マカイライナー・2
人間界は黒猫横丁。
あれからはトレインジャックに遭うこともなく、列車型魔族であるカロンさんの安全運転のおかげで、私たち三人は無事に帰ってくることが出来た。
私は断ったんだけど(ココ大事)、荷物持ちも兼ねてどうしても送っていくというジーク、そういえばこの町の宿で寝泊りしているというアルスと、駅に降り立つ。
「アルスはこの後どうするの?」
「とりあえず宿戻って、ギルドに顔出すよ」
「ギルド?」
「一応ハンターギルドで世話になってんだ。ザラも来るか?」
「もう遅いからザラは帰す」
「近所なんだからいいじゃんか。俺が送るよ」
「一番信用ならん。俺が行く」
「じゃあ三人でいいじゃんか」
「私の意思よぉ」
もしかして今男子の間で流行ってる?私を無視するの。わー、カジュアルなイジメですこと!
この言い合いに付き合ってたらきりが無いので、私はこっそり男子二人の脇を通り抜ける。しかしそれを見過ごす二人ではなかったらしい。
「……ザラ、顔色悪くないか」
ジークに腕を掴まれて、私は自分がフラフラ歩いていたことに気づいた。
「え……?気のせいじゃない?」
「いや。俺が見間違える訳ない」
真面目な顔でストーカー宣言されましても。
でもそう言われればなんか……寒いような……。魔界のほうが寒いんのではなかったっけ?
「大丈夫か?お腹痛いか?」
「これ着ろ」
ジークの上着を借りると、その温もりはたしかに冷えた体が欲していたものだった。
そして自覚すると、それは一気に悪化する。軽いふらつきを覚えて、私はジークの上着を握りしめて、その場にしゃがみこんだ。私の顔を覗き込もうとするアルスの服の裾を、つい縋るように掴んでしまう。
「うん……てゆか……ごめん、ほんとに気分、悪いかも……」
「やはり、エーテル酔いか」
「マジかよ!ザラ、どっか座ろう!」
「うう〜ん……」
二人に引っ張られて、私は近くのベンチで座らせてもらった。パニクりもせず、なんて頼もしい……。
ああ、これが魔界と人間界の高低差にやるエーテル酔いかぁ。
ここまで酷いのは初めて体験するかもしれない。目が回って気持ち悪いのに、いつまでも不快感が胸の底に居座っている感じだ。早く出て行ってほしい。ただでさえ人間の身で魔界とこっちを行き来して、しかもよくわからないのやトレインジャックに遭遇して、精神的には平気なつもりでも、体のほうは疲労が蓄積していたのかもしれない。
「どんな感じだ?」
「め、目眩、する……」
「肩貸すから、寄っかかっていいぞ」
「ありがとう……」
「これ飲んどけ、気休めにはなる」
「ん……」
アルスに寄りかかり、ジークに手渡されたナゾの(多分酔い止め的な)薬を飲む。
なんか……お兄ちゃんが二人いるみたいだ。今は恥ずかしがってられないのでお言葉に甘えさてもらうけども。
「ほかに辛いところはないか」
「平気……ちょっと休めば治ると思う……」
「無理するな」
ちらと隙を見て二人の様子を窺うと、心底心配そうなアルスと、次はどうしようかと思索しているようなジークの対象的な顔があった。
「迂闊だった……」
「別にジークのせいじゃないだろ。むしろ、ジークのおかげで早く気付けて良かったよな」
「……」
いや、ジークじゃなくて迂闊だったのは私、と口を挟む前に、アルスが謎の気迫でジークを黙らせてしまった。
当のジークは驚いたようにアルスを眺めている。意味深な凝視に耐えかねたアルスが、
「俺の顔、なんかヘン?」
と頬を膨らませるので、私は思わず吹き出す。
「……顔じゃなくて頭が変だ」
「失礼だなー」
やっぱりジーク、アルスみたいなタイプ好きなんじゃないの。
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結局当初の予定をキャンセルして、私はジークとアルスに付き添われながら家路についた。
「まぁ〜、二人ともありがとねぇ」
玄関を開けたお母さんに実家の安心感を覚えながら、色々台無しにしてしまった二人にやや気まずい挨拶をして、私はベッドに横たわった。
――そのはずなんだけど。私の記憶が正しければ、そのハズなんですけど。
朝になってようやく体力を取り戻した私が一階のリビングで見たのは、昨日よりも眩暈がする光景だった。
「おはよぉザラちゃん」
「おはよう」
「おはよー!」
「なんか増えてるー!!」
暖炉前のソファに何故か先客が二人。昨日イヤというほどお世話になったジークとアルスが、コーヒー片手にアホほど寛いでいた。
お母さん曰く。
「心配して来てくれたのよぉ。ザラちゃん、モテモテねぇ。このこのっ⭐︎」
……拷問か?
ウッ、でもこの二人の性格を考えるとごく自然な行動に思えてしまう。だって私も多分同じことするもの……。
「わざわざありがとうだけど、も、もう平気だからっ」
「うん、そうみたいだな。安心した」
朝から見るアルスの顔面は爽やかな青空にも勝る。いずれガンにも効く。私は急に、自分が起きたままの頭ボサボサスッピン寝巻姿でいるのが恥ずかしくなった。
「アルス……」
「だからなんでこいつの前だと素直に照れるんだよ!」
「何だよジーク、妬いてんのか?大丈夫だって、俺は二人とも大好きだよ」
「少なくともお前には何の感情も抱いていない。虚無だ」
「またまた~」
見慣れた二人のやり取りに、つい笑みがこぼれてしまう。
良かった。昨日、お礼もちゃんと言えなかったから、ずっと気にしていたんだ。もしかしたらそういう所まで見透かされているのかも。
二人にも朝食を食べてもらって、結局、私たちは三人で家を出ることになった。
ジークは支度や後片付けも手伝ってくれて、アルスは思った通り朝からよく食べて、お母さんが感心していた。二人が私の着替えを覗こうとしたので、そこは武力行使させていただきましたけども。
「なあ、俺も学校着いてっていい?」
「いいけど、中まで入れるかな……」
「よくない。帰れ」
「そう言わずにさ〜」
眩しい太陽と空の色を見て、私はようやく、帰ってきたんだと実感した。
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ようやく魔界編、終わりです。思ったより長くなった。ほんとに。アルスは書いていても制御のできないキャラだなあとしみじみ思い知らされます。




