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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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どげんかセントいかん・3




 キョウ先輩から、故郷での有名な言葉、というものを教わったことがあります。

 『言うは易く行うは難し』。

 それってイッツミー、私のことジャナイ?ワーオ。

 勇み出てきたものの、はてさてどこへ何しに行ったらいいものか。まずは病院?療術士(ヒーラー)ギルド?薬局?

 うむむ。ジークじゃないけど、顎に手を当てて思案してみる。


――「シケたツラだなぁ、アンリミテッド」


 何も出来ないもどかしさでおかしなテンションになったまま悩んでいると、どこからともなく、聞き覚えのある声がした。

 はっとして視線を上げると、いつぞやのガラの悪い男性が立っていた。

「このあいだの……!?」

 小柄で茶髪のヒューマー!!

 間違いない、ジークが最初にぶっ倒れた三日前、亀の魔物に追いかけられていた人だ。忘れるもんですか。

 あの時はあっという間のこと(瞬時の犯行、と読む)で分からなかったけど、よく見たらエルフとは言わないまでも耳がやや尖っている。そして、ブリッジ部分のない色付きの眼鏡……サングラスとゴーグルの中間みたいなアクセサリーで隠れてはいるけど、片方ずつで瞳の虹彩が違う、オッドアイというやつだ。身長こそ私とほぼ同じだけど、年齢は……うーん……恐らく成人はしている。

「あん時はよくもやってくれたな」

「それはこっちの台詞なんですけど……」

 私たちの作戦は成功していたのか、オッドアイの男性は、不機嫌そうに舌打ちした。何かこの人、お酒臭い。もしかしてただの酔っ払いに絡まれている?

 私が気まずく思っていると、男性が不思議そうに周囲を見渡した。

「魔族のガキはどうした?」

 あなたもどこまで見てたんですか。

 ――待てよ?

 私がアンリミテッドで、ジークが魔族だって?

 さてはこの人、()()()()()()()

 魔族だの王様だの幻界人だのと立て続けに知り合うとある程度肝も据わってくるもので、いちいち驚いたりするよりも早く、そういうものも当たり前に居るんだと受け入れてしまう度量さえ身についてしまった。この人なら、何か手掛かりを知っているかもしれない。

 私は覚悟を決めて、このガラの悪い男性に、悩みを打ち明けることにした。

「それが、実は……」




「そりゃマヌシャ熱だ」

 ま、まぬしゃ……?

「隣次元魔導存在が人間界に来ると罹る。生まれ育った世界の魔素とこっちの魔素の高低差で、身体ん中の魔力がグチャミソになんだよ。ま、言ってみりゃクソ厄介な魔力酔いだ」

 いちいちワードチョイスが下品だなあ……。

 とかいう全然関係ない感想が先に出てきてしまうほどに、男性は自然と答えを出してくれた。

「そもそも基盤になってる源祖魔法が……ってなァ置いといて……。とにかく、高熱と酔っ払いみてーな症状が続くのはそのせい。人間には感染しねーよ」

 この人に聞いてどんぴしゃ大正解じゃないの。病名がわかっただけでも大収穫だ。

「い、今までは平気だったのに」

「そりゃオメー今まで平気、と、これからも大丈夫、は全然ちげーよ。命ある限りいつかはブッ壊れんだっつーの」

 男性が心底呆れたように肩を落とした。確かにそう言われちゃったら何も反論できない。どうにも含蓄があるんだかないんだか、掴みどころの無い人だ。

「でも……病気が分かってもどうしたらいいんだろ……」

 肝心なことは何一つ解決してない。そんな聞いたこともないもの、対処法があれば、それも是非教えてもらいたいけど、この人アヤシイしなぁ……。

 再び頭を抱える私に、男性が、しゃあねえなあとわざとらしく溜息を吐いた。

「オレを魔族のガキの所へ案内しろ」

「え?」

 男性は何故か、まるで自分が撒いた種であるかのように、ばつが悪そうに頭を掻いていた。

「看てやるっつってんだよ」

「あ、あなたが?」

「オウ。今日はたまたま二日酔いしてねぇからな」

「えっ……?」

 もしかして……クズの部類……?

 一瞬見えかけた希望の光が偽りのものでないか、慎重に確かめなければ。私は得意げな男性の様子を窺う。

「さっきもポーカーでズイブン稼がせてもらったしよぉ。こりゃアンリミテッドに恩売っといたら後でまたツキが来るぜーっつう我が主の思し召しだな」

 何を思い出したのか、男性はうっとりと宙を眺めている。うん、クズだこりゃ。

 クズだけど、私の話を真面目に聞いてくれて、ジークのことを診てくれると提案してくれいる。謎の優しいクズだ。

「な、何者なんですか……?」

 訝しむ私に、男性はぶっきらぼうに名乗る。

「オレはカミロ。聖人やらせてもらってる」




.

.

.




 ――聖人。

 世の為人の為に善行を尽くし、死後、特別に天界に召上げられた人間。

 ……たしか、そんな存在だった筈。

 自分を聖人だと称したカミロの言葉を信じるなら、彼は、元人間だけど、天界の神や精霊に並ぶ存在だということだ。正直に申し上げてとてもそうは見えない。なりたくない大人像そのものだ。

 とはいえ、この人が頼みの綱であることは変わらない。

 昨日のことでひとつ心当たりがあった。

 先輩たちを追い払う時に窓を開けたけど、私、そのあと、窓を閉じた記憶がない。

 我ながら色んな意味で不用心すぎるが、今回ばかりはグッジョブと言わざるを得ない。むしろこの為にポカしたんじゃないかと言っても過言ではない。嘘、ごめんなさい、それは調子に乗りました。

 ジークがあのあともボンヤリしたままだったら、窓も開けっ放しかもしれないと思って、旧校舎の外に回り込んでみると、案の定、ジークの部屋の場所で、真っ黒なカーテンがぱたぱた空を泳いでいた。ジークも相当気が抜けているみたいだ、一刻も早く治療が必要なのは明白。

 私とカミロはジークの部屋の隣の教室から窓を伝って、ジークの部屋に侵入することに成功した。

 部屋に入るなり、カミロはベッドで寝ているジークにずかずか詰め寄って、乱暴に身体を揺さぶった。

「おいガキ、意識あっか」

「う゛う゛ん……」

 ジークは目を開けず、汗だくのまま曖昧に返事をする。

「ハァ〜ン……こりゃ重症だな。このままほっといたら最終ステージまで行ってたとこだ」

「ど、どうなっちゃうんですか」

「頭が爆発して脳みそが四散し最悪の場合死に至る」

「爆発の時点で死にません?」

「っつーのは誇張してる」

「でしょうね」

 何だこの無駄な時間。

「ま、高熱が続けば死にかねねぇのは人間も魔族も同じだァな」

 カミロが袖を捲り上げ、横たわるジークの前に立ち、いかにもといった風体で意気込んでいるのを受け、私は思わず固唾を呑み込んだ。軽く手を払ってから、ジークの身体に触れていくその姿はまさに、施術を行う医師の準備運動だ。

「先に言っとくが、オレァ療術の専門家じゃねえからやれるこたぁ限られてる」

「ええっ!?」

 そんなに真剣な雰囲気出しておきながら!?

「一番手っ取り早ぇのはこの超素敵万能座薬なんだが……」

「さすがに女子の前で座薬入れられるのは可哀想すぎるでしょ」

「バカ言え。世の中の夫婦はみんなケツの穴見せ合うとこから始まってんだ」

「サイッテー……」

「チッ。いちいちうるせえガキだな。仕方ねえから特別に正攻法でやってやるよ」

「最初からそうしてください」

「ったくコレだから最近の信仰心のねぇゆとりはよォー。悟ってんじゃねぇぞ」

「早くしてください」

 カミロは恐らく口から生まれたんだろう。とても聖人とは思えない、悪魔よりも悪魔的な人格は、今の時点ではほぼ尊敬に値しないが、本当に大丈夫なんでしょうか。

「ハァ〜……じゃダリいけどやっか……」

 ブツブツ文句を言いながら、カミロはストレッチを続ける。

「マジで気ィ乗らねえなぁ……なんかテンション下がってきた……。アガんねぇ……ハァ〜……」

 のろのろとメリハリのない動作で、懐からペンダントや蝋燭、瓶などを取り出している。これは、儀式の道具だろうか。銀の器に油のようなものを注ぎながら、カミロは更にもうひとつの水筒を開けようとする。

「ちょっと待て。景気づけに一杯やっから」

「いいから早く!!」

 腰が重すぎるよ。友達と遊びに行く当日か。

 その後もちょいちょい盛大に溜息を吐きながらも準備を終えたカミロは、今度は、並べた道具の前に片膝をついて、折りたたむように手を合わせると、目を閉じ、ゆっくりと祝詞を唱えはじめた。

「――“大いなる父よ。御身の貴きこと、畏きことは天上の光の如くなり。その身に伏して我が祈りを捧ぐことを許し給う。御身の深き慈しみを以てこの者の罪、不浄を雪ぎ清め給う。御身と名も無き民の為に、我が血肉の麦、我が心の酒杯、我が魂の言葉を永久に献ずることを今再び誓わん”」

 先ほどまでとは打って変わった、穏和で、高潔で、真摯な祈りに他ならなかった。

 この光景を目にした誰もが、彼が、心の底から魔族の青年の健康を、無事を祈っていると信じるだろうと思えた。初めて会った時からのクズっぷりはどこへやら。まさに聖人の名に恥じない清らかな奉仕を祝福するかのように、部屋に鐘のような音が鳴り響き、彼の頭上からは柔らかな光が差し込み、白い羽根の幻が舞い散った。

 私は思わず、苛立ちを忘れるどころか――涙しそうになっていた。世界のすべてに受け入れられているような、生まれた時のような純粋な熱が心臓に流れ、私の心身まで癒されるような錯覚に陥る。ううん、錯覚じゃないのかも。

「あとはほかのヒーラーに頼め。じゃーな」

 そんなカミロというシンボルを心から信じかけた矢先、横暴な口調で急に現実に引き戻される。

 私が温かな光に見惚れている間に道具を片付けたらしいカミロが、そそくさとジークの部屋を出ていこうとするので、私は慌ててそれを追った。

「あ、あのっ、お礼……!」

 素人目にもわかる、あれは絶対に効果のある儀式だった。それは疑いようもない。病気について教えてくれただけでもありがたいのに、ここまでしてもらってタダで帰ってもらうわけにはいかない。

「あー?ンなもんは二十年前に前借してんだよ。胸糞悪ィこと思い出させやがっおろろろろろろろろろ(ビシャビシャビシャ)」

「ギャーーーーッ!!!!!!」

 カミロさんが台詞の途中で盛大に胃の中をお戻しあそばされた。

 なんでこの人は自分の評価が上がった瞬間に下げるんだろう。そういう職人なんだろうか。唯一、ここがジークの部屋の中じゃなくて良かったよ。

「おえっぷ……二日酔いでガチ祈りとかすんじゃなかったわマジで……」

「二日酔いなんじゃん!!」

「いや、ずっと飲んでたから正確には二日酔いじゃねえ。まだ飲んでる途中まである」

「知らねーよ」

 マジで知らねーよ。やっぱそのまま帰ってください。

 カミロは右手で口元を、左手で腹部を抑えながら、よろよろと旧校舎の外まで歩いていくと、草陰でまた戻していた。私は、死んでほしいな、と思った。

「とにかく話は終わりだ……行け……」

 虫の息で蹲るカミロを一瞥して、私は療術科の校舎である聖堂を目指すことにした。

 私、お酒はちゃんと自制して飲む大人になろう。

 少なくとも、体調を崩した友人の家に押しかけたり、若い女の子の前でガンガン吐くような飲み方だけは、絶対しない。自律した素敵な大人になろう。




.

.

.





 数日後、ジークは本当に快方に向かい、学校に顔を出せるほどになっていた。

「あ。ジーク!おはよう!良くなったの……ね……?」

 訂正。私に向かってダッシュしてくるほど元気になった。怖い、圧が怖い。私は圧倒されて、逃げることすら忘れる。

「ザラ!!」

「ぐはーーーっ!!わーーーっ!!なななななに急に!!!!???」

「愛してる!!!!!!!!」

 そして恒例ゼロ距離クソデカボイス、今回は合わせ技で全力怪力ハグもお見舞いされ、私は全身にダメージを負った。

 道行く生徒が私たちを見ながら、ひそひそ話している。大注目だよ、やったね。何がやったねだ。

 無意味だと知りながら、私は必死に目の前でドン引きしている女子たちに言い訳する。

「あわわわわわち、違うんですこの人、黒魔術で操られてて、ていうか、私がほら、魅了使ってて、あはは!!」

 半べその私にお構いなく、ジークはありったけの感情を腕にこめてくる。

「お前が看病してくれたお陰だ。本当に、本当にありがとう。感謝してもしたりない。やっぱり俺にはお前しかいないよ。早く会って伝えたかった」

 いや、治ったのは多分あの小さいおっさんのお陰だと思うけど。ジークのこれでもかという頬擦りに、そんな風に茶化す隙さえなかった。

 死ぬほど恥ずかしいけど、ジークはこうでなきゃね。

 今日くらいはいいかと、私は暫く、ジークの過剰な愛情表現を受け入れ続けた。

 そのせいか知らないけど、私は校内で、知らない人にヒューヒュー言われる機会が増えた。今日日ヒューて。センスねえな。






.

.

.

.

・普段は目上(と思われる)の人には必ず敬語・さん付けで話すザラですが、カミロばっかりは年齢不詳であることと、初手クズムーブで完全にナメくさっているため、敬うような態度をとるつもりは欠片もないようです。

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