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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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ノー・ビアード・パパ・2




 アルバムの表紙をめくると、厚紙と頁のあいだに空気が入り、ぱりぱりと音がした。

 まず飛び込んできたのは、どこかの海岸で照れ臭そうに肩を組む若い男女の、色あせた写真だった。

 女の人のほうは、今と変わらない柔らかい笑顔ですぐにわかった。お母さんだ。

 ということは――必然的にお父さんということになる。筈。

 私と同じ明るい色のくせっ毛に、愛嬌のある猫のようなツリ目、快活で豊かな表情。フィールドワークで培われた健康的でがっしりした体格。

 幼い頃の記憶と、毎日の外出時に見かける写真とを照らし合わせ、ああ確かにお父さんだと納得する。写真の経年劣化と二人の雰囲気を見るに、まだ十代か二十代前半、出会ったばかりか付き合ったばかりか。そんな初々しい空気感が伝わってくるようだった。

「お母さん、細い……若い……」

 い……いまも……そうですけども。同じように海岸で撮った写真が何枚か続き、次のページでは、場所を変えて森のような風景のなかで、二人が楽しそうにポーズをとっていた。

 お父さんは若い頃から冒険家――考古学者、地質学者、魔物学者としてあちこちを旅して、普通の人では近寄れないような危険な場所を調査して回り、その都度論文を発表していた。

 そんな旅の最中で立ち寄った小さな町の雑貨店で、看板娘として働いていたお母さんに一目惚れし、猛烈にアタックし続けた結果、二人は結ばれたという。結婚してもしばらくは二人で旅暮らしをしていたらしいし、写真もそのときのものかもしれない。

 海でも山でも、砂漠でも雪原でも楽しそうに寄り添っている二人の写真は、見ているだけで幸せな気持ちになる。

「ふふ……仲良いなぁ」

 私が覚えているお父さんの姿は、それこそ私にチョーカーをくれた時のような頼もしいものだったけど、こうして見ると、ずいぶん剽軽な人物のようだった。

 しばらくそんな二人の仲睦まじい思い出があり、半分ほど過ぎて、ようやく私のよく知る背景が登場した。

 この家の前で、お父さんとお母さんが、赤ん坊を抱いてカメラに笑いかけている。私にきょうだいはいない。日付からしても、恐らくこれは、産まれたばかりの私だろう。

 そこからは、ページを捲っても捲っても、二人の姿はなく、代わりに幼い私の写真が数日刻みで収められていた。

「わ~……全然覚えてないな」

 私と手を繋ぐお父さん。私を肩車するお父さん。おんなじ髪の毛とおんなじ肌の色で並ぶ姿は、親子以外の何者でもない。

 ――でもそれは、私が七歳になる頃までの話だ。

 “ザラ 七歳の誕生日”と書かれたページを最後に、ここから先のアルバムには、お父さんは載っていない……。

 次に手を取ったアルバムには私とお母さん、ほかの親戚と撮った写真ばかりだった。

「あれ。こっちはお父さんの実家のかな……」

 先ほどまでのものより更に古ぼけたアルバムを見つける。そこには、コペルニクス家――父方の姓が刻まれていた。中身は色を欠いた家族写真で、お父さんが子供の頃から大人になるまでの思い出が詰まっていた。

「――ん?」

 私は違和感に気付く。

 見終えたアルバムをいくつか並べ、さっきのうちの写真と、お父さんの実家の写真を見比べる。

「んん??んんん!!?」

 ……ふつう、こうして年月の移り変わりを捉えた画では。人物の様子も刻々と変化していくはずだ。それこそ私は赤ん坊から、幼少期を経て、青年期まで。お母さんだって今と昔を比べれば、さすがに年齢を重ねたことくらいはわかる。

 しかし。さっきからこの、一人の人物だけは全く、そういったものを感じさせない。両親と肩を並べて、ハイスクールの前で照れ笑っている頃から、何一つ、増えもせず減りもせず。

「お父さん全然老けないな!!?」

 何だこれ。私のお父さん、おかしい。

 えっ。お母さんがいつも似た人と付き合ってるとかそういうアレ?違うな、こっちとこっちは同じ服着てる……。たまたま同じ格好をしてる人……?

 どの写真を見てもお父さんが十代か二十代前半にしか見えない。おかしい。たしかお母さんより年上だったから、私が産まれた時点でも三十歳くらいな筈なのに。

 ――ハッ!!

「お母さんは……モノづくりの天才……!!」

 大変だ……。私は気づいてはいけない真理に到達してしまった。消される、このままでは。

 ……というのは冗談だけども。

 意外な事実すぎる。ただ変身魔法に使うから容姿のディテールを調べようとしただけなのに。いや、そういう情報も、精密さに繋がるのかもしれないし。今はどうなってるか知る由もないけど、ここから十年経っていきなり白髪で腰曲がりなんてことはないだろうし。もしかしたら、どこかの町で見かけても一目でわかるかも。

 私は行方不明の父親に関する微妙な情報を手に入れた。

 『私のお父さんは、見た目がすごい若い』。




.

.

.




「はーいじゃあその鏡の前で一人ずつ変身魔法やってってねー」

 そして翌日。

 前の席の子のテストが終わり、私の番がやってきた。

 教卓の前に置かれたアンティークな姿見の前に立ち、深呼吸。道具を揃え、魔導書をもとに詠唱開始、キャスリングに魔力を込める。うん、やっぱりこの杖に魔力が流れていく感じ、いいな。私の広がりすぎる力が、杖を媒介にしてグッと引き締められていく。

「えいっ!」

 ぼふっ、と緑色の煙が上がった。変身魔法の成功だ。

 私は成功の嬉しさで、ワクワクしながら、煙が散って姿見に映る自分を確かめられるようになるのを待った。

「……」

 何故か私は、全く見覚えのない金髪碧眼の爽やかな男前に変身してしまった。

「……なんで?」

 満場一致の疑問。

 全然関係ない。見たこともない人が鏡に映っていた。マジで誰?えっ怖い。

 ぴかぴかに磨かれた傷ひとつない鏡面で、やたらスラッとした男子が、私と同じ表情で、私と同じ行動を取っている。

 すごい、元の私に似ても似つかない。なのにイケメンが内股で困惑している。私の脳は困惑で塗りつぶされた。

「……お前の資料見たことあるけどそんな親族いなかったよね」

「そう、ですね……」

 先生すら鏡越しに頭を抱えている。

 ええ。うちの家系に金髪碧眼は心当たりないですね。お父さん要素皆無じゃん。

 たしかに身長も骨格も色素も衣装も、別物にはなった。服に至ってはマントだ。どこから来たの、これは。物語の騎士みたいな格好ですが。願望?私の無意識下の願望?毎日濃い赤黒を見すぎて真逆を求めていたの?優し気で涼しい目元には、我ながら惚れ惚れするわ。

「ま……あ成功は成功だろうけど……コペルニクス。それ、自分で自分が何になったかわかってる?」

「マジでわかんないですね」

 でも好みのタイプですね。

「うーん。それじゃ意味ないから評価マイナスにしとくね」

「ち……ちくしょう!」

「あーでも顔がかわいいからオマケしとくか。はい次~」

 少なからずタカハシ先生の好みにも触れたようで、首の皮一枚繋がったというところでしょうか。

 またしても可もなく不可もない成績を与えられてしまった私は、泣く泣く魔法を解除し、自分の席に戻って深く項垂れた。

 アルバム抱えた苦労が水の泡だよ。何だったん。色々お父さんの顔マネとか頑張ったのに。お父さんが好きだった料理とかも食べてみたのに。

「こんなのってひどい……」

 出来ればさっきの金髪碧眼イケメンに、慰めてもらいたい気分だった。






.

.

.

.

・黒魔術科で習う変身とジークとマーニがやった魔法は全然違います。変身魔法が見た目や声だけ、かつ時間制限つきなのに対し、ウルスラグナは恒久的に遺伝子や身体の内部構造、果ては記憶まで改ざんしてしまいます。モノマネと転生くらいの違いですかね。あと変身魔法は無機物有機物問わない・何回でも変身できる等の利点があります。見破るには療術師たちの鑑定系スキルないしアクセサリーが必要です。


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