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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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どげんかセントいかん・2




「……ザ、ラ……?」

夕方になって、ようやくジークが微かに覚醒した。

「ジーク!」

「お、れは……ど……して……」

「熱出して倒れちゃったんだよ。キョウ先輩が助けてくれたの」

 気を失ったときと殆ど変わらないジークの辛そうな表情が不安で、思わず強く手を握ってしまう。

 けど、ジークはそれを握り返す力すら弱い。この短時間で信じられないほどに衰弱しているのがわかった。

「そう……か……」

「無理しなくていいよ」

 ぎこちない動きで起き上がろうとするのをやんわり止める。声も乾いていて、覇気がない。

「すまん……」

 とにかく今は目を覚ましてくれただけでも喜ぼう。

 ジークに水を飲むよう促し、再び額や首に触れてみる。やっぱり異様に熱い。風邪って感じもしないし、ちゃんと診てもらったほうがいい筈だ。

「療術科の先生呼んでくるけど、起きてられる?」

「ああ……」

 力なく返事をするジークを置いて行くのは物凄く後ろ髪引かれる思いなんだけど、この時間じゃもう校舎に残っている人は少ないだろうし。

 私がベッド脇のスツールから立とうとすると、ジークがスカートの裾を引っ張った。

「お前は、いつからここにいる」

「あ、えっと……二、三時間くらい前かな」

「も……帰る、時間だろ……」

「少しくらい遅くなっても平気だよ」

 この期に及んでジークに余計な心配まで掛けたくないので、敢えて笑顔で流そうとしたものの、私の作り笑いはジークの黄金の瞳に捉えられてしまった。じっと無言で見つめられ、彼の言わんとすることを理解した。

「わ、わかってる。なるべく誰かと帰るから」

「……なら、いい」

 きっと、さっきも魔物に追いかけられていたから、気にしているんだ。こんな時くらい自分の心配をしてほしい。

 そして、いいと言った割に、ジークはスカートを放してくれない。私の腕を掴むほどの元気はないらしい。

「……行くのか」

「うん。すぐ戻るから、安心して。ね?」

「……」

 私が子供に言い聞かせるように宥めても、ジークは不機嫌そうなままだ。

 これは。もしかしてもしかする?なんだ、ジークも可愛いとこあるじゃない……。

「やだ。寂しいの?」

「いや、お前が妙に優しいのが……珍しいから……」

「ごめん、普段からもうちょっと気をつけるね……」

 キョウ先輩の心配がなんとなくわかってしまった。気をつけよう、ほんと……。

この後、療術科の講師であるシードル先生に診察をしてもらったものの、高熱以外は体に異常は見当たらず、下された診断は──『魔族特有の病気ではないか』という衝撃的に曖昧なものだった。

 術も薬も効果が見られず、高位の療術士(ヒーラー)として学会でも名を馳せるシードル先生をもってしてもお手上げ状態だと言う。

 結局、時刻が夜を回ったこと、ジークの体力も続かないということで、この日は釈然としないままお開きになってしまった。

 私も部屋に泊まりたいと駄々をこねたけど、ジークと先生両方から止められてしまった。




.




翌日。

 私はかなり早い時間から家を出て、真っ先にジークの部屋に向かった。こういう時、ジークはあまり積極的に周囲に頼ることができないだろうから、せめて私が押しかけないと。

「ジーク〜?入るよー?」

しかし、人類皆兄弟というか。考えることは同じというか。いや、この人たちと一緒にされたくはない。

 部屋の扉を開けると、ソファでグッタリしているジークよりも先に、床に転がる汚い先客たちと空の酒瓶や汚れた食器が目に飛び込んできた。

「って先輩たち!なに朝から溜まってるんですか!」

 ネロ先輩、キョウ先輩、そしてグレンが、それぞれ好き勝手な場所で好き放題していた。

「倒れたっつうから見舞いに来てやったんだろ」

いつも以上に目の据わったネロ先輩から、鼻と喉にツンと来る、甘辛いアルコールの匂いがした。

「うわ、お酒くさい!!ジークに飲ませてないですよね!?」

「ジークったら、俺の酒が飲めないって言うんだよ〜」

 赤ら顔のキョウ先輩に至っては煙管までふかしてる。私はわざと大股で足音を立てて、部屋の窓を勢いよく開け放った。

「飲ませてないけど、おつまみは作ってもらったよ〜」

「グレンまで何してんのよも〜!!!!」

 料理させたの?病人に?

 お見舞いじゃなくてトドメ刺しに来たでしょこの人たち。いつか罰が当たりますように。

 何故だかウイスキーのボトルを大切そうに抱えるグレンからそれを取り上げ、ネロ先輩とキョウ先輩のお尻を近くにあった箒で叩き、扉の外まで押して行く。

「ほら散った散った!シッシッ!」

 私が箒で威嚇すると、先輩たちは特に抵抗もせず、よろよろと千鳥足で去っていった。

 空気の読めない先輩(カス)たちを部屋から摘み出すことに成功した私は、改めてジークのもとへ駆け寄った。きちんと着替えているので、動けるようにはなったのかな。

「ザラ」

「うわ。顔真っ赤。ちゃんと寝た?」

「寝た……」

 ジークの様子から、すぐにそれが的外れな見当であることを知る。ジークの一つ一つの動作が重い。確認のため、私はジークの額に触れた。

「熱、昨日よりあるんじゃない?」

「かもな……」

 かもな、じゃなく、確実に昨日より悪化している。もはや人間の体温ではないような。魔族だけども。普段から暑苦しいから平熱は高いほうなのかもしれない。

 ていうか、そりゃあ熱でてるのに自分の部屋で騒がれたら当然よね、一刻も早く先輩(クソ)たちに手酷い報復を受けさせてやりたい気持ちになった。

「心配だねぇ……。とりあえず、お腹減ってない?」

「減った……」

「じゃあ、台所借りるね」

「悪いな」

 ジークの了承も得たことだし、私は持ってきた食材とエプロンを取り出して、調理に取り掛かった。

 も……もちろんジークの自炊した料理には遠く足下も及ばないだろうけど……最低限の心得はあるつもりだ。どうせならおいしいと思ってほしいけどさ……この際味はいいのよ。

「はい、お待たせ」

「ありがとう……」

 私は手早く、缶詰のオートミールを煮詰めたポリッジと、リンゴのすりおろしを混ぜたヨーグルトを用意した。

「無理してでも食べなよ。お昼の分もあるからね。夜はまた作りに来る」

 お昼には比較的がっつり、鶏肉と野菜のスープ。ちょっと計算違いで大めに出来ちゃったけど、男の子だしいいでしょ、多分。あとは昨日作ったクッキーも置いておこう。

「……」

「なによ」

 私がてきぱき家事をこなしている姿が珍しいのか、ジークが新鮮なものを見る目で私を観察していた。

「機嫌良いな」

「えー?まあね。珍しくジークのお世話できるし?」

「お世話……」

 機嫌が良いことを見抜かれた手前、私は耳が赤くなっているのを悟られないよう、道具を片付けるフリでジークの視界から逃げる。

 不謹慎だけど、好きな人に頼りにされるのは嬉しい。気持ちが良い。それが、普段から何でも一人でやってしまうような全然甘えてくれない相手なら尚更だ。

 それに、ジークは喋ってないほうがかっこいい。今なら血色もいいし、ぼうっとしてるから色っぽいくらい。……とは口が裂けても言わないけど。今わの際まで追い詰められても言葉にしないけど。家族を人質に取られて脅迫されても絶対に口にしないけど。

 ジークが時間をかけて何とか朝食を終えたことを確認し、授業に向かおうとする私にまーだ何か言おうとする彼を力ずくで寝かしつけ、私はジークの部屋を後にした。

 一応何か欲しいものがあるか聞いたけど、特にリクエストは無いどころかいつもの「お前……かな?(ドヤ顔)」みたいなボケをかます余裕も無かったのは、やっぱり相当なんだと思う。

 ジークが早く元気になりますようにと、いつもは祈らない神様にまで頼ってみたりもした。

 しかし看病の甲斐も虚しく、この日のうちにジークが完治することはなかった。




 更に翌日。

 昨日と同じように、食材や先生に渡された薬を持ってジークの部屋を訪れると、朦朧としたジークが扉を開けて出迎えた。

「ジーク、体調どう?」

「まあ、何とか……」

 本人が口先ではそう言うものの、

「フラフラじゃん!」!

 目の焦点があんまり合っていない。燃え盛る暖炉の火みたいな黄金の瞳孔が、今日は砂金くらいのものだ。元の青白い肌も、眉根を寄せていない表情も、もう暫く見ていない。

 ジークをベッドまで支えるべく、部屋の中に押し入ろうとするが、逆に肩を押し戻されてしまう。

「寝てれば治る……。人間にどういう影響があるかわからないから、お前はさっさと帰れ……」

 ジークは既に扉を半分閉めて、私を遮ろうとしている。

「この状況で帰るほうが嫌だよ!」

「いいから」

「何もよくない!」

 私がかっとなった隙に、ジークは素早く内側から鍵をかけてしまった。

「ジーク……!ちょっと……!!」

 しまった、無視して足でも挟めばよかった。何度扉を叩いても、うんともすんとも言わない。私に力があれば蹴破って侵入できるのに、こういう時ヒューマーは不便だ。いっそビビアンを呼ぼうか。

「ジーク!!」

 返事もまるでナシ。完全に無視を決め込まれているのか、あるいはまた倒れたのかもしれない。ぞっとするような想像が脳裏に浮かんだ。

「ジーク、あ、開けてくれたら、何でもするから!」

「……」

「部屋に入れてくれたら、嬉しくてキスしちゃうかも!!」

「えっ!!!??」

 起きてんじゃねーか。

「いやよく考えたら接触が一番駄目だ。帰れ。それが一番してほしいことだ。自分の身体くらい自分で何とかする」

「現状なんとかできてないでしょーが……!!」

 いくら訴えても、くぐもった声で、帰れの一点張り。これ以上粘るのは逆にジークの身体に障る気がして、私は一旦退却を余儀なくされた。

 それもこれも元はといえば、だ。

 ジークの謎の高熱さえ何とかなればいいだけの話なのに。頼りになりそうな人たちも、人間相手じゃないからと調査待ちの状態だし。

 ――私に出来るのはこれくらいなのに。せめて側に居たいのに。

 パートナーが不調なのに、しょげてちゃダメだ。

 両の頬を叩いて、気合いを入れる。何かやれる事、探そう。

「よし……!」

 とにかく行動だ、町にでも行ってみよう。






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・そろそろペルソナ5Rですね(更新に暗雲)

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