祭りだワッショイ・0
――キョウ。
刀を見なさい。刀とひとつになりなさい。お前は、ヒトではなく、妖を斬る刀そのものになれ。
それが、師による絶対の教えだ。
京水は幼い頃から、自分の刀を分身だと思って育ってきた。
広い道場で、師と二人、稽古に打ち込んでいたことを思い出す。
「師匠。どうすればもっと強くなれますか」
「え~……。わいぃ、もう十分強かろうもん」
「もっとです。俺は師匠を越えたいんです。その為に、必要なものを教えてください」
「ん~……そうじゃのう……。まあ、簡単なんは――魂じゃらせんか」
「……魂」
「ちゅうか、心じゃ。心を磨きやんせ。うちん流派は、術師の精神状態がそんまま反映されっでな。強か心を持つことこそが、刀をば極める道になっどじゃ。多分」
「具体的には?」
「そら色々やっど。じゃっでん、まぁ……男に生まれたでには。コレっちゅう、一本守れっもんがあっと、腹は決まっかもな」
「守れるもの、ですか」
「ン。家族、友人、恋人、ペット、誇り、名誉、金、酒……何でんよか。コレに関してならば一生執着ばでくっ、いうもんを見つくっところからじゃ」
寄宿舎の自室から同居人を追い出して、扉も窓も締め切って、キョウはただ一人、寝床で瞑想していた。
友人のガールフレンドを攫って、それをダシに勝負を仕掛けてくるゲス野郎がいる。俺は明日、そいつと決着を着けなければならない。
普段は金庫に入れておく愛刀も懐に抱えて、ときどきその刀身を鞘から引き抜いては、確かめるように刃の煌めきに集中した。
大昔から暁月家と馴染みのある専属の刀鍛冶が、キョウのために打った大太刀だ。
――気に食わない相手だ。
脳裏にヘンリーのにやけ面が浮かぶ。
――だからこそ。力の使い方を間違えちゃいけない。本気になればアイツの思うツボだけど、暁月の本質を忘れるな。この力は、アヤカシモノを斬る。ただそれだけだ。
事実として――キョウは昨年、我を忘れて、ヘンリーとの戦いに熱狂した。
しがらみから解放されて、ただ目の前にいる人間との闘争に明け暮れた。あれはなんと心地の良いことだっただろう。女体にも勝る快感だった。一年経ったいま思い出しても、身体の芯が熱せられてぶるぶると打ち震えるようだ。
「はあーッ……」
深呼吸。
鋼が作り出した白い波が、キョウに問うているようだった。
己には斬らねばならぬものがあるだろうと。
そうだ――俺は、斬る。妖を。ヘンリー=ゲバラの魂に巣食う悪鬼を、叩き伏せる。
俺が負けたのは――あの悪鬼に気付けなかった、自責に負けたのだ。
あれを善良な好敵手だと認めた自分の魂が既に穢れていると、気付けなかった。
『ヒト以外に容赦をするな』。
暁月一族――ひいては幽鬼調伏部隊の掟である。
「……恨んでくれ。地獄の底から、俺たちを、押し上げていてくれ」
眼前で祈るように切羽と鍔を詰め合わせたとき、不思議とキョウの頭は、ひんやりとしていた。
.




