パーティータイム・ウィズアウトユー・2
「──結局身体はそのままにするのか?」
「そ。もう少し色々出来そうなことがあるんじゃないかと思ってさ。家族の説得のほうが大変そうだけど」
「だろうな」
「ま、一族初の完璧な雌雄同体になってみせるよ。ホムンクルスだって自作し放題!!」
「やめろ。悪魔でもその発想はしないぞ……」
今だ、と思った。
ジークがようやく教師の仮面を外して、友人兼弟子であるマーニくんと親し気に話している。そしてちょうどその話も区切りがついてそうなタイミング!
私は意を決して、やつのもとへと飛び込んだッ!
「ジーク!」
「ザラ……!」
「遅い!」
私が登場すると、ジークは驚いて目を丸くしていた。まるで想像もしていなかった素振りね。
やれやれと呆れているマーニくんのほうがよっぽど空気を察しているというものだ。
ちなみにマーニくんはペールカラーの大きめのジャケットとセットアップのキュロットというスタイルで、可愛らしさとカッコよさが両立した何とも彼らしい装いだった。
私とジークの間に挟まれたマーニくんは、さっぱりと会話を切り上げて、身を翻した。
「じゃ、ボクはこれで」
気を遣ってくれたんだろう。ちょっと悪いことしたかも。うう。でもマーニくんなら分かってくれると思ったんだ……今度何か奢るから……という気持ちも込めて、彼の腕を引いた。
「マーニくん」
「何?」
凛とした印象のある横顔には、前よりも鋭さが増したように思う。師匠に似たのかな。
でも、やっぱり、つい目を奪われてしまうような魅力がある。前より背が伸びて、声も低くなった。
ムズいなぁ、と言っていたディエゴくんもきっと私と同じように、何かに夢中になっている人のぎらぎらした雰囲気に惹きつけられて仕方ないのかもしれない。
「……優勝おめでとう!」
「ん!」
「あ、あと庭のほうでディエゴくん待ってるよ!」
「お。サンキュー、行ってくる」
師匠に似ても似つかない、くしゃっとした無邪気な破顔に、私まで釣られて目を細めてしまった。
きっとマーニくんはこのまま真っ直ぐ、迷うことなく庭園まで向かうんだろう。
ホールよりも暗い場所に駆けていく姿が眩しかった。
「……そういうのは恥ずかしくないのか」
「え?」
やっと会えたと思ったら、開口一番、しみじみと不思議がられたんだけど。何なんですかこいつ。
なんのこっちゃと首を傾げていると、ジークが私のドレスに注目していることに気付いた。 そして、ジークの髪と自分のドレスの色を見比べて、ようやく疑問の意味を理解した。
「あっ、え、えっと、これは、私の肌と髪の色に合うから!ほら!珍しいデザインだったし!」
それまで真顔だったジークの顔面が、どんどん喜色に染まっていく。にやにやにや~と、徐々に口角が上がっていくのが実にムカついた。
別に間違ったことは言ってません。私は私の趣味と実益を兼ねてこのドレスを選んだので。一番可愛いと思ったから着てるだけです。
とりあえず私は適当にグラスを二つ用意して、ジークと乾杯した。学生が主役のパーティーなんだから、お酒は入ってないと信じたい。
ふと、ジークのネクタイピンに、ブラウンの宝石の輝きが宿っているのを垣間見た。そういえば、私の瞳と同じ色だ。
私はそのことに気付かなかったふりをして、頬の紅潮を冷ますように、冷たいノンアルコールカクテルを飲み干した。
平静を装い、当たり障りのない話題を提供してみたりする。
「仕事、楽しい?」
「……どう、なんだろうな。あまり考えたことが無かった」
「自分の気持ち感じるの、下手だよね~」
「ザラへの愛情は自覚している!!」
「はいはい」
いきなり大声出すと、周りがびっくりしちゃうから。今日は一段と響く場所だから。なんで懲戒処分にならないんだコイツ。
「まあ……やる事があるのは良い」
「無いよりはいいよね」
二人で居る時に、ジークはあまり仕事の話はしない。もちろん、同じ場所に通っているから、今日こんなことがあったよねーとか共通の話題については触れるんだけど。
ジーク自身がどう大変だとか、どう勤しんでるとかは全然喋ってくれなくて、ちょっと寂しいような気もしている。どうせ、一人で抱え込むのが格好良いと思ってるんだろう。
お互い、今日の技術大会に向けて忙しかったこともあるし。
ここはひとつ、思い切って誘ってみよう。
「……ねえ、屋上、行けるかな?」
「連れてってやる」
「やった!」
私とジークはこっそり会場を抜け出して、講堂の屋上目掛けて階段を駆け登った。
なんだか隠れて悪戯しているみたいで、わくわくした。
結局最後は力尽きてジークに抱えられ、彼の身体能力にモノを言わせて、講堂の屋根の上までやって来た。
いつかと同じだ。ジークと二人、月にも手が届きそうな場所で、城主のようにエメラルド・カレッジ・タウンを見下ろす。
坂の上の学校は真っ暗で、町中でも賑やかなのは私たちの足下くらいだった。
お馴染みの朱鷺のレリーフがあしらわれた石屋根の上に腰掛けると、エメラルドホルンから吹き付ける乾いた風が頬を撫でた。
私の隣に、ジークも大股を広げてどっかりと座り込む。落ちるなよ、と言いながら背に回された手の温度を感じる。
「──母が死んで、お前に会うまで、俺の生きる道は一本だった。ただ姿を変えて、二度と悲劇を繰り返さないように……親父が誇れるような男になりたいと、それだけ考えていた」
ああ、さっきの続きか。
ここに来るまで、私が訊いたことを真面目に考えていたんだろう。ジークは徐に語り始めた。
楽しいかどうかより、やるべきことがあるかどうか。
ジークの行動原理と指針はいつもそうだ。まるで何か──自分に禁じているみたいに。
「……うん。でも、変わったんだ?」
「変えられた、が近いな。あの日から俺の運命は俺のものじゃ無くなった。毎日、予想も出来ないことばかりで……初めて、自分が生きてる意味について考えたりした」
「ええ?」
「ザラに何をしてやれるか、とか……どうしたらザラを守れるか。その為に、ザラの周囲とどう関わるのか」
奇しくも去年と同じ状況で、ジークも何か、思う所があったのか。
きっとずっと話したかったのは、彼も同じだったのかもしれない。
私は隣で、ジークの言葉を待っていた。それは、私というより、自分自身に向けて、確かめるように放たれるものだったけど。私も一緒に受け止めようと思った。
「俺はずっと、家族への罪悪感で動いてたんだと思う」
「今は違うでしょ?」
「違うな。むしろ、自分がどう生きて、誰を幸せにするか……結局それが巡り巡って、一番の家族への孝行になるんじゃないかって気がしてる」
「そうだね……」
ジークのお父様──ヴィリハルトさんも、ジークが教職に就いたことについては、自分の後を継ぐと奮起していた時より喜んでいたらしい。きっと、やっとジーク本人が、彼らしい生き方を選んだからだ。
私もその方がいい。ジークの穴埋めのような目標は、確かに、彼の愛する者にとことん尽くす性質からくるものだったのだろう。悲しさや寂しさを埋める為のものでもあった。
きっとジークの中で、十年前の事故について後悔して、それを帳消しにすることが、お母さんとの唯一繋がりだったんだと思う。
だけど、もう、ジークは変わった。変わってしまった。
それが良いことなのか悪いことなのか、わからない。
いつか魔界で彼の友人たちも、同じことを口にしていたっけ。
「大丈夫。お母さんを裏切ったことにはならないよ」
「……ありがとう」
私も彼の真似をして、背中に腕を回してみた。
広くて硬い背中に、何度も守られたことを思い出す。
大丈夫。もう一度繰り返した。
ああ、私、このひとを幸せにしたいなぁ。しなくちゃな。そんな気持ちが溢れてくる。
私たちは少なくとも、これからやって来る二人の新しい家族に会うまでは、死んでも死にきれない。ジークには心身共に、健全で居てもらわないといけないしね。
「私も大切な人が増えるたびに思うの。ずっと大事にしたいって」
ジークの瞳を覗き込んだ。
金色の中に星の光が弾けて、宝石みたいだった。
「いつか、離れたりしちゃうのかもしれないけど、それまでは嬉しいことも悲しいことも全部、分かち合いたいよ」
──いや。本当は最後まで言ったつもりだったんだけど。
分かち合いたいよ、の大分手前で、私はジークに思いっきり抱き締められた。お約束だけど痛いものは痛い。
「な、何、急に……!?」
「お前も慣れないな」
「あんたがいつも唐突なのっ!!」
「──好きだ。愛してる」
「わ、分かったから、重い、苦しい」
耳元で深刻そうに囁かれるとくすぐったいやら気持ち悪いやらで情緒おかしくなるから。早々に引き剥がさせてもらった。ていうか暑い。痛い。力加減は大分してくれるようになったけど、トップスピードがね、あんのよこのハグ。ハグにスピードがあるって何だよ。
「ザラ」
「なに?」
「俺が──俺が幸せになるには、お前が必要なんだ。だから、これからも側に居させてほしい」
「そんなの、聞くまでもないじゃない」
「ああ」
わざわざ聞かなくたってストーキングしてくるくせに、今更何を言っているのやら。
むしろ私のほうが──ジークが居ないとダメそうだ。結局、当初危ぶんでいた通り、甘やかされたダメ人間になってしまった。どうしてくれるのかしらね。
「もう。ザラ、ザラって。嬉しいけど、他のことはいいわけ?」
「何を言う。俺の魂を燃やすに相応しい!」
静かな屋上に、ジークの威勢の良い声と、どんと胸を叩く音が響いた。アホだ。
「ジイさんも親父も、愛する女の為に無茶を通した」
「そ、そうなの?」
「ああ。ジイさんはバアさんに出会った頃、見向きもされなかったらしい。そもそも身分の差もあったしな」
今度は機嫌良さそうに家族のことを話し始めた。
ホールに居た時はあんなに無表情だったのに。こうして間近で観察していると、ジークは色んな顔を見せてくれる。私だけが知ってるんだと思うと、ちょっと優越感。
「へえぇ……。カホルさんって、花形ドラゴンレーサーだった、って言ってなかった?」
「ああ。バアさんはドラゴンの世話係で、男なんかより仕事に夢中だったそうだ。ジイさんは元々浮気性だし、存在そのものを受け入れてもらうのに時間がかかったって言ってたな」
「存在そのものって……壮絶だな、なんか……。まさか、ヴィリハルトさんも似たような感じ?」
「まあ……母さんとは二十歳差だしな……」
「どはぁ!?待って、もしかしてジークのお母さんってめっちゃ若い!?」
「……生きてたら三十代後半だな……」
「ひょええ……」
恐ろしいな、ハーゲンティの血……。愛に全力なのは遺伝だったのか。そりゃ、身分差、年齢差、ときたら次の世代は種族差くらいにはなるわね。どうりで受け入れ体制整ってるわけだ。
「そういえば、伯父さんが居るって言ってなかった?」
「親父の双子の兄が居るな。その人は逆に、年上の女性と結婚した。従兄弟も年上だ」
「従兄弟居たんだ!?何してる人?」
「チェロの演奏家だ。俺も子供の頃に教わった」
「弾けるんだ!?」
次々と初めての面白情報が開示されていく。まだまだジークのことを知らないと実感させられた私だった。
二人で寄り添って話していると、時間が流れるのはあっという間で、気が付くとホールの庭園では、フィナーレの花火の準備が進んでいた。
打ち上げの直線上に居た私たちは当然、襲ってくる火の粉から逃げ回ることになった。そりゃあ誰も、屋根の上に人が居るなんて思いもしないでしょうよ。
焦げて穴の空いたスーツとドレスを見て、私たちは笑いを堪えられなかった。
やっぱり、ジークと居ると変なことばっかり起きるんだから。
学生最後の技術大会は、そんないつも通りのオチがついたのだった。
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