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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
232/265

アイ・ゴーレム




「初めまシテ。ラプカから来た、ウルリック=ニヒトといいマス。短い間ですが、お世話になりマス。どぞ、ヨロシクデス」

 その日の授業は、異国からの留学生の登場から始まった。

 タカハシ先生が教室に連れて来た見知らぬ顔は、カタコトの大陸語で自己紹介を終えると、人懐っこい微笑みを浮かべた。

「精霊術、得意デス。アトリウムは、色んな国の精霊が居ると聞いていマス。とても、楽しみ!」

 優し気な目元と、大きな色眼鏡が特徴的な、ラプカ諸島の伝統的な染物衣装を纏った龍人の男子──ウルリックは、たった数分の挨拶で、クラスじゅうの信頼を勝ち取ってしまった。

「いいヤツそうじゃん」

「大陸語うま~」

「精霊術ってナニ?」

「何だっけ。ラプカの呪術とかじゃなかった?」

「ウチ黒魔術科じゃん」

「呪術科はホラ、アレじゃん……」

「あーね……外国人とか受け入れるワケないか」

 みんなの反応はさまざまだけど、どれも好意的なものだ。

 港町の開拓と冒険者ギルドの発足によって他国との交流が盛んになったアトリウムには、こうしてよく海の向こう側からの研究生がやって来たり、逆に突然出て行ったりもする。

 私も、いつもの黒板から遠い席で、ウルリックが次々飛んでくる質問に丁寧に答える姿を眺めていた。悪い子では無さそう。

 ちなみに呪術科は……私の友達のロザリーや、シンディが在籍していた学科だけど。その魔術の特性上か、物凄く閉鎖的な界隈で。古くからある名門の家系や、由緒正しい工房に所属していた実績が無いと、基本的には門前払いだ。私たち他学科の生徒は、教室にさえ入ることが出来ないこともある。

「ま、この国の……特にこのクラスはドライな奴等ばかりだが、話だけなら聞いてくれるだろ。困ったら言うだけ言うんだぞ」

「ハ、ハイ。頑張ってみマス」

「なんすかそのアドバイス」

「担任に似たんじゃないすかねー」

 タカハシ先生の雑な締め括りに困惑する様子を見せたものの、ウルリックは再び笑顔で小さく会釈をすると、クラスメイトに歓迎されるまま、教壇からほど近い席についた。

 教室全体が拍手に包まれた和やかなムードになる一方で、私の隣に座ったルリコだけが、眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべていた。

「……ルリコ、知り合い?」

「いいえ。ただ……うーん……何処かで会ったような……。あれくらい特徴的なら、忘れそうもないものだけど」

 悩む仕草にも上品さを滲ませて、ルリコは頭を捻っていた。

 何となくだけど、彼女がこんな風にするのは、珍しい事のように思えた。

「何か、胡散臭くない?」

「そ、そうかな……?」

「ああいう人は信用しちゃダメよ、ザラ」

「えーっと。一応、参考にはしておきます」

 浮足立つクラスメイトとは違い、ルリコはやや手厳しい視線で、ウルリックを評価しているようだった。もちろん、彼女に外国人や亜人を差別する思想は無いだろうし。

 流石、たまに世界を救ったくらいの貫禄を滲ませるルリコの言うことには、説得力がある。

「では早速授業に入る。今日は錬金科との合同だ。準備をしたら研究棟に集合!」

 あ。そうだった。

 私は、タカハシ先生が黒板に書き出す必要品リストと鞄の中身を見比べながら、何となく前方のウルリックを垣間見た。

「……」

 眼鏡の隙間から、ほんの一瞬だけ、彼の瞳がこちらを向いた気がした。




.

.

.




「錬金科の生徒が作ったゴーレムに、黒魔術科の生徒がルーンを刻んで動かす。これだけだ。三年にもなれば簡単なことだろう。せいぜい励めよ~」

 研究棟の地下に設けられた広い実習室に、黒魔術科と錬金科の三年生が一堂に会していた。

 洞窟のような石造りの壁と、分厚い本棚に囲まれた圧迫感のある空間に妙な息苦しさを覚えながら、私たち生徒は、地上の教室のものより少し大きな机の前に立って、教壇に並ぶ二人の教師の言葉に耳を傾けていた。

「材質は問わん。オーソドックスな泥でも金属でも、魔物や動物の死体も許可しよう」

「いやぁ~。頼れる先生が居ると無茶が出来て良いねぇ」

 相変わらず冷淡な態度で課題を提示するハーゲンティ先生の横で、タカハシ先生がかつてないほどリラックスしていた。最早、自分の仕事はもう終わったとでも言いたげだ。

 そう。錬金科といえば、ジークである。アハマッド先生の補助という割りには、すっかり担任としての出番が増えている今日この頃。

「ルーンは流石に分かるよなぁ~?一年の紋章学でやったことだ。魔術で作ったゴーレムは、それだけじゃ動かない。ルーンで指示を刻んで初めて自律する。ただし、単に動けと刻んでも、彼等は暴走するだけだ。歩いてほしいのなら“歩け”、止まってほしいのなら“止まれ”と、細かく命令しなければならない。そう都合良く何でも言うことを聞く生命体は作れないということだな。下僕が欲しければ別の魔術を使うように」

「下僕って……」

「忠実な魔導人形はいいぞ~便利で。まあ自分に似るからその内ムカついてきて最終的には破壊するんだがな。よーし、はじめェ~ィ!」

 とんでもない魔導士のエゴを垣間見てしまったところで。タカハシ先生の拍手を合図に。早々に合同授業が始まった。

 何かと錬金科と馴染み深い私は、特に迷うこともなく、自然と近くに居たマーニくんに声を掛けることにした。

 すると、どうやらマーニくんも同じことを考えていてくれたらしく、すんなり了承してくれて、無事、課題に取り組むためのザラ&マーニコンビが結成された。

 ……実は、ディエゴくんからちょっと聞いたことあるんだけど、マーニくんって、ジーク組の面子以外だとあまり友達とか居ないらしいのよね。まあ、魔族並みにエネルギッシュで、かつ意外と自己完結してるコだし、何となく分かるわ。そもそも他人を近寄らせないような所は、師弟でそっくりね。

 私はそんなマーニくんと並んで、彼が実習室に持ち込んだゴーレムの材料──純度の低そうな鉱石や硝子、骨にハーブ、何かの幼虫のようなものまでが混ぜ込まれた、混沌とした泥と土の塊を眺めていた。

 ──ゴーレム。魔術によって作られる土の人形で、創造した主人の命のもと、自律行動を可能とする魔導生命体だ。

 ゴーレムの最大の特徴は、タカハシ先生も“忠実な下僕”と表現したような、その従順さだ。

 ルーンで刻まれた命令に従い、どんなことでも実行する。生まれた瞬間から、死んで動かなくなるまで、全てが創造主の思い通りになる。

 例え人間の召使に出来ないことがあったとしても、魔術で生み出したゴーレムなら、文句も言わず、対価も必要とせず、ただ意志の無い機械のようにこなしてくれる。そんな利便性から、人間には管理できないような場所の警護や、魔術に必要な資材の採集、果ては家事の全てをゴーレムに任せっきりにしている人まで居るとのこと。

 生命を吹き込んでいるにも拘わらず、その実は生物扱いしないなんて、不思議で残酷な話よね。

 人形、といいつつ、実は形状は何でも良いらしく、ウラヌス・キャンドル・ツリーで甲斐甲斐しく働く自動人形・ハーシェルくんなんかも、広義では“綿で出来たゴーレム”にカウントされるそうだ。

「見た目、どうする?」

「ええ?好きなのに出来る感じなの?」

「まあ、ある程度は……」

 マーニくんは慣れた手つきで、床の上に魔法陣が描かれた布を広げ、材料を測り始めた。

 今回の課題は、“錬金科の生徒が錬金術でまずゴーレムを作製し、そこへ黒魔術科の生徒がルーンを刻んでゴーレムを動かす”、という、両学科生徒のどちらが欠けても成立しないものだ。

 ジークの弟子を名乗るだけのことはあって、マーニくんは錬金科の中でもトップクラスの技術を持つ魔導士だ。何だかんだ、組めてラッキー。

「やっぱり人型がいいよね」

「ボクは何でもいいけど。どうせ趣味は趣味でやるし。ザラちゃんに合わせてあげる」

「よ、よーし……じゃあ、せっかくだし、面白い感じにしよう」

 私たちはいつかの時のようにスケッチを見せ合い、暫く悩んだあと、“ひとまず無難で感情移入しにくい感じの見た目にしよう”ということで結論付けた。あんま、顔とか細かく作らない感じで。この授業の為だけに作って、最後壊すところまでやるからさ……なんか……かわいくしたりしちゃったら……辛いからさ……。

「よォし……じゃあ、やるよ」

 問題はここからだ。

 (アンリミテッド)という超不確定要素がある手前、術の発動はとにかく慎重にならなくてはならない。

 マーニくんが袖を捲り上げ、緊張した面持ちで魔法陣と向き合う姿を、固唾を飲んで見守った。

 そして、そう考えているのは私だけではなかったらしく。

 つい、ちら、っと。

 教壇の前から、腕を組んでこっちを凝視しているジークの視線を、感じ取ってしまい。

 ──ジークと目が合ってしまった。

 やばい。まずい。

 マーニくんが錬金術を発動するのと同時に、私の頭の中で雑念が生じたその瞬間、床の上の土の塊が、眩い光に包まれた。

 ばちばちと火花を閃めかせながら煙を吐き出し光景は、まるで雷雲の中に居るかのようだ。

 私たちが咳込みながら煙を払いのけると、ようやくマーニくんの錬成の結果が明らかになった。

 深いヴェールの中から姿を現わしたのは、設計予定のものとはまるで違うものだった。

「ジークになったァーーーーーッ!?!?」

「先輩になったァーーーーーッ!?!?」

 私とマーニくんの絶叫が重なる。

 ──ジークだった。

 いや、ジークはそこに居るんだけど。ここにも居るんだよ。お願いだから私の頭の整理の速度を追い越さないでほしい。

 ゴーレムを錬成したと思ったら、何か強面の男が出来てました。?????

 おかしいな。

 どっからどう見てもジークだ。あんな土と泥と骨を錬成したのに。ジークは多分血と肉で出来てるけど、このジークは土と泥で出来ている。

 ワインレッドの髪に、エルフを模したとんがり耳、姿勢の良い立ち姿。

 これは間違いなくジ…………。

「い、いや、何か微妙に違う……ッ!!」

「本当だ!血色が良い……!その割りに心なしか華奢だし!」

 同じタイミングでマーニくんと同じことに気が付いた。

 すぐ側に同じく目を真ん丸にしている本物(みほん)が居るせいか、存外、露骨な差が目に付いた。

 まず肌の色が違う。あの青白さは無く、どちらかというと健康そうな赤みを帯びている。

 体格もいつもの筋肉質な感じよりは、やや細身で、中性的な印象さえ受ける。

 何より顔付きだ。本人の見つめただけで相手を殺すような鋭さは抑え目で、眉目の美しさは保ちつつ、どこかあどけなく、柔らかな表情をしている。

 ちょうど、十五歳くらいのジークですって言われて見せられた、とか、あとは……フュルベールくんとベルナールくんを足して二で割ったような印象でもある。

「……アルスくん要素強くない?」

「大分強いね……」

 何でじゃい。

 毎度の恒例行事とはいえ、まさかのまるで私の理想の男性像みたいなのを具現化したようなゴーレムが爆誕してしまったことには、絶望と同時に底知れない羞恥さえ覚えた。何でこうなるの。頭を抱える振りでもう一回、ゴーレムの顔を覗き見てみたけど、やっぱりかっこよかった。(本音)

「マ、マーニくんの願望も反映されてたりするんじゃないの?」

「ああ~。確かに。こうなりたい、みたいなのはちょっとあるかも?」

「意外と素直に認めるね……!?」

 つまり、何。私とマーニくんの深層意識にある“ジークかっこいいなぁ”(+α)の念が、アンリミテッドお約束の超因果に巻き込まれて発露した結果がこれってこと?全然納得いかないな。何がどう狂ったら暑苦しい魔族がこの世に二つも存在する手違いが発生するんですか。そうです、私のせいです。多分。

 私とマーニくんは、唖然としながら、完成したジークゴーレムをまじまじと観察した。

 しかし、今は仮にも授業中だ。こうしている間にも、時計の針は無慈悲に進んで行ってしまう。

 ……仕方ないので、私たちはこのまま、このジークゴーレムを使って課題をこなすことにした。変な気分だけど、別に、悪くは無いので。あと、面白さで言ったら正直、これ以上は無いなと思ってしまった。

 私は椅子の上に立って、ジークゴーレムの髪の毛を掻き上げ、その額に杖の先でルーンを刻んだ。流石に書き心地は土っぽかったけど、これだけ近付いても、完璧にジークの面影がある。睫毛の長さとかもこんなもんだった気がする。

 このままではいくらゴーレムくんといえど動けはしないので、まずは起動の為に、ただ、“生”とだけ。

 すると、ジークゴーレムの瞳に、蒼い灯火が宿った。これで、私の魔力との経路(パス)が繋がった筈だ。これで一応、言うことは聞くようになった、と思う。

 次は、実際に動かす番だ。

「えーと……じゃあ、“歩け”、と……」

 ひとまずそれだけ刻んで、椅子から降りた。

 私の命令を受理したゴーレムは、間もなく、瞳に妖しい魔力の煌めきを揺らめかせて、その体躯を稼働させ始めた。……の、だが。

「……何か……足踏みしてるだけなんだけど」

 マーニくんが指し示したジークゴーレムくんは、無表情のまま、ただただその場で手足をゆっくりと交互に上下させるばかりだった。

「えっ!?何で!?」

「ちゃんと“真っ直ぐ歩け”とか“十歩歩け”とか細かく刻んだ?」

「は?」

「は?じゃねーよ!!そういうもんだっつってろーが!話聞いとけや!!」

「わーんごめんなさいごめんなさいーッ!!」

 タカハシ先生が最初に言ってのがこういう意味だとは思わなくてぇ。

 こと魔術に関しては誰よりも真面目なマーニくんにとっては、私の行いはさぞ素行不良に映っただろう。でもその情熱で私のスリーサイズとか測ってるんでしたっけね。

 ごほん。

 要するにこのゴーレム、単調な命令では単調な行動しか実行できないみたい。なるほど、ハーシェルくんはじめ他所で見掛けるゴーレムがどうしてあそこまで複雑な動きが出来るのか不思議だったけど、つまりあれも、命令経路を仕組んだ魔導士の手腕からくるものだったのね。

 自らは思考しない代わりに、主人がシンプルにしようと思えばどこまでもシンプルに、逆に難解にしようと思えばいくらでも難解に出来る……そこがゴーレムの特徴、ってことかしら。

 そういうことならここはひとつ、気を取り直して、一から十まで懇切丁寧に命令してあげようじゃない。

 私は杖を握り直し、ジークゴーレムの額にルーンを新しく“三歩前進”とルーンを刻んだ。

 ジークゴーレムは先程と同じように瞳を光らせて命令を受理すると、今度こそ、私の思惑通り、元居た場所から三歩だけ歩いて、停止した。

「私、コツ掴んできたかも」

「マジ?信じていいやつ???」

 ちょっと面白くなってきた。

 こうして私は、ゴーレムへの命令を刻む楽しさに目覚めてしまったのでした。

「ちょっと、誰?このクソみたいなルーン刻んだの……あ、私か」

「だからここ書き間違えてるって!!棒足りてないんだって!!」

「うぎーッ!!これ全部修正しなくちゃなんないじゃんよーッ!!」

「成功してるところにもう触りたくないと思っちゃうの、ボクだけ……?」

 どれだけ試行錯誤しても、終わらない。

 あっちを立てればこっちが立たず、三歩進んでは二歩下がる。そんなような、ルーンを刻んでは消し刻んでは消しを繰り返し、ジークゴーレムに奇妙な動きをさせること数十回。

 意外と最終的にはシンプルな形に落ち着くものね……と思ったけど、これ、私以外の人が見ても何が何だか分からんことになってそうだな。ていうか何がどうなってんのか、覚えてない所もちょくちょくあるわ。まあもう今更だし……ええい、もうどうにでもなーれっ♪

 そんな思いで、最後のルーンを刻んだ。

 すると。

『マスター。何なりとご命令ください』

「何かすごいことになったーッ!!」

 ジークゴーレムくんは最初のぎこちなさから一点、流れるような滑らかな動作で、私たちの前に恭しく傅いた。発声機能もちゃんと取り付けたのよ。主にマーニくんがね!

 と、同時に、ジークゴーレムのスマートな仕草を見るや否や、マーニくんががっくりと膝をついた。え?何?あまりに尊すぎて?

「ボクが作りたかったのはこんなゴーレムじゃない……っ!!」

「そんなぁ!!」

「もっと一人称は“オデ”にして語尾にも“~ゴレ”とか付けたかった……ッ!!」

 まるで芸術家のようなことを言い出すじゃない。そのこだわり、何よ。私からしてみればこの顔でそんな風に振舞われるほうが悪夢だよ。あの男から知性を取ったら何も残らんぞ。

『申し訳ありません。マスター。……けど、俺だってマスターの願いを叶えたくて必死で学習したんです。必ず、お役に立ってみせますから。……だゴレ』

「無理しなくていいから……」

 わざわざ語尾まで変えてくれる、何とも健気なゴーレムくんであった。ていうか普通に会話が成立しとる。もう命あるだろこれ。

 しかし、ジークアルスモドキが見せる憂いを帯びた表情は、こう、なんとも、元のモデルたちからは全く想像も出来ないもので、何かいけないことをしている気にさせられますね。

 ……それにしても。

「な……何で動いてるんだろう」

「フワフワした根拠で魔法を使うな!」

 命令した私にも結局よく分からない技術だった。こんな性格になるようにした覚えもないし。額ぐっちゃぐちゃだもん。

『どうかしましたか?俺で力になれることがあれば、ご命令ください。どうか、マスターの為に、俺を使ってください。それが自律魔導生命体として生まれた俺の使命であり、悦びです』

「じゃあ食堂までひとっ走りしてコーヒー買って来てよ。お前の金で」

『こら、マスター。いけません。魔導生命体相手とはいえ、使い走りのような真似を強要するのは、誇り高い魔導士として恥ずべき行為です。あなたにはあなたに相応しい内容の任務を、俺に課すべき権利と義務があります。やり直して御覧なさい』

「仕事選ぶぞコイツ」

「腰の低いジークだなぁ」

 丁寧な言葉で何でも命令してくれと言う割りには、妙にプライドの高いジークゴーレムくんからは、しっかりとモデルとなった人物の因子を受け継いでいることが窺えた。

「じゃあ、どういうのならいいの?正直、私たちはあなたを先生たちに見せて優秀評価を貰えればそれでいいんだけど……」

『そういうことでしたら、俺にお任せください。見ての通り、俺はマスター・ザラの力によって、そこらのゴーレムとは比べ物にならない性能を手にすることが出来ました。なので、基本的に、人間に出来ることなら人間以上の成果を出すことが可能です』

「例えば?」

『ゴーレムとしての評価、ということであれば……芸事などは如何でしょうか』

「ええっ!?そんなことまで!?」

「ますますボクの理想からかけ離れていく……」

 顔を蒼くするマーニくんはさておき。モデル本人よろしく絶好調のドヤ顔で胸を張るジークゴーレムくんに、私は早くも親近感のようなものを覚え始めていた。やっぱ見た目って大事。

 そして、まさかの命令に組み込んだ覚えのない芸まで会得しているというジークゴーレムくんに、早速披露してもらうべく促した。

 ジークゴーレムくんが立ち上がるのを待つ、そのついでに、再び本物が佇んでいる教壇のほうを窺う。

 しかし、ジークの姿は無かった。──というか、両先生とも、教壇前に群がる生徒たちにもみくちゃにされて、遠目からではどこに居るのかも分からなかった。

 そういえば……何だか騒がしいような……。

 不思議に思って周囲を見渡すと、何故かみんな、自分の席を空けて教壇に大挙していた。タカハシ先生やジークに詰め寄って、何やら必死に訴えている。

「先生助けてーッ!!」

「何回作ってもイケメンが出来るんですゥーッ!!」

「ルーン弄ってないのに壁ドンしてくるよぉ~ッ!!」

「やめろーッ!!俺は男だーッ!!俺を女にしないでくれぇーッ!!」

 耳をすまさなくても聞こえてくる、意味不明な叫びの数々。

 落ち着け落ち着けと宥める両先生の抑制も意に介さず、パニック状態に陥った生徒たちは、半泣きになりながら、傍に連れたイケメンゴーレムを指差していた。

 イケメン、イケメン、一つ飛ばさなくても、イケメン。

 ──実習室には、男前が溢れかえっていた。

 男女も種族も関係ない。ただひたすらに、無闇に、生徒たちの隣に佇む男前の数が増えているのである。

 私の背中に冷たい汗がどっと吹き出た。今すぐ帰りたい。

 私は生徒たちの合間を縫ってこっそりジークに近付き、そっと耳打ちした。

「どういうことなのこれ……」

「ふむ……。何故かゴーレムで術者の理想の男前が再現されるようになってしまったようだ」

「自分で言ってておかしいと思わない?」

「思う。頭がおかしくなりそうだ」

 ただでさえ意味わらかん事態に加えて、これだけの生徒に一度に迫られるのも大変だろう。

 非常に申し訳ない気分だった。

 何故なら私には、この事件の原因に心当たりしかないからだ。

「……私の魔力のせいでしょうか?」

「謎だ。あまり考えたくない」

 あのジークが露骨な疲労を浮かべて、思考を放棄するほどだ。当たり前だ。突然教室内の男女比が偏り、謎のキラキラしたムードに包まれ、それぞれ理想の男前に口説かれては恐怖する生徒たちによって半狂乱の地獄絵図が展開されれば、誰だってそうなる。この状況でマトモに収拾をつけようと思う方がおかしい。

「……ちなみにハーゲンティ先生の理想の男前は?」

「俺だが」

「あっ、はい……」

「フッ、お前もそうだろう?」

「ううん。ちょっと違った」

「何ィ……!?」

 この自己肯定感怒髪天MAXメガ盛り男に、私とマーニくんが作ったゴーレムを早く見せたいと思った。

 そんな超常現象も裸足で逃げ出す異常事態の中、タカハシ先生だけは冷静に、音も無く手を挙げて、皆の注目を促した。

「よし、もうこうなったら──」

 その口元には、“生徒を揶揄うネタが出来て楽しくてしゃーない”という、無遠慮な笑みが湛えられていた。

「今日の授業内容は、“最強彼氏ゴーレム決定戦”に変更だッ!!」

「“最強彼氏ゴーレム決定戦”!?」

 ──どんどん意味が分からなくなっていく。

 思わず復唱しちゃったけど、何が、もうこうなったら、だ。活かそうとすな。ジークも頭を抱えている。

「我が理想のイケメンこそは!と思うゴーレムを作って来い!より具体的な魅力をプレゼン出来た奴に合格の判を押してやろう!」

 騒いでいた生徒たちの時間が、ぴたりと静止した。その手腕だけは、流石と言わざるを得ない。

 ……しかも、評価するとこ、ゴーレムの(クォリティ)じゃなくて、プレゼン力なんだ。

 我が黒魔術科の生徒は、タカハシ先生の無茶振りに悉く付き合わされてきた嫌すぎる信頼と実績があるので、こういう時の担任には最早言葉は届かず、あとは粛々と課題に臨むことくらいしか出来ない、と理解しているけど。

 対して錬金科のほうは、不安げな面持ちで、黙り込んだジークの言葉を待っていた。

「ハーゲンティ先生はそれでいいんですか?」

「ノーコメントで……」

 駄目だ、全てを諦めている。こんな所で先生間のパワーバランスを垣間見たくなかったよ。頑張ってよ、もう少し。

 しかしハチャメチャ慣れした魔法学校の生徒は、順応性も高かった。

 タカハシ先生の鶴の一声によって、精神を混乱から単位への渇望へとリセットした生徒たちは、そそくさとゴーレムを連れて席に戻って行き、相方と共に更なる改良を加えるべく、魔術に集中し始めた。うん、この学校のみんなのこういうガツガツした所、嫌いじゃないよ……。

 そして暫くして。

 ちらほらと、教壇前で自分たちのゴーレムについて発表し始めるコンビが出てきた。全員が全員、男前を侍らせてるの、本当凄い光景だな。

 ……ていうか、男子にも理想の男性像とかあるのかな。あるか。

「これが俺の理想の男だァーッ!!」

 まず最初に先陣を切ったのは、我らが黒魔術科の賑やかし担当、お調子者のアロイスだった。

 スプライト族の相棒と共に現れたアロイスは、いつもは見せない強気な迫力で、連れ立ったゴーレム彼氏を両先生に見せつけた。

「どことなくお前に似ているが」

 アロイスたちのゴーレムに、タカハシ先生とジークが同時に怪訝そうな視線を注ぐ。

 眼鏡をかけた、柔らかい雰囲気の紳士風ゴーレムは、確かにアロイス本人に似た髪の色や瞳の色をしていた。

 周囲の不審な目も気にせず、アロイスはゴーレム彼氏の額にルーンを刻む。

 すると、ゴーレムはアロイスの頭を慈しむように撫でて、全てを包み込むような笑顔を浮かべた。

『どうしたんだ、アロイス。お前、また調子に乗って女の子を泣かせたんだろう。だからいつも言ってるじゃないか。ほら、父ちゃんがココア淹れてやるから。元気出たら謝りに行ってこいよ』

「イ゛ーーーーーン゛!!!!父゛ちゃ゛ーーーん゛!!」

 そして突然、ゴーレムに抱き付くアロイス。

 ああ~……。

 “理想の男性像”、だから……。そっか、マーニくんと同じで、憧れとか、会いたい人っていうのも有りなのね。いや、それにしても美化されてると思うけど。アロイスのお父さん、あんな男前じゃないでしょ多分。

「先生、アロイスは子供の頃にお父さんを亡くしていて……!」

「うーん、そういうバックボーンを聞かされると厳しく言い辛いな。良いだろう、合格!」

 こうしてお調子者のアロイスは、相方スプライトくんのナイスアシストにより、トップバッターにして無事合格をもぎ取って行ったのであった。評価は終わったのにまだ抱き付いてるし。

 ちょっとズルくないすか、とも思ったけど、そういえばプレゼン力も込みだったわ。私も自分の彼氏の見目の良さに飽かせて、魅力を伝える努力を怠ってはいけないわね。勿論、中身だって自慢なんだから。

 さあ、そして次なる選手が教壇の前に立ち塞がった。

 今度はミス・アクワイア……ディアナと、錬金科の女子生徒のコンビだ。

 彼女たちが連れていたゴーレムに、教室じゅうが釘付けになった。

「私の理想の男性は!!歌手のプリンスくんです!!」

『子猫ちゃん……今日の歌の全てはお前に捧げるぜ……。いつもありがとう!愛してる!挙式はコンサートホールを貸し切りだ!』

 それもその筈。真面目そうな二人がお披露目したゴーレム彼氏は、あの大人気アイドル・グランドクロスのセンター、プリンスと全く同じ姿をしていたのだ。

 ……いや、私も詳しくないんですけどね。ビビアンが一時期ハマってたし。ていうか、テレビやラジオ、ライブでしか見られないような人をよくあそこまで精巧に再現出来たな。

 しなやかな体躯を持った兎獣人のアイドルは、華麗な決めポーズのまま、教室に響き渡る喝采をいつまでも浴びていた。

 しかし。

「いやプリンスぜってーそんなん言わねえよ」

「あいつめっちゃドライじゃん。ファンサ塩じゃん」

「うるせーッ!!理想だっつってんだろ!!プリンスくんに愛想があれば完璧な存在ってコトなんだよ!!」

「自分で認めてんじゃねーか!」

 やはり偶像は偶像。実際のプリンスは、例えファン相手だろうとニコリとも笑わないことで有名である。

 しかし、その現実さえ飛び越えた、まさしくディアナの理想を体現したゴーレムは、今回の課題に相応しいということで、タカハシ先生からは合格の判定が出たのであった。

 ジークも彼女たちが創り上げたゴーレムには興味津々で、身体のあちこちを触っては、その緻密な再現度に唸っていた。ジークがプリンスゴーレムの顎や髪を摘まむ度、女子の間からは、ちょっと悲鳴が上がった。それはどっちの意味でなんだろう。

「うう……えーと……私のゴーレム彼氏はこれです……」

 その次に続いたのは、三年黒魔術科きっての優等生、ルリコだ。

 この状況で全うに恥じらいを覚えているのが最早新鮮な反応のように感じてしまう。

 ルリコが錬金科の相方と共に披露したのは、彼女のボーイフレンドによく似た、褐色の肌に銀髪を靡かせた美青年だった。

「ウルリック、何でそんなウケてるの……?」

「イ、イエ……気のせいデスよ。」

 一方で、隣の席で私たちと一緒にルリコの発表を見守っていた編入生のウルリックが、やけにツボに入っていた。何だろう、外国の方からすると、剽軽なイケメンに見えるのだろうか。

 私も何度か挨拶を交わしたことがあるけど、確かに、あのボーイフレンドに出会ってしまったら、それ以降の全てのハードルが上がってしまうのも仕方のないことだと思うほどに、個性的で美しい人だ。そして何より、性格も含めて、ルリコととってもお似合い。ちなみに評価はしっかり合格でした。

 自分で味わうことの出来ないいじましいロマンスを堪能している内に、私とマーニくんもそろそろ、このジークゴーレムくんを提出しに行こうかという話になった。え。ほら。私の場合はさ……甘酸っぱさとか無いじゃん。雪国の除雪車みたいな特濃恋愛脳男がただただ全速力で私を轢き殺していく、みたいな感じじゃん。余韻も何もねえのよ。だからつい、いいなあってなっちゃうの。分かったかしら?

 で。私はその除雪車男と家に居る大型犬男子を足して二で割ったようなゴーレムを教壇の前まで引っ張って行かなきゃならん訳ですが。

「あ。でー……ゴーレムくんの特技、何なんだっけ」

『……もういいです。せっかくお見せしようと思ったのに。マスターもやっぱり本物が良いんですね』

「いやいや、ごめんって。元気出して、拗ねないで、ね?」

 さっきの話の途中で別のことに気を取られてしまったせいで、ゴーレムくんが得意げに見せようとしていた芸とやらのことをすっかり忘れてたわ。

 こうして落ち込んだりするのも、ジークだけの遺伝子だったら見られないものだわね。

 すっかり背を丸めて縮こまったジークゴーレムくんに何とか気を取り直してもらおうと、私は彼の隣に寄り添った。

「ほら、先生に見せに行こう?君が一番だって、先生たちに認めてもらおう!」

『……はい』

 ゴーレムくんは小さく頷くと、しぶしぶ私とマーニくんの間に混じって、教壇への道を歩き始めた。なんか、小さい子供を相手にしているような気分だった。

 そして、改めてジークゴーレムを公の場に晒すと。予想通りの爆笑が返って来た。

「ブァッハッハ!!!!さ、再現度高っけぇ~~~!!!!」

「ハァ…………」

 担任から笑われるのは良いとして、ご本人からのガチ溜息はやや傷付くというか、不本意というか。魔族のくせに何でギャグの感性低いんだよコイツ。

 納得いかない私の横で、更に輪をかけて納得していないマーニくんが吠える。

「ちょっとぉ!ボクの作品でもあるんだぞーッ!!」

「ふむ……顔の造形の美しさは素晴らしいな。ディテールがやや違うようだが」

「だからジー……ハーゲンティ先生そのものじゃないですって」

 私の理想が自分だと信じて一切疑わないところも凄いなって思うんだけど。せめて話は聞いておいてほしいものだ。それとも都合悪いことは忘れちゃうのかな?

「そっ、それで、こっ、この彼氏は……一体どんな性能……あっはっはっは!!!!ヒィーッ死ぬ……!!」

「先生そっちジークです」

「ま、間違えっ……あっはっはっは!!同じ顔が二つあるーッ!!」

「違うっつってんでしょ!!」

 タカハシ先生は自らが当初思い描いた構図になってさぞ愉快なのか、私という生徒への無礼を取り繕うことさえせず、ひたすらに私とジークをイジり倒そうという魂胆が見え見えだった。

「なんか彼はダンスが踊れるらしいです」

「マジで???」

「今より面白くなるの???」

「俺のプライバシーが存在していないな……」

 私と違ってマーニくんはちゃんとゴーレムくんの特技とやらを見ていたのか。

 マーニくんに背を押されたゴーレムくんは姿勢を正すと、相変わらず優雅な仕草で、そのまま──何故か、私の手を取った。

『では……お手を失礼します』

「あ゛?」

 と、ドスの効いた声で呻ったのは、果たして私とジーク、どっちだったのか。

 それを確かめる隙もなく、私はジークゴーレムくんに素早く身体のコントロールを奪われ、されるがままにワルツのステップを踏んだ。

 いちにのさん、で、まさに掌で転がされるようにジークゴーレムくんのリードのままその場でターンをすると、最後は彼の腕の中に抱き留められた。

 ここでも女子から再び黄色い歓声と拍手が上がった。

 でも、私は、目の前に間近に迫ったゴーレムの表情に、いつもの黄金の煌めきや、深い湖畔のような潤いを感じられなくて、照れるどころか、むしろ不気味さを覚えてしまった。ごめんよ。

「おお~。やるじゃないか。よくこの短時間で仕込んだな。ルーンを見せてみろ」

「自分でもどうなってるのか分からないんですけど……」

「意外と才能あるんじゃないか?再現性は低いが、こういうのは金持ちの好事家に売れるんだよ」

 こんな事をするように設定した覚えは、本当に、一切、無い筈。

 それなのにゴーレムくんは、まるで意志があるかのように、自在に動き、思考しているかのように見える。

 自分でやってしまったこととはいえ……これはあまり乱用していい技術ではないかもしれない、と思った。

 困惑と罪悪感に苛まれる私とは対照的に、相方のマーニくんは創り出したゴーレム同様に得意げになってジークの評価を仰いでいた。

「どーよ、結構度肝抜かれたんじゃない?」

「ふむ……。材料には何を使った?」

「ああ。レシピこれ」

「教えたことは守っているようだな。だが関節の繋ぎが甘い。もっと伸縮性と粘性のある動物や魔物の皮膚と軟骨を配合すべきだ。それと水分が多すぎる」

「ちぇー」

 慣れ親しんだ師弟間という関係から来るやり取りは、一見淡白に見えるものの、その実的確で、公正でもあった。彼等にしか分からない距離というものが、そこに存在していることが、羨ましくも妬ましい。ふーんだ。

 一通り私とマーニくんのゴーレムの品評を終えた両先生は、似たような格好で手元の資料にチェックを入れると、

「概ね優秀でいいんじゃないかね。今日の中ではトップだろう」

「そんな所だ。行ってよし」

 確かに頷いて、私たちの成績表に合格の判を押してくれた。

 私はマーニくんと席に戻りながら、ハイタッチでお互いを讃え合った。

「やったねマーニくん!!」

「ま、ボクとザラちゃんが組んでればトーゼンだけどね。今回ばっかりは、アンリミテッド様様ってとこかな」

「たまには良いこともあるもんだね~」

「だね。あとでお祝いにケーキでも食べに行こう!」

「いいね、最高!」

 やっぱり、優等生が一緒だと違うものね。私は再度マーニくんを拝むように平伏し、感謝の意を表した。






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