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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
1.魔族にズッキュン
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魔法少女はカンベンしてください・2





「なんか広くない!?」

「二部屋ぶち抜いてるからな。これでも狭いくらいだ」

 なるほど、これは確かに部屋っていうよりほぼ工房だ。

 案内されたのは、ジークが人間界で仮住まいにしているという旧校舎の二階。

 二十人が席につける教室の壁がとっ払われて、そのまま全く同じだけの空間が奥に広がっている。しかしそこには既に学び舎としての面影はゼロ。ジークによって運び込まれたらしい高級そうな家具や大量の書物やマジックアイテムが整然と並べられ、壁にはおよそ教室では見かけない怪しい煙を噴出する釜戸や暖炉が設置されていた。キャビネットやサイドテーブルの上に置かれた蝋燭やアロマ、お香、壁にかけられた謎のタペストリー、異国風の食器などがカオスっぷりに拍車を掛けている。

 そしてなんか黒い。赤い。本来美しい木目調の壁も床も、黒一色で新品同様に塗装し直され、たまにアクセントで赤い家具やカーテンが自己主張している。校長先生の執務室によく似ているというか……お化け屋敷……?的な……?

 この短期間でここまで完璧にリフォームできるものなんだ……。錬金術師ってすごいなあ(白目)。

「コーヒーと紅茶、どっちにする」

 早速ジークが台所らしき場所に向かう。

「あ、紅茶で」

「わかった。適当に座ってくれ。寒くないか?」

「だいじょぶ」

 言われるがまま、私はカウチに腰掛けた。ふかふかで、布の触り心地も気持ちいい。

 ジークの部屋だ……。ここで毎日寝起きしてんのか……。

 男の人の部屋ってはじめて来たな。思ったより綺麗。あといつものジークの匂いがする。スパイシーで甘くて、ちょっと苦い空気。

 ――とか、改めて染み染みと感じ入るのだった。フェイスくんから預かった水晶も、一応、黒いテーブルの上に設置。

 私が忙しなく辺りを観察している間に、ジークが紅茶の入ったガラスのポッドとティーカップ、お茶菓子の乗ったトレイを持って戻ってきた。

「なにこのクッキー、かわいい!」

「だろう」

「手作り?」

「フフフ……」

 可愛らしくラッピングされた袋の中には、やたらガーリーなアイシングクッキーが入っていた。水玉模様のハート型、レース模様のネコ型、……間違いなくジークの手作りだわ。そういう細かいとこキモいな……。

「おいしい!」

「だろう」

「紅茶もすごい……いい香り~!」

「フフフ、そうだろうとも」

 それしか言えんのかコイツは。

 ビビアンとフェイスくんの二人を待つあいだは、私はここでお茶をしてればいいんだろうか。どうにも落ち着かなくて、私はやっぱりそわそわと部屋の中を見渡してしまう。

「部屋が気になるか?」

「うーん、まあ」

 ジークの部屋だからっていうのもあるし、なによりここは一流魔導士の工房だ。

 いち魔法学園生徒としても、なかなかにない機会にさっきから少なからず好奇心が疼いている。

「別に見られて困るものもないし、興味があれば見ていいぞ」

 紅茶を啜りながらあっけらかんと答えるジーク。

「ほんと!?やった」

「ただし危ないから無闇にモノを触らないように」

「はーい!」

 私はクッキーの最後のひとかけらを口に放り込んで、ごっくん、飲み下すように完食し、跳ねる足取りで部屋の探索をはじめた。

 この部屋はとにかくモノが多い。お店みたいだ。

 家具の配置からするに、ドア側の手前が居住スペースで、奥がメインの工房って感じかな。

 ベッドとテーブル、カウチソファの向こうに一度、ラタンのパーテーションがあって、そこから本格的に本棚や机が並んでいる。

 収納箱の山を掻き分けた一番奥に、黒板とクローゼットらしきものも発見。その脇にも、あらゆるスペースを活かして、ひたすらモノが置いてある。天球儀、フラスコ、植物に骸骨、人体模型、弓矢に剣……一体これらの内どれくらいがちゃんと役に立つものなんだろう……?

「錬金術師に不要なものなどない」

 だそうです。

「クローゼット、中見てもいい?」

「……構わないが、興味あるのか。そんなものに……」

 やや呆れ気味で言われたものの、私、気になります。

 思ったとおり黒い服ばっかり入っていた。それも仕立ての良い。ジークの資金源って何なんだろう。って、アレか。そういえば前に商店街で薬品の卸業の話とかしてたな。

 更に私は次のモノへ。気分は美術館とか博物館ね。

「ねえ、これは?」

「魔物の爪の瓶詰めだ」

「こっちは?」

幻界(ミラージュ)の天秤……らしい」

「うわ、羅針盤だ!はじめて見た!」

「黒魔術科では使わないのか?」

 私が騒がしくあっちこっちに目移りし、ジークがそれに逐一丁寧に解説を挟んでくれる。

 これはこれで楽しい時間だ。ジークもなぜか穏やかな表情をしている。

「娘がいたらこんな感じだろうか……」

「なに父性に目覚めてんの」

「いや、可愛いなと思って……」

「うるさいよ変態」

 娘扱いはちょっと不満よ。

 そうこうしているうちに、部屋に扉をノックする音が響いた。

 ジークが扉を開けると、ビビアンとフェイスくんが、荷物を抱えて廊下に立っていた。

 二人は躊躇なく室内に足を踏み入れる。

「お邪魔します。ずいぶん楽しそうだったね」

「ウワ、黒ッ!なにこの部屋。吸血鬼かよ。カビ生えてそう」

 早速デリカシーないな!!打ち合わせでもしてきたのかよ。

「こっちは準備完了」

「あたしも。いちおー倉庫の目録借りてきたわ。あと使用許可書もばっちし」

 しかし曲がりなりにも(実技だけは)成績優秀者たち。ビビアンは書類片手にメロイックサインで、有言実行、ぬかりは無さそうだ。

「二人の紅茶も淹れてこよう」

「ありがとう。じゃあ僕は早速、儀式に移ってもいいかな」

「頼んだ」

 ビビアンは私と同じカウチソファ、フェイスくんはお誕生日席に用意された布張りのスツールに腰掛けた。

 フェイスくんは先ほどから小脇に挟んでいた、金属ワイヤーで出来た羅盤をテーブルの上に広げた。折りたたみ式で普段はただの輪っかだけど、魔力を込めて展開すると――

 “ガチッ”。

「よいしょっと……」

 複雑なワイヤーの円で組み合わさった立体の球儀になる。

「いい?ザラ。これはキミの武器を創る上で重要な情報が出ることになる。念のため言っておくけど、どんな結果でも、あくまで僕が占った以上のものにはならない」

「は、はい……?」

「だから期待しないこと。失望もしないこと」

「なんとなく、了解です」

 彼独自の哲学があるってことね。

 フェイスくんは更に腰のポーチからカードを取り出し、球儀の空洞へ放り込んでいく。魔力を内包したその空間の中で、五枚のカードがふわふわと泳ぐように浮遊していた。

 フェイスくんが義肢の左手をかざし、詠唱する。

「“僕は識りたい 僕は視たい 僕は聴きたい この双つの脳 この双つの魂 この独つと半の体へ ザラ・コペルニクスに相応しい石を、花を、樹を、色を、星を、月を、酒を、鳥を、指し示し給え”」

 ゆらゆらと指揮をするような魔法合金の指先と、カードの舞が連携する。フェイスくんが指を軽く鳴らすと、五枚のカードが球儀を飛び出して、吸い込まれるようにフェイスくんの右手に収まっていった。私とビビアンは見慣れているので、あとはフェイスくんの声に集中するだけだった。

「はい出た」

 何事もなかったかのようにフェイスくんがカードをテーブルの上に並べ始める。

 時を同じくして、ジークが追加の紅茶とティーカップを現れる。トレイを端に寄せ、私たちはフェイスくんに注目した。

「ザラと相性がいいのは月長石、ルージュ、赤ワイン、北天の星、ドクニンジン」

「ドク……!?」

「ふむ。なるほど。参考にさせてもらう」

 不穏な単語に驚愕する私を差し置いて、ほかの三人はさっさと自分のメモ帳やらノートにその結果を書き出していた。はっ、私も私も。

「ってなるとー、それ全部集めてくればいいワケ?」

「ううん。ジークも言ったでしょ。参考程度。自分の魔力を流す道具が、自分の持つ属性に近いもののほうがラクなの、魔物学科なら身に染みてわかってるでしょ」

「あー、たかしー。まああたしらは相手によっても変えるけど」

「ザラは特に、魔力の流れを制御することが肝心だ。単に増強が目的なら、占いは必要ない」

「そういうものなんだ?」

「うん。ザラはもうちょっと自分の能力に慎重になって。」

 はい。仰る通りです。

 さて、と今度はジークが咳払いして、分厚い革製の手帳を広げた。

「次はお前の番だ、ザラ」

「はあ」

「いくつか質問をする」

 私は居住まいを正して、ジークの方へ向けて足を揃えた。

「形状に関して、何か希望はあるか?」

 まずは形か。

 魔導士が持つ武器として一般的なのはやっぱり、大型の杖や本を想像するわよね。あとは短剣や鎚、フェイスくんのようなカードも見かける機会が多々ある。召喚士や馴手はクリスタルとかペンデュラム、知っている限りでは、アクセサリーそのものに魔法の刃をつけたり……なんて変化球もあるけど……。

「うーん……ジークが言う通り、今後自衛の手段として常に携帯しておくなら、やっぱり持ち歩き易いのがいいかな……。大きくて目立つロッドやスタッフは邪魔だし。あとかわいさは必須ね!この間のシンディのオーブみたいなのも良さそう!」

「小型、デザイン性、と……。他には?」

 私は頭を捻って、なんとなく理想をこね回してみる。小さくて、可愛くて、便利で。

「……耐電性?」

「お前の魔力に耐えられるモノを作るんだ、その辺は安心していい。もっと細かく、色とか」

「あ、銀がいい。銀!キラキラ!」

「わかりー、スワロ鬼盛がいいよねー」

「ねー」

 さすがビビアンわかってる。ナックルをデコりすぎて叱られただけのことはある。

「じゃらじゃらは必須じゃね?あたしマジ超きゃわなストラップあげるよ」

「わーい」

「デコレーション、と……」

「モチーフは王冠とか、植物とかがいいなぁ」

 おお、なんだかイメージが膨らんできた。

 私とビビアンがアレコレ口に出しているあいだ、ジークは熱心にそれを聞き取り、ペンを細かく動かしていた。

「……っと、大まかには、こんな感じでどうだろうか」

 どうやらデザインラフを描いていたみたい。しっかりアタリまで取って、こんなところにまで妙な器用さが伺えるほどの出来である。

 しかし問題点が二つ。

「こ、これって、い、いわゆる魔法のステッキ、だよね……?」

 ジークが提示してきたのは、ペンより少し大きめの、手のひらで握り締めることのできるサイズの杖だった。

 ムーンでプリズムな感じの。メークアップできそうな感じの。おジャマでドッキリドッキリドンドンで、もしくはカレイドライナーでプリズマな。

 いや、確かに要望全部入れたらこうなるかもしれないけど。

「何だ。ごく普通だろう。古来より、魔女といえばステッキ、ステッキといえば魔女だ」

「どっちかっていうと魔法少女では……?あと微妙にデザインが禍々しい……」

 可愛いけど。果たして十七歳女性が身に着けていても許されるものなのでしょうか。

 あとジークのデザイン画だと王冠はいいとして下の髑髏と目玉がいらない。植物がいいとは言ったけど薔薇もちょっと趣味じゃないっていうか。蝙蝠の羽もいらない。魔界センスが過ぎるでしょ。私の隣でビビアンも、素っ頓狂な顔をしていた。

「文句が多いな……ステッキを使う魔女だって大勢いるぞ」

「私はエレメンタルスクールの学芸会に出てくる小さな魔法使いが持ってるのしか見たことないわ……」

 でも現状これが最適解よね……。私も代案が出せるワケじゃないし、とりあえず見た目だけでも何とかならないかな……。

「なら意匠は得意なヤツに任せるとするか。誰か心当たりはないか?」

「あ。ロザリーがそういうの得意かも。私のファッションの師匠。前にカフェで会ったでしょ、龍人の。お菓子対決の時にも来てた」

「彼女か……。ふむ。頼んでみるか。あとはエンチャントだが……」

 ここで一同、沈黙。

 各々が気まずそうに顔を伏せ、空になったティーカップに口をつけた。サク、とジークお手製のクッキーを齧る音が室内に虚しく響く。

「……」

「期待はしていない。……材料から厳選する必要がありそうだな」

 私は少しむっとしてジークに詰め寄ってみる。

「ジークは知り合いに居ないの、黒魔術師とか、呪術師の」

「居るには居るが……正直あまり恩を売りたくない……」

「あっそ……」

 一番の仲良しがネロ先輩とキョウ先輩だものね、推して知るべしと言うべきか。

 更に話し合いを重ねること数十分、お茶もお菓子も尽きてきたところで、私の武器の構想については、おおかた纏まりつつあった。

 デザインは一旦保留、エンチャント効果、最低限の材料の見積もり、期限などを相談し終えて――ジークがいつものように顎に手をあてていることに気付く。

「どうしたの、ジーク。……やっぱり難しい?」

「技術的には問題無い。むしろ俺の本領発揮といったところだ」

「技術以外……?」

「魔力が。足りない。たぶん、圧倒的に」

 あ。ビビアンとフェイスくんはいざ知らず、以前からの話を思い出した私までもが、ジークと同じように口元を手で覆った。

「……薬やアクセサリーで何とかならないの?」

「回復薬を逐一飲みながらやるのか?それにアクセサリーはこっちの人間用だ、それこそ魔族用のものを錬成しなければならん」

 ってことは。

「ハイハイ私が何とかすりゃーいいんでしょ!!何!?また腕!?」

 無闇に偉そうなジークに対しややキレ気味で訊ねる。ビビアンとフェイスくんが後ろで「腕ってなんのこと?」「ザラに何したんだアイツ。ブッ殺すか」などとひそひそ会話をしている気がする。

「今回の分なら血肉とまではいかないが、……髪とか爪とか……唾液とか……粘膜とか……垢とか……」

「イヤアアアアァァァッ!!発想が気持ち悪いッ!!無理ッ!!見て、鳥肌!!」

 さすがのジークも言いづらそうにしていたものの、実際口に出されるとしんどいものがある。完全に採取じゃん。人権が見当たらないよ。私は虫とかそういうのじゃないんですよ!?

「仕方ないだろう!あとは、そうだな、……接触か……」

「あ、ああ……図書館の時に、手握ったもんね」

「は?……いって!!」

 はい、ビビアン抑えて。フェイスくん咄嗟に足を踏んでくれてサンキュー。

「それの……更に上かな……」

「上、って……」

 ABC的なことでの上でしょうか。それとも部位的な上でしょうか。

「ハグかキスだな、さあ選べ!!」

「ハグで!!!!!」

 即答。このあとジークは、やっぱりビビアンにしばかれてました。

 という感じで私の武器制作緊急ミーティングは終了。

 かくして私は武器への要望の具体化、ビビアンは材料調達の為の魔物との戦闘、フェイスくんは錬成に最適な時間と場所の選定、ジークは錬成のプランニングと、それぞれ課題を抱えて奔走することとなった。






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