に辿り着いた時、車の窓越しに二人の女が見えた。
イヤな予感は的中していた。
やはりあの女だ……!
踵を返した灯の腕を掴み、女が彼女を転倒させた様子が視界に飛び込んできた。
あきらかに体の芯に力が入っていない灯が、ガクッと頽れる様子に、俺は一瞬で逆上した。
車を乱暴に横付けして、ハザードも出さずに飛び出す。
そしてその女の手から、素早く灯を奪還したのだ。