幼馴染は私の彼氏
「ねぇ、どうしたの?」
私は、真っ昼間からテーブルの上に並ぶ豪華な食事を目の前にし嬉しさよりも困惑していた。
「この店、一度は入ってみたいって言ってたでしょ?」
「そうだけど……」
ニコニコと満足そうな彼を料理越しにみて、嬉しさよりも不安になる。
私の彼氏はいわゆる幼馴染で家の二軒先の家に住んでおり、小学生の時に引っ越してきた彼とは長い付き合いでなおかつ付き合っている。彼とは、いつもお互いに仕事が休みの土曜日はデートをしているけれど。
そんな仲なのに何が不安かというと。
「水おつぎします」
「ありがとうございます」
綺麗なお姉さんが、彼の空になったグラスに水をいれてくれた。その顔が、なんだか嬉しそうなのは私の気のせいではないだろう。
そう、私の彼はイケメンだ。
天然だという茶色いふわふわとした髪、目も二重で大きく肌は白い。こちらはアイライナーとマスカラが手放せないというのに!
だんだん悲しくなってきた。こういう光景を目の当たりにする度に、へこむってどうなの?
「どうしたの? 食べようよ」
「う、うん。いただきます」
なんにしろせっかくの料理が冷めてしまうので、私はスプーンを手にとりスープから飲みはじめた。
「デザートになります」
「……可愛い」
お腹が一杯になってきた頃、最後にだされたお皿の上には断面がグラデーションになっている長方形のミニケーキとピンク色と多分チョコミント味の小さなふっくらハートのアイスが二個のっていた。
とても可愛くてフォークをさすのがもったいないくらいだ。
あぁ、見ていたいけど溶けちゃうし。えいっとまずピンク色のアイスから口にすれば、桃の味がした。
美味しい!
「相変わらず美味しそうに食べるよね」
顔を上げれば、彼は珈琲を飲みながら此方をみて微笑んでいた。
なんだろう、この大人目線は。
私のほうが五歳も年上なのに。今年から働き始めた、益々イケメンぶりが上がった彼を見てツキツキと心が痛む。
やっぱり、このやたら豪華な食事は、まだ昼間だけど最後の晩餐なんだろうか?
彼の会社は大手だし、中小企業で働く私とは違い尚更出会いも沢山あるだろう。正直付き合っている事態ありえない話だ。
よし、ここは社会人として先輩の自分から。
「あの」
「初ボーナスもらったら、香帆ねぇとこの店来ようって思ってたんだ」
「…え?」
出鼻を挫かれ固まる私に、彼は今まで見たことがないような真剣な表情で話し出す。
「俺が大学生の時、知り合いがいると繋いでた手を離したり、用事を思い出したとか言って逃げてたでしょ?」
悲しそうに呟いた。
「年は追いつけないし、どうにもできないよ。それに香帆ねぇは言わなかったけど、嫌な思いさせたのも知ってる」
「それは…」
彼は、小学生の時からすでに目立っていて、側にいた私は小さい時から何かと彼のとりまきから嫌みや呼び出しまでうけた。嫌みは付き合ってから彼が大学生の時にも言われ続けていた。
『釣り合わない』
『お情けで付き合ってもらってるんじゃないんですか?』
『自分の顔見たことあります?』
…私は、容姿も頭も平均かそれより劣る。でも、なのに彼は私によく絡んできた。
何度も突き放したのに。
「これ、開けて」
コトンと置かれた小さな箱。恐る恐る細い赤いサテンのリボンをほどき、蓋をあけた。
中には可愛い私の誕生石、サファイアの石が一石真ん中にあり、周りは透かしの、オリーブの細工になっていてとても繊細な指輪がおさまっていた。甘すぎず、シンプルすぎない私好みのデザイン。
でも、私の誕生日は9月で今は7月。それにサファイアは物によっては、とても高い。
何で?
私の困惑が伝わったのか、苦笑しながら、彼は口をひらく。
「それ、結婚の予約がわり」
「…え?」
聞き間違えた?
「聞き間違えてないし、冗談でもない」
長年の付き合いの彼は、すぐ私の顔色を読みとり私の考えを訂正してきた。
「あと1年待って。すぐ結婚したいけど、今年から働き始めたばかりだと香帆ねぇの親父さん絶対反対しそうだし。仕事での成果はこの1年で上げるつもりだよ。誰よりも」
なんでそんなに?
「私は、そんな、たいそうな奴じゃない」
彼は、これからの人間だ。
こんな、地味な歳上の女なんて。
カップがソーサーに置かれる音がし、無意識に俯いていた顔を上げたら肘をつき頬をのせながら皮肉な笑いをしている彼が見えた。
「香帆ねぇは、俺の外見が好きだから付き合ってくれたの? それとも頭のよさ? 運動神経とか?」
何よそれ。
フツフツと怒りが出てきた。
「違う!」
「じゃあ何?」
「そりゃあ、顔は好きだよ。でも、そこじゃない。とても居心地がよかったから。あと遺跡のボランティアで無理やり付き合わされて知ったから。実は考古学が好きでオタクで、話してると止まらなくなって、そんなトコ……」
そりゃあ見た目ってあるよ。
でも、こんなキラキライケメンになんて普通、私だったら次元が違いすぎて、はなっから近寄らないよ。
でも、好きな事を極めようとしていたり、なにより凄く楽しそうに話をしているのを見て、こっちまで楽しくなったのだ。
あと部屋とか他の人の目がない時には、彼の隣にいると落ちつけた。
もう、気づいたら離れるのが怖くなった。
でも、いつかは、もっとお似合いの女の子が現れて私は隣にいられなくなる。
その間だけでもいいや。
そう諦めていた。
いつの間にか身を乗り出していた彼は、箱の中の指輪をとりだしていた。
「皆、最初は俺の顔だけで付き合ってと言う。でも、ブランド興味なし、気のきいた場所なんて知らない、結果は勝手にガッカリして去っていく」
その指輪は、私の右手の薬指にピッタリおさまった。
「香帆ねぇだけだよ。俺の趣味に付き合い、泥まみれになりながら本当に楽しそうにしている人は」
彼の唇が軽く私の口をかすめた。
外で、沢山の人が食事をしている場所でキスをされたのは初めてだ。
私がいつも嫌がっていたから。
「もう弟みたいな役は嫌だから」
ニヤリと笑い彼は自分の唇をペロリと舐め言った。
「香帆の口、甘いね」
初めて呼び捨てされた。
「返事聞かないから。というか選択肢なんてない」
そんな生意気な台詞を聞いた瞬間、私の体は動いた。
私は、座り直した彼のほうへ身を乗りだし無言でキスを返した。
彼の大きな瞳は更に大きくなった。
だって、やられっぱなしじゃ悔しいじゃない。
「香帆、嬉し涙だよね?」
目尻から涙が勝手に流れる。
だって、仕方がないじゃん。
私の体のが正直だ。
嬉しそうに私の目尻を指で拭う彼を見て私は、負けを認めた。
「あっ!」
急に、彼は大きな声をあげた。
「そうだ、大事な事が。もう申し込み済みなんだけど、来週晴れたら発掘付き合って」
「ムードが台無しじゃん!」
いい感じだったのに!
──でも、そんなトコも好きだよ。
恥ずかし過ぎて言わないけど。
私も、何か彼に負けない事を見つけよう!
そうしたら、胸をはって彼の隣に立てる気がする。
「香帆?」
「あっ、ごめん」
お店のドアを開け待っていた彼に慌てて向かう。
「次どうしよっか?」
「近くの博物館で期間限定の展示見たい」
彼に聞けば、また変わった場所を提案される。
「よし、行こ」
まだ時間は沢山ある。
今日は彼に付き合ってやるか。
私は自分から彼と手を繋いだ。
「珍しい」
「たまには」
また、目を見開き驚く彼を見て満足した。
そういえば、今日は七夕だ。
私は、きっとこの先、毎年七夕の日には今日の事を思い出すだろうな。
* * *
ありがたいことにイシクロ様から二枚目まで!
本当にありがとうございます!