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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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僕たちのアナバ・2




 ジークの財布の限界までドーナツを貪り尽くした私とフェイスくんは、再び校内に戻って、食後のコーヒーを堪能していた。いやー、やっぱいいわ。パン屋さんのドーナツは。しっかりしてるのよ。モチモチだもの。専門店みたいにこじゃれてないのがまた良かったりするのよね。

 フェイスくん、あの野暮ったいケーキドーナツをいつか死ぬほど食べてみたい、と常々口にしていたものね。良かったね、夢が叶って。

 そんな訳で、そろそろお開きにしようか、というところで。

 鞄を持ち上げた私に、フェイスくんが近づいてきた。

「ザラ」

「んー?」

「僕たち、友達だよ。ずっと」

 そう言って、フェイスくんは突然、私に抱きついてきた。後ろではジークが「なっ……ズルい……!」とか叫んでいた。

「う、うん。当たり前じゃん」

 普段こういう愛情表現をしないフェイスくんだから、少しは戸惑ったけど、だからこそ、何か只ならない雰囲気を感じて、私は彼をそっと抱き返した。

「僕のこと置いていかないでね」

「置いてかないよぉ。フェイスくんだって、これからどんどん大きくなるし成績だって良いんだから、そのうち私たちと遊ぶのイヤになっちゃうかもよ」

「……」

「フェイスくん……!?」

 ぼろ、と、いつもの無表情のまま、フェイスくんの瞳から大粒の涙が零れた。なんだなんだ。

 こんなフェイスくん初めて見た。大抵のことは淡々とした態度で済ませる彼がここまで感情を露わにするなんて。

「ごめん……」

 動揺する様子もなく、フェイスくんは自分の服の袖で涙を拭う。びっくりした。

「……さっき、何か嫌なもの見えちゃった?」

 顔を覗き込むと、今度は何かが込み上げてきたように、フェイスくんは思いっきり顔をくしゃくしゃにして、本格的に泣き出してしまった。

「わーっ!ごめんごめん、もう何も聞かないよー!私が悪かったよー!」

 私は慌てて、彼の泣き顔を見ないように、小さな肩を自分の体に埋めるように強く抱きしめた。

「ハンカチ使うか」

 声を殺してさめざめと泣くフェイスくんに、ジークがハンカチを渡そうとする……と。

「……」

「あ、そっち行った」

「な、何故……」

 フェイスくんは差し出されたハンカチを受け取りつつ、無言で私からジークのほうへ乗り換えて、今度はジークの胸に抱きついて泣き始めた。

「ザラの今日の香水嫌い……」

「ちょっとぉー!」

 もちろん冗談なのは分かっている。でも不服。ジークも困ったように、私に肩を竦めて見せた。

 数分はそうしていただろうか。フェイスくんはしばらくジークの胸に顔を埋めたあと、くぐもった声色で小さく欠伸をした。

「……なんかあったかくて眠くなってきた」

「フェイス……」

 そう零したのも束の間、ジークが自分からフェイスくんを引き剥がそうとするも、フェイスくんの体からは既に力が抜けていた。

「ね、寝てるゥーッ!!」

 電源でも落ちたかのように、ジークに寄っかかったままとはいえ立った態勢で爆睡している。肩を揺さぶってもびたいち起きない。

「どっ……どうしたらいいんだコレ」

「わ、わかんない、医務室運ぶ?」

 私たちが二人でおろおろしていると、廊下からビビアンが現れた。

「あ。フェイスまた居眠りしてんの」

「ビビアン」

 また、とは。ビビアンはフェイスくんの額を愉快そうに突く。

「何か、ずっと寝不足みたいだよ」

「この歳で不眠症か……」

「夢見が悪いのもあるし、ここんところご両親が仕事で家に居ないから、動物の世話とか家事とかで、疲れ溜まってるっぽい」

「えー!!?そんな大変なことになってたの……全然知らなかった……」

 なんと。フェイスくんは今、この小さな体で酪農家と学生を兼業していたのか。

 ただでさえ体力無いのに、そんなところに追い打ちをかけるように、私たちが負担の多い魔法まで使わせてしまったと……。反省だ……。

「あたしも占星術科のコから聞いた。ったくさー、ガキのくせにそーゆーの表に出さないし」

 ううう。フェイスくんホント態度で示してくれないんだもんなぁ。どうせ私たちに心配されて騒がれるのがイヤとかそういう理由なんだろうけど、友人としては寂しいわよう。

「そっかぁ……無理させちゃったかなぁ。心配……」

 安心しきったように、穏やかな寝息を立てて眠るフェイスくんに思いを馳せる。ジークは暑そうにしているけど。

 そんな私たちの様子を一歩下がって観察していたビビアンが、何か思いついたように、派手に手を叩いた。

「あーしイイコト思いついたんだけど!!」

 まるで最高の誕生日プレゼントでも閃いたかのように、目を輝かせたビビアンの提案は、私とジークを以てしても、おおと感嘆せざるを得ないものだった。




.




「お泊り会だー!!」

「い、いえーい!」

「なぜ俺まで……?」

 アンタもいい案だって納得してたでしょ。

 ビビアンのイイコトとは、“週末、フェイスくんの実家に押しかけて、無理矢理寝かしつけ、無理矢理仕事を手伝う”、というものだった。

 私たち四人――私、ビビアン、フェイスくん、ジークは週最後の授業を終えるとフェイスくんの家に直行。

 戸惑うフェイスくんと夕飯を食べたあとは、パーティーのように、誰も居ないリビングにクッションとブランケットをかき集めて広げ、綿毛の海辺に寝そべっていた。いわば合宿ね。こうやって深夜まで集まって喋っていれば、騒ぎつかれて必然、眠りも深くなるだろうというビビアンの作戦だ。というかもう既にフェイスくんはぐったりしている。

「……腕と足、外してもいい?」

「え。いいよ別に」

「いちいち訊かなくてもよくね」

「……見苦しいかなって」

「いやビビアンのスッピンの方がやばいから。夜中お手洗い行けなくなるよ」

「テメークソアマコラ」

 フェイスくんは笑いながら、毛布のなかでもぞもぞと義手と義足を外しはじめた。こうして枕を並べられる距離感は、『友達』にしかない特別なもので、ワクワクしないはずが無かった。

 ジークと寝床が同じなのは大丈夫なのかって?考えないようにしてるの。冷ややかな思考でね。

「よいしょ」

 毛布の下から、金属の手足が顔を覗かせた。

「そんな風になってたんだ」

「今までちゃんと見たことなかったねー」

 フェイスくんは慣れた手付きで金具やベルトを操作し、義肢と接合部を離していく。まるで職人だ。萎んだ寝巻きの袖が、フェイスくんの安心を示しているようだった。

「興味深い。専属の技師がいるのか?」

「うん。僕、子供だから、成長に合わせてその都度作り直さなきゃいけなくて」

「そっか、魔導士だし、体の大きさだけじゃないもんねー」

「そういうこと。技師の先生も面白がって毎回デザイン変えるんだよね」

「あ。確かに。前見たときと違うじゃん」

 三人でしげしげとフェイスくんの義肢に見入る。珍しいものかと言われればそうでもないけど、こうして間近で見る機会というのは案外少ない。

 機械族のそれに似せているという魔導士専用の義肢は、体と空気中の魔力による影響も考えられているため、装着する人間に合わせて設計される。

 特にフェイスくんのように思春期の子供は身体的にも、魔力を操作する上で最も重視される精神的な機能も、日々目まぐるしく成長し変化する。技師にとっては上客だろう。

「触ってもいい?」

「いいけど。指挟んだりしないようにね」

 私よりよっぽど大人びた口調で忠告を受けて、私はフェイスくんの“左腕”を恐る恐る持ち上げてみる。

「重ッ!」

「そりゃ人間の四肢だし」

 なるべく体のバランスが崩れないように調整されているのか、片腕だけで二、三キロありそう。本当に、力の入っていない人間の重さをリアルに感じる。

「わ、結構細かいんだね」

 実際に手に取ってみると、補装具というよりは、芸術品だ。

 フェイスくんのパーソナルに合わせたのか配色は天球技のようになっていて、関節部分は真鍮や銀、銅のパーツが用いられ、複雑に重なり合って、滑らかな駆動を可能にしている。

 ここもその先生のセンスが光っているというか、パーツもひとつひとつ独自で作ったのでは?と疑わんばかりの精巧さアンドカッコかわいさ。歯車と時計モチーフ、いいじゃん……!

 表面積が広い部分には銀河の深い瑠璃色と、星を想起させるように散りばめられた宝石や紋様が、灯かりを吸ってきらきらと、それこそ星空のように輝いていた。ここまで行くともうほんと洋服かアクセサリーよ。お洒落だわぁ。

「殆ど機械なんだ。先生の魔術がたくさん編み込んであって、僕自身の魔術や運動を自動で補助してくれるようになってる」

 あ。確かに、レリーフの中に魔法陣のようなものも見受けられる。母親の職業柄こういったものをとかく観察してしまうのが私の癖だ。

「えっ。じゃーアンタが天才なのコレのお陰?」

「実はね」

「ずるーい」

「ジーク。僕が夜中、ビビアンの顔見て一人でトイレに行けなくなったら、おぶってね」

「仕方あるまい」

「まじで行けなくしてやろーか」

 冗談を交わしながら、私たちは特別な夜更かしを始めたのだった。




.

.

.




 と、思いきや。やはりフェイスくんは疲れが溜まっていたらしく、私たちと喋りだしてからものの十五分ほどですやすや眠り始めた。

「あーしの作戦どーりじゃんね」

 まさにビビアンの言う通りだろう。無理に寝ようと思うと余計目が冴えちゃうものだものね。不安なときに人の気配が近くにあるって大事かも。フェイスくんが安心してくれたのなら、何よりだ。

「お〜きもちいい~伸びる~」

「やめたげなって」

 ビビアンが眠っているフェイスくんのほっぺを無遠慮にむにむに引っ張っていたので、やや羨ましさがあるものの止めさせた。起きていたら絶対にやらせてくれない。

「ほお。子供の皮膚は柔らかいな」

 ちょっと。なにジークもやってんのさ。

「ザラはやんないの?」

「……」

「今しかないぞ」

「で、でもぉ……」

 フェイスくんそういうの嫌がるしぃ。獣人だって無暗に毛皮を触られるのを快く思わない人もいる。ましてや繊細なフェイスくんにそんなからかうような真似したらさぁ。本人知らなくてもプライドとかあるじゃぁん。嫌われちゃうよぉ。

「ちょっとだけ……」

 悪魔どもの誘惑に乗ったのが運の尽きだった。

「は……?なに……」

 度重なる頬への違和感に目を覚ましたフェイスくんに、その後ガチトーンで、「どうせビビアンに唆されたんだろうけど、そういうのにいちいち騙されるのもどうかと思う」と叱られる私でした。







.

.

.

.

義肢の重さからフェイスくんのだいたいの体重がわかるかと思います。

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