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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
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シン・ホムンクルス・0




──「気分はどう?ロノ」




 アトリウム王都の地下。

 王国諜報局の拠点でもある、しゞまの城本部にて、エセルバード三世は、先日崩壊したばかりの部下の整備が終わるのを見届けていた。

 妖しい魔導機の培養棺から、無数の管を引き抜きながら起き上がってくるロノは、機械人という種族特有の意識保存とフェオ=ルの魔法によって、心身共にすっかり元通りになっていた。

『ああ……、ええ。外殻接続強度、神経回路、魔術回路、共に良好ってところです。こうしてもう一度、貴方に跪くことが出来て光栄です。我が君』

 そう言って各所の関節のネジを締め直し、お馴染みの気障っぽい仕草で恭しく礼をする姿に、エセルバードは少なからず安堵を覚えた。

「作戦は現場に任せるとは言ったけど、また随分な目に遭ったね」

『損害も織り込み済みですよ。まさか、フェオ=ル姐さん自ら修復してくれるとは思いませんでしたけど』

 機械の鎧の具合を確かめる準備運動のように手足を動かして、ロノは意外そうに答えた。

 三振り目の七曜の剣──“ウアスの杖”を継承する為の儀式において、ロノはフェオ=ルによって使い捨てられた。

 彼女を拒む結界が張られていたことは事前に調査済みで、万が一、同行したディアマンすらも手が及ばない程の事態が起きた場合、機械人であるロノの身体を憑代するようにと提案したのは、紛れもなくロノ本人だった。

 当然に、フェオ=ルも即刻了承した。

 機械人はそもそも個体という意識に乏しく、人間界に存在する鋼の身体も、機械人という大きな意思から切り離された人格の容れ物に過ぎない。

 三百年以上もの間、叡智の管理者として数多の魔術に触れてきたフェオ=ルにとって、ロノの生態を理解することは容易かった。

 だから──ロノにとっても、そしてフェオ=ルにとっても。

 こんな風に、ミュ=ナの破壊魔法に巻き込まれた身体ごと丁寧に治療なんてして、まるで機械人を個人の人間のように扱うのは、不自然なことだった。

『何だか、憑き物が落ちたような雰囲気でしたね。放心してたようにも見えましたが』

「そりゃあ、二十年越しの因縁にカタが付いたんだ。多少は疲れるでしょ」

『視覚パーツに残ってた映像で、大まかには把握しましたけどね。──ああなったご婦人ってのは、何をしでかすか分かりませんよ、陛下』

「彼女が裏切るって言いたいの?」

『最悪の事態は想定しておいてくださいって話です。美しい妖精は、その羽根で思うがままに飛び去ってしまう。大地に縛り付けておく為の楔が無くなったのなら、尚更だ』

 ロノは彼らしい表現で、怪訝に眉を顰めたエセルバードを諫めた。

 先月のシルヴィウスに引き続き──七曜の剣に対し、最も執着していた筈のフェオ=ルでさえも、儀式を経て、その心情に少なからず影響を受けてしまった。

 それが、七曜の剣が持つ狂気ゆえか、それともアンリミテッドの少女が持つ無限の魔力によるものなのかは分からない。

 ただ唯一、あの場にありながら、無機質な死体同然であったロノだけが、奇しくもその現象を俯瞰的に観測していたのは事実であった。

「何だかんだ、七魔将の中ではお前が一番シビアかもねぇ」

『恐縮です。一事が万事疑ってかからないと、この国の諜報員は務まりませんのでね』

「頼りにしてるよ。──お前の部下も、上手くやってくれてるみたいだね」

『ええ。ウチで最もこういう仕事に向いてるのを選びましたんで。あれは便利ですよ』

「てっきり、もう潜入捜査なんて辞めたがってると思ってたけど」

『これで最後ってことで、約束したんですよ。ま、とは言っても、あの場所じゃ、ヤツにとっては脅迫されてるようなもんでしょうが』

 それもこれも、ロノがヘルメス魔法学校に潜入させた“部下”の活躍によるものが大きい。

 年若く、従順で、そして柔軟な諜報員である“彼”は、これからもロノに、ひいてはエセルバードに良い報せを運ぶ幸福の雛鳥たり得るだろう。

「じゃ、これからも期待してるって、伝えておいて」

『そんな事じゃ連絡出来ませんよ』

「ええ?俺、国王なのに?国王陛下からのお褒めの言葉だよ?」

『無茶言わんでくださいよ。それよりも陛下、オレ達にとっての報酬は、“次の仕事”だ。貴方からの信頼こそが、何にも勝る史上の悦びですよ』

「あっはっは。ホント、諜報局の奴等はみんな口が巧くて参っちゃうな。いいよ、じゃ、お望み通りにしてあげよう」

 ロノの煽てるような言い方に機嫌を良くしたエセルバードが、あらかじめ用意していた依頼を提示すると、機械の忠臣は再び膝を付き、それでいて茶化すような光の色を瞳に宿してみせた。

『暗器将ロノ、此度の陛下からのご信頼に見事応えてみせましょう』




 ──一方、王都冒険者通りの飲食店『ミスティック・バル』のカウンターでは、相棒を引き連れた渦中のフェオ=ルが、先日の儀式のあらましを苦い肴にして、エールが入ったジョッキを次々と空けていた。

「ほ~ん……そんなヤツが居たなんてねぇ……オレも一度相手になってみたかったもんだぜ、っと……」

「……お前ならば、あれを満足させられたのかもしれんな」

「へっへ、どうかね~……」

 先代アンリミテッドの戦いっぷりを聞いたエルネストは、およそ彼を知る人間ならば想定内の反応を見せた。

 赤ら顔のエルフの女王を横目に、自分とその先代アンリミテッドの戦闘を空想しながら、エルネストはふと思い付いた言葉を口にした。

「ていうか、アンタ。初めてオレにそういう話したよな~……。娘が居たとかも何となくしか知らなかったし……」

「……墓まで持っていくつもりだった」

「ふぅ~ん……?心変わりがあったってコト……」

 エルネストの感心したような台詞を受けて、何を感じたか、フェオ=ルは、だん、と音が鳴るほど強くジョッキの底をテーブルに叩き付け、絞り出すように漏らした。

「──お前は長生きしろ、エルネスト」

 奇しくも、亡き娘をヒューマーの年齢に見立てた齢、そしてその娘が伴侶に選んだ男と同年のエルネストは、フェオ=ルからしてみれば、不運の分岐路に立たされる愚かな若人のように映った。

「何だよ……珍しい酔い方してんね~……」

 今までにない形相で呟く相棒に面喰いつつも、エルネストは苦笑した。

 取り付く島もなかったエルフの女王とようやく酒杯を交わせるようになったのも、つい最近のことだ。

 自分たちを二人一組のコンビとして編成したエセルバードの意向は、初めこそ理解できなかったものの、彼女の懺悔を聞いた今なら何となく納得できる。

 魔女の家系の忌み子と、月とアンリミテッドに翻弄されたエルフ。成程、厄介者同士ということなら、相性は悪くないのだろう、と。

「店主!もう一杯だ!!」

「おいおい、も~その辺にしとけばぁ~……?」

 満月の儀式は、決まって何かを変えてしまう。

 エルネストは次の満月に想いを馳せながら、酔いつぶれた相棒を担いで、夜道を歩んだ。






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