彼女たちのゆくえ
魔法庁傘下のギルドが多く集まる、前線基地街・ホワイトサロンにある拘留所で、シンディ・ダイアモンドはなかば軟禁に近い謹慎処分を受けている。
灰肌の男は誰にも気配を悟られないまま面会室に侵入すると、硝子越しのシンディに嘲笑を投げかけた。
「――シンディ・ダイアモンド。君には期待してなかったよ」
「あっそ」
男にとってシンディは斥候であり暇つぶしのオモチャであり、もしかしたら自分に利益をもたらすかもしれない、鉱山のカナリアだった。
「でもお陰で色々勉強にはなった。その点では感謝してるよ」
「なんでアンタが直に行かないわけ?」
「うーん。まだ知られたくないんだよ。出来るだけね」
男は飄々とした身振り手振りで、シンディの神経を逆撫でる。
「こう見えて私は、忙しくてさ」
初めて会ったときから不気味なままだ、と、シンディは男の退屈そうな横顔を観察した。
感情があるのかどうかすらも怪しく、他人を人間だと認識していない。
否――彼にとっては恐らく、本当に自分以外は人間ではないのかもしれない。なぜだか漠然とした、シンディのなかでは説得力のある仮説だった。互いに絶対的な違和感を覚えることこそが――すべての理屈になる。
「約束通り、貸した分は返してもらうけど、いい?」
「別に。もう必要ないわよ」
「そう。ボーイフレンドにもよろしく。じゃあね」
男とシンディの取引は、一方的なものだった。
――“私の代わりにジークを誘き出して欲しいんだ。あわよくば殺しちゃってもいい。その為の力なら貸すし――断るなら、君の恋人を殺そう。無事にやり遂げてくれたら、君の望むことをひとつ叶えてあげてもいいよ”。――
そう言って男は、問答無用でシンディの魅了魔法を強化・暴走させ、エルヴィスの心臓に時限つきの魔法をかけて、彼の命を人質に取った。
最初からすべてこの男の掌の上だった。観測された時点で、シンディの敗北は決していたのだ。
シンディは自分の身体から膨大なエーテルが抜け落ちていくのを確かに感じながら、スキップで部屋を出ていく灰肌の男の背中を睨みつけた。
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「いまのひと、知り合い?」
「……さあ」
「さあってことはないでしょ……」
久しぶりのシンディとの面会だと思って来てみたけど、珍しく先客が居たみたいだ。ついさっきの廊下で、灰色の肌をした角族の男性とすれ違った。
あの事件のあと――シンディは校長の意向で、このホワイトサロンでの軟禁生活を送っている。
校長先生がかなり手を尽くしたお陰で、彼女は町中で無差別に魅了魔法を使ったこと、私を誘拐したことなどを帳消し……とまではいかないけども、大部分に目を瞑ってもらい、王国軍ないし魔法庁で犯罪者としての逮捕を免れ、代わりにこの施設での長い謹慎を言い渡された。
事件の関係者がほかに明らかになっていないこと、更にシンディの親族が彼女に無関心なこともあり、様々な事情を鑑みた結果、代表として私が定期的に彼女のもとへ面会に訪れるようになった。
主に必要なものを差し入れたり、
「……エルヴィスの具合は」
「意識もはっきりしてるし、魔法庁の療術士さんのお陰で、もう火傷もほとんど治ったよ。レディに会いに行くって暴れたくらい」
「良かった……」
こうして、シンディの最愛のひとの状況を伝えるために。
私が訪れるといつも不機嫌になるシンディだけど、エルヴィスの話をするときだけは、心底穏やかになる。同情するつもりはないけど――彼女にも事情があるんだなって思ったりするのは……さすがに絆されてるのかな。
彼女と一緒に行動していたエルヴィスも本来は謹慎処分の対象なんだけど、ネロ先輩に負わされた火傷が酷かったため、先に魔法庁の専属病院で治療を受けている。
「早く会いに行けるといいね」
「……今度ばっかりはダメよ」
シンディは前科というか、昔から問題行動が多い生徒だ。
校内で処理されていたとはいえ、そのたびに罰も与えられている。その経験からしても、シンディは諦めの気持ちに傾いているようだ。よくて退学、このまま軟禁。最悪の場合はそれこそ実刑だ。中途半端に宙ぶらりんにされている今の状況のほうが、彼女にとっては辛いのだろう。自分の価値について考えてばかりだと、以前の面会でもぼやいていた。
「……私。シンディのこと許してないけど。……ドレス。くれたから。嫌いじゃないよ」
「あんなもの。わざと似合わないの着せたのよ」
「それでも、お陰で……あの……あれだし。だから、その……ドレス分は何とかしてあげる」
あの晩、たとえダサいドレスだったとしても。あれがなかったら、私はジークに歩み寄る勇気すら湧かなかったと思うから。
それに、誘拐されていたからこそわかる。
シンディは悪人だけど、きっと友達になれるって。
「……アンタってほんと……ムカつくくらいお人好しね。バカ正直すぎてヘドが出るわ」
「むっ……」
悪態をついていても、シンディの表情は浮かばない。どころか、自分の口から出る言葉に自己嫌悪すら覚えたように、唇を固く結んで、煩わしそうに瞼を伏せた。
「……アタシ。アタシなんてどうなってもいいから……エルヴィスに会いたい……」
「今度、連れて来るよ。ね?」
泣きだしそうになるシンディにエルヴィスからの手紙や、彼女の好きなコスメ雑誌や、私のお母さんがエンチャントしたサシェ入りのオオカミのマスコットを渡して、次の面会の約束を交わした。
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