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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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どげんかセントいかん




「たあああぁぁすけてくれええぇぇぇぇ」




 ――どうにも後ろが騒がしい。

 心なしか地面も揺れている。そして、私の前を歩く人々が、私の背後を見ては怯えた表情でどこかへ退散していく。

 私は先ほど、ヘルメス魔法学校の門を出て、駅に続く坂を下り始めたばかりだ。何か起ころう筈もない。

 きっと何かの勘違いだ、いつもの自意識過剰だと思い込むことにして、私はマイペースを崩さず突き進むことを選択した。

 だが、何かから逃げるような激しい足音が、否が応にも現実性を帯びて私のもとへ迫り来ていた。

「オウッ!そこのアンリミテッド!ちっと囮になってくれや!」

「はい?」

 やや黄色い肌をした小柄な男性に無理矢理肩を掴まれたことで、私は“それ”と対面する。

 ――何じゃありゃ。

「おーい!クソ幻魔ー!餌はこっちだぞー!」

「あの、ちょっと!?」

 男性は、私を引き留めたまま、自分を追ってきていた、()()()()()()を挑発した。

 回転木馬の亀。としか言いようがない。

 色あせたメリーゴーラウンドを背負った、建物ほどの巨大な亀が、砂塵を撒き散らしながら、街並みを蹂躙していた。魔物にしては、異様な姿だ。

 男性の目論見通りに煽られたのか、亀が鼻息を噴出させながら、後ろ足で助走をつけようと、何度も地面を蹴っている。

「じゃ、後ヨロシク頼むぜ、小娘。オメーなら何とかなる!あばよー!!」

 なんということでしょう。

 男性は私を置いて脱兎の如くその場から猛ダッシュ、亀さんは木馬の装飾をぴかぴか点滅させ、身体をやや反らすと、こちらへ完全に狙いを切り替えたと言わんばかりに、彼を追うことをやめてしまいました。これには私も苦笑い。

「はいいいぃ!!!!???」

 周囲の視線が私に注がれる。お前が人身御供になるのだと固唾を呑んで、それぞれ物陰から無言のプレッシャーを与えてきているじゃないの。

 ダメだ、私は早々に期待をかなぐり捨てて、とにかく走る!!そしてそれを追う亀!!

 ――どいてどいて!!

 私がただ前だけを見て駆け抜けた大通りから、次々と地響きと悲鳴が上がる。やばい!!

 そもそもロクに戦えないのに、こんな街中じゃ関係無い人を巻き込んでしまうっていうか既に巻き込んでるし巻き込まれてる!ていうかさっきの人どこ行ったの。どこにも見当たらないんだけど。

「どうしよどうしよどうしよ待って待ってめっちゃ追いかけてくるんですけどー!!!!わーん!!!!ジークー!!!!」

「どうした」

「早っ!!」

 咄嗟に名を呼ぶと、瞬間移動でもしてきたのか、既にジークが涼しい顔で真隣を並走していた。

「フ、お前の声がしたのでな」

「ありがとうでも今そういうのいいから!何とかしてぇーっ!」

「そこの角!曲がるぞ!」

「はいーっ!」

 ジークの指示に従い、私は突き当りで方向転換、亀の死角になった建物と建物の狭い隙間に身を隠す。続いてジークも無理矢理、盾になるように同じ場所に身体を捩じ込んでくる。

「元々別のヤツを追いかけていたなら、そっちを再び追わせるまでだ」

 どこから見ていたんだこのストーカーは。とか思ってはいけない。

 ジークはいつもの鍵で空間から硝子の小瓶のようなものを取り出すと、それを私たちの頭上で割った。小瓶の中身である輝く青い草花が舞い散り、甘い匂いが広がる。硝子だと思っていたものはきめ細かい霧になり、私たちを覆い隠してしまった。恐らく、私たちをあの亀の魔物?から認識できなくさせるマジックアイテムだ。

「せ、狭いぃ~」

「ちゃんと隠れてろ」

 それにしても狭かった。二人してぎゅうぎゅう詰めになっているせいで、身じろぎひとつまともに取れない。

 何より、近い。

 息苦しく呼吸をする、まさにそのすぐ前にジークの存在がある。ジークが着ている服の細かい繊維の向きまで見えるほどに密着している。

 やばい。

 興奮と混乱が私から冷静さを奪っていく。はーっ、いい匂いする。さっきの薬かジークのかわからんけどめっちゃいい匂いする。今のうちにいっぱい吸っておかなきゃ。髪赤いなぁー。背中広いなー。あったかいなー。

 ていうかこれ、私が胸を押し当てているような姿になっている気が。とんだ痴女じゃないか……。

「もう行った……?」

「動くなって……」

 耐えかねて頭を出そうとして、やんわり制止された。

 未だ目の前を通り過ぎた気配は無く、私たちは隙間で蠢くことしかできない。

「ご、ごめん……」

「ンッ……どこ触ってるんだお前……」

「触ってないわよ!!」

「大声出すなって……、こらッ……♡」

「わざとやってる?ねぇ?私を怒らせる天才なの?」

 どっから出てんのよそのヘンな声は。お婿に行けない、じゃないよ。覚えてろよ。

 そんなこんなで、私たちがアホな漫才を繰り広げている間に、標的を見失ったメリーゴーラウンドを背負った巨大亀は、町をゆっくりと下って行ってしまった。見当違いな場所から、わーとかぎゃーとか、悲鳴が聞こえてきているのが証拠だ。

「ふう……何だったんだ一体」

 ようやく暑苦しい場所から解放されて、私たちは安堵の息を吐く。

「わかんない。道すがらヘイトを押し付けられた」

「通り魔だな……」

「そういえば、あの人、私のことアンリミテッドって言ってた」

 私の言葉に、ジークが「何ィ?」と眉を釣りあげて反応した。

 そういえば、前も、“初見でお前のことをアンリミテッドなんて呼ぶ輩は碌なモンじゃないだろ”って言ってたな。ブーメラン刺さりながら。

「どんな奴だった」

「うーんと」

 正直ほんとにテロまがいのゲリラ擦り付けだったので容姿を細かく観察している暇もなかったけど。

 私は、覚えている限りの情報をジークに伝えた。確か、小柄で、茶髪で、ガラの悪そうな男の人だった。耳は特に特徴が無かったような……あったような……。角や尻尾も記憶にないので、恐らくヒューマーだ。

「取っ捕まえて話を聞きたいところだな」

「そんなに?」

「……色々な」

 どうやらジークはジークで思惑があるようで、腕組みをして私の返事を待っている。

 私たちは頷き合い、亀が去った方角を見据えた。

「……追いかけよう!」

「賛成だ!」

 私はどちらかというとさっきの人の安否が気になる。一旦逃げたはいいけど、あの魔物も放って置きっぱなしにはできないし。足跡の形に割れた地面を辿って、今度は私たちが亀の行方を追う。あの速度だ、まだそう遠くへは行っていない筈!




.




「……あれ?」

 そんな気がしていたが、気のせいだった。

 魔物の足跡もあの男性も、忽然と姿を消していた。

 坂を下る途中から、丸っきり痕跡が無くなってしまったのである。町の人々も、さっきまでの騒ぎは何だったんだと、怪訝そうに騒めいていた。

「見失ったか……」

 ジークの言う通り。

 これ以上の捜索は難しそうだ。

「え〜……大丈夫かなぁ、あの人……」

「血痕はない。近くでは死んでないだろ」

「無事だといいけどなぁ」

 私と同じく拍子抜けしたジークが、大きく溜息をついた。それを見て、私もここまで緊張しっぱなし、走りっぱなしだったのを思い出し、存分に身体を伸ばした。我ながらよく転ばなかったものだ。

「お前は、怪我ないか」

「あ、うん。私は全然」

「顔、汚れてる」

「え?あ!路地入ったときか……!」

「そっちじゃない、拭くから」

 む、そこまで言うなら。

 私は子供のように瞼を伏せて、ジークがハンカチを取り出して私に近づく気配を待った。

 しかし、いつまで経ってもジークは指一本私の顔に触れない。

 まさか私に見惚れているな?と一瞬頭の悪い妄想に取り付かれたけど、さすがにおかしいと思って、静止したままのジークの様子を伺う。

 すると突然、何を思ったのか、全体重を総動員して私に覆いかぶさってきたではありませんか。これには私も憤慨。

「ななななに急に何!!?お、大きい声出しますよーっ!!??」

 前振りもなくいきなり抱き着いてくるなんて流石に今まで無かった。前振りがあればいいというものでもないけども。ジークのオーバーな愛情表現は今に始まったことじゃないので、私もいつも通りに暴力には暴力をと身構える。

 が。

「……」

 アレ。

「……おーい、ジークさん?」

 何か脱力したまま動かなくなっちゃったんですけど。

 試しに背中をばしばし叩いてみるが、反応がない。もはや私はジークがそのまま四肢を投げ出して突っ伏さないように支えているだけの状態だ。

「……きゅう」

 きゅう?

 不自然な鳴き声を上げて、ジークは地面に倒れ込んだ。

「わーっ!!ジーク!!しっかり!!」

 大変、白目剥いてる。

「わわわ、熱ある?熱あるこれ!やばいやばい!!」

 茹で上がった海老のように真っ赤な顔で、胸を荒く上下させているジークは、どう見てもまともじゃなかった。汗が滲む額に手を宛がうと、その体温は明らかにいつものよりも高かった。

 他に異常がないか調べたいところだけど、意識の無い男性を運べるちからなど、私には無い。

 助けを求めるべく辺りを見渡してみるが、人々は魔物の噂に夢中だ。とにかくジークの頭だけでも膝に乗せて、手のひらで扇いでみる。

「だ、誰かぁ〜っ!」

「あれ、ザラちゃんどうしたの」

「キョウ先輩!!」

 藁にも縋る思いで情けないSOSを出すと、同じく亀の魔物を追っていたというキョウ先輩に運よく遭遇。事情を話し、ジークの部屋まで彼を運んでもらうことになった。

「ありゃ~ほんと。急に?」

「急にです!新手のセクハラかと思ったらそのまま気絶してて……」

「俺は君達の関係のほうが心配だよ……」

 そ、そこは大丈夫です……。

 ジークはそれから旧校舎に運び込んでも尚目を覚まさず、苦しそうに魘されるばかりだった。

 私はキョウ先輩にお礼を言って、ジークが起きるまで、彼の側で待つことにした。身体を壊したときに誰も居なかったら、私だったら嫌だもの。






.

.

.

.

・クソタイトルについては日を改めたいと思います。

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