魔族の青い春・3
私は親友のロザリー、その恋人のグレンと連れ立って、エメラルド・カレッジ・タウンの商店街にやってきています。
というのも、例の技術大会で着る服を見繕うため。
打ち上げパーティーは社交の場でもあるので、男女ともに正装が義務付けられている。それでもかなり自由だから、こうして専門店で自由に選ぶくらいのことはできるんだけど。こういう時は女に生まれて良かったと思うわ。男子はよく知らないけど、女子はせっかくならと毎年新調する子が大多数だもの。
店内に入ると、さっそくきらびやかなドレスや真っ黒なワンピースがお出迎えしてくれた。
ヘルメス魔法学校と提携しているお店のひとつで、行事の際にこうして衣装の販売や貸し出しを請け負っている。
しかも学生は割引、とくればこれを利用しない手はない。実際ちらほらヘルメスの生徒らしきひとも散見できる。
「あ、ねえ見て。これ、かわいいよね?」
「またそのシルエット~?この間も同じようなワンピース買ったじゃん」
「う……」
ロザリーは同じショップで意気投合したこともあって、ファッション関係のよき相談者でもある。
「私はそういうの着たザラ、可愛いと思うよ。よく似合うもの」
「あ~グレンさすがイケメン~っ!!」
いっぽうグレンは女子に甘い。辛辣だけど信頼できるロザリーと笑顔で買い物に付き合ってくれて、定期的にヨイショしてくれるグレンと出かけると、ちょうどよいバランスと心地で買い物が出来る。
「そろそろこっち系試しなよ。デートの機会増えるんだし」
「え~……体型が……見えちゃうよ……」
「痩せろデブ!!」
「はひぃ……っ!」
「相変わらず手厳しいな、ロザリアは」
「あ、待ってコレ獣人用しか残ってない!尻尾の穴空いちゃってるよ!」
「マジ?わたし買お」
「ロザリーッ!!」
うう。ずるい。ちなみにモノによっては上着の背中や帽子にも穴が空いている。
「グレンは角の飾りも買うんだよね?」
「そうだね。流石にもう伸びないみたいだけど、寝相が悪いのか形が変わっちゃってさ」
「角族も大変そうだね……」
「エルフや有翼人ほどじゃあないさ。友達連中も、やれ部族の掟だやれ羽の手入れだって、ウンザリしてたし」
「確かに、そろそろ愚痴が増える頃かもね……」
「あーダメこれ、鱗に引っかかる!」
「龍人もそうみたいだね」
身に着けるものは亜人種にとって常なる課題だわね……。
ゆ~っくり時間をかけて、私たち三人は好みの商品を両手いっぱいに抱え、一人ずつ試着室へ。
まずはグレンのお披露目。
「どう?」
小気味よくカーテンが開く音がすると、間もなくそこには、威風凛々とした麗人がその鎌首をもたげ、無垢な子猫小鳥を啄むかのごとく妖しい視線を露わにしていた。私たちはこの四肢ある蛇に絡み取られ舌先で味見された食料でしかなく、絶望によく似た滲み出る血のような淫靡な恋の崖の底へ突き落とされるのをただ待っている。
「「……きゃ~~~っ!!かっこいい~~~~!!!!」」
私たち以外からも黄色い声が上がる。
オールインワンのパンツドレス!!長身で中性的な雰囲気とスタイルを持つグレンにぴったりの、それでいてメンズライクにならないオフショルダー、華やかなレースの胸元が色っぽいコーディネートッ!!
「めっちゃいいよグレンさすが~!!写真撮りた~い!!素敵~!!」
「はは、ありがとう」
グレンは男装っぽい燕尾服も死ぬほど似合うんだけど、女性らしい格好のときもまたオツなものである。
きゃーきゃー騒ぐ私の横で、ロザリーが
「当たり前じゃん」
と顔を赤くして満足げに鼻息を噴き出していた。
「こっちも!こっちも着てみて!」
「はいはい」
思わず私も興奮して、グレンのいる個室に次々服を投げ入れる。商品は大切にしましょう。
同性のイケメンって何でこんな美しいの?なんかもう性別とかじゃないな。まして気さくにウインクしてポーズまで取ってくれるなんて。中も外も至高の宝だな。この芸術品に比べたらジークとかマジ雑魚だな……。
このままでは日付が変わるまでグレンの着せ替えに興じてしまいそうなので、慌てて軌道修正。続いてロザリーの衣装を見せてもらう。
「じゃーん」
着け襟と異素材の四段フリルが特徴の……ゴスロリ風ロングドレス。
人に。人にさんざんパターンが同じとか言っといて、この女、なんて、なんて、
「「なんてかわいいの~~~っ!!!!!」」
抗えない可愛さだった。
職人の丁寧な仕事が垣間見える細かな刺繍とフリルの縫製、全体に暗い色でありながらミニハットと付け襟で夢見心地な印象を忘れさせないロザリーの小物選び。龍人の角と尾がドレス生地とともに煌めいて、まるで最初から彼女の持ち物だったような錯覚さえ覚えてしまう。成熟していない女子にしか出せない技が要所で光る、彼女ならではのセンスにただただ脱帽ですわぁ。
「うう~これ似合うのずっるいな~かわいいな~!!」
「ふふん」
「ヘアメイクでまた変わりそうだね。靴もかわいい」
「でしょ。前から狙ってたの」
ドヤ顔でくるりと回る姿も可愛い。フリルが弧を描いて笑っていた。
「ロザリア、綺麗だよ」
「……グレンもね」
華やかなドレスを身に纏って並ぶ二人がまた恐ろしいほどお似合いで、こっちまで照れ臭くて萎縮してしまう。
居ても立っても居られず、私は何着かをそっと手に取って、その場を後にする。
「とりあえず試着してくる……二人は待ってて」
「はいよー」
「わかった」
背中越しにも、二人が相変わらず甘い雰囲気になっているのが分かった。
ふう。
二人の仲が良いのは前からだけど、こう、ああいう空気になると気まずいな。いや、前はさして気にならなかったのに。むしろ完全なる傍観者として美味しいぐらいだったのに。
今はどうにも、自分に置き換えてしまう。
「まずはこっちかな……」
ワインレッドのベロアワンピースを広げてみる。
毛の光沢とフレアが否応なしに心をくすぐる。今すぐ着てほしがっているに違いないわ。
する、と肌触りのいい生地が身体をすり抜けていく。良かった、サイズは大丈夫みたい。
「よいしょっと」
まずは袖を通さずに、鏡で確認しつつ背中のリボンを結んでから……ぐるっとドレス自体を掴んで反対に回す。チュールの部分がどこかに引っかからないよう、細心の注意を払い、その場で一回転。
うん、いい感じじゃないかな。目立ちすぎないし露出も少ないし。お上品。
鏡に映る自分を想像の中であちこち旅させてみる。とりあえず、その世界でビビアンに「イケてない!」と罵倒されることはなかった。
――よし。覚悟を決めて、外にいる二人の審判員に合否を伺うとしますか。
「おまた……せ?」
私が試着室のカーテンを開けると――
「え……」
そこには、誰も居なかった。
居る筈の人影が跡形もなく消えた、強烈な違和感。
誰も――……誰も?
店の中には店員さんもお客さんも、待っていてくれている筈のロザリーとグレンの姿もない。静まり返った洋服たちが、整然と並んでいるだけ。
まるで私だけが鏡の向こうに来てしまったような。
静かなのは店内だけじゃない。街の喧噪すら聞こえてこないことに気付く。
「ロザリー、グレン!」
呼びかけても、返事は返ってこない。
「誰かいないの!?どうなってんのよ……」
嫌な予感に突き動かされて、店の扉を乱暴に開けた。途端に、淡い桃色の霧が、掻き混ぜられた気流に乗って、華やかに視界に拡がった。
煉瓦道には歩いていた筈の人たちが重なるように倒れこんでいた。年齢も性別も、ヒューマーも獣人もエルフも関係ない。
「……」
見覚えのある光景に、キャスリングが僅かに輝き、“私たちはこの為に準備をしてきたはずだ”、と告げている。
「あらァ、グレンとその子猫ちゃんもいたのぉ」
「シンディ……ッやっぱり、君の力か……!」
霧の向こうから予感が的中した気配がする。
から、と、グレンの杖が落ちる。
「なにをしたの」
私はこの石のベッド売り場で唯一いやらしく嗤って立っている女――シンディを睨み付けた。
相変わらず派手な化粧と服に身を包んだシンディが、ロザリーと彼女を庇ったままのグレンの傍らでオーブを弄んでいる。
「ちょっとねぇ。ある人から力を借りたのよ。あんたとジークくんを連れてくるって条件付きで」
耳を撫ぜるような甘い声。
「ふぅん。私を人質に取るつもりなんだ」
負けじと強気を絞り出す。けど、今の私にシンディを何とか出来るだろうか。たぶん無理だ。だって――以前会った彼女は、街ひとつの人間全員を気絶させるなんて真似はしなかった。この間は手加減したのか、パワーアップしたのか知らないけど。
どっちみち、シンディは相当マジだ。やばい。結んだリボンを冷や汗が伝っていくのがわかる。
「物分りが良くてステキよぉ、ザラ。お友達が大事なら、抵抗しないでついて来てくれるわよね?」
「ザラ……!!」
良かった、まだ気絶はしていないみたいだ。もうかなりシンディの魅了を受けたらしいグレンが、苦しげに悶えていた。グレンは優秀な療術士だ。この手の呪術への耐性は強いのかもしれない。
「私はいいから、ロザリー助けてあげて!」
「でも……ッ」
グレンが二の句を継げられないよう、わざとヒールを強く響かせて、歩み出る。得意そうなシンディの後を追い、彼女への降伏の意を示した。
私は交渉できる立場じゃない。それに、グレンにも役割はあるんだから。
馬鹿らしいけど、何の気休めにもならないけど――それでもそうせずにはいられない。私はグレンを振り返って、これ以上ないくらいの笑顔を作る。
「ジークに伝えてね。絶対来てって」
……あ。あと、ドレスの会計、誰か代わりによろしくって伝えておけば良かったかな。
「……ごめん……っ」
グレンが俯いた。謝らないでいいのに。今のグレンを責めるようなヤツがいたら、私が許さないんだから。たとえそれがグレン自身であっても。むしろ帰ってきたら、私が謝らなきゃ。巻き込んでごめんって。
「良い度胸ね。これから自分がどうなるかもわからないのに」
私の前を歩くシンディの顔は霧に隠されて、その表情を読み取ることはできない。
「どうなったって、私にはヒーローがいるもの」
だから怖くなんてない、と私が言い終わる前に、シンディの手元のオーブが妖しく閃いた。
魔結晶の表面で火花が散り、装飾に何度も反射した。その眩しさに、自分の武器を一瞬、忘れてしまう。
「そう……じゃ、痺れなさい」
麻痺魔法――……!!
「か、は______っ!」
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