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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
222/265

エンブレムオブザアンリミテッド・0

/side アトリウム王国




――「え~~~っ。また奪われちゃったワケーっ!?しょうがないってのは言葉の綾じゃんよ~~~~~」


 玉座の前で跪く七魔将・フェオ=ルとシルヴィウスの頭上に、現アトリウム国王エセルバード二世の苦悶の悲鳴が降り注いだ。

 項垂れる主君の様子に深く歯噛みするフェオ=ルの隣で、凶報を持って帰って来た張本人であるシルヴィウスは悪びれる素振りもなく応えた。

「奪われたというか……継承出来なかったというのが正しいです。まさか戦闘以外で勝負するなんて、陛下だって想像しなかったでしょう」

「そりゃそうだけどさ~……。参ったな、そういうパターンもあるのか。つくづく侮れんというか、訳のわからん儀式だよ。この為にせっかく選りすぐりの脳筋を集めたってのに、それが裏目に出るとはねぇ」

 第一の剣に続き、またしても継承権を譲ることになってしまった第二の剣。

 国内でも最強の魔導士を選抜した、脳まで魔力で出来た精鋭を以てしても敗北を喫する“七曜の剣の継承権争い”。噂に違わぬその狂逸っぷりに、さしものエセルバードも頭を抱えるほか無かった。

「あの感じだと、元より僕達が単独で向かっても、素直に継承させてくれたかどうかも怪しいですね。もっと無理難題を吹っ掛けられて、七英雄とガチンコで殺し合いとかになってたかもしれませんし……」

「まーそうかもね。そこんとこ、どう?フェオ=ル。お前さん、大魔女ル=メルの直系で

しょ」

 二人の視線が一人の妖精族(ハイエルフ)に集まる。

 瞑目したフェオ=ルは、絞り出すように呟いた。

「……我は直系であっても、あれの管理を任された者ではない。ウアスの杖を守ってきたのは……娘のミュ=ナだ」

 エセルバードは、溜息と共にそう零すフェオ=ルが、杖を握る手指に僅かに力を込める瞬間を見逃さなかった。

「ああ……あの、遺体の見つからない」

「こらこら、シルヴィウス。そういうとこ」

「すみません……気の毒だと思って」

「お前の場合は色んな意味で、だろー。ま、お前なりに気を遣ったんだろうけどさ」

 彼女の過去を慮って閉口したエセルバードとは違い、他人の情緒に疎いシルヴィウスは、鎮痛な空気も物ともせずに膝を打っていた。

 死者の世界に居場所を見出す魔導士らしいと言えばらしいが、今は、フェオ=ルが千切れる勢いで唇を噛んでいることに注目してほしかった。

「うーん……たかだか学生と思ってたけど、ここまで来ると……いっそ駒は全部取らせて、あとから盤ごと奪うってのもアリかもねぇ」

「我も同意見だ。アンリミテッドという不確定要素がある以上、泳がせておくのも手段の一つだろう」

 それまで威圧か、親しみの為に前屈みになっていた姿勢を崩し、エセルバードは思案するように金の肘掛にもたれかかった。手招きで側近を呼び付け、七魔将たちによる報告書を寄越させると、数枚捲っては鼻を鳴らしている。

 その間、アトリウム王国城の荘厳な謁見の間には、重苦しい緊張感が張り詰める。

 僅かにでも動けば、衣擦れの音すら、このエセルバード二世に咎められるかもしれない。側に侍らせた甲冑姿の騎士達も微動だにせず、ただエセルバードの言葉を待つ時間だ。

「うーん……。近付けば狂気に魅入られると呼ばれた七曜の剣を実際に継承し、所持し続けてどうなるのか……そこんところも知りたいしね。ロノかホウギョクあたりに監視でもしてもらおうか?」

 エセルバードが側近に書類を返し、ようやく空気が弛緩した。

「いいんじゃないですか。ロノさんはこのところヒマそうでしたし……」

「あ奴の組織に、ヘルメスと関係のある人狼が居たな。ホウギョクもそうだ。弟子がヘルメスの講師を勤めている筈だ。そこから情報を引き出すのが良いだろう」

「いいねぇ。悪どくなってきた。ワクワクしちゃうよ。じゃあ、そんな感じで。次の円卓会議の時に纏めて決めちゃおうか。スケジュールはまた後で連絡するから、暫く城下に居てねー」

 先程までの貫禄とは裏腹に、今度は飲み会の幹事のような気さくさで謁見を締めくくると、エセルバードは魔騎士二人に退出の許可を出そうとした。

 しかし、今回の失態で唯一の懸念を抱えるシルヴィウスが、それを拒むように、玉座を仰いだ。

「あの。陛下。それで、なんですけど」

「何?今更謝罪?言い訳?とかなら、時間の無駄だし特に受け付けないよー」

「いえ。研究費のことでご相談が……というか、僕、クビになったりしませんよね?」

 狂霊将・シルヴィウスの気がかりとは常に、この一点だけであった。

 シルヴィウスの扱いを心得る国王は、この偏執狂の憂慮を晴らさんと、あくまで剽軽に苦笑いを浮かべて見せた。

「あー。しないしない。一度や二度の失敗でいちいちクビにしてたら、復讐されて俺の首が先に飛んじゃうよ。……なんて冗談はさておき、正直今はシルヴィウスを失いたくないかな。七英雄を蘇らせる死霊術のこともあるし、お前みたいな犯罪者を野に放つと、俺の沽券にも関わっちゃうからさ。悪いけど、まだ暫くは飼い殺されててくれる?」

 その言葉の中には、決してシルヴィウスを賛美する内容など無かったのだが――しかし、明確な拒絶があった訳でもない。

 それだけで、死霊術師にとっては、主君と認めるに相応しい器だった。

「飼い殺しだなんて、とんでもない。あなたのお陰で僕は……救われてます。少なくとも、研究を続けられるのは、僕にとって最も幸福なことです」

「それは良かった。強力な魔導士は、出会うことよりも別れることのほうが余程恐ろしいからね」

「はは……仰る通り。あなたほどの人に魔道の素養が無いなんて。信じられないことです」

「ま、ほら、その代わりカリスマはあるから」

 友人のように談笑を交わし合いながら、王と魔騎士は謁見の間を後にした。

 一列に整列した甲冑姿の臣下たちに見送られながら、エセルバードは最強の魔導士二人を連れ立って城を降った。

「……そういえば。お二人は、好きな音楽とかって、ありますか?」

 その道中、シルヴィウスはまたしても、彼にしては奇妙な話題を提供した。

「なんっ……どうしたというのだ、突然……」

「シルヴィウス、そういうの興味あったっけ?」

「いえ。少し気になって。もし、音楽の魔法で死者の魂の苦痛を和らげたり、逆に増幅させられるような技術があるなら。是非参考にしたいなと思って。研究してみるのも悪くないと思ったんです」

 思わず、エセルバードとフェオ=ルは自らの身分を忘れて顔を見合わせた。

 しかし、フェオ=ルが言葉を失う一方で、エセルバードはつい先ほどの七曜の第二の剣に関する報告を思い出した。

 成程、この儀式は、もしかすると、吸血鬼を斃す力だけど齎すものではないのかもしれない。

 偉大なる七英雄との邂逅は、何処か不完全な自分の部下達にも――何かしらの影響を与えるようだ、と。

「それなら、今度、俺が行き付けのレコードバーに連れて行ってあげるよ。あそこは“死者も蘇って踊り出す”なんて言われてるほどの場所だからね」

「フフフ……興味深いです。それでは、御前を失礼します」

 今まで一度も、死霊術以外のことに僅かな感心さえ示さなかったシルヴィウスが、あろうことかエセルバードとプライベートな約束まで取り付けていったのだ。

 これが変化でなければ何だと言うのだろう。

 片や、もう一人の魔騎士は、険しさを増した顔色で、上機嫌に去っていく同僚の背中を睨み付けていた。

「浮かない顔だね、フェオ=ル」

「……生まれつきだ」

「俺が若い頃から知ってるフェオ=ルは、もっと余裕があったよ。次の七曜の武器に関わること?」

 七魔将の中でも最も付き合いが長いと言って良い妖精族の魔導士は、残された七曜の剣の継承権の枠が減るたび、思い詰めるような表情が多くなっていた。

「……陛下。もし……あのアンリミテッド連中と剣を巡って争うことがあれば、我は……全てを私情のもとに行動させてもらう」

「いいよー、別に。どうせ責任取るのは俺だし。お前達みたいな長命の種族はさ、どうせ後悔とかも長~く引き摺るんだから。何か迷っていることがあるなら、さっさとスッキリさせた方が良い」

 ヒューマーとしては中年に差し掛かろうというエセルバードでも、軽くその十倍の歳月を重ねているフェオ=ルに掛けられる言葉はそう多く持ち合わせていない。

 であれば、せめて王として生きている間だけでも、彼女が望むものを与えてやりたいと思う心情に、嘘偽りは無かった。

「……我は良い主君に恵まれた」

 例え他種族嫌いのフェオ=ルであっても、その誠意にだけは、素直に感服する度量はある。

 この王に仕えている間だけでも、そう悪くなかったと振り返られるように、フェオ=ルも、彼女が成すべきことを成すだけだ。

「それはどうも。エルフの原種、それも生ける伝説に認められるなんて、鼻が高いよ」

 友好的な王は、眼鏡の下で気安くウインクをして、かつての女王の信頼に応えた。






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