馬場奈々ちゃんはおやつに入りますか?
よろしくお願いします。
季節は春。桜舞い散る中、一見どこにでもあるような普通の高校に見える公立陽冠高校。
だが現在、校舎の一角で燃えるような情熱の意志と意志がぶつかりあっていた。
こんにちは。僕は、矢木場太一。三週間前に高校生になったばかりの、ピチピチの高校一年生で、十五歳です。
現在、僕が在籍している一年C組の教室では、非常に重要な会議が開かれています。
「クラスのみんな! 貴重な昼休みの時間を奪ってしまい申し訳ない」
勢いよく下げた頭が教壇にぶつかり非常に痛そうな音がクラス中に響く。
それでも無表情に顔を上げるは、我がクラスの麗しきクラス委員長、苺寄みかんだ。
「だが、新入生歓迎会を兼ねた全学年生徒が参加する遠足を前に我々には、解決せねばならない議題がある筈だ」
「「「その通り!!」」」
「我々は議題を解決せぬまま遠足に行けると思うか!?」
「「「否!断じて否!!」
「その通り、そしてこの議題によって我々の遠足が天国になるか地獄に変わるかがかかっていると思って相違ないか?」
「「「是!是!是!」」」
「うむ、進行は委員長である苺寄みかんが、書記は矢木場太一」
黒板前にチョークを持って控える俺に目配せする苺寄。
いよいよ始まる、闘いが!!
「そして、本日の議題で重要な存在である馬場奈々には、教壇横の特別席で会議の成り行きを見守ってもらおうと思う」
「ふぇ?ふぇぇぇえっ!?」
本日の主役とも言える馬場奈々ちゃんは混乱している。
無理もない。自分が矢面に立たされている様なものだから。
だが許して欲しい。この議題はそれだけ重要なのだ。
「それでは始めよう。本日の議題―――バナナ(馬場奈々)はおやつに入るのかを!!」
――――これだけ聞くとただの駄洒落じゃん、下らないと思う奴も大勢居るだろう。
三週間前、陽冠高校のある陽冠町に父の転勤で引っ越してくるまで俺もそっち側だったんだから気持ちはわかる。
この町の老若男女全員がバナナちゃんこと馬場奈々ちゃんにメロメロ状態だと知った時は外の人間である父と母と俺の三人は、心の壁をシャットダウンしたね。
だってバナナちゃんが可愛すぎてバスの運賃にはバナナちゃん運賃マイナス150円があり、乗ってくれたら運転手がバナナちゃんに通常運賃150円を払う仕組み(バナナちゃんは頑なに拒み、通常運賃を払っている)があるし、他にもバナナちゃんが飲食店に行けば全品タダ(バナナちゃんは丁重にお断りし、代金を払っている)、町にはバナナちゃん税があり、バナナちゃんに何かあったときの為に町の住民から税金を徴収してる(バナナちゃんは知らない)程なのだ。
確かにバナナちゃんに初めて会った時可愛いツインテールの女の子だなとは思ったさ。
でもそれは、町ですれ違った可愛い女の子に抱く感情と変わらない些細なものだったのだ。
だからこそ俺は、今の仕事なんか辞めてもいいからこんな変な町から出ようと両親を説得し、両親もその日は出ていく事を決心していたのだ。
だけど、日がたつ程その感情は薄れ、逆にバナナちゃんへの愛は膨れ、今では家族三人バナナちゃん公式ファンクラブ(バナナちゃん本人は知らない)に仲良く入会した程だ。
そんな訳で三週間で陽冠町の立派な町民になった僕は、おかしいと思っていたクラスメイト達と、目の前に迫ってきている重要な議題に取り組んでいるのだ。
『バナナちゃん(馬場奈々)はおやつに入るのか』
そんなんおやつに入るに決まってるだろうがぁぁあっ!!
あの小柄(140cm程)な体でツインテール、小学生と間違われてもおかしくないぐらいの童顔は、目に入れても痛くない程可愛いや、食べたい程可愛いの比喩表現にぴったりなほどなのだ。
つまりオヤツ!オーケー?
バナナちゃんの親友であり、バナナ公式ファンクラブの会長でもある苺寄も当然おやつに入る派と会議に入る前に聞いている。
こんなものおやつに入るで決まりだが、多数派が正義の日本お決まりの多数決を一応とっておく。
我がクラスは男子十八人女子十八人の男女合わせて三十六人。
つまり、十九票以上票を集めればおやつとして彼女をリュックに背負って遠足に行けるのだ。
三十六人全員入れるに決まっている。
こんなの決まってると思ったが、蓋を開けて見れば、入るが、十六票、入らないが二十票だった。
「「「何故だっっ!?」」」
僕や苺寄を始めとする入る派が疑問の声をあげる。
「何故って彼女は食べ物じゃなくて人だから」「お菓子扱いはどうかと」「おやつって食べるつもり?怖っ!!」などの意見がマシンガンの弾の様に入る派閥に乱射された。
真面目かっ!そう言う話じゃないんだよ。バナナちゃんをおやつとして持っていけるなら、リュックから顔だけ出したバナナちゃんを背負う事ができるんだぞ。更に自分のシートの上でバナナちゃんと一緒に弁当を食べる事にも自然となる。
想像してみろよ、自分がリュックから顔だけ出したバナナちゃんを背負ってる姿を、弁当を一緒に食べている微笑ましい姿を。
想像できたのか、入らない派から入る派に五票動き逆転。
「ふっ、決まったようだな。これにて閉廷す」
苺寄が勝ち誇った顔で議論を終了させようとする……が。
「ま、待ちなさいよ!まだこっちの意見を言い終わってないわよ」
声をあげたのは入らない派閥のまとめ役であり、先程、反対意見をいち早く述べた貫井通子である。
バナナちゃんが居なければ、クラスどころか学園のアイドルの地位さえ狙えそうなルックスを持つ貫井は顔を歪ませ声を張る。
「まだ何か?結果は出たと思うが」
貫井とは対象的な黒髪ロングのクールビューティーな苺寄は冷静だ。
しかし、空気が一段と冷える。実は貫井と苺寄は中学の時から仲が悪いらしい。
というのも、バナナちゃんと幼なじみで親友ポジションを得ている苺寄に貫井が一方的に嫉妬しているらしいのだ。
バナナちゃんさえ居なければ、クラスで一、二を争う女子二人は、このクラスの委員長を決めるさいも激しく火花を飛ばしあった。軍配は成績が学年一位の苺寄にあがったが。
だが今回は貫井もなかなか引くつもりはないようだ。
「おやつかおやつじゃないとかじゃなく、バナナちゃんの意思を無視して物みたいに扱うのが問題なのよ!」
くっ、上手い正論を言いやがって。入る派に傾きかけた空気が、再び入らない派に流れていく。
それを感じたのか貫井も先程の表情とは違いドヤッとしている。
…………これは、入らない派閥の勝ちか。
僕や他の入る派の人間は諦めた顔をしていたが、一人だけ余裕の表情を浮かべている奴がいた。
――――苺寄だ。
な、何で余裕の表情なんだ、苺寄?
何か秘策でも?
苺寄は口元をニヤリとさせる。
「バナナの意思を無視してなかったらいいんだな、貫井?」
な、なるほど!バナナちゃん自身が入る派に同調すれば確かにこの流れ、覆せる!!………しかしそれは………。
「何を言ってるの苺寄さん、自分がおやつとしてリュックに背負われる事をオーケーする人間がいると思う?」
くっくっくっと嗤う貫井。どうしてだろう、正論を言ってるのはどうみても貫井なのに、悪役に見えるのは。
だが、貫井の言う通り普通の人間はオヤツ入れられる事を許しはしない。これは詰んだぞ苺寄!
「なら本人に確認すればいい。お前はどっちの意見だ、バナナ?」
貫井に向けた冷たい物言いではなく、優しい口調で議論の成り行きをあわわ、ふぇぇぇと動揺しながら見ていたバナナちゃんに問いかける。
「ふぇっ!?私!?」
驚いた表情のバナナちゃんも可愛いいなぁ。
こほん、見惚れてる場合じゃなかった。
バナナちゃんの答えは…………。
「……私は、皆が喜んでくれるならおやつになりたいです」
恥ずかしそうに、えへっと照れ笑いながら答えるバナナちゃん。
…………天使や。天使がここにおる!!
そうだ、バナナちゃんは一般人と違い天使だから、皆が喜ぶならおやつにもなれるんだ!
「決まりだな、貫井」
「………ふん、バナナちゃんにそう言われたらおやつに入るにするしかないじゃないっ!」
この勝負バナナちゃんの性格を深く知っていた親友の苺寄の勝ちか。
貫井も潔いじゃないか。バナナちゃんが居なければ好きになってたかもな。
しかし、これで議題の結果は―――。
「結論、バナナ(馬場奈々)はおやつに入る!!」
―――――キーンコーンカーンコーン
丁度、結論が出たのと同時にホームルームの終了の合図なった。
ひとまず、バナナちゃんがおやつに入る事は決定したが、こうなると重要な案件がまた一つ浮かび上がる。
「諸君、熱い議論お疲れだったな。だが次の時間はもっと熱くなるぞ。なにせ………」
そう、次の議題こそ重要だ。
「誰がバナナ(馬場奈々)をおやつとして持っていくか議論しないといけないからな」
苺寄の口から新しい議題が出た瞬間、クラスの熱気が急激に上がった。
こりゃ大変な闘いになりそうだな。
それをよそにクラス担任は教室の後ろで椅子に座って寝てる。
うん、敵が一人減るしこのまま寝かせとこう。
バナナちゃんはクラスの熱気に当てられて、また、ふぇぇぇえと動揺してる。
やっぱかわええなぁ。そんなバナナちゃんをおやつにする為に次の闘い、勝つぞ!
―――――キーンコーンカーンコーン
闘いのゴングがなる。
「さぁ、議論を始めようか!」
ありがとうございました。