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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
1.魔族にズッキュン
38/265

魔族の青い春・2

 



「……鍋の水を変質させろと言ったんだ。それが何で魚の死体になる」

「うぅ〜っボクにはこれしかできないんだってばぁ〜……」

 技術大会を間近に控えた日の夕方。

 マーニが錬成大会で優勝を取りたいと、ジークに教えを乞いにやって来ていた。

 錬金術科では毎年、闇鍋を精製することになっているらしい。とりあえずマーニの実力を測る為にもと思い、魔法を使わせたら、コレである。鍋に溜めた水は、魚の見た目と遺伝子情報を持つ、魂のない木偶人形に錬成されてしまった。

 マーニが扱う錬金魔法“ウルスラグナ”は、生体を変質させる。彼(彼女)はその点においては、ジークも舌を巻くほどの知識と力も持っているが――いかんせん、錬金術としての汎用性に欠ける。名家という割に、どうりでこの魔法学校で必死に机に向かっている訳だ。一点特化・偏りが過ぎる。

 錬金術は、術師によって特性が大きく異なる。たとえばジークは、“モノ”に限って、その力を発揮する。以前ザラを治療した時のような事も不可能ではないが、あれも魔物の血肉と人間の神経という、似た属性の物だからこそ簡単に行えた。またジークの知りうる限り、父親であるヴィリハルトは万物を金属に変え、姉のブリムヒルダは物質を変換し自然現象を引き起こす。いずれも最も得意、であって、時間と魔力を掛ければ、それこそ生命体を生み出すことも出来る。

 しかし目の前のバカ弟子後輩その一は、基礎が疎かで、生体しか司ることができない。

「じゃあその魚のカタチをした何か、変えてみせろ」

「う、うん」

 ジークが見守るなか、マーニが鍋の底でピクリともしない虹の魚に向けて魔法を発動する。

 魔方陣から溢れる光に貫かれた魚が一瞬だけ跳ねて、また鍋底に横たわる。

「……」

 即座にジークが魚を掴みあげた。

「何が変わった?」

「……オスからメスになったよ」

「証拠は」

「あ、ホラ……ヒレの形、さっきと違うでしょ」

「わかるかボケが!!」

「ア゛ーッ!!」

 びたん!

 鱗を撒き散らして、魚が床に投げつけられた。

「こんな些細な錬成で優勝出来ると思ってるのか」

「思ってないから修行つけてもらいに来てんでしょー!!」

「逆ギレとはいい度胸だな……。魔力が尽きるまでポーション錬成百本ノックいっとくか?」

「鬼〜!!悪魔~!!」

 師弟が鍋を挟んで髪やら頬を引っ張り合い、埃を舞わせた。

「まあまあジーク」

 窓際で煙管を吸っていたキョウが騒ぎを聞きつけ、二人を諌める。

「ガキに付き合う暇があるなら俺と勝負しろ」

 カウチではネロが雑誌を読んでいた。

「すんません、うちの相棒が」

 その向かいのスツールに腰かけたディエゴは、相棒の失礼を詫びて頭を下げる。

「というか……」

 ジークの額に青筋が浮かぶ。

「俺の部屋を溜まり場にするな!!!!」

 ここのところさも当たり前のように流されていたが、いい加減言及しておきたかったジークである。

 昼の休憩時間や放課後、カフェや中庭に集合するのはまだわかる。しかし彼等は、食堂が閉まる時間になっても誰一人家に帰らず、そのまま騒ぎながら、一人自室に戻ろうとするジークにくっついてきて自然と部屋に侵入し、あろうことか家主の前で平然と寛ぎ始めるのだ。その辺に座って喋っているだけならいい。こいつらは帰らない。

 スナック菓子を絨毯の上に食い散らかし、誰のものかもわからない酒瓶を並べ、皺だらけになったエロ本を置いていく。使ったものは元の場所に戻さず、なぜか物を増やす。そしていつまで経っても帰らない。夕飯を強請るので仕方なく振る舞う。おそらくこれが一番の目的で、ジークの手料理を平らげると満足したように出ていく。後片づけは絶対にしない。

 お陰でジークは連日掃除に追われ、一人で研究に費やす時間がどんどん削られていく一方だった。

「えーだって、ジークが暇そうだから」

「居心地悪くねえしな」

「寮の自室やと全員入れませんしぃ……」

「療術科の聖堂は、グレンがいなきゃ使えないしねー」

 かと言って追い出す理由もないのが厄介だった。

「そーいやあの変態女どこ行ったんだ」

「ロザリアちゃんとザラちゃんと一緒に買い物だって」

「ケ、女か」

 キョウの言う通り、今回はグレンが欠席だ。ジークとしてはむしろ、彼女が居るほうがまだ心穏やかだったが。

 グレンはここに居る独り身連中とは違い、恋人のロザリア、そしてその親友であるザラと、三人一緒に遊んでいることが多い。今日は何でも、技術大会の打ち上げで着る服を選びに行くとかで、ジークもザラにすげなく放課後デートを断られたばかりだった。

「心配だ……やはり迎えに行くべきだろうか……」

「街で買い物してるだけだろ?グレンならちゃんと送ってくれるよ。彼女、王都の聖魔導ギルドが目をつけてるくらいの療術士(ヒーラー)だぜ」

「まあ、そうか……だが……」

 いくら魔物が入り辛い街中といっても、この間のように人間に襲撃されることもある。友人を信頼することも大事だ、と自分に言い聞かせながら、ジークはどこかで焦燥を覚えていた。

 そんなジークの胸中も知らず、仲間たちは呑気にコーヒーを淹れる。

「パーティーさあ、ネロはいいよねー、正装なんて軍服でいいし。俺なんか袴引っ張って来なきゃいけないんだよ。あれめんどくさいのに」

「民族衣装か」

「そうそう。ちゃんと部隊の広報として、普段顔を合わせない先生とかにも挨拶しなきゃいけないから」

「あ、わかります……。おれもこの間、実家からグァジャベーロとかエネケンが送られて来て……そない大層なもんやないて言うたんですけど、一族背負うてるんやからきちんとした格好で人前に出えて、メッチャプレッシャーかけられましたもん」

「軍服もメンドクセエんだぞ。ジャラジャラしてて」

 打ち上げパーティー自体に明確な服装指定は無いが、技術大会も含めて、これらは生徒たちのアピールの場でもある。

 ヘルメスの教師陣はほとんどが外部組織から雇っている、本職の魔導士たちだ。魔導士見習いたちに教えを説くことが出来る人間がそもそも少ないこと、何より生徒たちの卒業後の進路――つまりギルドや騎士団、討伐隊、研究施設といった行き先にコネを作ることを目的とした、校長の計らいによるものだった。

 しかし、授業を受けているだけでは専攻学科・教科以外の教師と生徒が交流する場は限られる。その為に設けられているのが、学園内の行事だ。キョウやディエゴのように地方から出てきた魔導士は、ここで顔を売れるかどうかにかかっていて、スケジュールの中にマナー講習が入るのも、そういった狙いから来ている。

 最も女生徒たちにとっては、ドレスのお披露目を楽しむショーのような感覚らしいが。

「ボクどっち着ようかなあ~。タキシードにもドレスにも見える感じの、無いかな」

 目の前の弟子が鍛錬をサボりだしたので、すかさず頭上にチョップを叩き込む。イテッという悲鳴と共に、じっとりとした視線が返ってきた。

「ええ加減どっちか決めたらええんとちゃう?いつまでも不便やんか」

「別に。ボクはこっちの方が楽しいし」

「おれかて女のマーニが見たいっちゅうわけやないんやけど……」

「男のボクでも違和感あるだろ?」

「せやなぁ……マーニは性別マーニやな」

「でもいずれ向き合わないとな……うちの生体錬金術の通過儀礼だし」

 魔界でも人間界でも、両性具有はさして珍しいことではないが、マーニの一族にとっては“それを乗り越える”ことがまず大前提だ。ウルスラグナで自分の身体を作り変えて、初めて研究の第一歩というところで、マーニはまだ足踏みをしていた。

「その前にまずはまともな錬金術を覚えろ」

「使えてるじゃん」

「お前は応用から入ってるんだ、基礎がなってない。当日は精製だろ。まずは砂糖水くらい作れるようになれ」

「はいはいはい」

 もう一度頭上に手刀を叩き込むと、ようやくマーニは真剣な面持ちになった。

「手を抜くな。物質の理解から始めるんだ」

「理解ねぇ……」

「次に結果をイメージしろ。ここが一番重要だ。より具体的に、綿密に想像する。何を理想とするのか、何が到達点になるのか。過程はその逆算でいい」

「何に……したいか……」

「錬成結果には当然魔素も含有される。魔法陣に通す魔力も計算の中に入れろ」

「うう……難しい……」

「魔法陣は結果だけ出すルーレットだと思え。良いものが出来上がった時は、その条件を必ず記録しろ。錯誤すればするほど、成功率は上がる」

「ぬぬ、ぬ……一度に言わないでよ……」

「一度にやるんだ。……ちなみに錬成大会ではどんなものが鍋に入るんだ?」

「俺は去年、刀剣油入れたよ!」

「ペットの抜け毛」

「こーゆー人たちのせいで難易度跳ね上がるんですけど」

「なんというか…………き、気合いだ……」

 実際、魔界ではもう少し簡素に教えてもらったが、人間界では文化レベルの違いから不都合が多い。これはこれで、自分の勉強にもなると、ジークは改めて実感していた。……電子レンジくらいならあるだろうか。アレに入れるイメージだと言えたら、楽だった。

 そういえば、と、その光景を見ていたキョウが煙管の雁首を竹筒に軽く打ち付けた。

「ジークの錬金術の師匠って、誰かいるの?」

「……強いて言えば親父か」

「ほお」

 ネロが雑誌を放ってカウチから身を乗り出す。何を隠そうこの男、ジークとジークにまつわる情報が大好きだった。

「手伝いと称して毎日工房でフラスコやビーカーを作らされた。慣れてきたら、金属用の油や加工の道具の制作だな。それから母が亡くなって俺が家事を全てやるようになって……いかにすれば効率化できるかと考えているうちに……」

 ジークは幼少の思い出を振り返る。

「必要に迫られてたんだね……」

 独学と父の指導でめきめきと実力を伸ばしたジークは、魔界の魔導士たちのエリート教育施設である『吸血鬼の館』であっさり単位を修め、その功績を讃えられ、魔界を出立する際に悪魔大公の爵位を授かった。

「最初に自分で錬成しはったのは、何でした?」

「……オリジナルでって意味なら……洗剤」

「洗剤」

 室内の何人かが声を揃えて驚愕した。

「食器用のな……ある時、姉が気まぐれで作った料理が酷くてな。以前見かけた高級洗剤を見様見真似で錬成した。ちょうど欲しかったしな」

「へぇ……何とかなったの?」

「なった。皿にへばり付いてた謎の粘液やら、謎の油でギットギトになった調理器具、刺した瞬間錆びついたフォークも、全部元通りだ」

「うわぁ……」

「謎の粘液まみれの皿が食卓に並ぶってメッチャ恐怖ですね……」

 思えば姉の尻拭いで、ジークの錬金術は磨かれていった。

 忙しい父に代わり家事を担っていたジークだが、姉・ブリムヒルダはというと、これがまた奇抜としか言いようのない人物で、突然実験的に料理をしてコンロを溶かしたり、洗濯物に大量のスライムを混ぜたり、家じゅうの床にキノコを植えたりと、悪質な悪戯行為に枚挙が無かった。

 姉はやったらやりっ放し、むしろ悪戯の結果を観察するのが趣味だったので、それらを父にバレないよう処理するのが、幼いジークの日常だったのだ。

「姉へのストレスで家にあるものをよく分解して錬成し直してた。あれが一番勉強になった気がする」

「ふーーーん……」

 マーニが興味深そうに話を聞いていた。

「マーニは?どんなことしとったん?」

「ボクは……最初は小鳥ちゃんだったかな。次に犬猫、兎。人間の友達。ちょっと大きい動物を買ってきて…………自分の手足を錬成してみてた。っていうか、親にそうしろって言われた」

「出だしが完全に殺人鬼のそれだったから心配したよ」

 彼(彼女)もジークと同じく、先祖代々の通例として錬金術を研究する魔導士らしく、やはり幼い頃から自然と魔術と触れ合っていた。

「錬成って言っても、まずは彼等の情報がいるんだよね。だからボクはあっちこっち走り回って、いろーんなパーツを集めた」

「ラーニングか」

 所謂、コピー能力というやつだ。“ウルスラグナ”はあらゆる生物からその情報を収得し、自らの身体に錬成(フィードバック)させる。以前森での戦闘で見せた、魔物の身体の一部を使うのも、その応用だ。

「だね。ストックするのは実物じゃなくてあくまで情報。むしろ実物じゃ保存がきかないし。使わないけど、すっごい美人のおねーちゃんのすっごい綺麗な脚とかもあるんだよ!」

 思いがけぬ耳より情報に、突然、室内が静まり返る。

「見たい見たい見たい!!」

 海辺で宝物を見つけた無垢な少年のように、瞳をきらきらと輝かせた男子たちが、一斉にマーニに駆け寄り、周囲を囲んで踊り始めた。

 マーニは得意げな顔になって、よく見えるようキュロットパンツをたくし上げ、椅子の上に足をかけて、魔法を発動する。

「装甲錬成――無限の少女のフトモモ!」

「!?」

「おぉ〜〜!!!!」

 ジークにとって聞き捨てならない台詞が飛び出した。見るとマーニの下半身は確かに肌の色や骨格が変質していて、何となく既視感を覚えるような造形をしていた。いやそんなまさか。だが好きな女の脚くらいじっと見た記憶はある。

 群がる馬鹿どもを蹴散らし、怒鳴りつける。

「や、やめ、見るなお前ら!散れ!お前もどっから盗んできた!」

「うーん……女子トイレでひっそり?」

「この子……使えるね……色んな意味で!」

「ああ……俺の全校生徒名簿に明記しとくぜ」

「どうジークセンパイ。正真正銘ザラちゃんの足だよ〜イッテェ!!」

 ほーれ、とマーニが更に際どい位置までキュロットパンツを捲る。即刻辞めさせるため本日三度目の暴力もやぶさかではなかった。マーニは露骨に頬を膨らませ、キョウ・ネロ・ディエゴからは落胆の声が上がった。グレンが居たら、多分彼女もいっしょになってハシャいでいたのかと思うと、胃痛さえした。

「下らん」

「なんだよ!案外ムッツリ?」

「流石にもう見慣れてるんでしょ〜」

「いや」

 下衆色に染まった野郎どもの時間がまたもや停止する。

「え?」

「……えっ?」

 完全に疑いの視線だった。え?お腹が空いたらご飯食べるって知らなかったの?という宇宙レベルの会話がこの世界に存在したら、多分、今ここに流れているのと同じ空気感になるだろう。

「……あの〜……実際どこまで、とか聞いても良い?」

 こういうことに突っ込んでくるのはキョウだ。この間のこともあって、すっかり進展したと思い込んでいたらしい。

「……付き合ってすらいない」

 ジークは苦々しい現実を吐き出した。ここに集まっている野郎どもの中で唯一と言っていいほど色気のある話題を提供することの出来るジークだが、その中身は味のしないアイスクリームだ。ただ冷え込んでいて、ときどき甘いような幻覚がある。

 ジークが奥手ではないことは周知の事実だが、だからこそ、異様であった。

「……こういう俺様系って隙あらば既成事実作ろうとするものだと思ってた」

「バカキョウ、テメエとは違うっつーの」

「いやだって……出会って五分くらいでもう『好きだザラ、抱かせろや……(イケボ)』、『やだ……でもそんな強引なところも……好きっ……!!』ってなってるんじゃないの……?」

「なるわけあれへんやないの……何言うてんのこの人……あとジークはんの語調がいかれとるやん」

「ハーゲンティは紳士なんだよ!知った風なクチ利くなやカス!!」

「ネロはいつからジークの信者になったんだよーっ!」

「俺にはわかる。な?」

「知らんけど……」

 ネロの生暖かい視線に思わずディエゴの口癖が移るジークだった。

 ともかく、キョウが楽しみにしているようなことは何も無いことを伝えると、一言。

「つまんない……」

「悪かったな……」

「ザラちゃんの異名知ってる?悪魔牙城だよ、悪魔牙城」

「そんな横にばっかり広そうな……!?」

「壊れたドラムスティックも聞いたことがあるな」

「打つことすらままならないのか……!?」

 あまりにあんまりな異名の数々に、まだまだザラのことを知らない、と実感した。

 ジークにとっては、彼女(ザラ)が、周囲が噂するような“大人っぽくてミステリアスな女性”だと感じたことはあまり無いように思えた。

 むしろ子供っぽくて弄りやすい、年相応かそれ以上に天真爛漫な少女のようですらある印象だ。

 逆に言えば、ジークにしか見せていない部分もあるのだろう、そう思うと、口元が緩んだ。

「……付き合ってみないとわからないこともあるのかもな」

「いやだから付き合ってないんだろ」

「……」

「アッー!ジーク!落ち込まないで!!ネロのバカ!!」






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