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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
218/265

第二の剣・弓弦剣・2



 翌朝。

 低血圧のジークが、黒猫横丁の駅までアルスに引きずられていくのを見送った私は、二人にやや遅れて、通学路についた。

 結局、いつも二人と時間が合わないのよね。仕事に就いてる人たちと交通の利用が被らないようにって、その為にわざわざ遅めの時間になってるんだけどさ。

 私の知らない間にどんどん仲良くなるんだもんなぁ。

 登校までのあいだ、列車に揺られながらずーっともやもやしてたわ。

 エメラルド・カレッジ・タウンの駅に着いて、校門までの長い坂道を上がっていく途中で、見慣れた二人のシルエットを発見したので、そっと声を掛けた。

「あ。オリヴィエ、ヒエン。おはよう」

「おはよう、ザラ」

 一人ずつでも麗しいオリヴィエとヒエンは、二人並んでいると、まるでモデルの姉妹みたいで、ともすると近寄りがたい印象すら受ける。

 実際に、近くを歩いている同じ学校の生徒と思われる男子が小声で話しながら、二人の顔を覗き込んでは、通り過ぎていく。口笛でも吹こうもんなら雷お見舞いしてやろうと思ったけど、今は見逃してあげよう。

 こう見えて公国の王子様と(現状)その護衛役なんだよなぁ。とかぼんやり二人に見惚れていると、ヒエンのほうが深く踏み込んで、私にぐいと迫ってきた。

「ザラくん。今夜は満月だ、分かってるな」

「う、うん」

「夜にまた会いに行く。それまでにせいぜい手掛かりを集めておくんだな」

「へ、へい」

 さすがの圧力というか。モニカの面影のまま、鋭い気迫を宿したヒエンの表情には、抵抗する気にもならない。……自分が興味のないことにもこれくらい関心を持ってくれれば良いのになぁ。

 しかし、そんな風に鼻息を荒くするヒエンと私の間に、溜息まじりのオリヴィエが割って入った。

「オイ、近けーから」

「む。近づかなければ目を見られないだろう」

「そーゆー問題じゃないっつの。離れろ」

「何なんだ、一体。きみに指図される覚えはない」

「少なくとも人間としてはオレのほうがセンパイなの」

 正直、親友の見たことも無い姿に面喰っていたので、助かった。

 オリヴィエはやいのやいのと抗議するヒエンの首根っこを掴んで、私の目の前から引っぺがした。

「その……だって、オマエって……男?女?どっち?」

「見て分からないのか?」

「わかんねーよ。オレみたいのが居るから尚更!」

 ああ、そういう心配をしてくれてたんだ……。悪さした猫を叱るみたいにして、オリヴィエがヒエンを糾弾していた。

 が、当の本人は、何が悪かったのかも皆目見当もつかないといった風体でふんぞり返っている。

「第一、それを明らかにしてどうするんというんだ。ぼくにもきみにも、メリットがあるとは思えないが?」

「ま、まあまあ……でも、私もちょっと気になるな。その……元のモニカが女の子らしかったから……今のヒエン見てると、かなりギャップがあってさ」

 オリヴィエの言い分に共感できないこともない。

 ヒエン自体の性分がどうであれ、見目は普通の女学生であった筈のモニカのままなのだ。

 夕方になると少し冷え込む地下図書館で、レース編みのショールを纏い、上品に爪先を揃えて座りながら、眼鏡を直していた女の子。

 それが突然、上も下も下着みたいな着物に身を包んで、大股で歩いたり、粗暴な振る舞いを始めるものだから、こっちとしては常になんか、ハラハラしちゃうのよね。

 モニカ本人からもせめて格好とヘアケアだけでも何とかさせるようにって頼まれたばかりだし……。

 だから、てっきり、ヒエンって男性的な要素が強い人格なのかと思っていたり。

「ふむ……。正直、ぼくは性別なんて考えたこともない。生まれた時から、ぼくはぼくだからな」

「何だそりゃ?」

 驚くオリヴィエと同様に、私は、何ともヒエンらしい答えだと拍子抜けした。

 確かに、ヒエンの前では年齢とか種族とか性別以前に、強烈な自己(エゴ)が存在している。それこそ、魂だけになっても自分を信じられるほどの強さを以て。

「そのままの意味だ。ぼくらは特別だ。神霊は両性具有が当たり前だし、魔族も身体を自由に変容させられる。繁殖に拘って、いちいち自分や相手の身体のことを気にするのなんて、人間くらいだろう」

「……!別に、拘ってなんか」

「ぼくからすれば充分、拘ってるように見えるがね。魂さえあれば、どこに居て、どんな形をしていても、ぼくはぼくだ。誰にも文句は言わせない」

「ま、そうじゃなきゃ女学生の身体借りたりしないよね……」

 この辺は、ジークにも近い価値観だなと思う。ビックリするくらい貴賤が無いんだよね、彼等。人外特有のものなのかも。

 でもそれは、元の身体に戻りたいと望んでいるオリヴィエにとっては、異様だとも思えるだろうし。

 ――()()()()()()、か。

 私はふと、アルスの腰に提げられた、魔硝剣について想いを馳せた。

 ミストラル――お父さんの幸せって、何なんだろう。

 七曜の剣を手に入れて、お父さんの身体を取り戻したいのは、間違いなく私の自分勝手だけど。お父さんがそれで、私やアルスを危険に晒したくないって言っていたのも、事実だし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どうすれば……私が…………。

「ところで、どうしてそれがザラくんに近寄ってはいけないことに関係するんだい?」

「るっせ、バーカッ!」

「バカとはなんだ!ぼくはきみの何十倍も生きているんだぞ!少しは敬意を払いたまえ!」

「知るかバーカ!」

 二人の騒がしいやりとりで、はっと我に帰った。

 いけないいけない、考え事なんかしたって、仕方ないんだから。頭を振って、辛気臭さを追い払う。

「行こうぜ、ザラ!」

「わっ、ちょっと、走るの!?」

「待て!!オリヴィエくん!!」

 オリヴィエに手を引かれて、駆け足で校門を潜る。

 少し得意げなオリヴィエと、追いかけて来るヒエンの必死な走り方がおかしくって、私は朝から大声を上げて笑った。




.

.

.




「えー、では午後は……箒による滑空術の応用編……としての座学からにするか……。みんな、昼飯の前に時にやったことは覚えてるな?理論の基礎から復習していくぞー」

「先生、箒なんてもっと早く教えてくれても良かったんじゃないですかー」

「はー?馬鹿言ってんじゃないよ、人から教わってないで勝手に自分でやれ自分で。ま、っつっても昨今は交通ルールとかめんどくさすぎてやる気失せるの分かるけどなー。今、魔導ライセンス無いと通れないとことかあんだろー?」

 昼食を終えたあとの、眠い、眠~い午後のタカハシ先生の授業は、気を強く持っていないと、すぐさま微睡みの向こうに消えていってしまいそうになる。

 窓から差し込む春の陽気がまた、私の瞼に催眠魔法をお見舞いしてくるのよ。風に揺れるカーテンにくるまって、お昼寝したい欲求に駆られる。

 「えー、そもそも箒ってのは魔術に使う杖と同じで、呪術を司る魔法の道具としての側面があってだなー」

 午前の授業では、魔法学校に入って初めて、魔法使いらしく箒に乗って空を飛んだ。

 まさかあんなに乗り心地が悪いとは思ってなかったよ。術者の運動神経とか体幹がモロに影響するらしく、私はまともに跨って浮くだけで終わってしまった。

「昨今は車だの列車だの飛行船だのに加えて、小回りの利くドラゴン便とかも出てきちゃったからなー。箒の有用性ってどうなん?って感じなんだが――まあ、細かい魔力操作の練習だと思っておけ。プロになったら、それこそ踏破不可の土地とかに赴かなきゃあならん時もあるしな。覚えておいて損は無い。では応用編その一……」

 教室の黒板に、タカハシ先生がチョークで叩き付けるように文字を書き連ねていく、その音のリズムすら小気味良くて、思わず船を漕ぎそうになる。

 だめだめ、集中。

 そう自分に言い聞かせて――でも、板書に刻まれた小難しい魔力の流れの図式を見た瞬間、ふっと意識が浮遊しかけた――のと同時に。

 けたたましいオルガンの演奏音で、私は机に額を強打し、その痛みでばっちり目を覚ました。

「何、今の音……!?」

「緊急の合図よ、訓練でやったでしょ!」

「そ、そうだっけ?」

 爆音でかき鳴らされ続ける、まるで聴いた人間の鼓動を逸らせる為だけに作られたような、不安定な不協和音で構成された旋律に、教室内はにわかにざわついた。

 隣の席のルリコ曰く、警報にも等しいそれは、多分、どんな穏やかな羊の群れとかに投げ込んでも一気にパニックを引き起こしそうだった。心臓がばくばくする。

 剣呑なオルガンのメロディーが鳴り止むと、今度は教室の扉が乱暴に開かれて、学年主任のアイスキュロス先生が慌ただしく駆け込んできた。

 いつもは怜悧なアイスキュロス先生の瞳には、珍しく焦燥の色が浮かんでいる。

()()()()だ。全員、戦闘の準備をして、校舎裏に整列して待機しなさい」

「戦闘……!?この子達を実践投入する気か!?」

「やむを得ない事態だ。場合によっては、貴女も前線から離れてもらう」

「何だとぉ!?どうなってるんだ、ったく……!!」

 両先生が少ない言葉を交わし合うなかで、私たち生徒の間に動揺が広がっていくのが分かった。

 “戦闘の準備”だなんて――箒の乗り方と同じで、この学校に来て初めて耳にした。

 ううん、それこそ、非常事態を想定した訓練でしか用いられたことがない。ああでもそっか、幻魔騒ぎの時に、私やジーク以外の人たちは経験済みか。

 ……ということは。今まさに、あのグリムヴェルトが引き起こした幻魔大量発生並みの騒動が進行しているのでは。

 冷や汗が出た。まさかグリムヴェルトじゃないよね。

「グリュケリウス先生達から説明がある。諸君、魔導士としての力を発揮する機会だ。臆さず、存分に力を奮いなさい。――集合までに覚悟を決めておくように」

 厳しい口調でそう言い残すと、アイスキュロス先生は足早に、次なる教室に伝言を告げるべく去って行ってしまった。

 学生とはいえ、修練を積んだ最終学年の私たちは、全員が静かに席について、タカハシ先生の言葉を待った。

「聞いたな。私達の指示に従って、くれぐれも慎重に行動しろよ。絶対に勇み立つな。動揺するなとは言わない。ただ、今お前達の頭に浮かぶようなことは、大抵正気じゃない、碌でもないことだ。一度冷静になって、まずは大人の言葉に耳を貸すこと。いいな」

「「はい!」」

 一人は、腹を括ったような慎重な面持ちで。一人は、必死に不安を抑え込むような顔色で。

 私たち黒魔術科三年生は、各々の準備に取り掛かった。

「戦うことになるのかな……」

「それも魔物学科だけじゃないなんて……どういうことでしょうね」

 ルリコと共に、ロッカーに預けた黒いマントに首を通しながら、会話する。誰かと話をしていれば、タカハシ先生の言った“禄でもない考え”には至らないで済みそうだったから。

「……まさか、人間相手だったりする?」

「有り得ないとは言い切れないわね……」

「覚悟を決めろって、そういうことかぁ……。ルリコは、人間と戦ったこと、ある?」

「……あるわ」

 ルリコが、自分の得物である、長い杖をぐっと握り込んだ。きっと、人間と相対した時にも、そうやって力強く杖を持っていたんだろう。

 そういえば、私は――所謂、人間と正面から魔法で戦ったことはない。

 相手にしてきたのはいつも魔物や幻魔で、実際に手を汚していたのはいつも――側に居たジークやアルスだった。

 グリムヴェルトも、人間になったのは、幻神として戦った後でのことだ。

 自分の手がいかに綺麗だったのかを思い知る。

 でもそれは、私だけじゃなくて、私以外の人も、そうであってほしいと望んだからだ。

 みんなが、必死の思いで、私の潔白を守り続けてきてくれた。

「ザラ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことよ。……何かを守る為に」

「……うん!ありがとう、ルリコ」

 だから、私も。私がそうであるべきだと思った時に、戦わなきゃ。

 腰に巻いたホルダーに、キャスリングを差し込む。

 貰った時よりも大分、傷が増えた白金の杖は、私の無限の魔力を受け止め続けて尚、陽の光を眩く照り返していた。




.

.

.




 校舎裏に集められた私たちの前に、ネロ先輩とキョウ先輩が二人揃って登壇した。

「ウラヌス天文台で、魔導人形の暴走事故が起きている。突然、ウラヌス・キャンドル・ツリーに訪れていた入園者たちに襲い掛かったそうだ」

 淡々と報告するネロ先輩の姿は、流石に将軍のご子息様の風格に満ち溢れている。

 生徒たちのどよめきの中であっても真っ直ぐに良く通る声で、次々報告に来る他の先生たちの情報を的確に整理して出力する。あれも一種の才能だ。

「既に現地付近のハンターギルドが介入し、入園者の避難を終わらせているが、何せあの広さだ。被害状況は不明、未だ園内に取り残されている者も居るだろう。救助の人員も間に合っていない。何より、王国騎士団の動きが妙に遅くてな」

「まあ、土地柄、どこの組織も微妙に手を出しにくいんだよねぇ。そもそも船が必要だし。俺やネロの部隊も、すぐには出動できないみたい」

「タイミングの悪いことに、封印科と魔物学科も遠征中だ。せっかくの晴れ舞台だってのに、連中もツイてねぇな」

 厳しいネロ先輩をキョウ先輩がフォローし、場の空気を自在に操る。

 今更ながら、校長がこの二人を教師としての職に就かせたのも頷けた。

 特にこういった連携が必要な局面では、この二人のような絶対的なシンボルは、生徒たちにとって心強い拠り所になる。確かに、今までには居ないタイプの先生だ。

 それも去年まで同じ校舎で学んでいた先輩とあれば、親近感と信頼関係もあるワケだし。なんとなく距離の近さを感じて、安心できる。

 ――それにしても、ウラヌス天文台かぁ。

 以前、フュルベールくんとベルナールくんを見送ったきりの湖の上の遊園地で、そんな騒ぎが起きているなんて。想像し難かった。

 ヘルメス魔法学校の生徒は、いわば魔導士の訓練兵だ。必要に迫られれば、こうして兵士として現場に駆り出される。それは重々承知していたつもりだったけれど。どうしても実感が得られなかった。

 戦闘や緊急事態に慣れている魔物学科・封印科が居ない状況なら尚のこと、どうやって私たちが力になっていいのか、戸惑ってしまいそうだ。

「そこで――黒魔術科三年。お前たちの出番だ」

 そんな私の胸中でも察したのかと思うほど、どきりとするようなタイミングで、ネロ先輩が邪悪な微笑みを浮かべた。

「まさか……」

 私と同じく、黒魔術科三年クラス全員が嫌な予感に表情を引き攣らせた。

「ちょうど今日、箒の授業を受けたのは好都合だったな。俺が選抜した面子で班を組んでもらう。後輩たちを湖の藻屑にしたくなかったら、しっかり飛べよ」

 げーっ、と、私の代わりに、お調子者のアロイスが驚嘆の声を上げてくれた。

 そして、午前中に箒に乗る方法を教わったばかりの私たちは、ネロ先輩たちの前にお行儀よく整列して、自分たちに下される沙汰を待つのであった。

 一人、また一人と、名前を呼ばれては、二、三人の生徒を伴ってよろよろと空に向かって出発していく。こんなのが本当に効率的なんですか。

 冷や汗をだらだらかきながら箒に跨る同級生たちの背中を眺めていると、いつの間にか私が列の先頭になっていた。

「コペルニクス!」

「はっ、はい!」

 ネロ先輩に苗字(ファミリーネーム)を呼びつけられるだけで、背筋がピンと伸びた。そうしないと超怒られそうだったから。まるで私も軍隊の一員になったみたいだ。

「テメエはセレスティニーアとキュリーを運べ」

「ふ、二人もですかぁ!?」

 ネロ先輩が指し示した後方では、今朝がたぶりのオリヴィエとヒエンが並んでいた。

「文句でもあんのか」

「そういう訳じゃ……ないですけどぉ。不安だなぁ……」


 渋る私に、ネロ先輩が後ろの二人を気にしながら、耳を貸すように促してきた。

「バカ言え。隣国の公族と要監視対象のバケモンだぞ。厄介事には厄介事をブツけんだよ」

「後でいくらでも言い訳出来るからねぇ」

 小声で告げるネロ先輩の側で、キョウ先輩が苦笑を浮かべている。

 そんなぁ。私に全部押し付けるつもりじゃん。

「ええ~!?カッコ悪くないですか、ネロ先輩!らしくないですよ!」

「あァ???」

「なゃ、なんでもなゃいでふゅぅ……」

「分かりゃァいんだよ分かりゃァ……」

 怖い。本気だ。ネロ先輩が本気で睨んできた。私、もう既に泣きそうだよ。

「ごめんね、ザラちゃん。ネロも結構、板挟みの立場でさ。むしろ、君のことを信頼してるからこそなんだ。二人の実力も買ってるみたいだしね。ここは俺の顔に免じて、良くしてやってよ」

「なるほど。ネロ先輩、素直じゃないですもんね」

「そういうこと」

「何、気色悪ィ会話してんだタコ。とっとと行け」

 キョウ先輩の気さくなウインクで、私の緊張も幾分か解されたような気がする。

 そっか、ネロ先輩が自分の思ったことを素直に表に出さないのなんて、分かりきっていることじゃない。

 “この二人のこと頼んだぞ”っていう、私に対する信頼の裏返しだったのね。しょうがないな、もう。

 私とキョウ先輩のやり取りに不機嫌そうにしてても、本音は伝わってるんだから。

 で。

 いざ私が箒の後ろにオリヴィエとヒエンを乗せて出発、というところで、生徒の人混みを掻き分けてやってきたジークに引き留められた。

「俺達も後で援護に向かう。無茶するな……は、聞かないか」

「まあね」

「じゃ、好きなだけ暴れて来い」

「任せて!」

 たったそれだけ交わして、でも、私たちには充分だった。

 ネロ先輩の信頼も、キョウ先輩の気遣いも、ジークの理解も、全部が嬉しい。この気持ちなら、私はしばらく無敵でいられる。

 私は自信満々で、地面を蹴った。

 ――でも、ぶっつけ本番の航空は、やっぱり順風満帆とはいかなくて。

「ううっ、重っ。ていうか、ヒエンって飛べるんじゃなかったのっ?」

「飛べるとも、翼があればな」

「あっそう」

「な、なんかゴメンな……」

 女子二人の身体とはいえ、慣れない魔法を使いながら、体重を支えて前進するとなると、結構な集中力を要される。

 頑張れ、私。魔力さえ途切れなければ、二人を落とす心配は無い。つまり万が一にも、私が二人を危険にさらす可能性は限りなく低い。大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

「気にしないで。ただ……命の保障は出来ないかも」

「へ?」

「ふふ……うふふふふ」

「ザラ?」

 箒の柄を握り込んだ瞬間――お腹の底から、膨大なエネルギーが湧き上がってくるような感じがした。

 異様に頭が冴えて、今なら何だって出来るような気になってくる。

 腰にオリヴィエの腕がしっかり回されていることを確認して、箒に魔力を流す。

 よーし。なんか、楽しくなってきたな。まさに、私はハイの状態だった。スカイハイ。ブルームハイ。――ドライバーズハイ。

「しっかり掴まっててよ~~~!!」

 雷の魔法でブーストをかけるだけで、箒がどんどん速度を増していくのが、楽しくてたまらなかった。

 ばちばちと火花を散らしながら、めいっぱいに風を切って、空気の重ささえ掻い潜って一直線に駆ける。最高だ。最高以外の何物でもない。

「うわあああああああああああああ!?!?」

「まさか、箒に乗ると性格が変わるタイプだったとは……」

「ひゃっほ~~~~!!イナズマより速く飛ぶわよ~~~~~!!!!」

 遊園地のアトラクションの何千倍も気持ちが良い。私を邪魔するものが何一つない。

 そうか。私が求めてたのはこれかもしれない。知らない女の子と話すジークに電撃をぶっ放すよりも、好きなだけ甘いものを食べるよりも、ウエストに余りを見つけた時よりも、解放的な気分だ。

 ああ~コレ、癖になりそう…………。






.

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