肩ズン・3
大きなキャスケットの下から長い銀髪と、流星のようなきらきらの瞳を覗かせる中性的な美少女だった。
……あれ、でも女の子にしては声が低いかな。どことなく体つきも逞しいし、私の腕を掴む腕も筋っぽい。やっぱり男の子……じゃない。胸がある。どうしてか、直感でどちらとも判断できない。
しかし今から距離を取ってもどうにかなるものなのかしら。
「あはは、アイツもさっきのでひっくり返っとるさかい」
「え、あ……ほんとだ」
走りながら遠くなっていくカエルを見やると、仰向けで痙攣し、なんとも間抜けな姿を晒していた。
「距離取って、おれらで狩り殺したるわ」
訛りのキツイ長身の龍人くんは、褐色の肌をしていて、龍人の最大の特徴である枝のような角がなぜか右側だけにしかない。それ以外は他の龍人と同じように頬の鱗と、腰から垂れる骨の尾があった。丸いレンズのサングラス、幅の広いポンチョを靡かせる姿は、西の砂漠に住むという異国人を思わせる。
「ねえ、あんたもヘルメスの生徒だろ。魔法使える?」
「あ、う、うん、はい!!」
「助けてあげるから、何でもいいから攻撃魔法撃って!」
よし。
たしかに今この状況なら、全力を出せる。あ、でも全力だと森ごと燃やしかねないか……。
何となくキャスリングに意識を集中させて、範囲を限定できるようにイメージ。思い描くのは、避雷針に雷が落ちる映像の巻き戻し。
「行けっ!」
私の掛け声と共に、キャスリングから電撃の柱が発せられる。
大木もかくやというぶっとい光線は、切っ先の大ガエルごと突き抜けて、森に雷で編んだ洞穴を作る。
「うわ、なに今の……」
「今ので良かったですか?」
二人がドン引きしてるところ悪いけど、私の魔法は“これが限界”。何しろ見掛け倒しで威力が無いのである。
「こんだけありゃ充分過ぎるよ。あとは任せて!」
いいんだ。
ヒューマーの子が空間に残った属性エーテルに手を翳し、詠唱する。
「――“霹靂よ!汝に血肉を、汝に神気と経脈を、意志を具現する智慧を授けん。その身の虚ろを嘆き、昏迷する形代と成れ”!」
私が放った魔法の残滓が、ヒューマーの彼(彼女?)の手によって、姿を変えていく。
魔法陣から出でる、数十羽の火花を散らす黄金の鷹。
更に続いて、サングラスの龍人くんが、魔法の鷹に得物の銃口を向けた。
真っ黒いソレは、拳銃と呼ぶにはあまりにも身の長い魔銃だった。龍人くんはそれを片手で構えて、魔力という弾丸を装填する。
「ほい来たぁ!――“借り受けたるは魔を殺すイナズマ。光よ、光よ、裁きの憤怒がお前を急き立てている。東の鬨を耳にしたのなら西へ回りて敵を撃ち抜け。さあ、お前の存在を叫ぶ場所は此処だ”!」
謳い上げるような詠唱とともに、発砲。
弾丸サイズまで縮んだ魔法陣が光り輝く鷹に命中した。途端に、それまでただふよふよ漂っているだけだった魔法の鷹たちに、生気のようなものが宿り、一様に龍人くんのもとへ集いはじめた。
「えっ。あれ、そっち撃つの!?」
「そ。ボクが錬成した魔法生物と、ディエゴの魔獣を操る弾丸。それがボクらの戦法ってコト」
「せやから、おれとマーニは最高のコンビ!」
なるほど、錬金術師のマーニくん(ボクって言ったしそう呼んだほうがいいのかも?)と、馴手のディエゴくんだったワケね。
「やっこさんもそろそろ起きてくる頃やろなぁ」
褐色肌の龍人くん―ディエゴくんが苦い顔で呟いた通り、大カエルは気絶の淵から戻り、むっくとその巨体を起き上がらせた。
――バン!
耳元での激しい破裂音に、私は思わず身を屈める。
「うわっ!?」
ディエゴくんが先手必勝とばかりに魔銃を発砲、同時に雷の鷹たちも弾丸と同じ速度でカエルに襲いかかった。
魔弾と魔法生物の挟撃で、カエルのジャンプに足止めがかかる。ときどき粘膜に足を取られて消滅する鷹もいたけど、とにかく質量でゴリ押し。
「マーニ、そのお嬢ちゃん頼むわ!」
「言われなくても!」
ヒューマーの――マーニくん、ちゃん、さん?がその辺のキノコを手に取って、また錬成。今度は薄い膜――ではなく、人一人包めそうなくらいのクラゲを創り出し、私とマーニくんの前に浮かせた。
「一応、物理防壁と魔法障壁ね。効果は薄いかもだけど、無いよかマシでしょ」
「あの、私がまた何か魔法を使えば良かったかな?」
「え?いいよいいよ、さっきあんなの撃ったから、もう魔力の残量的にキツいでしょ」
全然そんなことないけど。不用意に吹聴することでもないのでそういうことにしておいてもらおう。余計な手出しをして、かえってトラブルを増やしかねない。
「アカンわ、こいつどーあってもその子狙いや!」
鷹たちを引き連れたディエゴくんが一定の距離を保ちながら立ち回って大カエルを攻撃し続けるも、カエルは意に介さないことにしたのか、まるで夢の続きを見つけたように私のほうへ一直線に跳躍する。
「陽動にもなんねえのかよ、馬鹿!」
「そんなん言うてもやでぇ~!!」
「いいから戻ってこい!ボクの術を無駄にしやがって」
「エ~ン……」
あれ、意外とパワーバランスおかしいぞこの二人。
なんて思っている間に、ディエゴくんが私たちのもとへ走ってくる。私もマーニくんに合図され、三人で逃亡続行。
ディエゴくんが息を切らせながら、サングラスの下で半べそをかいていた。
「ぜんっぜん削れへん。図体デカいだけあるで。コレあかん」
「なに弱気になってんだよ。死ぬまで攻撃すりゃいいんだ」
「ちゅうか、なんで攻撃してこおへんの、あいつ」
「さあ。いたぶられるのが趣味なんじゃない」
「ただビョンビョコ跳ばれてこっちがバテそうやでな」
「じゃあバトンタッチだ。ディエゴ、お前が援護して」
「ラジャ。無理せんといてな、相棒」
「任せろ、相棒」
短いやりとりの後、二人はハイタッチでリングとセコンドを交代。
今度はディエゴくんが私と並走し、マーニくんがその後ろで臨戦態勢をとった。
「“装甲錬成・掠める者の鉤爪”」
はじめて現れたときと同じ言葉を口にする。
見る見るうちにマーニくんの両足が、鱗に覆われた禍々しい怪鳥の足趾へと変わる。
「食ら、えぇっ!!」
人間を越えた速度で助走をつけ、マーニくんが鉤爪を武器に、カエルにドロップキックを極める。
「やった!」
命中。
鉤爪が粘膜と皮膚を貫き、カエルの頭部に食い込んだ。
――その瞬間。
「ッ!?」
マーニくんの動きがそのまま停止した。
「て、め……ッ」
マーニくんは翻ることも、着地することもない。ただただ――
「――舌、短かっ!!!!」
カエルの舌に足を絡め取られ、固定されていた。
そうか、こいつ、反撃をしなかったんじゃない。自分の射程に入らないから、反撃出来なかったんだ。
大カエルの舌は分厚く、明らかに普通の両生類や爬虫類と比べて短い。それこそマーニくんぐらい接近したのをやっと(――といっても尋常じゃない力で)抑え込んでいる。本来彼らは空を舞う虫やすばしっこいネズミを待ち伏せ、捕食するために進化してきた。が、こいつは最初っからデッカいので、その必要も無い。だから舌も退化した。だからどんどんジャンプして追い詰めて、あるいは獲物が近づいてくるまで辛抱強く待って、一気に食う。害ある魔物だから。
すこしでも身動きすれば、マーニくんの足が折れるだろう。ぎちぎちと何かが軋む音が、それを物語っていた。
「がっ、は……ッ!!」
カエルはそのまま横薙ぎに、マーニくんを放り投げた。木々や地面に背中を打ち付けたマーニくんが嗚咽する。
「マーニ!!」
それを見たディエゴくんが、蒼白な顔でなりふり構わずマーニくんのもとへ駆け寄ろうとする。
だけどその前にはカエルの魔物が立ち塞がっている。
「ディエゴ、来ちゃ、ダメだ……!」
うん。彼はダメだ。
なので――私が行く。
幸い、さっきの防護クラゲをマーニくんが残していってくれた。
「ッ、ちょっと……!?」
ここにきて何度目かの、カエルとの対峙。ヤツがあんぐりと口を開けて、私の眼前に迫る。
ねえ、もうそろそろ出てきていいと思うのよ。
気が付けば、私達は森の入口までやって来ていた。
「お嬢ちゃん!!」
「いいから、マーニくんを!」
怖くなんかない。そして私は死にもしない。
私を捕まえようと伸びた短い舌は――その目的の寸前で、濃霧となって消えた。
そして霧が散る束の間に、私は“誰か”に抱えられて、その場から離脱していた。
「待たせたな」
ほんとに。
耳馴染みのある低い声が、心地いい。
「遅いよ、ジーク」
はあ、と溜息を吐いて、ジークの肩に軽く頭突きしてやった。
あたりの景色がまたクリアになる頃には、ディエゴくんがしっかりとマーニくんを介抱していた。
しかし、彼の顔には警戒の色がある。あ、まあ、当然よね、いつの間にか知らん人増えてるし。
「新手か……!」
ディエゴくんの魔銃がジークに突きつけられる。
……新手?アラテって。
「あ、ち、違うよ!この人は、人間……?みたいなものだから!」
「気配が人間じゃない。それに――それに、その陳腐な擬態は何?」
私の説得がマーニくんの鋭い質問に遮られる。
「え……どうして」
核心を突かれ、私は動揺したままジークを見上げた。ら、眉間に手を当てて、やってくれたな、と一言。
「やっぱり、してるんだ」
「……っカマかけたわね!」
「撃ったらわかることやんな」
ディエゴくんが引き金に指をかけている!
「やめてったら!今の見てたでしょう!?彼は、私を助けてくれたじゃない!」
「あんたを助けたからって味方とは限らない」
「もおー!言い争ってる場合じゃないのに……っ!」
私と凸凹コンビはお互いに全く譲歩しない。ていうかジークも黙ってないで何か言い訳してほしい。
だってこうしている間にもカエルの魔物は、ボンヤリと自分の舌が消えて失くなったことに疑問を抱いて――ちょっとだけ考えてはみるものの、まあいいかと短絡的に納得して――それでも尚こっちに向かって来ているのだから!!
「うわわわ、きたきたきた!」
「あかんあかんあかん」
「ジーク、どうするの!?魔力ある!?」
「要らん」
私が慌てて腕を引っ張って急かすと、ジークが例の鍵を取り出した。相変わらずの軽快な演出とともに、フラスコがジークの手元に出現する。マグマに似た赤い液体がぱちぱちと閃きながら、硝子の中で揺れていた。
「伏せてろよ、お前ら」
悪魔のように嗤って、ジークが魔物に向かってフラスコを投げつけた。
突進してきた魔物の粘膜とフラスコの表面が接触すると―
腹の底に響くような衝撃が辺りを支配し、熱波の抱擁と、遅れて突風がやってくる。私がスカートを押さえつける間もなく――
――爆散。
煙が立ち上ると同時に、私たちの頭上に、魔物の手足と臓物の欠片が真っ赤な雨となって降り注いだ。
「ギャーーーーーーーッ!!!!!」
「ウワーーーーーーーッ!!!!!」
目の前をカエルの腸と思しきブヨブヨの管がバウンドしていった。思わず私は、ディエゴくんと絶叫のシンフォニー。
さっきまで私たちを脅かしていた大ガエルの魔物は、ジークの爆薬弾であっという間に亡き者になった。わあ、錬金術ってすごい(白目)。
あの、もう、泣きそう。
「だらしないな、ディエゴ」
「モツはあかん……あかんて……」
ディエゴくんが美しい夕焼けのようだった褐色の肌を沼地の土色に変えて、毅然としたマーニくんの背中に隠れていた。
.
.
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「なあ……あんたら、ナニモンなん?特にそっちの牛頭」
「ほお」
「おれの使い魔が視とったわ。アホほどデカい牛の魔物をな」
ぐったりと。完全に腰を抜かしたディエゴくんが、髪についたカエルの皮膚を引っペがしながら尋ねた。マーニくんが、それを支えるように背中合わせで座っている。
「俺は魔界の悪魔大公、ジークウェザー・ハーゲンティだ」
「本物の……魔族……!?」
にわかにざわつく凸凹コンビ。なるほど、こ、これが普通の反応だったのか。
「しっ、しかも……ハーゲンティ……大公……。ああ、ああ、そうや!あんた、七十二家……錬金術師の魔族やんな!?」
なにやらディエゴくんが百面相をしていた。
「ああ。流石に馴手ならわかるか。どこかの炎バカとは違う」
その炎バカの人が今の発言知ったらそれこそ烈火のごとく激怒すると思うんだけど。
「え、あ、そんな……悪魔大公なんて……馴手と召喚士の憧れっちゅうか、なんちゅうか……。あ、握手してもろてもええでっか……」
「ふむ」
「で、でも今のご当主はジークウェザーはんとちゃいますよね」
「俺はその息子だ」
「あ、あ、ほんなら次期当主やん……!ほ、ほんに、お世話になってます……(?)」
多分本人も何を言っているのかわからないまま、魔物や隣次元存在と関わる魔導士としての本能に従ってか、ディエゴくんが腰を低くしたままジークと握手を交わした。ディエゴくんは「ほんま尊い……」とか呟きながらしばらく自分の手のひらを見つめていた。
「でっ……」
マーニくんが、そんなディエゴくんを押しのけた。
「弟子にしてください!!!!!!!」
押しのけて、土下座した。
これにはさすがのジークもぎょっとしたようで、さっきから腕を掴みっぱなしの私にも伝わるくらい、体が跳ね上がった。
……で、弟子、ときたか。
「ボクの錬金術は魂のない生物を作ったり、モノの情報を変換するだけ……でも、あなたの魔法は、それこそ塵を宝石にだってできる……!!」
マーニくんが芝生に向かって熱弁していた。声も顔も、今にも地面にめり込みそうだった。
「お願いします!!このとおりです!!」
いや、うん。確かにこれ以上ない姿勢だけども。
「ま、まあ……か、考えて……やらんでもない……」
「ウオオオオォォッありがとうございますありがとうございます!!」
「いい、いいから!何でも見てやるからもう頭を上げろ!!」
マーニくんが男らしい雄叫びをあげ、あまりに地面に頭を打ち付けて感謝を表すので、ジークが気圧されてうっかり安請け合いしてしまっていた。
「あーあ……どうすんの……」
「弟子の一人くらいなら良いだろう……」
だそうです。勢いで師匠を得たマーニくんに拍手を。
マーニくんとディエゴくんはすっくと立ち上がって居住まいを正すと、
「改めて、ボクは錬金科二年、マーニ・ウルスラグナ。よろしく」
「馴手科一年、ディエゴ・クワンティーノどす。よろしゅうたのんます」
二人で深々と、息ぴったりにお辞儀した。
……。
…………。
…………………ん?
「うるす……」
「らぐな……」
どっかで聞いたような。かなり最近。ものすごく重要なことだったような。
ジークと顔を見合わせる。
そして、お互いの記憶と目の前の事実が、かなりのラグで結びついた。
だって、そんな、ことって、ある??
「「ウッ……ウルスラグナアアアアアアアァァァァッッ━━━━!!!??」」
かくしてジークは、とうとう、自分の探し物にたどり着いたのでした。
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・今後もっとも加筆修正が行われそうな回。




