第1話 恋に落ちて
「数騎、こら数騎、朝飯だよ!起きて来な」
食卓では既に数騎の父の英雄と母である優子、3歳下の妹である葵が朝食を前に、数騎が来るのを待っていた。
「どうせ、前時代文明の機器を夜遅くまで修理していたんでしょ!」
「まぁ、そう怒るな葵。数騎のように前時代文明の機器を修理できる者は数少ないのだから。兄さんのおかげで機器を高く売れ、こんな豪勢な料理を食べることができるのだからな。」
「また、あなたは…いつもそう言って甘やかすものだから、いつも数騎が起きて来ないんですよ」
とどこの家庭でもありそうな会話を行っている。しかし、この家族が暮らす『フィンブルヘルム』は、つい30年前まで法律が全く無く、一切れのパンの為に殺し合いが行われる荒み切った世界であった。
現在はというと『殺人・放火・性的暴行』は死刑、あとは全てが合法とされる、暮らすにはあまりにも過酷で危険な地域ではるが、グリーン家のように平和な営みを行う家庭が僅かではあるが着実に増え続ける地域となっている。
数騎は半分念のため寝ぼけながら起き皆と一緒に朝食を済ますと、英雄と共に仕事場である前時代文明の廃墟へと向かっていく。
「母さん、葵、行ってきます!」
「気をつけて行っといで!」「お兄ちゃん、高く売れるPCを発掘してきてね…」
と母と妹の声援を浴び、英雄と数騎は意気揚々と歩いていく。しばらくして、廃墟につくと数騎が
「父さん、今日も昨日みたいにお宝のノートPCが発掘できるといいね」
「あぁ、そうだな。この廃ビルは2,000年以上経っているだろうにまだ崩れもしない。他とは違う建物だ。今日は120mまで登って探してみるか」
「はい!」
というと英雄と数騎はラインスローイングガンを使用し、ロープの付いたフックを50mの高さの窓に巻き付け、廃ビルを登っていく。
廃ビルの中に入ると2人は床と階段が崩れ落ちないことを確認しながら上層階へと向かう。
途中、高く売れるデスクトップPCやノートPCが置かれていないかオフィスの中を確認していくことは忘れずに…
やっと、120mに位置する30階のオフィスに辿り着いた時、数騎は目の前のハイウェイで、ハイウェイ上の決まったラインを飛行するスカイカーに乗ったロングストレートの金髪の美少女を見た。
ほんの一瞬、一瞬の出来事だが、数騎はその美少女を網膜に焼き付けるかのように鮮明に覚え込み…恋に落ちた。それが困難の始まりだとも知らずに…
父と家に返った数騎は、夕食も摂らずに『フリドスキャルブ(通称:Full Control World)』の住人になる方法を調べた。調べて調べて、その結果分かった『フリドスキャルブ住人となる』唯一の方法…それは『1億ソルクレジット』をシティ管理官に支払う、それだけの事であった。
「はぁ…1億ソルクレジットなんて大金、前時代文明の機器を発掘して貴重な金属を売る『アゲイン・プット・ライフ』の稼業じゃ、100年経っても無理だ…もう、あの稼業しかないのか…」
とぼやきながら、前時代文明の廃墟から発掘した『超小型ガンマレーザー』と皮膚表面の生体電位信号を解析し動作を増幅する『フルボディ型外骨格パワードスーツ』、プルトニウムを燃料とする『超小型原子力電池』の修理を始めた。
数騎は主要装備の修理が完了すると、続けざまに『赤外線スコープ付きヘルメット』『アラミド繊維と磁性流体で作成された装甲付き戦闘着』を自分の背丈に合うよう調整し『もう後戻りはできない』と自分に言い聞かせる。
一週間後、数騎は超小型原子力電池の燃料となる小型プルトニウムピレットを入手する為、『フリドスキャルブ(通称:Full Control World)』の住人であったパム爺のジャンク屋に、5万ソルクレジットを持って向かった。
「パム爺、いるかい。数騎だけど小型プルトニウムピレットを売ってほしくて…」
「おや…数騎か。お前、まさか『シメール』を狩る『バスター』になるつもりなのか?」
「そうだけど…」
「ふぅ…数騎よ…『シメール』を見た事があるのか。化け物だぞ…凄腕の『バスター』でさえ、無事に帰ってくる者は片手で数えられるくらいなんじゃぞ!」
「わかってるよ。でも、どうしても『フリドスキャルブ(通称:Full Control World)』の住人になりたいんだ」
「ふん…あんな薄気味悪い何もかもがAIに制御された世界に行きたいなんぞ、変わり者だな」
「……」
「金を持たぬ、このフィンブルヘルムの人間が『フリドスキャルブ(通称:Full Control World)』の住人と成れる可能性は0.001%以下じゃぞ」
「……」
「はぁ…困ったもんだ…どうしても行きたいのか?」
「もちろん!…」
「なら、このバースト装置を持っていけ、エネルギーを溜めてバーストすると何100倍もの威力を得る事ができる。それにお前は、ワシの孫みたいなもんだからな。それと『シメール』は最も熱源の高い場所が急所だそうだ。この超小型サーモグラフィも持っていけ!」
「ありがとう!パム爺」
喜び勇んで帰路につく数騎の後ろ姿を見ながら、パムは『すっかり男の顔になりおって』と嬉しくもあり悲しくもある複雑な思いで見つめていた。
それから2週間後の本日、装備を纏った数騎は、『サンド・アイランド』と呼ばれる砂地で、遺伝子操作により豚とサルを掛け合わせた生物が『突然変異』により化け物と化し、驚異の破壊力を持つに至った『シメール』相手に勝負を挑む…
数騎は、フルボディ型外骨格パワードスーツを巧みに操り、通常の3倍以上の速度で駆け巡ることで『シメール』を翻弄すると、スライディングで腹の下に潜り込み、超小型ガンマレーザーを叩きこんでいく。
『ヒットアンドアウェイで、もう30発はガンマレーザーをぶち込んでいるのに、どうして倒れないんだ…』
と戦闘から気をそらした瞬間『シメール』の右手が、数騎の左半身を捕らえ20m後方にはじき飛ばす。
全身を強打し、やっとの事で立ち上がった数騎は慣れない戦闘で急激に体力が消耗していた為、バースト装置により破壊力を増幅した『超小型ガンマレーザー』の一撃を『おみまいする』という、無謀な賭けに出るしか選択肢がなかった。
「くそっ。『シメール』め、お前を倒すために5万ソルクレジットで購入した『小型プルトニウムピレット』の全エネルギーを使用しバーストさせた超高額な『ガンマレーザー』をぶちかましてやるよ!」
と超高額の攻撃をしなければならない切なさに涙目となりながら、数騎は全速力で『シメール』目掛けて駆けていくと『シメール』の急所である熱源が最も高い眉間を攻撃する為、直前でジャンプし…
「バースト!」
と叫ぶと同時に数百倍にエネルギーを増幅させた『ガンマレーザー』を叩きこみ…『シメール』を殲滅した。
娯楽の少ない『フリドスキャルブ(通称:Full Control World)』と『フィンブルヘルム』のTVには、数騎と『シメール』の命をかけた勝負が放送されていたのだが、数騎は両膝を地面につけ右手で地面を何度も叩きながら汚い言葉で
「くそっ!15万ソルクレジットの懸賞首に5万ソルクレジットも使っちまったよ…」
と叫び続ける。
こうして数騎・ノヴァ・グリーンによる『1億ソルクレジット』貯蓄までの長い長い戦いの幕が上げられた…