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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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僕たちのアナバ・3




 翌日の早朝も早朝。今の時期ではまだ陽も昇らない時間帯から、フェイスくんの仕事は始まる。

 手伝いに来たからにはビシバシ行くよ、というフェイスくんの宣言通り、私たちは容赦なく叩き起こされ、朝食を摂ったあと、呻りながらそれぞれ動きやすい格好に身支度を終えて整列した。

「俺は何をしたらいい?あまり知識は無いが……」

 ジークがまだあまり開いていない目をこすりながら訊ねた。君は普段から生活リズム違うのに、起きただけでも偉いよ……。

「動物たちの面倒はほとんど魔法で何とかしてるから大丈夫。ていうか、そうじゃなきゃ父さんも母さんも家を空けられないよ」

 おお。フェイスくんの家の周りは典型的な牧歌的風景だけど、技術面では大都会にも負けず劣らずね。

「ほかの従業員は居ないのか?」

「うちの家族だけ。じいじとばあばも後から来るよ」

「なるほど。とりあえず、力仕事なら任せろ」

「うん。色々運んでもらう。あと牛の言葉とかわかる?」

「うーむ……」

 フェイスくんがものすごい純粋な目でジークを見ていた。

 ここでもビビアンと私の目論見通り、ジークの体力がフェイスくんの良い助けになってくれそうだ。

「ザラとビビアンは畜舎の掃除ね」

「きっつそ~だな~……」

「いいトレーニングになりそーじゃん!誰よりも掃いてやっかんね」

 汚れてもいい服を持ってきていて本当に正解だった……。

 玄関の扉をフェイスくんが開けると、身じろぐような冷たい風が吹き込んできた。

 透けた薄暗い空には、太陽が顔を出すのを隠れて窺うように、星々がひそひそとひしめき合っている。

 四人もいれば、きっとあっと言う間ね!



.

.

.




 誰?あっという間とか宣ってたの。鶏ってめっちゃ逃げるんですね。あんなに捕まえるの大変だと思わなかったっす。

 フェイスくんの家で飼ってるのは、魔力の強い品種だから気性がめちゃくちゃ荒いとは事前に窺っていたけども。そういう問題じゃなくない?畜産業、恐るべし……!!

 放し飼いの猫さんの力が無かったら何頭か弁償することになっていただろう。あとジークが見てる手前での牛の乳しぼりは何か気まずかったよ。

 正午前になるとフェイスくんは私たちを集め、

「今日の仕事はもう終わり」

よくできましたーといつもの無表情で讃えてくれるのであった。

「えっ、そうなの」

 ていうか早いな。あ、でも就労時間で考えるとそんなものか。早寝早起きは一日が長く感じられてお得かもね。

「あとは自由時間。みんなお疲れ様」

 おおーと、私たち三人も汗をタオルで拭いながら、お互いの働きを讃え合う。朝から動き回って、しかも慣れない仕事ばかりで、全員すっかり汗と泥まみれだった。

 私たち同様お手伝いでいらっしゃっていたフェイスくんのおじいさまとおばあさまをお見送りし、(フェイスくん同様表情少なめ人情厚めのご夫婦だった)、私たちは再び家の中へ。

「じゃあ今日はこれからどうしよっか」

「どこか行きたい気もするけど……フェイスくんにゆっくり休んでもらう為に来たしね」

 それとなくフェイスくんを視線で窺う。フェイスくんは少し考えると、意外な提案をした。

「それなら、ピクニックにしようよ」

「天才じゃん」

「いい場所があるんだ。昼寝にぴったり」

 妙に得意げなフェイスくん、さてはそれが目的か。君にしてはアクティブだなあとか思っちゃった、ごめんよ。

「よーし。じゃ、お昼も作って持っていこーよ」

「うんうん!みんなで作ろ!」

 大人の居ない場所で、自分たちだけで行動を決めて、自分たちだけで活動することへの底無しの憧れと快感は、今の私たちにしか味わえない特権だ。

 四人で並ぶには少し狭いキッチンで、私たちは互いの好物をパンに挟んで、それさえ遊びみたいに大騒ぎで家を出た。




 フェイスくんの家の裏を歩くこと数十分。

 私たちは、周囲の山々を一望できる小高い丘に、持ってきたレジャーシートを敷いた。豊かで青々とした草原が、山雪を纏った穏やかな風花に撫ぜられて、陽光を受けた波のように輝いている。

「いい景色~!」

「たまにはこういうのもイイじゃん!」

 目下では小川が氷の隙間を縫い、どこかの家のオリーブ畑で、機械人の女性がドレスにたんと実を集めていた。

 私たちは早速荷物を広げ、折り畳みの小さな椅子や近くの岩に腰かけて、めいっぱいに澄んだ空気を堪能した。町のものとは違う、少し乱暴なくらいの自然の香りが、肺いっぱいに広がる。もしかしたら、この充足感が、魔力が足りてるって状況かしら?

「フェイス、こんな時まで勉強ぉ~?」

「これが僕にとっての一番の息抜き」

「あっそ~」

 いっぽうでフェイスくんは、地元ゆえか、本を何冊も取り出して、こっちがもったいないと思うほどの寛ぎ方をしていた。

「ビビアンだって。よく授業以外でも組み手してる」

「あ~まあ、息抜きにやるかも?」

「それと同じ」

 趣味の息抜きに趣味、あると思います。

 私たちは昨夜と同じように、一人は寝そべって、一人は頬杖をつきながら、他愛ない話をした。

 (ほぼジークが作った)サンドウィッチやマフィン、紅茶を平らげる頃には、みんなすっかりリラックスしきって――

「二人とも気持ちよさそう」

 ビビアンとフェイスくんなんか、空の食器を持ったまま、二人仲良く寄り添ったまま夢の世界へ行ってしまった。

 朝早くから体力使って、フェイスくんは前から不眠だったわけだし、それにこの陽気の下じゃ仕方のないことね。

 私は二人を起こさないようにそっと食器をバスケットの中に仕舞い、静かになったレジャーシートの宴会場でその余韻を楽しんだ。

「ザラも寝るか?ホラ」

 と、その様子を見ていた男が、自分の太ももを叩いて一言。

「ホラじゃないし……。私まで寝たらジークが暇でしょ」

「荷物を見張るから暇ではない」

 ――そういえば、だ。

 私は彼が、いま目の前にいる二人のように、まるで赤ん坊のように健やか~に、穏やか~にしている姿をあんまり見たことがないのを思い出す。熱で魘されてたのは若干トラウマになってるくらいだわ。

 ここのとこは少し表情豊かになったというか、柔らかく笑うことも増えたけど。私としてはもうちょっとこう……甘えてくれてもいいんじゃないかなぁと思わないこともない。

「……ジークが私の膝に来れば」

「興奮してしまう……ッ」

「知るか」

 真顔で何を言っとんだこの男ァ。

「ほら、いいから来い」

「え〜……?」

 あくまで、ジークは、一度言い出したら聞かないので、あくまで、そうするんであって。言外の圧に負けただけであって。私がそうしたくてしたんじゃないけど、私はそれはもう渋々、岩にもたれているジークの足を枕にして、仰向けに横たわる。

 標高のせいか、日差しがいつもよりも鋭く眩い。それも不快ではなかった。瞬きのあいだに運ばれる黄金の欠片が、見上げるジークの髪の縁を飾る宝石のようだった。

「わーこっちもいい眺め」

「だろ?」

 人間界の空、魔界の空。どっちもいい。それを共有できる相手がいるのは、もっといいことだ。

「えい」

 私は下から、ジークの三角の耳をつまんだ。

「こら」

「きゃー、やめろー」

 ジークが仕返しに、私の鼻をつまんできた。私たちはしばらく互いに悪戯しあっていた。

「……」

「……」

 ――ビビアンとフェイスくんが、私たちの騒ぐ声に起きだして、驚愕の視線を注いでくるまでは。

「何で引いてんのよ!!!!!!!!」

 見せモンじゃないのよ。起きたなら言えよ。腹から。あとは見ない振りをしなさいよ。イチャついてた私たちが悪うござんした。やばい。私はいつからこんな……こんな……。

「いやなんか……友達の女の顔見ちゃった……みたいな……行き場のない気まずさ……」

「すっごいグロテスク……」

「おい!!!!!!!!」

 引くまではいいけどフェイスくん、何顔青くしてんだ。前からだろこの距離感は。どうせ見るんだよ女の顔は。今からそんなんで私とかビビアンが結婚式挙げるときどうすんのよ。……呼ばねーよ。……結婚しねーよ!!

「いいよいいよ、続けて、あたしら戻るから」

 どっこいしょと立ち上がるビビアンとは対照的に、フェイスくんは興味深げに居住まいを正した。

「僕怖いもの見たさでもうちょっとここに居たい」

「やめなって、後悔するよー」

「後悔とはなにさ!!」

「二人きりにしてくれるとはありがたい」

「こっちはこっちで何言ってんのよ!!」

 ああ。ああ何故。やはり私の青春は間違っているの?

 くそう、私にその力があるのなら、時を戻してやり直したい。何故悪魔の甘言に乗せられてまんまと膝枕を。あれ。私また乗せられてるじゃん。

「ぷ、あははっ。冗談だよ。ほんと、みんな、おっかしい」

 ジークの寝顔の代わりに、フェイスくんのとびきりの笑顔が弾けた。頬を染めて肩を震わせる姿には、年相応の無邪気さがあった。

 まあ――いいか。そんなフェイスくんを見ていたら、怒っているのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

「生憎だけど。今日はこれから雨だよ。そろそろ帰ろう」

 フェイスくんがいまだ笑いを噛み締めながら、率先して片付けを始める。

「こんなに晴れてるのに?」

 フェイスくんが頷く。

 彼がそう言う時は、ほとんどの場合、その通りになる。それがたまたまなのか、彼の占いのちからによるものなのかは定かではない。

 けれど、フェイスくんは、決まって教えてくれる。

「みんなが風邪引いたら、嫌だもん」

 小さな占い師が、いつも忙しなく動いて、方々から引っ張りだこになっているのは、きっと彼が――自分の能力(ちから)を優しいことに使うからだと思う。

 いつも無表情で、淡泊で、辛辣だけど。

 フェイスくんという少年は、いつだって誰よりも先に雨雲を見つけて、干した洗濯物をしまい込むように、傘を持ち出すように、忠告する。

 私達は、元気を取り戻したフェイスくんの様子に喜びを分かち合いながら、無邪気に駆け出した小さな背中を追った。






.

.

.




「まあ僕、授業中にいくら居眠りしようが成績には何ら影響無いけどね。ビビアンじゃあるまいし」

「ガキィ……」

「うーん。でも、やっぱり寝不足は身体に良くないんじゃない……?特にその……成長期だし、身長とかさ」

「……ふぅ。出たよ逆セクハラ。牛乳飲んでるから平気だし。そうやって見下してられるのも今の内だっていうのにね。」

「ガキィ……」






.

.

.

.

・ちなみに作者の農業の知識は銀の匙と牧場物語とわくアニのゆっくり実況のみです。


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