*僭越ながらお話しさせていただきます*
わたくしがお仕えする公爵様のお屋敷は近頃随分と華やかになりました。もちろんわたくしだけでなく、使用人一同の意見でございます。
まさか誰も、あの旦那様があんなに御可愛らしい奥様をお連れになるとは思いもしませんでしたので、使用人一同最初は天変地異を恐れておりましたほどでございます。
先代の公爵様は放任主義であまり権力には興味をお示しにならないお方でしたので、旦那様には婚約者などとくに決めていなかったそう。
ですので。わたくしども使用人一同、旦那様のご結婚は諦めておりました。だってそうでしょう。いくら、学院在学中の15歳で公爵家の当主の座を先代公爵様から受け継ぎ、仕事をしながら学院に通っていたにもかかわらず首席で卒業し、エリート街道を邁進し続けてわずか23という若さで火龍騎士団をまとめ上げていらっしゃる優秀すぎる旦那様と言えどご本人に興味がないのであれば結婚なんて無理でございましょう。見た目良し、頭脳良し、運動神経良し、の三拍子そろっている旦那様と言えど仕事にしか興味のない旦那様が結婚とか(笑)、なんて感じだったのでございます。
それがどうでしょう。旦那様が連れていらしたのは旦那様よりも4つ下のそれはそれは可愛らしい奥様。王弟殿下のご息女……正真正銘のお姫様。そんな方を旦那様は連れていらしたのです。
にこりともしない旦那様に微笑み、話しかけ、尽し…不愛想な旦那様を支え、手伝いたいとけなげにおっしゃる、それはそれは素敵な方なのです。見目も麗しく、彫刻のように美しい旦那様と並んでも絵になる、内外共に素晴らしい方。
使用人一同そんな奥様を心よりお慕い申し上げております。ですので最近では旦那様の無愛想さがあまりに歯がゆく、少々旦那様には塩対応になっているかもしれません。もちろん気持ち程度ではありますが。だって奥様があまりにかわいそうですしっ。なんか切ないんですもん。
可愛らしく、美しく、優しく、純真で一生懸命な奥様がこの屋敷にもたらした効果は絶大なものでした。女性の主人が一人いるだけでお屋敷が華やぐというのは本当のことだったのだと皆実感しております。
さて。そんな可愛らしい奥様、その奥ゆかしい外見にふさわしく、ご趣味は楽器に刺繍に読書にダンスにと実に淑女らしいものばかり。こちらにいらしてからはお花をお生けになったり、お菓子をお作りになったり、公爵家の広い庭を散策なさったりと多岐にわたって活動なさっておいでです。
ですので我々はしばらく勘違いをしておりました。奥様のその、美しくどこかはかなげな外見に騙されてしまっていたのです。奥様は淑女にふさわしいご趣味と美しい所作を身につけておいでですが、実はフットワークのとても軽いお方だったのです。
お庭の散策に出られれば二時間は戻っていらっしゃいませんし、街に出れば持ち前の好奇心を発揮なさって満足するまで戻ろうとはなさいません。
わたくしたちは奥様をほほえましく見守ってまいりました。ご趣味に勤しむ奥様は一生懸命で可愛らしくていしらっしゃるのです。
ところが。予期せぬことはいつでも起こるもの。五か月ほど前から奥様は、仮面舞踏会に参加なさるようになってしまったのでございます。日頃のストレスを大いに発散する場だなんて大義名分でしかありません。参加するのは伴侶を求める貴族の令嬢令息か、一晩の愛を求める既婚者ばかり。つまり、仮面舞踏会などいわば婚活会場のようなものなのでございます。
間違っても奥様のような純粋で愛らしくて俗世に少々、いえだいぶ疎い方がいかれるような場所ではないのです。
あまりに突然でしたのでわたくしたちは奥様にうかがいました。なぜ突然仮面舞踏会なのですか、と。奥様には旦那様がいらっしゃるではありませんか、と。
奥様は少々寂しそうにおっしゃいました。『旦那様はきっと私のことを嫌っていらっしゃるから…。私なんかよりももっと素敵な方が良かったのだとおもうから…。旦那様にすてきな奥さんを見つけて差し上げたいのです』と。目が点になるとはこのことだとわたくし実感いたしました。
よりにもよって仮面舞踏会でなくても!そう反論いたしましたところ、お知り合いの第三王子殿下に勧められたとかで意見を変えてはくださいませんでした。
わたくしたちは、ようやく気付いたのです。奥様は極度の天然でいらっしゃるのだと。
旦那様は不愛想ですし、言いたいことのほとんどを奥様に言えないヘタレですが、とてつもなく奥様を溺愛しているのですよ?見ていれば分かるほどに…。わたくしは日々、そう言いたいのをこらえています。だって主人の気持ちを勝手に代弁して言っていいはずもありませんしね?
まあでも、とりあえずそそのかした第三王子にはいずれ報復を、と我々使用人一同足がつかない方法を模索中でございます。あいつは公爵家の敵でございます。