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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
1.魔族にズッキュン
33/265

俺だけ見ていろ・2

 



 ジークは授業を終えた三年生の友人たちと、更にこの間から加わった弟子と後輩を交えて、いつも通りにカフェスペースの小さいテーブルを囲んでいた。

 食事の片手間に、カードとチェス盤、煙草、課題や趣味の本を無造作に並べて、やれあそこの道具屋は巨乳だやれ最近の音楽はどうだと、それぞれが勝手に言いたいことを話していた。

 気が付けば、人間の友人も増えたものだ。

 ちゃっかり人間界(こっち)の風俗に染まって、人間の青春の風景に混じっている自分が何だか気恥ずかしいような。

 遊びに来てるんじゃない、と浮き足立たないように自分に言い聞かせることも多くなっていた。

 そんなジークだが、ここのところ、深刻な悩みがあった。

「あ、ジー……」

 食堂の窓の向こうから、ビビアン・エンゲルハートが顔を覗かせていた。その横には、当然、ザラも居る。が。

「ビ、ビビアン、いこいこ」

「いいの?」

「ヘーキヘーキ」

 ザラはジークに手を振るビビアンの腕を引っ張って、反対方向に連れて行こうとする。

「何で避けてるのさ」

「その……」

「おーいジークー!」

「わわわわやめてやめてやめて!!」

「ちょ、ザラ、なんなの~!?」

 ジークが引き止める間もなく、二人は校舎へ引っ込んでいってしまった。

「………………」

 立ち上がりかけて空気椅子のまま硬直するジークに、一部始終を見ていたネロとキョウ、グレンが冷ややかな視線を送る。

「避けられている……」

「避けられてるねぇ~……」

「露骨だな」

 ――やっぱり。やっぱりそうなのか。傍目から見ても。

 ここのところ、ザラが目すら合わせてくれない。

 がく、と天から投棄されたように椅子にもたれ落ちる。キョウが詰め寄った。

「何かあったの?ていうか何したの?」

「……特には」

「ジークくんの何もしてない、って、信じていいやつ?私的にはビミョーなラインなんだけど」

「信じてよくねーやつ」

 まさかの身内からの有罪判決だった。

「ま、女の子特有の気まぐれだろう。そこまで気にしなくていいんじゃない」

 大げさに肩をすくめているグレン・エルダーフラワーは、療術科に籍を置く三年生の女子生徒だ。

 華やかな容姿が目を引く中性的な(ホルン)族で――ザラの友人、ロザリアの()()でもある。(ちなみに、キョウの記念すべきナンパ失敗一人目でもある。)

 つまりこの場合のグレンの意見は、そんな彼女ならではの経験と鋭い観察眼から来るものであった。

「俺に会いたくないだけなら良いんだが……近寄らせてくれないと、有事の際に守れない……」

「そこなんだ……」

 一週間ほどだろうか。挨拶をすれば無視され、話し掛ければ逃げられ、挙句、巧妙にジークとの活動時間・場所が被らないように計らうなど、ザラの態度は徹底したものだった。

 ジークはもういっそ、不意打ちを狙おうとストーキング行為を決意し始めていた。

 究極を言ってしまえば、別にザラに嫌われても良かった。いや、確かに辛いが、ジークが最も懸念しているのは、ザラの心身が無事であるかどうか、その一点だ。その為なら、それこそ“死ぬより恐ろしいことだってやれる”。

「セーンパイほんと盲目だよねー」

「ゆーてもやでマーニ、あんな人ほかに居らへんのやて」

「せやねー」

 アホ後輩×2もたまにはいいことを言う。

「わかってるじゃないか」

「大抵の女の子は、君相手じゃ萎縮しそうだものね」

 グサッ。

 グレンの的確な指摘が、ジークの脆い心の大地からトラウマのミミズを抉り出した。

「わかるー、威圧感あるしね」

 グサグサッ。

 陽気なマーニの声が、数々の腫れ上がった苦い思い出のミミズの腹を容赦なく突っついた。

「出来ること多すぎて引くよね。あれ、私、いらなくない?って」

 3hit!

 女子陣(?)の残酷な分析に成す術もなく、ジークはただ殴られるサンドバックとして、その場に在るだけだった。

 魔界に居た頃――特に思春期を過ごした“吸血鬼の館”での異性に関する記憶は、ジークにとっては苦々しいものがほとんどだ。

 『なんかコワイ』・『完璧すぎて面白くない』・『心のどこかで馬鹿にされてそう』――そういった誹謗中傷(あながち心当たりは無くもない)が蔓延して、そのせいで結局のところ、ジークの本質を理解しない異性にばかり言い寄られて、『期待はずれだった』と勝手に失望されるのが定石だった。

 お陰で同性の友人には恵まれたが、ジークの女運の無さは仲間内でもネタにされていた程だ。

 そして実は現在進行形で、このヘルメス魔法学校内でも同じように噂されているのをジークは知らなかった。

「可愛げないよねー」

「むちゃくちゃ言うやん……」

 ディエゴが怯えていた。

「何だよ、男は自律してた方がいいだろ」

 ネロが不機嫌そうにフォローに入ろうとするが、グレンとマーニがそれを笑い飛ばした。

「古い古い」

「いかにもネロくんの言葉だ」

「あぁ?」

「ディエゴくんくらい頼りないほうが丁度いいんだよ」

「確かにね~」

「ええっ……どゆことですのん……」

 何故この二人は目に入る男全てをディスるのだろう。敵のいない女は恐ろしいと痛感するジークであった。

「……ジーク。何か思い当たる節があるなら早めに行動したほうがいいよ。グレンもそう思うだろ?」

「どうだろう。私なら待って焦らすけど」

「君にしか出来ないね……」

「男は理解してないと思われたら即減点だから辛いなぁ。そうだ、これを機に同性と付き合うのはどう?」

「何てこと言いやがるこのアマ……」

「ネロくんにはまだ早いかな」

 ふむ、とジークはいつもの癖で顎に手をあてた。こうすると、考え事が纏まるような気がしていた。

「……強いて言うなら」

 そして閃いた。ついこの間、ザラとこのアホの後輩二人が自室に来たときのことを思い出し、皆に打ち明けた。思えばあの時以来、まともにザラと会話を交わしていない。(あっやっぱりその流れだよね?? シンディ話の挟まる位置調整しても良い気はする)


 マーニの魔法で姿を変えたら、魔界へ帰るのかと問われた。

 ――……お前が一言、言ってくれれば。俺は何処へだって行くし、何処でだって留まる。

『ど……して、そこまでしてくれるの』

 ――好きだから。愛しているからに決まっている。

『あ、の、えと……その……』

 ――俺の命は、魂は、本来ならあそこで尽き果てる筈だった。それを覆したのは、お前だ、ザラ。だから俺の全ては、お前に捧げる。

 そういう覚悟だ。ジークの運命よりも、ザラの人生が勝ったのだから。

 ザラが逡巡する。困らせるつもりは無くても、ジークの取り繕わない物言いは、ただの人間の少女として生まれ育ってきたザラにとってあまりに直球過ぎた。

『じゃ、じゃあ、あの……ジークが帰っちゃったら、寂しいかなって……思わなくもないよ……。っもうちょっと……側にいて欲しい、し……!』


 全て本心だ。見栄も誤魔化しも、何ひとつなかった。盲目だと謗られようが構わない。

 ザラは戸惑っていたようだが、それでも少しは想いが通じたと。そう感じたのは俺だけだったのか。

「……」

「うせやん……」

「ボクらが去ったあとにそんなことがあったの……」

「俺でも言わないかも……」

「えっ……」

「え、じゃないし……」

 友人たち全員が頬を赤くしてドン引きするなか、ただ一人、ネロだけが目を輝かせてジークに同意していた。

 ネロは基本的にジークをかっこいいものだと認識しているのだ。

「なに、魔界式?」

「どう考えてもハーゲンティ式だな……」

 ヤレヤレと皆が一様に溜息を吐いた。同時に、ジーク(こいつ)には理解できないだろうと頭を抱える。

 そりゃあそうだ。そんな風に誰にも嘘を吐かない奴に真正面から愛の告白をされた照れ屋な女の子が、いまどんな気持ちでいるかなど、想像できまい。

「おれやったら恥ずかしゅうて顔合わせられへん……」

「アホ丸出しのキョウ先輩の比じゃない……。ボクなら多分会っただけで股間を蹴り上げる……」

「それはそれで歪んでるよマーニ……」

「な、なんでだ。さすがハーゲンティだろ」

「ネロくん、その価値観は早々に改めたほうがいいと私は思う」

「何がいけなかったんだ」

 ジークが投じた一石に、ネロを除く全員が気まずそうに歯噛みする。

「いけないってことはないけど………………」

「いやあ……こればっかりはねえ………………」

 等々、肝心の問題点の指摘は有耶無耶にされるばかりだった。

 何せあの気難しいザラ・コペルニクスとこの情熱悪魔ジークウェザー・ハーゲンティである。

 どう転べば正解なのか。誰にも分からなかった。

 しかし、誰の口からも否定的な意見は挙がらなかった。

 だって、ここに居る誰もが、ジークを応援していた。たまに正気を疑うが、ジークの想いが本気であることは、重々承知なのだ。玉砕するならそれも見届ける。友人の恋愛事情なんて、男たち(と女性を愛する女性)にとっては、よっぽどトチ狂った相手と手段でなければ、無償で肯定して見守る以外に選択肢は無い。

「俺はどうすればいい」

 ネロはすぐに思い至った。キョウは色々考えたけど、これしかないというように。グレンはどうなっても面白いので、適当に。マーニとディエゴはわからないなりに、ジークを信じて。

 一同は顔を見合わせて、目一杯の笑顔で、魔界の友人に教えてやることにした。


「ジークの思うとおりにすればいい」。


 全員が出した結論は、同じだった。






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