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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
255/265

パーティータイム・ウィズアウトユー・1




『優勝は……──錬金科三年、マーニ・ウルスラグナ!』

「うおおおおおォォォッッッシャアアアァァーーーーーッッ!!!!」

 錬成失敗の痕跡が数多く残る混沌とした技術大会の会場に、誰よりも血気に満ちた勝利の雄叫びが響き渡った。

『アハマッド先生、ハーゲンティ先生、いかがでしたでしょうか』

『いや~、例年に比べてかなり荒れてましたね。みんな随分はっちゃけてたね!自由な発想とエネルギーの爆発!みたいな作品が多くて、感動しちゃった。先生が変わった影響かな?』

『……誰がここまでやれと言った』

 優勝者を祝福する紙吹雪が舞う中、審査員席に座る錬金科の先生たちがアフロ頭のまま各々の感想を語っている。

『人間に与えすぎてはいけない叡智だったのかもしれない……』

 マーニくんが錬成した特大の機械仕掛けの魚の爆誕と爆死を見届けたジークによる、マイク越しのぼやきが、歓声に包まれた特設ステージに吸い込まれていった。

「何だよ!優勝したんだからいいじゃん!誰のせいで去年、参加できなかったと思ってんだ!」

『次は動物対話技能大会だ。錬成大会参加者ならびに観覧者の生徒諸君は速やかに解散するように』

「おいコラー!!こっち見ろー!!」

 教師陣のもとへずかずかと歩み寄るマーニくんを差し置いて、そそくさと学生たちが次なるステージの設営準備に取り掛かる。

 とりあえず、おめでとうマーニくん。後で直接、言いに行こう。

 ──そう。今年も技術大会の季節がやってきた。

 ヘルメス魔法学校生徒たちの、日々の研鑽の結果を発表し、競い、様々な進路先へ己をアピールする為の特別な行事。

 去年はシンディに邪魔されて台無しになったけど、今年こそは無事に参加できて何よりだわ。

 錬金術を得意とする生徒たちによる錬成大会を最後まで見届けた私は、昼休憩に待ち合わせを予定しているビビアンとフェイスくんのもとへ向かった。

「そーいや去年居なかったね」

「本当、いっつも何かに巻き込まれてるよね」

 今日初めて顔を合わせた二人には、開口一番そんな風に珍しがられた。

 私だって好き好んで巻き込まれている訳じゃないんですよ?

 去年のことは二人にも説明してあるけど、そこで過保護になったりしないのが二人の良いところだなって思う。シンディのことも事情を知って、今では大目に見てくれているみたい。一年間で周囲の人間関係も変化したものね。

「でも本当、今年はちゃんとビビアンの雄姿も見られて良かった!」

「まさか宣言通りに優勝するなんてね」

「へっへーん、まあね!一応、キョウ先輩の一番弟子だし?」

 中庭のベンチに座って、それぞれ食堂で買ってきた軽食に齧りつく。

 サンドイッチを頬張るビビアンの横顔にはガーゼからはみ出るくらいの擦り傷がいくつも残っていて、体のあちこちに巻かれた包帯と相まって、かなり痛々しい。

 それでも、彼女が得意そうに反らせた胸には、剣闘大会の優勝者に贈られる黄金のメダルがぶら下がっていた。

 ビビアンは今年の剣闘大会で、見事に学園ナンバーワン実力者の栄冠を手にした。マーニくんといい、私の友人は凄いひとばかりだ。

「いつの間に弟子入りしたんだ?」

「まーてか、めっちゃ参考にしてる的な?組手やった回数とかはかなり多いし。実質もうコレは弟子っしょ」

「雑だなぁ……」

「でも、キョウ先輩もすごく喜んでたよね。実況席でビビ、そこだー!とか言って白熱してたし」

「セコンドかってくらい肩入れしてたね」

 剣闘大会の管轄はもちろん我らがアカツキ先生。可愛がっていた後輩の活躍に、拳を握り締めて大盛り上がりしておりました。あれはあれで見ごたえあったな。でもしっかり技の解説とか入れてたし、仕事はしていたと思う。多分。

「まさかその後エキシビジョンマッチをやるとは思わなかったけどね……」

「てかさ、あの人マジ最近ちょい変わったくね?ナンパしねーし。前より強くなったカンジ」

「ゲバラ先輩もね。あの人、迷宮探索の先遣隊にスカウトされたんでしょ。なんか前より道具増えてるし、魔力も強くなってた」

「戦い方もエグくなってたなー」

「あれで一切呪われてないんだから、一種の才能」

 大会での壮絶な場面を思い出しながら、私たちは三人うんうんと感慨深く頷き合った。

 ビビアンが無事、優勝カップを掲げた直後、サプライズのようにキョウ先輩とゲバラ先輩二人のOBによる特別対戦が行われた。

 キョウ先輩は嫌がっていたけど、会場ではどちらが勝つかの賭けや、勝負に便乗した露店の大盤振る舞いでひと際大盛り上がりの様子を見せた。ちなみに勝ったのはキョウ先輩。最後の一瞬まで拮抗した、手に汗握る一戦だった。

 昼食を摂りながら午前中に開催された大会について喋っていると、にわかに校内が騒がしくなってきた。

「フェイスくーん!!」

「食べ終わったらこっち来てくれー!!」

 廊下の向こうから、慌てた様子の男子生徒が二人、顔を覗かせていた。占星術科のクラスで見たことがある気がする。ということは。

「フェイスくん。呼ばれてるよ」

 大きく腕を振って猛アピールする二人を示すと、それまでいつも通りにしていたフェイスくんは、がっくりと肩を落として溜息を吐いた。

「はぁ。もうか。結局この学校のひと達、三年間僕に頼りっぱなしだよね」

 不機嫌そうに口を曲げるフェイスくんだけど、本気で嫌がっているようには見えなかった。 歳の離れた同級生たちとの学園生活も、彼にとって決して悪いものではないみたいだ。

「いいじゃんいいじゃん。最後にひと暴れして来いって」

「本当、暴れてやりたい気分だよ。じゃあね、二人共。また夜に会えたら」

 私とビビアンは、弾むように駈け出すフェイスくんを見送った。

 そう、技術大会は最後の夜のパーティーまでが本番だ。三年生ともなると、もう場を楽しむどころじゃないだろうけど……ってのが身に染みて分かって来るわ。グレンもシンディもよくあんなに余裕だったな……と思ったけど、二人共進路決まるの早かったもんなぁ。

 その後、ビビアンも何か観念したように立ち上がると、これからひと運動する前のアスリートのように体をほぐし始めた。

「あたしもぼちぼち行くわー。後輩のコたちのとこ、見に行ってあげないと」

「ビビアン、女子人気すごいもんね」

「なーんか気付いたらね。そんじゃ、また後でね!」

 快活に笑って、ビビアンも、彼女がやって来るのを今か今かと待っている女子生徒のグループのもとへと向かっていった。

 それぞれバラバラの居場所に属しながら、気ままに寄り添い合うような私たち三人の不思議な友人関係も、変わらずじまいだった。




 ──さて。私はというと。

 相変わらずこの特異体質(アンリミテッド)のせいで、競技やらイベントには参加出来ないのだけれど。

 そんな私を憐れんだタカハシ先生から、今年は特別に、直々に任されていることがある。

 それが、監査報告──レポートの提出だ。早い話、あちこち回って、どこで何をやってたとか、誰がどういう賞を取っただの、どういう問題が発生したのかしてないのか、等々の詳細な報告書を提出せよということだ。多分、本来タカハシ先生がやるべき事を丸投げされたんだと思う。

 でもやれることがなくてぼーっとするより全然まし!レポートも出来が良ければ成績に繋がるかもしれないし、ここは気を引き締めてやるべきことをやっておこう。今日の私は凄腕記者よ!

 早速勇んで校内の視察に向かおうとしていると。

「アルス!」

「ザラ!来たぜ!」

 玄関方面から、見慣れた(アルス)が現れた。今日はいつものハンターらしい格好ではなく、休日おでかけスタイルで居るせいか、学生に混じっていてもあまり違和感がない。いつぞやのホワイトサロンでのように全身パーティーグッズで彩られ、両手に屋台料理を装備しているところを見るに、既に大分エンジョイしているようだ。

 更に、意外なことに、その隣には珍しい連れの姿もあった。

 異国風の装いに身を包んだ、褐色の肌の美丈夫──ルリコの恋人のウリエルだった。

「あれ、ウリエルも一緒なの?」

「うん。ちょうど玄関で会ってさ。一人じゃつまんないし、どうせ見る所も同じだろうから、誘ってみた!」

 満面の笑みを浮かべるアルス、流石の人たらしぢからである。でも私も多分同じことするだろうな……こういうところが似てるきょうだいかも?

 ちなみにどこからともなく小声で『お父さんも居ます』と聞こえてきたけど、見れば分かるので適当に流しておいた。

 ウリエルはアルスの横からすらりと伸びるように顔を覗かせると、私に向かって上品な仕草で会釈をしてくれた。

「ウリエル、久しぶり!」

「やあ、ザラ。また会えて嬉しいよ」

「私も!アルスに振り回されてない?」

「あはは。そんなことないよ。フレンドリーな人だとは思っていたけど、君のお兄さんは本当に気持ちの良い人だね」

「そうなの。何か困ってたら、遠慮なく頼っていいからね」

「ありがとう。不慣れな場所を案内してもらっているから、もう既に頼りになってるよ」

 こっちもこっちでシルクのような人当たりの良さ。この二人で往来歩いたら世界平和に近付く気がするな。爪の垢煎じて飲んだらジークが浄化されて消えそう。

「そういえば、グレンとロザリーにも会ったぜ」

「ほんと!?いいなぁ~」

「なんか仲良しカップル魔法運動会みたいなので入賞してた!」

「何してんだか……」

「ちなみに優勝はエルヴィスとシンディだったぜ。色々賞品貰ってホクホク顔してたな~」

「ちゃっかりしてるなぁ……」

 知らない間に身内が恥ずかしい大会で大活躍してるし。旅行券とか小麦粉一年分とか掲げて喜んでる友人たちの笑顔が容易に想像できる。

「じゃあ俺、ウリエルと一緒にルリコのこと捜してくるな」

「うん。行ってらっしゃい」

「しばらくお兄さんを借りるね」

 両手に持ったホットドッグやサンドイッチを交互に口に運びながら、アルスはウリエルを連れて、観覧客の人混みの中へと消えて行った。たぶん、あのまま大食い大会に参加したら間違いなく優勝できるだろう。

 アルスとウリエルの爽やかな背中を見送っていると、再び、どこからともなく聞き慣れた声が耳に入ってきた。

「おーい、嬢ちゃん!!ちと助けてくれぇ~!!」

「……ヤイバ?」

 振り返ると、玄関口で警備を担当しているネロ先輩に引き留められている大柄なオーガと目が合った。ついでに、私の存在を認識したネロ先輩からもめんどくさそうな視線を注がれた。

「コペルニクスの知り合いか……」

「知り合いっていうか、例のギルドの仲間です。招待状も私が出したんですけど……」

 私が呼んだ筈のヤイバが、めちゃくちゃ不審者扱いされていた。

 ネロ先輩に訝し気に睨まれるなか、ヤイバは自分の懐を探って、堂々と居直った。

「持ってくんの忘れた!!」

「胡散臭い!!立ち入り禁止!!」

「あちゃあ~」

 門の中へ一歩進み出ようとしたヤイバに向けて、ネロ先輩が鋭くホイッスルを吹いた。ヤイバったら、お付きの人も連れずに一人でやって来たと思ったらコレである。意外とそういうところあるのかしら。

 元首席の指導員と異国の貴公子がじりじりと間合いを測りあっていると、騒ぎを聞きつけてもう一人の警備係の先生がやって来た。

「あ。ウワ、ヤイバ様……!」

 若干失礼な声を上げながら駆けつけてきたのは、巡回中のキョウ先輩だった。

 異国の地で詰められている故郷の要人を見兼ねたのか、キョウ先輩はネロ先輩から庇うように、ヤイバとの間に割って入った。

「この人一応、俺のとこの王族だから……」

「他所の王族だろうとここでは俺のルールに従ってもらう」

「でもホラ、例の武器の密輸の時に君のお父さんが……」

 そして早速、ネロ先輩に何事か耳打ちしていた。

 間もなく、ネロ先輩は不遜な態度を改めると、“ネロ先輩”ではなく“グリュケリウス将軍嫡子”として姿勢を正し、ヤイバに向かってびしっと敬礼した。何とも素早い変わり身。

「──ごほん。失礼しました。私はネロ=グリュケリウス。その節は父・レヴァンが大変なご厚誼を賜ったそうで、深く感謝申し上げます!」

「ああ!レヴァン殿の息子じゃったか!ええ、ええ。そねぇに畏まらんでも。ギルド創設ん時も世話になったみてえやし、何よりここはアトリウムじゃろ」

「いえ。ヤイバ殿におかれましては、我が後輩や友人にも目を掛けて頂いているそうで、恐縮であります!」

「やりづれぇのぉ……」

 そうじゃん。書類越しではあるけど、一応お互い素性は知っている筈だ、と思ったら。

 どうやらネロ先輩はあのお父様繋がりでヤイバに頭が上がらないらしく、美しいまでに胸を張って、ハキハキと喋っていた。一方、ようやく不審者扱いを免れた思ったヤイバは、突然のネロ先輩の豹変にすっかり当惑しているようだった。

「先程のご無礼をお許しください。遠慮はいりませんので、どうぞ、お通りください!」

「お、おう……」

 完全に憲兵さんじゃん。ネロ先輩がボールパーテーションを動かす仕草には、最早先生らしさも生徒らしさも無かった。

 やや引いているヤイバに声をかけようとしたけど、それよりも先にキョウ先輩が一歩前に歩み出たので、私は空中に向かって手を伸ばす形になってしまった。

「じゃあ、校内の案内は俺がしますよ」

「ええんか?ほんなら頼むわ。ワシ一人だと目立ってしゃーねぇ」

「え。護衛も無しですか?」

「何人かは来たがってたんじゃがのう。店の仕事押し付けて来たわ」

「体よくサボりに来たんだね……」

「嬢ちゃんの顔を立ててやったんじゃろうが」

 なんて、おどけてみせるヤイバは、まさしく悪戯っ子のようだった。

 確かに、いつも傍らに控えているツルヒコさんとかが、若の窮地に姿を現さないと思ったら。

 結局、私はキョウ先輩と一緒に、ヤイバを連れて校内を歩くことになった。

 ネロ先輩からは、背中越しに

「お前ら、くれぐれもご無礼のないようにな!!」

と見送られた。本当に人が変わってるよ。ネロ先輩の意外な特徴に“長いものに巻かれがち”というのが追加された今日この頃。

「嬢ちゃんは何か出るんかいの?」

「ううん。私はそれぞれの大会を見てレポート書くだけ」

「そうなんか。勿体ねぇのう。ま、嬢ちゃんが魔法使ったらどんな大会もインチキなってまうわな」

「そうなの。だから先生が今年はあちこち見て回って来いって」

「いいじゃないか。殿下、今日はこれからゴーレムバトルと、黒魔術科のエンチャント大会、呪術科の形代呪い合い大会に、調理部主催の料理対決もあるんですよ」

 私たちが展示や競技について紹介するたび、ヤイバは少年のように目をきらきらさせて、話に食いついていた。

 想像にしか過ぎないけど、やっぱり立場的にこういう学校行事が新鮮に映ったりするんだろうか。だとしたら、是非とも良い思い出を作ってほしい。

「ええのォ~!!メッチャ楽しそうじゃ!!パンフとかあるんかの?」

「俺、取って来ますよ。ザラちゃん、悪いけど殿下と一緒に待っててくれるかい?」

「いいですよ!」

「ありがとう。では殿下、御前を失礼します」

「すまんな、宜しく頼む!」

 興奮を隠さないヤイバの為に、キョウ先輩は颯爽と身を翻していった。なんだか世話を焼くお兄さんと弟みたいで和やかだ。二人とも見た目めっちゃいかついけど。というか、世話を焼きたくなるヤイバの付き人さん?たちの気持ちがちょっと分かった気がする。

「なあ、他にはどんなのがあるんじゃ?」

「えーっと……私が覚えてるのだと、使い魔の美しさを競うコンテストとか、変身魔法リレーとか、魔法全然関係無いスポーツ大会とか……規模は小さいけど、色んな教室で何かしらやってるから、順番に見てみると楽しいと思うよ」

「飛び入り参加とか、出来るかのう!?」

「出来るやつもあるよ!ヤイバ、何だか楽しそうだね」

「祭りと聞いちゃあ黙っちゃおれんからのぉ~!サボりついでに来たつもりやったけど、存外楽しめそうじゃ!」

 普段は物事を一歩引いたところで俯瞰しているようなヤイバだけど、楽しむ時は全力で楽しむタイプよね。意外とミーハーでノリが良い。そういう所が私と似てるから、七曜の剣を巡る戦いなんて無茶なことにも付き合ってくれるんだろうな。

 その後キョウ先輩に押し付け……託される形で、私はヤイバの案内役を勤めることになった。

 ヤイバの好奇心のお陰で、私は自分一人では尻込みしてしまいそうだった展示や催しを見て回ることができた。

 彼が次々に目移りして、アレは何じゃ、アレをやろう!と忙しなく引っ張り回してくれるので、行事に参加できない私でも、全力で楽しんでいるヤイバと一緒に居るだけでめちゃくちゃ楽しかった。すっごい笑った気がする。

「ヤイバって何でもできると思ってたけど……ふふっ、まさか……画伯だったなんて……!!」

「ワシの絵、城ん中で有名やったんやで。見たら必ず笑えるっちゅうてな」

「あははは……!!」

「今度おめぇにも描いちゃるわ。兎の宴会なんてどうや?」

「やった……絶対面白い……!!」

 飛び入りで参加した、魔法を使った芸術作品の創造性を競うエンチャントアートコンテストでは、ヤイバの独特の画力が爆発していた。私も人のことを言えるレベルじゃないけど、ヤイバが紙の上にキメラを生み出し続ける光景は、日頃の器用なイメージとのギャップも相まっていつ思い出しても新鮮な笑いがこみ上げてくる。彼の絵には間違いなく人を笑顔にする才能がある。これもひとつの魔法だよ。

 ちなみに直後の占いバトルでもしっかり巻き込まれて、何も知らない占星術科の生徒にもその画力をしっかり見抜かれた上で盛大に吹き出されていた。ヤイバ様は自分を占った生徒にも、自らの手でイラストを贈られたそうな。うちの学校でしばらく流行りそうだ。




.

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 無事ヤイバを見送った後は、夜のダンスパーティーが開催される町の講堂へと足を運んだ。

 ふふふ。去年はお披露目できなかったドレスもようやく日の目を見る時が来たわ。

 グレンとロザリーと一緒に選んだ、ワインレッドのベロアワンピース。やっと着れたよ。

 先生方や近隣ギルド、魔法庁からのお客さんへ挨拶に回っているビビアンやフェイスくんとはまだ合流できそうにないので、私は大人しくバルコニーのベンチに腰掛け、会場の生演奏を聴きながら星空を眺めていた。

 懐かしいなぁ。ジークと二人だけで、この曲を聴いていたのが、もう一年も前になるなんて。

 思えばあれが転機だったような気がする。

 ジークとの関係が少し変わって、そしたらそれを察知してグリムヴェルトが出てきて。魔界に行って幻界に行って天界に行って。たくさん友達も増えて、まさか家族まで増えるなんて想像もしてなかった。

 多分、あの頃の私のままだったら──ジークと会わなかったら。きっとこんな風にはなっていなくて。

 私は今の私が結構気に入ってるなって思う。

 なんて、色々思いを巡らせていると、静かなバルコニーに人影が現れた。

「うわ……やっぱり居た」

「あ、オリヴィエ!」

 ドリンク片手に所在なさげにしているオリヴィエが、ホールの明るいシャンデリアの光を背負っていた。綺麗に纏められたプラチナの髪がきらきら照らされて、宝石のように輝いている。

「スーツ素敵~!!似合ってるよ!!」

「あんたも……」

 パーティーのドレスコードに則って、オリヴィエも夜会服に身を包んでいた。

 中性的な印象を残しつつもオリヴィエのスタイルの良さが押し出されたセットアップスーツは、まさしくハンサムな麗人といった風体だ。細かな刺繍が施された手袋や、ボディチェーンの装飾がいかにも高級そうでかっこいい。

 こうなると、オリヴィエと行動を共にすることの多いヒエンのドレスルックも是非、気になるところだけど。姿が見当たらない。

「ヒエンは一緒じゃないの?」

「それが……」

 オリヴィエは苦い顔で、近くのテーブルで女子生徒たちに囲まれているヒエンを指し示した。

「ヒエーン!私と踊って!」

「あ、その次あたしー!」

「待て。順番に向かう。まずはぼくの腹ごしらえが先だ」

「あはは、だってさ~!」

「ねえねえ、あとでオリヴィエちゃん紹介してよ~!」

「報酬次第だな」

「ほらおいでヒエン、おいしいお菓子あるよ~」

「今行く」

「ちょっと、ずるいって~!」

 そこには、ちゃっかり学園生活を謳歌している妖怪の姿があった。一応、民族衣装っぽい丈の長いスリットドレスにワイドパンツを合わせているのだけは確認した。あとでヤイバに聞いてみたところ、アオザイという西部諸国の服らしい。

「意外と人気者だよね……」

「あれはあれで別人として受け入れられてるみたいだな。まあ、態度はデカいけど面白いし、悪いヤツじゃないから。何か構いたくなるのは分かる」

 きゃっきゃと騒ぐ取り巻きの中心で餌付けされているヒエンは、弟妹とかペットのように可愛がられている感じだった。モニカの代わりに上手くやれているようで、正直ほっとした。

 そして、それを訳知り顔で解説するオリヴィエも、大分学校に慣れたように思えた。

「ていうか二人も、いつの間にか結構仲良しになってるよね」

「うーん、まあ、アイツがモニカさんに憑りついてる間の在学の条件に、オレの護衛も入ってるってのもあるんだけど……」

 そんなのあったんだ。オリヴィエとヒエン、いつも一緒だなぁとは思ってたけど。相変わらず校長先生も生徒相手にあれこれ取引するわね。

 私が目を丸くしている内に、オリヴィエは少し考える素振りを見せると、何だか呆れて、腐れ縁を認めるみたいに緩く微笑んだ。

「……うん。友達って呼んでもいいかもな。アイツ、いっつも機嫌良いし、気遣わなくていいだろ?」

「ええ?機嫌良いかなぁ?」

「あはは、あんま見えないけどな。でも、自律してるっていうか、自分のことは意地でも自分で何とかしたいみたいでさ。そこが意地張ってるようにも見えるけど、オレとしては、やり易いっていうか。肩肘張らなくて付き合えてるよ。向こうも、オレがアイツの機嫌取らないって分かってるから、それ以上は踏み込んでこない感じ」

 オリヴィエの視線の先で、ヒエンが同級生たちと優雅に踊っている。確かにヒエンは何だかよく分からないヤツだけど、言動はブレないし、裏表も無い。

 少なくとも一緒に居て不安にはならないものね。真面目で、ちょっと周りの目を気にしちゃうオリヴィエとは、正反対だからこそ逆に相性が良いのかもしれない。

「あんたと二人で見つけたんだよな、アイツのことも」

「そうだね。最初はびっくりしたねぇ」

 私はしばらく、オリヴィエと他愛のない世間話に花を咲かせた。

 学校のこと、家族のこと、最近のこと。

「ここ、やっぱり、魔導アカデミーっていうだけあって、レベル高いよな」

「そうなの?あんまり実感ないけど……」

「セレスティニーアも一応、魔導先進国だけどさ。こんな風にガンガン実践積ませてくれるなんてかなり貴重……」

「──なんで!?」

 私たちの談笑は、突然、バルコニーの下の庭園から聞こえてきた女子の切なる叫びによって中断を余儀なくされた。

 思わず私たちは同時に肩を竦ませ、叫びの続きに耳を澄ませてしまう。

「彼女居ないって言ってたじゃん!!」

「ん~。そやねんけどなぁ」

「……やっぱり、マーニと付き合ってるんだ?」

「それは無いって。言うとるやんか」

「もういいよ。バカにしてるんでしょ!」

「待ってや、何でそうなんねん」

「付いて来ないでよ!」

 ……う~ん。この聞き覚えのある声と訛りとついでに名前。

 興味本位で、ほんの出来心で、恐る恐る階下を覗き込んでみると、想像していたよりずっと近くで、ディエゴくんの角が視界に入ってきた。

「ザラさん、覗き見なんて人が悪いなぁ」

「わぁ、ごめん、聞こえてきちゃってつい……!」

「ええてええて、あら目立ちますわ」

 ちょうど真下の広場に、これまた故郷の礼服らしい装いに身を包んだディエゴくんが佇んでいた。

 その背中の向こうには、ドレスを翻して走り去る女性の後姿。ディエゴくんがそれを追いかける気配もない。

 ……ということは。この気まずさは、どう考えてもあれだ。察しの悪い私でも分かってしまった。

 どうやら私たちは、ディエゴくんに想いを寄せる女子生徒の一世一代の愛の告白から失恋するまでの一部始終を聞き届けてしまったらしい。

「はぁ、まるでおれが悪モンやなぁ」

「あれ、めんどくさいよな……」

 男子二人が早速同調してるし。私なんか、女の子のほうの気持ちを考えてもう辛くなってるのに。誰も悪くない、悪くないのにな~。居た堪れないなぁ、こういうの。

「ディエゴくん、モテそうだもんね」

「うーん。そうでもあらへんよ?ただ……何やろ、おれとしては、友達のつもりやってんけどなぁ~、みたいなんが多いかな」

「ああ、いわゆる勘違いさせるタイプ……」

「あ~。そゆこと言う~」

 女の子の言い方からしてもそうだろう。ディエゴくんは万人に分け隔てなくこのユルい感じだから、相手に警戒心を抱かせない。で、しかも素直で優しいときてる。好きなことは好きと言葉にするし、無理に繕って格好付けてる感じもしない。

 私ですら、ディエゴくんには少なくとも嫌われてはいないだろうと思ってるくらいだ。もっと身近で思わせぶりな態度取られたら、彼に好かれてるって自信満々にもなるだろう。実際マーニくんとか絶対、ディエゴくんに好かれてると信じて疑ってないもんな。

「……なぁ、その。ディエゴとマーニって、どういう関係?」

 何となく私と同じことを考えていたのか、それともいつもセットの相方が居ないことに気付いてか、オリヴィエが割と突っ込んだ質問をしたので、私は呆気に取られて止めることすらできなかった。

 オリヴィエの純粋な瞳に、ディエゴくんは少しだけ困ったように眉を下げた。多分、しょっちゅう訊かれることなんだろう。私も訊いたことがある。

 けど彼等の口から直接、彼等自身の関係について、名前が出たことはない。いつも一緒なのは間違いないんだけど。

 だから私も、実はちょっとだけ聞いてみたかった。

「おれら親友……に見えへんのかなぁ」

「オレも、初めて会った時はそうかなって思ったけど……自分がもし、同じ立場だったら、安易にそう勘違いされるのって、イヤかもなって」

 なるほど。

 むしろオリヴィエだからこそ、訊けたのかもしれない。

 例えばオリヴィエが私と並んでいて、真っ先に恋人同士だと思う人は……あまり居ないのかもしれない。

 そう思うと、やっぱり、勝手にマーニくんとディエゴくんの関係を断定してしまうのは、身勝手な気がして。

「別に、どんなのでもいいんだけどさ。希望があったら聞いておきたいっていうか」

「……気ぃ遣うてくれてんねや?」

「だって、あんた達だけのものだろ?」

 私は、ヘルメスに入学し、満月を迎えた後、自身の本当の性別を明かしてくれたオリヴィエが言っていた言葉を思い出していた。

 ──“オリヴィエって人間として、フツーに接してくれたら嬉しい”。

 彼の“フツー”とは多分、こうして、一人一人の人間を真っ新な目で視て、その生き方を知ることなんだろう。

 それのなんて尊くて、難しいことだろう。

 歩み寄ろうとするオリヴィエの姿勢に、ディエゴくんも自然な微笑みを浮かべていた。

「せやねん、せやねん。みんなにはこの関係がわからへんのんよな~」

「オレからすると……うーん……兄弟みたいなカンジ?」

「……どうなんやろなぁ」

 ディエゴくんは自分の胸の内を確かめるように、一息置いて、視線を惑わせた。

「おれはあのコがおれに誰とも付き合うな、誰とも結婚すな言うんやったらそうする気ぃやねんで」

「えっ」

「そやけど、マーニと結婚せえ言われたら全力で拒否すんねん。向こうもおんなしや。そやけど、マーニが誰かと結婚する言うたら、立ち直られへん。何やろなぁ。説明すんの、えらいムズいわ」

「……ムズそうだね、確かに」

「うん。それでええねん」

 私には、分からない。想像もできないけれど。

 夕闇の星を仰ぐディエゴくんの横顔に迷いはなく、満足げだった。

 とりあえず、私にできるのは多分、二人を受け入れて、見守り続けることだろう。

 恋人でも、親友でも、家族でも、仲間、師弟でも、主従でも、それ以外でも。

 どんな二人でも、応援したい。せっかく見つけた大事なひとだもの。これから先も、仲良しでいてほしいな。

「ザラさんのほうの相方はんには、会いに行かんでええんですか?」

「それがなかなか捕まらなくてさー。そろそろ本気で捜しに行こうかなって」

「あはは、おれもや。案外、一緒に居るかもしれへんね。見つけたら、ここで待ってるって伝えたってください。お二人のほうが何となく、早う会いそうな気ぃするし」

「わかった。体、冷やさないようにね」

「はぁい、おかーはん」

「あ、オレも行く!」

 薄暗い生垣のそばでも明るく見えるディエゴくんの穏やかな笑みに見送られて、私とオリヴィエはその場を後にした。

 だって、マーニくんに想いを馳せるディエゴくんを見ていたら、急に会いたくなったから。




.

.

.





「ジーク……は」

 ホールに戻った私たちは、何故か揃ってテーブルに隠れていた。

 遠目で教師陣の輪の中に居る標的を発見するなり、体が勝手に屈んでしまったのである。

「忙しそうだな、アイツ」

「……結構、楽しいんだろうな。今の仕事」

 やつは至って真面目そうに、先生や先輩たちとやり取りを交わしている。お酒も持ってないし、たぶん普通に教師の業務として、パーティーの段取りや来賓の接待について話しているんだろう。目の前にぶら提げられたタスクには律儀に対処していく男だ。私のことなんか忘れてそう。

 だけど。

 何かに夢中になっている時のジークは、妙に輝いている。シャンデリアに引けを取らない。今夜の為の正装だって、たぶんヒルダさんに卸してもらったやつだろう。派手な格好しているわけじゃないのに、ひと際目だって見えた。

「なんかさ、こう、活き活きしてる感じじゃない?偉そうだし、人に教えるの向いてるのかもね」

「まあ、教師としての評判は良いよな。スパルタだけどやった分だけ成績上がるとか、私情を一切挟まないから余計なこと考えなくて済むって」

 ジークが非常勤講師として錬金科で授業を行うようになってから、錬金科の生徒の成績は順調に伸びているらしい。先の錬金大会でのマーニくんの優勝なんかがその結果だ。あ、でも、成績上位者と下位グループの差が極端になっちゃったとも聞いたかも。そんなところまでジークらしい。

 私たちがこうしてコソコソ話している間にも、ジークはいつもの真顔であっちに指示出し、こっちに書状を渡し、時には先生たちと耳打ちしながら、“ハーゲンティ先生”としての役目に精を出していた。

「あんたが言えば、すっ飛んでくると思うぜ」

「言えるか!」

 ジークを独り占めしたい一方で、ヤバい女だとも思われたくない私の繊細な乙女心がわかりませんかね。この理性とのせめぎ合いがわかりませんかね。

「私ね、ジークのことが好きな自分のことも好きでいたいの」

 だから、例えちょっと我慢することになってもいいから、私らしく居られる気持ちのまま、彼のそばに居たい。

 ──そうするだけの価値があるひとだから。ヒトじゃないけど。

「……こんなかわいいのに。もったいねーやつ……」

「あはは!ホントにね」

「そこは聞こえんのかよっ」

 面喰ったようなオリヴィエが呟いた言葉が、嬉しくて、つい吹き出してしまった。

 少しむくれて顔を赤くしたオリヴィエは、やけになったようにすっくと立ち上がると、これまた何事かと目を白黒させる私に手を差し延べてきた。

「じゃ……じゃあ、オレと踊ろう!」

「えっ!?い、いいの?」

「いいっていうか……むしろずっと誘おうと思ってたし……。壁の花なんて勿体無いだろ」

「でも……」

「ジークが来るまででいいから」

 そう言って、なかば無理矢理引き上げられる形で、オリヴィエと向き合うことになった。

「あ、あんたとオレ、二学年違うんだぜ?チャンス、今年しかないじゃん」

 言われてみて初めて、確かに、とはっとした。

 オリヴィエと一緒に学校に通っていられる期間って、実はそんなに長くないんじゃ。

 そんなの、もったいない。

 丁度、生演奏が軽やかなジャズに切り替わるタイミングだった。

 この日の為に体術の授業で教わったステップを思い出しながら、オリヴィエの手を放さないように握り込んだ。

 オリヴィエのリードに身を任せると、自分でも驚くくらい大胆にターンを決めることができた。決して低くないヒールを履いているのに、安心して足を運べる。

「エスコート上手だね!すごい踊りやすい!」

「まあ。一応、家でも習ってたし」

「あ。前言ってた家庭教師の先生?」

「う、うん。二人居る内の一人。元々、貴族で……眼帯した、でっかい男なんだけど。すっげえ優雅に踊るんだぜ。普段とのギャップで、めちゃくちゃ笑える」

「普段はどんな人なの?」

「口数少ない。ああ、とか、ふむ、とかしか言わない。ソイツに、礼儀作法とか、武術とか教わってる」

「へえ。武術も!オリヴィエ、運動神経良いもんね。羨ましい」

「あんたも体力はあるじゃん。ダンスも出来てるし……」

「それとこれとは別なのよ……」

 こんな風に、気軽に喋れるくらい、自然な距離とステップ。オリヴィエに軽く腕を引っ張ってもらうだけで、バレリーナになった気分で何度でも回れそうだった。体を受け止めてもらうたびに、目が合って笑い合う。

「も~この一年のドタバタでさ。否が応でもって感じ。でも、去年の私より、絶対イイ感じ!」

「……何だよ。ずるいな」

「去年の今頃のオリヴィエは、どうだったの?」

「今より、ちょっとダメな感じ。だからオレも、今のほうがイイ感じ」

「良かった!」

 気が付くと、私たちの周りにはギャラリーが集まっていた。

 しまった。パーティー会場でガチめに踊り過ぎた。

 演奏が終わるのと同時に、私たちは拍手のなかを掻い潜り、そそくさと壁際へ身を引いた。

 お互い、顔が真っ赤になってるのに気付いた時は、面白くて、しばらく声をあげて笑っていた。






.


/






「ただいま」

「おかえり、オリヴィエく……ん……!?」

「おまえ、飯食うの、遅せえよ」

「な、何故泣いているんだい。ぼ、ぼくか。ぼくが何かしたのか?」

「分かんねえけど……肩、貸して」

「りょ、了承した」

「あーあ、お姫様泣かしたー」

「ぼくじゃない!」






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