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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
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第四の剣・斧槌剣・2



『嫌な予感がしますね……』

 約一か月ぶりの宣告は、そんな予言で始まった。

「ミレニエルさん?」

『紅い月……。ああ、もうそんな時期ですか。七曜の剣もとうとう四振り目……。ああ、その時のことを考えると今から胃が痛いです……どうかその日までに都合よく具合が悪くなっていたい……ああでも絶対皆さん、僕に失望するんでしょうね……』

 憂いを帯びたミレニエルさんの声に、傍で鳴りを潜めているジークとアルスが、一体何の話をしてるんだ、という顔で肩を竦めていた。

 例によって、満月の前夜。私はピスケスの瓶から伝わる、ミレニエルさんからの通信に耳を傾けていた。

『とにかく、この時期の満月は良くないことが起きるんです……。……はは、僕から通信が来るとかね……』

「大丈夫ですから!ミレニエルさんが毎月生きてることを知れて嬉しいですから!」

『いつ死ぬかも分からないようなゴミですみません……』

「ああ~~~……!!」

 結局、別ベクトルでノックアウトしてしまったけど。

 ミレニエルさんの不安も、少し分かるような気がした。

 私は窓の外に浮かぶ、今にも零れだしそうなほど満ち満ちた月を見上げた。

 夕陽のように赤みがかった月の影は、神秘的で、それでいて恐ろしい。

 あの輪郭の全てが露わになった時に、何か途轍もない異変が訪れるような、焦燥にも似た気持ちを抱かせる不思議な景色だ。

『気を付けてください。満月は人も獣も、自然そのものすらも狂わせる。それは神性も魔性も、同じこと。この惑星の前では、皆正気ではいられない……。僕のように』

 あ、ちょっとおかしい自覚はあるんだな……。とか思ってしまったのは絶対に胸の内に秘めておくとして。

 憂いを孕んだミレニエルさんの寂し気な声色が月に由来するものだったとして、一体どうしてそうなってしまったのか、私はふと気になった。

「ミレニエルさんは何で……というかその、いつ頃からそんな感じなんですか?」

『……さあ……。気の遠くなるほど昔の話です。もはや、こんな自分こそが当たり前だと認めてしまうほどの長い年月、僕は僕自身を呪い続けています。僕を産んだ天界も……神々も』

「天界が憎いんですか?」

『分かりません。憎んだことも、あったような気がします。けれどそれ以上に……僕は僕の無力と無知に苛まれました。主が僕に宣告者(メッセンジャー)としての権能と意義をお授けになったのも……僕を憐れんでのことなのでしょう。慈悲深く、残酷なお方だ』

「……」

 少し意外だったけど、ミレニエルさんは私の質問に素直に答えてくれた。

 自らの過去を語るミレニエルさんの声には、彼の言う通り、もはや感情など忘れてしまったかのような、どこか他人事のようなよそよそしさがある。

『ああ……すみません、暗い気持ちにさせてしまって。これだから僕は……人を不快にさせるしか能の無い駄天使で……どうか、気を病んだりしないで』

 けれど、その消え入りそうなほど薄っすらとした言葉の壁の中に見え隠れする誠実さこそが、ミレニエルさんという天使の核心なんだと思った。

 弱くて、繊細で、自己を保つのに必死で。必死で──誰かを恨んだり、傷付けたりしないようにしている。

 一見自分勝手に見えるけど、痛みを知らない人じゃないと、出来ないことだ。彼のように疲れ果ててしまうのも、無理ないのかもしれない。

 私は、ミレニエルさんについて、勘違いをしていたのかもしれない。

「あの。気にしないでください。ミレニエルさんのこと、少し知れて、良かったです。ともかく、今回はいつもより警戒が必要ってことですね?」

『そうなります。前回は惜しくも勝利を譲ってしまったようですが……それはあくまで、継承権の話です。貴女が揃えるべきなのは……全ての剣の力だ。それを覚えておいてください』

「ありがとうございます。せっかくアドバイスだし、活かせるように頑張りますね!」

『そんな……頑張らなくていいので……僕には荷が重いですので……ほどほどにしてください。──それでは、また次の満月に。』

 夜雲で月が翳るのと同時に、ミレニエルさんからの通信は途絶えた。

 ピスケスの瓶から完全に音がしなくなったのを確かめて、私は前回同様、部屋の隅で待機していたジークとアルスに合図を送った。

「……重要な事項をさらっと流したな」

「え?」

 背中を預けていた壁からべりべり剥がれるみたいにして、物陰からジークがゆっくり顔を上げた。

「あの天使は“揃えるべきなのは全ての剣の力”だ、と言ったんだ。カーン殿が言っていたこととも合致する。やはり、重視されるのは七曜の剣の魔力そのものなんだろう」

「でも、結局剣の魔力を引き出すには、継承権が要るんだよな?」

「ああ。随分と後手に回されたものだ……。ヘルメス女史は一体……いや、彼女は千里眼の持ち主だったか……道理が理解出来ていなくても、予知で垣間見ることは出来る……。ではお義父様を人間に戻す何らかの儀式が必要だということか……?吸血鬼を封印することと何が共通していて、何が違う……?」

 ぶつぶつと何事か呟きながら、腕まで組んで、ジークはすっかり一人で思案するような体勢になってしまった。

 集中モードに入ってしまう前に、アルスがやんわりと制する。

「まあまあ、考えもわかんねーし。とりあえず今できるのは、ミレニエルが言ってた嫌な予感ってのに従って、しっかり準備しとくことじゃね?」

「でも、相変わらず場所も剣も分からないのに、準備しようがなくない?」

「何言ってんだ。誰でも出来る鍛錬があるだろ!」

「それって?」

 アルスがあまりに自信満々に言うので、私は期待を込めた視線を送った。

 私が迫っても尚、アルスは堂々とした態度で、言い放った。

「よく食ってよく寝る!」

「なるほど!?」

「同感だ。最適なパフォーマンスを披露する為にも、早く寝て、明日に備えるとしよう」

 頭の中の靄を払うように、ジークが深く頷いた。私も賛成だ。

 というか、このままだと本当に毎月ジークが泊まりに来るのが定番化しそうで怖い。何が怖いって、それを当たり前に受け入れて、いざお泊りデートってなった時に何の緊張感も無くなりそうで怖い。そうなるとお父さんに返してもらうツケがまたひとつ嵩むことになるわよ。

 私たちは気負うのをやめて、それぞれの寝床に就くことにした……のはいいんだけど。

「今日はどっちの部屋で寝る!?」

「も~、たまには男二人で寝たら?」

「嫌だ。少なくともこいつは俺に好意があるんだ。何をされるか分かったもんじゃない」

「あんたじゃないんだからアルスが変なことする訳ないでしょ!」

「変なことって?」

 今にもアルスに自室まで連れて行かれそうなジークが、気まずそうに歯噛みした。

 寝巻のまま私の部屋の隅から頑として動かないつもりらしい。

「……あるだろう。迂闊にキスしようとしたり、身体を触ろうとしてきたら、お前といえど容赦はしないからな」

「ていうか、何かギリ受け入れそうな感じしない?」

「俺もそれが怖い……」

 どういう状況なのよって話だけど。どうもジークはアルスと二人っきりで就寝することに引け目を感じているようだった。同性同士だから全く問題無い、とも言い切れないのがなんとも恐ろしい関係である。大丈夫か私たち。

「えーっ。俺そんなイメージある?人をケダモノみたいに言うなよっ。合意が無い相手にそんなことするの、立派な暴力だぞ。そういうのはダメだっ」

「意外とまともな倫理観……!」

 良かった。アルスが理性的な人間で。ま、まあ、ジークもアルスも、実際チャンス(?)らしきタイミングに遭遇しても、無理矢理相手に何かする輩では断じて無い。それは分かってるよ。

 ……ていうかむしろ、この二人に年齢相応の下心ってちゃんとあるんだろうか。心配になってきた。いや、ジークは結構オープンスケベなんだけど、アルスが本気で鼻の下伸ばしてる場面も見たことがないというか……。本当に大丈夫なんだろうか、色々と……。

 結局私たちは前回と同じく、私の部屋に毛布を集めて適当に雑魚寝することになった。せっかくの女学生の自室が、なんか、むさ苦しい騎士の駐屯所みたいになってきたわね。




.

.

.




 放課後、ジークのもとへ向かおうとする途中だった。

 いつも校舎の裏側へ通じる人気のない廊下を通っているんだけど、今日はなんとそこに、意外な人物の姿があった。

 それだけなら、まあ、何も不思議なことではない。そんなこともあるでしょう。

 問題は、その人影の正体が、苦悶の表情を浮かべて蹲っているクラスメートだったってこと。

 褐色の肌に、龍人の角と鱗、そして珍しい民族衣装。

 編入性のウルリックだと、ひと目で分かった。

 私は即座に鞄を放って、彼のもとへと駈け出した。

「ウルリック、大丈夫!?」

「……ミス・コペルニクス」

「具合、悪そうだよ?どこか痛む?」

「イ、イエ……。平気デス……」

 口ではそう言うけれど、階段に座り込んでいるウルリックの顔からは、血の気が失せて、今にも倒れてしまいそうな雰囲気だった。眼鏡の奥の瞳は据わっていて、必死に何かを耐えいている。

 ウルリックは己の体を抱き締めるように小さく身を竦め、浅い呼吸を繰り返しながら、不調が去っていくのをじっと待っていたみたいだ。

「顔色悪いってば。医務室行こう。私で良ければ、肩貸すよ」

「そんな、悪いデス……」

「いいから!」

 自分よりも体格の良い異性だとしても、こんな紙みたいな顔色した子を放っておける筈もない。

 事情は深く聞かずウルリックの体を預かると、もはや抵抗する余裕もないのか、彼は観念したように私と歩みを合わせ、一緒にゆっくりと医務室までの道を進んだ。

 医務室の近くまで辿り着くと、療術科のシードル先生がこちらに気付いて、ウルリックを運ぶのを手伝ってくれた。

 ウルリックを白いリネンの上に寝かせると、私も彼も、一安心したように息を吐いた。

 それから、シードル先生による診察が行われた。

 曰く、常備している薬を飲んでしばらく安静にしていれば、問題無いとのことだった。

 一応私も、ウルリックの保護者やなんかに連絡事項があれば伝令役になろうと思って、しばらく付き添っていた。彼の荷物を取って来る係も必要だったしね。

 シードル先生の言った通り、薬のお陰か、ウルリックの体調じたいはすぐに落ち着いた。

 顔色も幾分か良くなって、私と会話できるくらいには快復した。

 けど、ウルリックは横になったまま、どこか浮かない様子で瞼を伏せていた。

「……とても、心が痛みマス」

「え?」

 ぽつりと呟いた言葉は、一瞬なんのことか分からなかった。

「ワタシ、昔から、体、弱いデス。いつも……心細くなりマス」

「そっか。私でよければ、もう少しここに居るよ」

 そしてすぐに、その真意が明らかになった。

 薬を持ち歩いているってことは、発作的なものなんだろうな。

 私はウリエルの立場になって想像してみる。

 一人ぼっちの異国の学校で、持病の癪が出たりして……怖いとか迷惑掛けちゃいけないとか思うだろうし、急に自分がすごく頼りなく思えて、心が痛んで当然だろう。

 ウリエルは人当たりも良いし、黒魔術科のクラスでも随分、交友関係が広まっている印象だ。だけど、だからこそ、頼れない時だってきっとある。

 いつも穏やかで大人っぽく見える彼が、行き場を失った迷子のように見えて、せめて何か力になりたいと思った。

「子供の頃は……姉が側に居てくれマシタ」

 ウリエルが、窓の外を仰ぎ見た。その口ぶりと仕草だけで、彼と、そのお姉さんの関係がどんなものだったかが伝わってきた。

「……お姉さんとは、もう会えない?」

「そうデスね……。とても、遠いトコロ。行ってしまいマシタ」

「そっか……。お姉さんのこと、大好きだったんだね」

 ウリエルは返事の代わりに、僅かに微笑んで、ゆっくりと瞬きをした。

 見慣れた笑顔なのに、何故だか、その時初めて、ウリエルの心に触れたような気がした。まるで、こう、友達が私と彼氏の前で明らかに態度が違うのを見てしまった時みたいな……。表現が失礼かもしれないけど、それくらい、違和感のようなものを覚えた。

「ミス・コペルニクスはご兄弟、居マスか?」

「あ。えっと、変な話なんだけど……最近出来たというか」

「弟妹が生まれた?」

「ううん、義理の……というか。私のお父さん、ずっと行方不明だったんだけど。ようやく帰ってきたと思ったら兄を連れて来たというか……。友達だと思ってた人が実は兄だったというか……もうメチャクチャで」

「でも、幸せそうデス」

「うん。最初はビックリしたけど、毎日楽しいよ」

 改めて、自分で説明すると、おかしなことになっているというか。そ、そうよね。家族が増えましたって言ったら普通、下のきょうだいが生まれるとか、親の再婚で……とかよね。まさか無機物になった父親が無から兄を持ち帰って来るなんて、思わないよね。いや、だから、友人が私の無機物の父親を父親と呼んでたというか……絶対信じてもらえないわ。

 色々端折って伝えたけど、それでもウリエルは私の家族を興味深そうに聞いてくれた。

「……ワタシも同じデシタ。不自由は沢山ありまシタ。ケド、不幸ではありまセンでシタ。こうして、学校に通えるようにもなって……」

「良かったねぇ。私も、ウルリックと友達になれて嬉しいよ。ヘルメスに来てくれてありがとう!」

 私たちはどちらともなく、いえいえとはにかみ合った。

「そういえばミス・コペルニクス。最近よく、学校、お休みしてマスね」

「ああ~、ええっと、あれは……。課外活動、みたいな。自分でギルド作っててさ」

「ギルド……!すごいデス。ハーゲンティ先生とですか?」

「ま、まあ……。やっぱり、バレちゃう?」

「フフフ。お二人、いつも一緒デスから。仲良しこよし、良いコトデス」

 すっかりいつもの調子を取り戻して、ウリエルは柔和で人懐っこい笑みをこぼした。

 私も恥ずかしさは隠せないものの、少しでもウリエルの気が晴れるように、世間話を続けた。

 体調に気を配りながら、盛り上がり過ぎないようにぽつぽつとお互いの話をするだけの時間だったけど、その中でも、ウルリックという人物がよく分かるようなものだった。

 こんなこと言うのは烏滸がましいし不謹慎かもしれないけど……あそこで具合が悪そうにしているウルリックを助けたお陰で、前よりも彼と親密になれた気がする。

 彼は独特の訛りこそあるものの、大陸語が達者で、私なんかよりもずっと語彙が豊富だった。時々、脳内で変換するのに戸惑うような素振りこそ見せていたけど、ウルリックの言葉は知的でユーモアに溢れていた。

 私が彼の話に同調しているつもりが、いつの間にか彼のペースになって、気が付くと自分でも驚くくらいたくさん自分のことを話していたりする。不思議な人だ。

 だけど、あまり話し込んでもいられない。私にもやるべきことがあるので、頃合いを見て、ウルリックに別れを告げることにした。

「じゃあ、ウルリック。お大事にね」

「ハイ。改めて、感謝を。ミス・コペルニクス」

「ザラでいいよ!また明日ね!」

 ようやく起き上がれるようになったウルリックに手を振って、私は医務室を後にした。

 笑顔で私に手を振り返すウルリックとは、明日、少しだけ違った挨拶を交わす予感がする。




.

.

.




 ──陽が沈むころ。

 私はジークを伴って、仲間たちとの拠点であるホワイトサロンのギルドハウスに向かった。

 約束通り、そこには、『ルナティック』のメンバー全員の顔ぶれが揃っていた。

 みんなで掃除し、補習し、各々の趣味の調度品や雑貨を持ち込んだ一階の広間に、頼もしい仲間たちが腰を落ちつけて私を出迎える光景には、感慨深いものがあった。

 来て早々、キッチンへ向かうジーク。優雅にソファに腰掛けるオリヴィエとヘルメスさん。アルスがその傍らに控えて柱に背を預けていることから、彼らに場所を譲ったのだということがわかる。

 いつの間に用意した、一番豪華な一人掛けの椅子に座って、テーブルに足を投げ出す貫禄たっぷりのヤイバ。窓辺にもたれて、剣を片手に外の様子を観察するヒエン。ちなみに、ヤイバはサイズが嵩張るのであそこに落ち着くまでに幾度となく家屋と家具を破壊している。

 私が中心の円卓に向かうと、みんなが自然と集まってきた。

「ヤイバ、あれからお父さんはどう?」

「お陰さんでな。魔硝剣にビビって、兄弟達もそれぞれの領地に引っ込んでったわ。暫くは内乱騒ぎも落ち着くやろ」

「良かった……!カミロにはどんなお礼したの?」

「それがのォ、彼奴、“報酬貰ったら奉仕じゃなくなるから意味ねぇ”とか何とか言って、酒も金も終ぞ受け取らんかったわ。何ちゅう難儀な男じゃ」

「良い人でしょ」

「……あァ。稀人の片鱗を見たわ。ありゃ、真似できん」

 と、先日の一件について軽く交わしてみたり。

「ヘルメスさん、お忙しいのにありがとうございます」

「いいのヨいいのヨ、問題ナッシング!みんなをお手伝いするのが、今のあたしちゃんのマイブームなんだから☆」

「今夜のことについて、何かわかってたりしないのか?」

「テヘ☆許してちょんまげ☆」

「もーっ。何でアンタいつもそんなにいい加減なんだよ!」

「モーマンタイよ、オリヴィエちゃんっ。きっと今夜も何とかなるなる!魔騎士の子たちをぎゃふんと言わせちゃいましょ☆」

「ハア……。オレの中にこんなのの血が流れてるのかぁ……」

 なんて、先祖とその末裔のやり取りを見届けたり。

「そういえば、ヘルメスさん。グリムヴェルトは元気ですか?」

「も~おげんこおげんこ♪最初はちょっとおかんむりで、つっけんどんだったけどネ。ちょっとずつ魔法も練習して、お店のお手伝いもしてくれるようになったのよん☆ほんとはかわゆいコなのよねぇ~☆」

「良かった……」

 師匠から宿敵の近況を聞いたり。

「案外、居場所が欲しいだけだったのかもな」

「そう……だったらいいな」

 アルスの言葉には手の焼ける弟に向けるような、親しみのこもった呆れが混じっていた。

 やっぱり、こうやって集まって話し合うだけでも、士気が上がるっていうか。

 みんな前のめりで勝手に話し出しそうに見えて、その実、私が口にするであろう台詞を待ってくれているような感じがした。

 ──さあ、どうする?俺たちは、ザラの言う通りにするよ。

 そんな信頼と期待の雰囲気が、暗に漂っている。

 私は全員の顔を一通り眺め、ひとまずの指針を提案することにした。

「えっと……夜まで情報収集でもしようか?」

「だな。ヘルメスちゃんが仲間になってくれたお陰で、移動は楽になったし」

「アレを楽で済ますのか……」

 私の十倍以上生きていらっしゃる師匠をすっかり“ちゃん”付けで呼ぶようになった兄はさておき。

 前回、初めて継承権を譲ってしまったけど、私たちにはヘルメスさんという新たに強力過ぎる仲間が加わった。

 ヘルメスさんはこう見えて転移や千里眼など、超高度な魔術を特有のノリで軽~く扱えてしまう、我が校のシンボルになるほどの伝説の魔女だ。

 実際に前回の戦いの舞台となったジェイデス神殿までの道も、多少……かなり……想像いうる限り相当最悪な方法ではあったものの、彼女が居なければ到達することが出来なかった。そこは、今まで大きく違う点であり、魔騎士たちにも対抗でき得るアドバンテージだ。

 直前まで何も分からない、というのは変わらないけど、ヘルメスさんが居るだけで大分気持ちに余裕が生まれた。みんなを見ていても、そんな感じがする。雰囲気が良い意味で弛んだっていうか。私がリーダー?だから、元々締まりようもないんだけどね!

 そんなようなことを相談していると、間もなくティーポットと人数分のカップを乗せたトレーを運んで現れた。

 香りからしてコーヒーだろう。ジークの気遣いらしく、お茶菓子の手作りアイシングクッキーも付いている。しかもラッピングされてるやつ。

「全く……。茶の一つも用意しないのか」

「給仕される側が多いからのォ」

「あ、そっか……!気付かなくてゴメン……!」

「あたしはジークきゅん待ちよん♪」

 表面的には呆れた態度を取りながらも、ジークは順番に仲間たちにお茶を振舞っていく。

 確かにこの面子だと、自分からお茶を淹れようって発想になる人、あんまり居ない感じするわ。ヤイバが言う通り、待ってれば自然とお茶が出てくる立場の人も多いし、それか勝手に買って飲んでるイメージ。ていうか、いつのまに食器も増えたんだな……。

 ジークの手際に見惚れていると、ふと、自分の飲み物だけがみんなと違うことに気が付いた。

「あれ?私のはホットミルクなんだ」

「……お前、朝も昼もコーヒーを飲んでいただろう」

「え。まあ……」

 ジークに指摘されて思い出した。そういえば今日ずっとコーヒー飲んでたかも。何ならお代わりもしましたけど。だって眠かったんだもん。誰のせいで寝不足だと思ってんのよ。一つ屋根の下に好きな人が居たら緊張して眠れないに決まってんじゃん。アルスはよく寝ろよ!って言うけど無理に決まってるからね。

 私が不満そうにしているのが分かったのか、ジークは溜息を吐いて、窘めるように言った。

「一日三杯以上のカフェインを禁ず」

「何でよ」

「胸が小さくなるぞ」

「何、その脅し……!?」

「じゃあオレ、おかわりする……!!」

 何故かオリヴィエが一番食いついてる。

 よく分からないけど、まあ、何事も採り過ぎ、偏り過ぎは良くないか。

 私はジークの体調管理にお礼を言って、はちみつとカルダモンが入った甘く香しいホットミルクを胃に流し込んだ。あ、やばい、よく眠れそう。

 突然ジークの手によってもたらされた睡魔の手先に抗っていると、突然、ジークとヒエンが警戒した面持ちで素早く立ち上がった。

「外が騒がしい」

「見てくる」

 間もなくギルドハウスの窓から飛び出したヒエンに遅れること一瞬。

 感覚の鋭い二人が真っ先に感じ取った異変は、私たちの耳にも入ってくることとなった。

 ──開いた窓の向こう。

 ホワイトサロンの町並みから聞こえてくるのは、人々の営みではなく、狼の遠吠えと動乱の喧騒だった。






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