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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
235/265

第三の剣・魔錫剣・2




 いよいよもって、満月の夜が間近に迫ってきてしまった。

 ジークに教わってつけるようになった月齢カレンダーも、明日が決戦の日であることを示している。

 ──それなのに。

 待てど暮らせど、継承の儀式の場所を調べると言っていたロノさんから、連絡が入ることは無かった。

 うーん。直接本人が教えに来てくれる訳ではないだろうし、単に私が気付いてないだけだったりするのかな。

 それともやっぱり──七魔将は、七曜の剣を巡る戦いにおいては、敵でしかないんだろうか。

 目的が違う以上、仲良しこよしなんて出来るとは思ってないし……横取りしようとしてるのは私たちなんだから、裏切られたって仕方ないのは分かってるんだけど。

 先行きの不安に、溜息のひとつでも零したくなるわよ。

 教室間を移動するあいだじゅう、もやもやと答えの出ないことを考えては、項垂れて。

 そんなことをぼんやり繰り返しているうちに、とうとう、前方から来る人影とぶつかってしまった。

 慣れない考え事をしながらよっぽどふらふら歩いていたのか、結構盛大に、荷物をぶち撒けながら尻餅をついた私に手を差し延べてくれたのは、留学生のウルリックだった。

「ごめん、ウルリック……!私、ぼうっとしてて……!怪我、してない?」

「構いまセンよ。ダイジョブデス。アナタこそ、お怪我はありまセンか?」

 そう言って眼鏡越しに微笑みながら、ウルリックは散らばった私の教材やノートまで拾い集めてくれた。ぶつかったのは私のほうだろうに、なんて良い子なんだろう。

「私も大丈夫よ、ありがとう。優しいんだね」

「イエ。誰にでも、考えゴト、ありマスから」

「ふふふっ。ウルリックも?」

「ハイ。沢山。例えば、次の授業で、アナタとバディを組む方法トカ」

 穏やかなばかりだと思っていた表情に、お茶目なウインクを付け足すものだから、少しだけ面喰ってしまった。

 うわぁ。ミレニエルさんじゃないけど、うわぁって言いそうになった。流石、あの短い自己紹介だけで黒魔術科三年生じゅうを虜にしただけのことはある。ウルリックには、人たらしの才能があるんだろうと思った。

「あははっ!そんなの、いつでも直接言ってくれればいいよ。じゃあ、次、よろしくね」

「アリガトウございマス。それデハ、また後で。バディ」

「うん」

 流れるように私との約束まで取り付けて、ウルリックは先に次の教室までの廊下を進んでいった。衣装を翻す仕草まで、何だか爽やかだ。

 ウルリックの背中を見送っていると、今度は後ろから、別の誰かによって肩を叩かれた。

「ザラ、何か落としたわよ」

「え?」

 振り返ると、ルリコが二つに折り畳まれたメモ用紙のようなものを持って佇んでいた。

 私はそれを受け取って、まじまじと確認した。私、こんなもの持ってたかな。紙の質感も独特で、ノートの切れ端や便箋ともつかないものだった。

 裏返してみると、宛名のように私の名前だけが記載されいてた。 

「手紙?」

「何だろ……」

 しかし、送り主らしき名前は見つからず。

 その内容を確かめようにも、本文らしきものさえ記されていなかった。全くの白紙に、ただ私の名前が刻まれて、折り畳んであるだけの状態なのだ。

 まるで、私の所持品であることを装っているかのような異物感が、ますます奇妙……というか、不気味でさえあった。

「マジで何……?」

 ストーカーの高度な置き土産とかだろうか。ジークがこんな事するかな。

 脳内に私の一番のストーカーを思い浮かべて、はっと思い出した。

 愛の日の贈り物を選ぶ時、彼は言っていなかっただろうか。

 ──“手紙や贈り物も、なるべく断るようにしている。呪いがかけられている可能性があるからな”。

 そうだ。信頼している相手からの手渡しならともかく、こんな風に意図も分からないメモを、いつの間にか忍ばせるなんて怪しさ満点だ。

 私はこの、謎の紙片を手に、訝しんだまま次の授業を受けることになった。

「よーし、今日は魔術暗号式の復習テストからなー」

 タカハシ先生が入って来るなりそう宣言したのは、たまたまだったのか、それとも、この紙片を送ってきた相手は、それさえも織り込み済みだったのか。

 穴埋め文章問題の横には、今、私の手元にあるのと同じ、白紙のイラストが描かれている。

 筆記の小テストに挑む私の頭の片隅は、とっくに期待と焦燥に支配されていた。

 ──もしかして。

 一度気付いてしまうと、居ても立っても居られず、私は終業を報せるオルガンが鳴るとほぼ同時に教室を駆け出し、旧校舎へと向かった。

 何しろ今日は満月の前夜だ。

 仲間たちには、“とにかく集まろう”と声を掛けてある。私が到着する頃には、既に家主のジークと、同じく授業明けのオリヴィエとヒエン、更に外部から侵入したアルスとヤイバの姿も揃っていた。

 そして、ジークの部屋の机の上に広げた手紙のようなものを囲むと、やはり、私の予感は的中した。

「多分、ロノさんからのメッセージだと思うんだけど……どうやったら読めるのか、ちょっと分からなくて」

「……手の込んだ事を」

「え?何?」

 私は、この紙一枚こそが、ロノさんからの連絡だと結論付けたのだ。

 私なんかよりも魔導に精通した彼らの知恵があれば、その真偽も証明されるだろうと踏んでいたけど、思った通りになったようで。

 早速、紙を一通り観察し終えたジークは、間もなく部屋のごちゃごちゃした実験台の上に並んだ……小さな蝋燭のようなものを取り出すと、着火した炎の先を紙の表面に翳して、隠された文字を炙り出した。

「わっ。どうやったの?」

「魔界の炎を使った。これの差出人は、お前の身近に魔族が居る事を知っている人物……つまり、先日の七魔将の一人で間違いないだろう」

 そして、ジークの推察を証明するように、アトリウム王家の紋章と、ロノさんのサインまでもが、くっきりと浮かび上がった。

 間違いない。これが、“パーティーの招待状”だ。

 “次なる継承の儀が行われしを以下に記したり。”、という一文が添えられた紙面には、赤く塗られた目的地を示す、詳細な地図が描かれていた。

 思わず、全員で覗き込む。

 初めに気付きを得たのは、意外にもオリヴィエだった。

「これ、地図か?国境線みたいなのがあるな……この下、メルクリアの領土だぞ」

「あ。俺、近くまで行ったことあるかも!あれだろ、ちょうど三国の境目っていう」

「それだ。オレも昔、兄貴の視察に付いて行ったことがある。神殿があるんだよ」

 オリヴィエに続いたのは、アルスだ。そういえば、ドラゴンに乗って国境沿いまで行って来たぜ!って自慢げに話していたことがあったような。その時の話だろうか。

 見ると確かに、儀式が行われるという“ジェイデス神殿”は、ちょうどアトリウムとヴィズ、そしてその中間にあるメルクリア魔導連盟の三国とそれぞれに隣り合ったパズルのピースように、ぴったりとはまり込んだ山間に位置していた。

 うん。これなら、私が夢の中でヴェインさんに教わった所とも合致する。

「なんやセンシティブそうな場所じゃのォ」

「いや、確か……この山と神殿だけは、どの国のものでも無かった筈だ。だから視察を兼ねた礼拝なんてさせられたんだし」

「そんなことがあるのかね?人間の手によって穢されていない土地となると、必然、魔力に深く侵されているか、でなければ、まともに足を踏み入れることすら適わない危険地帯ということになる筈だが」

「オレも詳しくはまだ聞かされてないけど……兄貴は、人間が近寄れない場所だって言ってた。聖域とか、魔境とか」

「そりゃまた正反対の言い方をしよるのう。魔物でも居ったんか?」

「分かんね~……どうだったっけ……。中に入ったの、兄貴だけなんだよなぁ。すっげぇガキの頃だったし……。クソッ、こんな事なら、真面目に勉強しときゃ良かったよ」

 オリヴィエ曰く、要は未知の場所らしい。神秘の力が強く及んでいそうだと推察するヒエンは、人間に干渉されない土地に想いを馳せて嬉しそうに、片や領地を差配する立場にあるヤイバは忌々しそうに、各々の視点で地図と睨み合っていた。

 そんな中で、アルスがふと、閃いたように手を打った。

「もしかしたら……幻界に繋がるような場所だったんじゃないか?」

「どういうこと、アルス」

「前に来た時はあんま感じなかったけどさ……時々、人間界(こっち)にも、次元が歪んでる場所……っていうのかな?魔力が安定していない場所みたいなのがあるんだ。ほら、俺が一人で魔界に行って、お前らと会ったことがあっただろ?あの時に使った(みち)みたいなの。便利なんだけど、知らないヤツからしたら、不気味かもなって」

「成程……」

 ここにきて、アルスが神出鬼没だったことがようやく腑に落ちた。

 ミストラルを使っていつでも幻界と接続し、また人間界に出現することが可能なら、その間を省いて瞬間移動したように見えても仕方のないことだった……のかも。いわば転移術(物理)。

 そんな風に、次元と次元を繋ぐ狭間が曖昧になっている場所なら──危険視されるのも当然だ。

 私たちは知っている、幻魔という存在を。

 もしもあれがまた現れて、暴れて、周囲の“情報”を吸収して大きくなったりでもしたら、儀式どころじゃない気もする。何なら、現在進行形でそうなってる可能性もあるし。

「危険は……あるのかな?」

「どうだろうなー……。幻魔と遭遇したりしたら、ちょっと面倒かもな。ま、でも、こんだけ戦力が居るんだ。何とかなるさ」

「うん、そうだよね!」

 アルスの言う通りだ。

 幻魔を唯一封じることの出来る無機物お父さんこと魔硝剣・ミストラル。そして、幻魔を魔硝に変える力を持った魔器・エメラルド・タブレット。

 それに加えて、強力な魔眼を持った公太子と、しぶとい妖怪と、神の加護?とやらに恵まれた巨躯のオーガが並んでるんだ。余程のことが無い限り、戦闘で遅れを取ることはない……と思いたい。私という不確定なギャンブル要素があるせいでなんとも言い切れないのがむず痒いところだけど!

「しっかし、何だってそねぇな場所で継承の儀式なんてやりよるんじゃ?前回前々回を鑑みると、えい加減、七曜の剣の元の持ち主に所縁のある土地、っちゅうのは分かってきたがのう。“ウアスの杖”……ってなぁ、騎士王の仲間の魔女のモンじゃったよな」

 一応、私がヴェインさんと交わしたやり取りについて、そして、その真相を確かめるべく天界まで赴いたのは全員に共有済みだ。

 しかし、実はこの全員、人間界の歴史──特にアトリウム史に詳しい人材に欠いているのである。

 とりあえず最年長であろうヒエンならあるいは……と思って話を振ってみたものの。

「ヒエン、何か知ってたりしない?」

「ぼくが人間どもの歴史など知る由もないだろう。純粋に興味もない」

「ちぇー」

 期待したような答えは返ってこなかった。ですよね。私が悪うござんした。

 ぽんこつ女学生、魔族、幻界人、異邦人、留学生、妖怪、だもんなぁ。改めてバラエティーの豊かさに感嘆するけど、結局これだけ集まって常識だけが手に入らなかったの、なんとも皮肉だわ。

 まあ、こればっかりは悔やんでもしょうがない。この面子じゃなきゃ、出来ないことなんだし。

 とにかく前を向いて、明日はロノさんの地図に従って、その神殿とやらを目指すのみだ。

 ──っていっても……。

「こんな辺境、どうやって行ったらいいんだろうね」

「お互いフェアにってんなら、迎えでも寄越してくれりゃあいいのにな」

「ほんと~。せっかく場所を教えてもらっても、辿り着けないんじゃ意味ないよ」

「あるいは、それが狙いなのかもな。俺達では移動手段が用意出来ないと踏んで、足下を見ているのか」

「ナメられたモンじゃ。アル坊、ヴィエ子、おめぇらが前に行った時はどねぇな方法を使ったんじゃ?」

「ヴィエ子ってオレ……?」

「他に居らん」

「俺は、同僚が副業でやってるドラゴン便。さっきも言ったけど、行けたのはこの山が見えるくらい……地図だと多分、この辺までだったよ。その同僚も、“ここから先は立ち入り禁止区域になってて~”って話してたから、先がどうなってるかは分からない」

「オレは山道まで入ったと思うけど……何だったかな……」

 全員で頭を寄せ合い、知恵を絞る。

 ええと……まずは一番近くの街まで列車で行ったとして。地形的にドラゴンや箒に乗って行ったとしても……これだけの人数だし、そもそも現地がどうなっているのかさえ想像も出来ない状態だ。まずは文献なりを漁って、過去に神殿を訪れた人がどんな経路を使ったかを調べるところから始めないといけないんじゃないの。

 じゃあ、その文献を探すのにまた図書館なりメルクリアの記録なりを調べて……とか考えると、途方も無さそうで眩暈がしてくる。

 そうして何人かが苦悶の低い呻き声を上げ始めた頃──

「あたしちゃんが箒に乗せて連れてってあげたの、もう忘れちゃったのぉ~ん?も~、若いんだから、しっかりしなきゃダメだぞっ☆えいっ☆コツン☆」

「うわぁ!?!?」

 その魔女は、唐突に現れた。

「な、何じゃぁこのどエラいテンションの別嬪は!?」

「ババア、どっから入ってきたんだよ!?」

 突然、私たちの円卓に愉快に割って入って来たのは、誰あろう私の師匠である大魔女・ヘルメスさんだった。いや、本当、いつの間に。

 音も気配も無く、まるで最初からそこに居たような当たり前の存在感で紛れ込むヘルメスさんに、額をコツンされたオリヴィエや、また彼女と初対面のヤイバは、驚嘆に目を白黒させていた。

 ヘルメスさんをよく知る私たちは、彼女がいつもこのくらい突拍子もないことくらい理解しているけど、ヤイバにとってはまさに虚を突かれたような気分だったろう。一応、きちんと紹介しておくことにした。

「えーと、紹介します。私の……師匠的な……バイト先の店長的な……」

「ヤッピー☆呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンっ♪ザラちゃんのお師匠で、最強グンバツピチピチウィッチのヘルメスちゃんです☆以後、よろピクぅ!」

「……眩暈、胃もたれ、だるさ」

「症状を訴えたくなるの、分かる」

「ヘルメスショックの被害者がまた一人増えてしまった……」

 ヘルメスさんの衝撃的な美しさと、その美貌から放たれるあまりにもレトロな表現の数々に、脳が情報の処理を拒み、代わりに身体機能に異常をきたす通称・ヘルメスショック症候群。彼女と初めて会った人間は誰しもが通る道である。大丈夫、二回目以降は抗体が出来るから。

「ああ、でも、師弟じゃ言われたら何か分かる気がするのう……」

「えっ!?何で!?どこが!?嘘でしょ!?」

「あ~ん嬉しいワ!やっぱり見て分かるモノなのねっ?この美女二人から溢れ出るキャピキャピしたフンイキのせいかしら~なんつって☆」

「私、違うよ!?ヘルメスさんのことは尊敬してるけど、ちゃんと感覚は現代の若者だもん……!!信じてよぉ……!!」

「いや、この……コメディエンヌとしての才能が……」

「誰がコメディエンヌじゃ!!!!」

「コンパニオンの方が嬉しいわよねぇ~」

 ヤイバの指摘に衝撃を受ける私だった。嘘、まさかこの系譜の共通点、“おもしれー女”だったりする???だとしたら、是非破門にしていただきたいところなんですが。ジークが小さく頷いたの、見逃してないからね。

 ああもう、ヘルメスさんのことは本当に凄いと思ってるけど、テンションが魔族とほぼ同じだから、出て来た瞬間に話が取っ散らかるのよ。

 ここは幹事の私が、ちゃんと音頭を取らないと。私はわざとらしく咳払いをして、みんなの注目を集めた。

「ごほん。ええと、ヘルメスさん。いきなりどうしたんですか。というか、どうやって入ってきたんですか……?」

「まあまあ、細かいコトはいーじゃない!」

「はい……」

「いや負けるな負けるな!」

「全然御しきれてないじゃないか!」

 だってぇ。ヘルメスさんに関しては考えたりするのが面倒なんだよぉ。深入りしたら私まであの感じになりそうで怖いじゃんよぉ。オモロを見つめている時、オモロもこちらを見つめているんだよ。浸食されるんだよ。

「っと……アンタが、オレと兄貴を箒に乗せて、ここまで運んだって言ったっけ?」

「ウンウン!しょゆこと!成人したばっかりのバルトちゃんと、こぉ~んなに小っちゃかったオリヴィエちゃんを後ろに乗っけてネ☆ヘルメスちゃん、怖いよ~って抱き付いてたの、覚えてないの?」

「覚えてるワケないだろ!?ていうか、そんなことぜってえ言ってねーし!」

「あらぁん。今も昔も変わらず、オリヴィエちゃんはパーペキかわゆい王子ちゃまなんだから、気にしなくていいんだゾッ☆」

「やめろっ!無闇にくっ付くな……!!」

 ヘルメスさんにウザ絡みされてるオリヴィエ本人には悪いんだけど、傍から見る分には、見た目が若いおばあちゃんとその孫、って感じのやり取りで結構微笑ましいわね。

「で、話はそんだけ?あんた結局何しに来たんだよって」

「あ!そーそー、忘れちゃうところだったわ!あたしってばウッカリさん☆」

 思春期の男子らしく、照れ隠しでオリヴィエに振り払われたヘルメスさんは、大袈裟に手を叩き、ようやく本題を口にする気になってくれた。

「明日の夜、もう一度ここに集まってくれる?ジェイデス神殿に行くなら──あたしちゃんが全員纏めて連れてってア・ゲ・ル☆」

 ……暫く、全員の時間が停止した。

 息を呑んだまま瞬きを繰り返すこと数回。ヘルメスさんの言葉をかみ砕き終えて、やっとその意味を自分の中に落とし込んだ。

「いいんですか!?」

「いいわよー。実は、ウアスの杖に興味があるのよねん♪代わりって言ったらナンだけどぉー、良かったら、今回の勝負はあたしちゃんにお任せしてくれると嬉しいな☆」

 まさに──女神。

 目的地への移動手段について考えあぐねていた私たちにとっては、まさに渡りに船だ。

 流石、大魔女。この状況さえも予期して、わざわざあのモビーディックの街から、ヘルメス魔法学校くんだりまで足を運んで来てくれたんだろうか。

 交換条件だとしても、七曜の剣を七振り揃えることを目標とする今の私たちにとっては、一振りでも多くの剣をチームで所有出来れば良い。

 心配なのは、約一名。新参者の意見だ。

「……ヤイバは、それでいい?」

「ええんちゃうか。どの道、そのおねーちゃんが居らんなら、神殿にも辿り着けんのじゃろ。ワシもおめえらに貸しを作る立場やしな、今回はおめえらの好きにさせちゃるわ」

 顔色を窺う私を特に気にも留めず、それどころか、不敵な笑みを浮かべて、ヤイバはヘルメスさんの参戦を了承してくれた。

 彼だけは、私や私の協力をしてくれているジークとアルス、オリヴィエ、ヒエンとは違い、あくまで七曜の剣ないしそれに似た逸品を手にするまでの共同戦線を張る、ややビジネスライクな契約関係だ。

 けれど、そんな彼が首を縦に振ってくれるなら、私も諸手を上げて、ヘルメスさんの力を借りたいところだ。

 きっと、ヤイバにも深い考えがあってのことだろう。

「何か、ヤイバって、機会を窺ってる感じだよね」

「はっは!ワレェ、なかなか聡い眼ぇしちょるのう。その通りじゃ。ワシは勝てる戦さしかせん。褒美が分かっちょる戦さなら尚更や。座して機が熟すのを待つ、これも大将の仕事じゃ」

「カッケェ……」

 横でオリヴィエが羨望の眼差しを向けてるし。飄々としてるけど、意外と腹の底が見えないタイプよね、ヤイバ。だから頼もしいんだけど。

 ──と、いう訳で。

 無事、継承の儀式の場所を特定し、そこへ向かう為の手段も確保した私たちは、翌日の満月の夜に再び集合することを約束して、各々で待機することになった。

 三国の狭間にある、ジェイダス神殿。そこに眠る英霊と、剣の継承権を巡る戦い。次はどんなものになるのか、想像もつかないけど。

 私は翌日の夜に持ち出す荷物の中に、しっかりと、ヴェインさんから預かった鍵を仕舞い込んだ。




.

.

.




 ──闇の中に、黄金の魔眼が見開かれている。

 いつもと同じ筈の月夜なのに。星すら浮かばない真っ暗な曇天には、そのまま牙を剥いて落下してきそうな程、威圧的な満月が浮かんでいた。

 何故、毎月等しく訪れる景色が、こうも顔色を変えるのだろう。

 もしそれが、継承の儀式の為に蘇る英霊の気質の影響だとしたら──今回の戦いは、あの鬼気迫る満月のように、穏やかではないものになるのかもしれない。

 こうして再び、こっそり警備の目を盗んで旧校舎に揃った仲間たちの表情にも、どことなく緊張が走っていた。みんな、同じように息を呑んで、空を見上げている。この異様な雰囲気を感じ取っているんだ。

 しかし、我が師匠こそは、そんなのお構いなしである。彼女は、真剣な空気をブチ壊すのが仕事とでも言うべきお人だ。

「じゃじゃーん!これ、なーんだ!」

 夜の校舎、という不気味なシチュエーションに不釣り合いな明るい声で、ヘルメスさんは手元に抱えた何かのヴェールを剥いだ。

 姿を現したのは。

「……鳥籠……?」

「ピポピポーン!今からみんな、これに入ってもらいまーす!ぱちぱちぱちー!」

 突然出題された謎のクイズの答えは、格子の網目で優雅な模様を描いた、鉄の鳥籠だった。

 そして、困惑する私たちに向かって、ヘルメスさんは笑顔のまま杖を振りかぶった。

 抵抗する間も無かった。

「えっと、あの、ヘルメスさん、何を」

「ちちんぷいぷい~み~んなカエルにな~れっ♪」

「…………ゲコ」

 ──ゲコゲコゲコゲコゲコ!!(訳:そんなのって無いでしょ!?)

 ヘルメスさんの超絶技巧魔法によって、一瞬にして私たち六人は、カエルの姿に変えられてしまった。恐ろしい速度と精度だ。

 色とりどり、サイズも種類も微妙に違うカエルとなった私たちは、更にヘルメスさんの手でむんずと足を掴み上げられると……自分がこれからどうなるかを本能的に察知し、悲鳴にならない悲鳴を上げた。そりゃゲコゲコしか言えないんだからそうでしょ。

 鳥籠の中に乱暴に投げ入れられた私たちは、立派な水掻きで格子を掴むことも出来ず、ただただ必死の抵抗に身を捩らせた。

 しかし、現実は非常である。

 ヘルメスさんは私たち六……匹がぎゅうぎゅうに詰まった鳥籠をこれまた雑な手つきで箒の柄に適当に引っ掛けて、そのまま空高く舞い上がった。

「はーい、そんじゃージェイダス神殿まで、月夜のランデブーにレッツラゴー☆」

 ──ゲ、ゲコ~~~~~~~~~…………!!!!




.

.

.




「とうちゃーーーくっ!!」

「ぐえっ」

「ぬわっ」

「ンギャッ」

 各々好き勝手に呻きながら、鳥籠から解放された私たちは、人間の姿のまま次々と地面に叩き付けられた。

 ──冷たい。痛い。

 まず、頬に感じたのは、氷の粒が当たる感触だった。ていうか、私だけ顔面からいってるじゃん。ジークかアルスは助けてよ。……と思ったけど、その二人もマジで直前までカエルに変えられてたんだった。恐ろしい話だわ。

 籠に揺られて空を飛んでる間、もう殆ど、意識無かったんじゃないかと思うくらいよ。偉い目にあったという漠然とした恐怖の記憶だけが鮮明に残ってるわ。いつ落ちるとも分かったもんじゃない籠の中でただぼんやりと待つしかないって、もう、刑罰でしょ。何かの。

 ──改めて。

 私たちがヘルメスさんの突貫空輸便で辿り着いたのは、深い雪山の谷間だった。

 まだアトリウムは初夏にもかからない時期だというのに、辺り一面が銀を荒く削ったような雪景色に包まれていることから、その標高の高さも窺える。

 何より──出発した時は間違いなく夜だったのに、空の向こうまでもが、眩いほどの薄明に染め上げられていた。

 けれど、決して移動の間に朝になってしまった訳ではないらしい。

 それは、依然として不気味に浮かんだままの満月が物語っていた。

「白夜ってやつか」

「ほお~。ええ眺めじゃのう。こねぇな時でもなけりゃあ、景色を肴に酒でも飲みてえ気分じゃ」

 ますます普段とは違う状況に、不思議と胸は高鳴った。はらはらするような、わくわくするような。それら全部をひっくるめて、わーっと叫び出したくなるような興奮だ。

 古くから満月は、人の心を狂わせると伝えられているらしい。

 まさしく今の私たちは、あの怪物のような月光に踊らされているのかもしれない。

 山と山の合間に閉ざされた谷道の遠く先、尾根のほうには、ヴェインさんに見せられたものによく似た、柱の並ぶ祭壇のようなものが見えた気がした。多分、あれがジェイダス神殿だ。

 どうせならあそこまで運んでほしかったけど……ワガママを言っている場合じゃない。ここで降ろされたということにも、きっと意味がある筈だ。何しろ危険地帯らしいし。

 果たしてこんな軽装で登るような場所なのかはさておき。私たちは警戒しながら、神殿までのなだらかな斜面を進もうとした。

 ああ、でも意外と寒さや息苦しさは感じないな、これが魔力由来のものなのかな、なんて考えていた矢先のことだった。

「よーし、あたしちゃんもピンヒールでどこまで行けるか試しちゃウ゛ゾ゛ッ!!!!」

「ヘルメスさーーーん!?!?」

 突如、谷間にヘルメスさんと私の絶叫が響き渡った。

 何かと思って振り返ってみたら、ヘルメスさんが見えない壁にでも拒まれたように、両手両足を歪に掲げたまま静止していた。まるで空間に固定されているみたいだ。バードストライクならぬ、ウィッチストライク。

 しかも、どの角度から見ても分かるほどしたたかに顔面を打ち付けている!メッチャ痛そう!

 というか、仮にも麗らかなレディになんて仕打ちを……なんて思っていると。

 そんな場面が訪れるのを隠れて待っていたとばかりに、崖の影から、ぬっと何者かが這い出るような気配があった。

「──それは、“三百歳以上出入り禁止結界”だ」

「“三百歳以上出入り禁止結界”……!?」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ヘルメスさんと同じように、何もない筈の空間に手をついていたのは──私たちと七曜の剣を巡って継承権を争う相手、アトリウム七魔将が一人、フェオ=ルさんだった。

 思わぬ形での遭遇に、私以外の仲間たちは、それぞれの武器を手に姿勢を低くして、臨戦態勢を取った。

 しかし、フェオ=ルさんは呆れたように瞑目するばかりで、こちらに何か仕掛けてくる様子はない。

「お陰で我も結界の先に進めぬ。アンリミテッドめ、余計なことをしてくれた。だが、これではっきりした。ウアスの杖の継承者は、ここに居る」

 憎々し気に吐かれた溜息には、本物の苛立ちが垣間見えた。

 もし本当に、この、未だヘルメスさんが身動き出来ずにいる理由が、彼女の言う“三百歳以上出入り禁止結界”のせいなのだとしたら……お二人の年齢は……ってことではなくて。

 これじゃ、ヘルメスさんとフェオ=ルさんは、継承の儀式に参加不可能ということになってしまうのでは。

 そんなフェオ=ルさんの後ろには、鎧を纏った宝石人の男の人も控えている。未だ知らない七魔将の一人だろうか。そちらも、今にも斬りかかってくる様子は無く、七魔将が結界に弾き出されるという状況を深刻に受け止めて、思案しているような佇まいだ。……そうなると、ロノさんはどこに?

 私たちと七魔将は、英霊を呼び出す前から、睨み合う形になった。互いに、次にどんな一手を講じるのか、講じさせないのか。慎重に相手の出方を窺っている時間。

 風花が山肌を撫で、太い笛のような音色を奏でる。

 魔物の咆哮のようにも聞こえる風の唄に混じって──硝子の窓を突き破ったような、強烈な破壊の衝撃が走った。劈くような耳鳴りと共に、空気そのものが震撼する。

「──ッ! みんな、来るぞ!」

「……何じゃ、この気配……!」

 真っ先に反応したのは、アルスとヤイバだった。

 これだけの魔導士に、魔族まで揃って感知出来ないもの。唯一、アルスと、神の加護を受けるというヤイバだけが認知出来るもの。

 答えは一つしかない。

 ──幻魔だ。

 さまざまな……回路?のようなものを張り巡らせた、機械の板?を背負い、刃物でできた四つ足で器用に斜面を降る、小型の幻魔だった。

 問題は、その数だ。小動物程度しかないその体躯でも、鋭利な脚部を持ったまま囲まれてしまえば、ひとたまりもない。

 見ると、神殿の方角から、続々と幻魔が襲来してきていた。わらわらと群れを成して移動する様は、けれど生物のような法則はなく、ただ刻印された命令を無機質にこなすゴーレムのようで、不気味だった。刃の脚が雪に照り返されるたび、妖しく光を放つ。

「何で幻魔がこんなに……!?」

「やっぱり、繋がりかけてるんだ!」

 先に神殿のほうへ向かいつつあった仲間も再集合して、私たちは自然と互いの背中を預け合うような陣形に並んだ。

「こいつら、魔法効かねえから、動きだけ止めてくれ!」

「何じゃとォ!?」

「これが噂に聞く幻魔か……斬り甲斐の無さそうな相手だ」

「オレの魔眼、効くかな……」

 アルスの無茶なオーダーにも臆することなく、ヤイバも、ヒエンも、オリヴィエも、飛び掛かってくる幻魔に対して果敢に挑む。

「フェオ=ルさんたちも!幻魔は、アルスかジークの剣じゃないと、倒せないんです!」

「我等とてあの人造人間(ホムンクルス)の件で心得ている……!」

「ふん。七曜の剣……ここまで来て尚、ヒトを拒むと云うか」

 フェオ=ルさんは苦そうに、片や相方らしい宝石人の騎士は、嘲笑うように歯を噛み込んだ。

 そっか。グリムヴェルトとの決戦の時、アトリウムじゅうに幻魔が現れて、魔導士はみんなその対処を余儀なくされていたんだ。当然、国内の最大戦力である七魔将も、幻魔との戦闘経験がある筈。

 とはいえ、魔硝剣の無い幻魔との戦いがどんなものだったのかは──想像するだけで気疲れしそうなものだ。それでも被害を最小限に抑えたという七魔将は、やっぱり凄い人たちなんだと改めて思い知らされる。

 なんて、感心している場合じゃない。

「──“雷よ”!」

「ピーチクパーチクホイホイホイ☆」

「真面目にやってください!!」

 私の後ろでは、いつの間にか復活したヘルメスさんが適当な呪文と共に強力な拘束魔法を放ち、幻魔たちの動きを封じていた。何でその詠唱でそんなことが可能なんですか。

 ジークもエメラルド・タブレットを取り出し、仲間たちと連携しながら、着実に幻魔を魔硝へと変えていく。その隣ではアルスがミストラルを振りかざし、幻魔を丸ごと刀身に吸収していく。

 そう──確実に、地道に、次から次へと湧いて出てくる幻魔を制圧している筈なのに。

 その勢いは一向に衰えない。

 無限とも思えるほど、封じれば封じたぶんだけ、まるで本当に山そのものが侵入を拒んでいるかのように、幻魔が行き先を塞ぎ続けている。

 このままじゃ埒が明かない。継承の儀式を行う前に幻魔に食われるか、夜が明けてしまうか。そうなったら、ウアスの杖は──ヴェインさんに託された“あいつ”のことはどうなってしまうんだろう。

 せっかくカエルにまで変えられて、こんな所までやって来たっていうのに。タダどころか、幻魔と戦って損した気分で帰るなんて、絶対に嫌だ。

 次に雷の檻を落とす場所を定めようと、杖の先を惑わせていると、目の前にアルスが割り込んできた。

「ザラ、ジーク、先に行け!!」

 私に襲い掛かろうとした幻魔を斬り伏せながら、アルスは顎をしゃくって、神殿への道を進むように示した。

 見ると、その道筋を真っ直ぐ切り開くようにして、他の仲間たちが幻魔を蹴散らしていた。

「ええい!口惜しいところじゃが……おめぇらさえ居りゃ何とかなんのやろ!?」

「どの道、オレらはもう武器を継承してる!こっちは任せてくれ!」

「そういうことだ。これだけの幻魔相手、きみ達では力不足だろう。出番は譲ってもらうぞ」

 長い尾で幻魔を薙ぎ払うヤイバが、魔眼で幻魔たちを睨み付けるオリヴィエが、幻魔の隙間を縫うように駆け抜けるヒエンが、一心に私とジークを急きたてた。

 私は(キャスリング)を握り込んで、彼等が作ってくれた道を駆け出した。傍らには、ジークも居る。

「負けたら承知せんからなぁ!」

 拳を突き上げるヤイバに応えるように、私も拳を突き上げる。

 七魔将の二人も、未だ幻魔の群れに苦戦している最中だ。ライバルとはいえこのまま見過ごして行くのも、決まりが悪いけど……。

 でも、ロノさん、見てないのよね。

 あんな事があった、そして何より“招待状”を送ってくれた手前、彼が今回の戦いに参加していないのは、不自然な気がする。ここに居ないということは、先に神殿のほうへ赴いている可能性もある。

 なら、迷っている時間が惜しいかも。

 一度立ち止まった場所から、決意を固めて再び歩み出そうというタイミングで、ちょうど、まだ行動できる範囲に居たヘルメスさんに引き留められた。

「ザラちゃん、こんな所で足止め食らっちゃってゴメンだけどぉ、今回の継承権争い、あたしちゃんの代わりに、七魔将をギャフンと言わせてきてチョンマゲ☆」

「ええ!?」

 ヘルメスさんは自慢の長いネイルを見せながら、私にとんでもない代理役を託す為のキスを投げかけてきた。

「これで、おジャマ虫は気にせず集中できるでショっ☆」

「貴様ッ……!」

「はいはい、あんまり怒ると嫌ぁなオバタリアンになっちゃうわヨ☆額に三本、ファンデの跡つけたくないでしょ?」

 近くで幻魔を相手取っていたフェオ=ルさんは、同じアラサー魔導士の思わぬ抜け駆けに、青筋を浮かべて反抗した。

 しかし、ここへ来てヘルメスさんはまだ一度も、慌てたような素振りすら見せていない。そこに、魔導士としての器を感じた。

 恐ろしい呪詛を口にした訳でもないのに、ヘルメスさんの言葉には不思議な圧力があった。まるで、初めから、何もかもを知っていたみたいだ。

「ええと、でも、今回の、ウアスの杖は、ヘルメスさんの物にするってことですよね?」

「ううん。あたしには必要ないから、モノは好きにしていいわ。だけどぉ~、う~んっとぉ、ここでもしチョンボがあった時にぃ、あたしちゃんなら形代になってあげられるってコト!」

「それって……まるでヘルメスさんのほうが、私の身代わりになるみたいじゃないですか……!」

「えっ、そーお?そゆことになるのかしら~???ん~、よく分かんないけど、とにかくまあ、こっちはお茶の子さいさい問題ナッシングなおバトルモードだから、特に気にしないで行ってらっしゃいな☆」

「そんな……待ってください!!」

 とん、と軽く背中を押された先で、今度は私が、後戻りできないようにヘルメスさんの結界から追い出されてしまった。

 振り返って名前を呼ぼうにも、分厚い不可視の壁を隔てられたように、私の行動の全てが、既に埒外のものにされてしまった。

「大魔女ヘルメス……最初からそのつもりで」

「オヨヨ~?まさかまさかのまさかり担いだドワーフちゃん、あたしの千里眼のコト、忘れちゃった?」

 唯一漏れ聞こえてきたのは、そんな大魔女同士のやり取りだった。

「ザラ、行こう」

「……うん」

 私はジークに腕を引かれながら、山道を駆け登った。

 神殿の輪郭がくっきり見えてくるほど、遠くに残してきた仲間たちの戦う姿が遠くなる。

 きっと──みんななら大丈夫だ。アルスが居る。ヤイバが居る。オリヴィエも、ヒエンも、あのヘルメスさんだって付いている。

 私に出来ることは、信じることくらいだけど。

 何よりも、私がここで無事に、ヘルメスさんに代わって『ウアスの杖』を継承すること。それこそが、彼等への報いになる。

 そう思えば、冷えも、息切れも、気にならなかった。きっとそれも、ジークが傍に居てくれるからだ。

 夜はまだ明けない。

 薄明を席巻する満月は、私たちを平らげたそうに見下ろしている。




/




 杖を向けるフェオ=ルの殺気に、魔女ヘルメスは辟易したようにわざとらしく頭を振った。

「やだやだ、今更ケンカなんてつまんないコトするつもりないわよ~ん。ザラちゃんもアナタも、好きなコトを存分に楽しんだらいいワ!」

 そう言い残し、一見、無責任にも見える態度で箒に跨ると、弟子達が目指すジェイダス神殿とは逆の方角へと穂先を向けた。

「どこに行く」

「幻魔ちゃんを出禁にするのヨ☆それじゃ、お先にドロンさせていただきまーっす☆」

 魔導士の肉体年齢に反応して起動する結界術の下では、ヘルメスもフェオ=ルも、思うようには行動出来ない。

 加えてこの幻魔の襲撃は、明らかに、ジェイダス神殿に彼の剣を封じたあの男の仕業だろう。

 かつてこの地に散った魔導士の思惑を見抜いたヘルメスは、幻魔達が次元を切り裂いてやって来る、その空間の亀裂そのものを封じるべく、いち早く空へと舞い上がった。

「……食えない女だ」

 魔女の去った戦地で、フェオ=ルは一人、ごちた。

 メルクリア天文台を出た後、星晶教団の象徴として崇められ、セレスティニーア公国の建国にまで携わった恐ろしくも強大な魔女は、此度は何故かアトリウムのアンリミテッドに手を貸そうとしている。今まで人間を庇護しても、関わろうとしなかったあのヘルメスが。

 否、と。フェオ=ルは、自らの胸の内を嘲った。

 それは、自らも同じだ、と。

 魔力によって長い命を得たハイエルフの真祖ル=メルの子孫達は、しかし、今になって、人間が齎した神秘に縋り付き、未だ何かを得ようとしている。

 どれほどの時間を生きて、どれほどの知識を蓄えたとて、所詮は浅はかな人間でしかない。

 神殿に安置された棺の中で眠る、同じ血を引く者も──あるいは、誰よりも先に、その真理を悟ったのかもしれない。

 人間と交わったことによって。


 一方で、フェオ=ルの護衛として随行してきた七魔将の一人・ディアマンは、幻魔の存在を自在に吸収し、跡形もなく消し去る唯一の方法を持つ青年に関心の矛先を向けていた。

「……お前も、夢幻に生きる者か」

「は?えっ?……俺?」

 ディアマンの金剛の瞳に捉えられたアルスは、突然、見知らぬ魔騎士から背中を預けられたことに驚愕を隠せなかった。

「人の形をした、ヒトならざる存在。お前もこの幻魔達と同じだろう」

 その一言は、幻魔と相対する中であろうと、常に沈着なアルスをも揺さぶる決定的なものだった。

「違う!俺は人間だ!」

「……私には分かる。その瞳……何にも染まらぬ無垢な容れ物に宿った、色彩無き魂。寄る辺を持たぬ、彷徨う霧虹。私とよく似ている」

 一瞬、目の前の幻魔を忘れ、弾かれたように烈しく反論するアルスを真っ直ぐに見据えながら、ディアマンは訥々と語った。

 挑発の為ではなく、ただ孤独な宝石の民として。

 砂の中から漸く見つけた水晶に囁くように、アルスという同胞の形を確かめようとしていた。

「あんた、自分のコトそんな風に思ってんの?てか、いつそういうの考えてんの?」

「寝る前だ。ベッドに入って、目を閉じた時……夢と現実の狭間に、思い描くものが無いと分かった時……私は、私の魂の寄る辺について想いを馳せる」

 珍しく不快さを露わにしたアルスの皮肉も、ディアマンには通用しなかった。

 これまで数々の厄介な手合いを乗りこなしてきたアルスでも、これには適わないと踏んで、ディアマンという潔白すぎる男の問答に付き合うのを止め、預けられた身体を押し返すように背筋を伸ばした。

「……悪いけど。俺にはあるから。ほら、あんたも退がるなり、協力するなりしてくれよ。こいつらは俺にしか封印できないんだ」

「いいだろう」

 やはりディアマンは素直に剣を取ると、アルスが魔硝剣の切っ先を向ける幻魔へと標的を定めた。

 そして、脇目にすれ違うフェオ=ルと、言葉少なにやり取りを交わした。

「フェオ=ル。貴様は如何にする。此度ばかりは、貴様にも昂ぶるものがあるのだろう」

「……こちらにも考えがある」

 フェオ=ルが結界の外へと去って行く姿に、アルスは、底知れぬ胸騒ぎを覚えていた。






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・後日、修正します。

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