第二の剣・弓弦剣
月が満ちる前夜――限りなく丸くなった上弦の月の光が、夜空に浮かんでいる。
昼とは異なる妖しい眩さの下、私は窓辺に“ピスケスの瓶”を安置して、前回と同じように、ミレニエルさんからの通信が入るのを待った。
『こんばんは、アンリミテッド』
「うわっ、ホントに声がする!」
「静かに」
今回はアルスも一緒だ。私は椅子に、アルスは私のベッドに腰掛けて、水筒から聞こえる声に耳を澄ませている。
『おや。今日は別の方もいらっしゃるんですね……あ、ダメだ、緊張してきた。お腹痛い……』
「ほらぁ~」
七曜の剣に纏わる戦いを一度経験した私たちは、実際にその宣告を託してくれるミレニエルさんの実態を確認する為、こうして集まった次第だ。
前の反省を活かして、今日はちゃんと月齢もチェック済みよ!だからこそ、こうして連絡を待つことが出来たんだから。えっへん。
『そろそろ次の満月が近づいています。覚悟と準備はいいですか?』
「あ、ですよね。大丈夫です、こうやってミレニエルさんの連絡待ってましたから!」
『なんだ、知ってたんですね……知った上で……僕のことを馬鹿にするつもりだったんでしょう……?」
面倒くさっ。出面倒。
ミレニエルさんが相当、繊細な感性の持ち主であることは、初回で嫌というほど味わった。
彼を傷付けて……というか、それで話が拗れたりしないよう最大限に配慮しなければならないんだけど、正直もう何が地雷になるのかも分からないというか、地雷原でタップダンスをさせられている気分というか。
「違いますよ。私もちゃんと把握しておこうと思っただけです」
『ふう……口では直接言いませんよね……』
何だコイツ。思っても言うな。
『前回はお見事でした。ヘルメスの末裔が最初の一振り目を継承するというも、非常に縁起が良いですね。やっぱり才能や輝きがある若い人間は違いますよ……僕なんかとは……』
「ちょっと、オリヴィエの功績なんですから、ケチつけないでくださいよ」
『ああ、失敬。すみません、僕はいつもいつもこうなんです……良くないですね……』
思わず反論してしまった。悪いことしたかな……。
とか考えていたら、アルスも同じように申し訳なさそうに肩身を狭くして、私に小声で耳打ちしてきた。
「想像よりネガティブな感じだなー……。扱いに気を付けなきゃな」
「でしょ?こっちまで参りそうになっちゃうよ……」
『あーあ。陰口だ。きっと僕のことを面倒だとか鬱陶しいだとか話してるんだ……。いいんですよ、どうせ何を言われたところで、僕は生きているだけで既に大罪人なので。今更気にしませんとも……』
当たらずとも遠からずですよ。気にしないと言いつつ語尾が消えていくミレニエルさんであった。
「ていうか、見てたんですか?」
『ええ、まあ、見えないことも無いというか……何となく分かるので』
私はアルスと顔を見合わせる。
ジークですら曖昧にしか把握していなかった七曜の剣について知っていて、その上ヘルメスさんとも面識があり、更にこうして、どこからかも分からない通信を繋げてくる。
やっぱり、ヘルメスさんという天使は、只者では無さそうだ、と。兄妹で頷き合った。
――ということは。
この“宣告の時間”が、私たちにとって何よりの情報源になる筈だ。
私は思い切って、ミレニエルさんに、気になっていることを打ち明けた。
「そういえばあの、私の仲間の一人が、七曜の剣集めに加わっていれば、月に帰る為の手掛かりが得られるかも的なこと言ってたんですけど、そういうのってありますかね?」
『ハア……?』
うん。想定の十分の一くらいの食らいつきだ。確かに、いくら何でも、いきなりそんな事言われたら困るだろう。
「無茶苦茶なこと言ってる自覚はあるんですけど……。ともかく、月から来たって言ってる子が居て」
『月から来た……?ああ……そういう……設定ですかね。可哀想に。きっと辛いことがあったんでしょうね……。僕もいつかそういった症状が出るんじゃないかとヒヤヒヤしてますもん……』
「症状とかじゃなくて!!」
『ザラさんの対応は正しいですよ。そういう方の妄想は、否定しないであげてくださいね。ザラさんもきちんと、心を休める時間を取ってくださいね……そうじゃないと、共倒れになっちゃいますから……』
「違う違う違う!心のケアが必要な人の話じゃないんですってば!!」
私の説明が悪かったのか、ミレニエルさんの思考にかかれば、例え似たようなキーワードを引っ提げたヒエンのエピソードであっても、やや可哀想な妄想扱いになってしまうらしい。
『あまり真に受けちゃダメですよ……。そうやってあなたも嘘に加担している内に孤立して、気が付くと共依存なんてことに成り得ますから……』
「もういい、もういいです。この話、やめます」
この調子だと埒が明かなさそうだし、これ以上はヒエンのプライドにも関わりそうなので、早々に話を打ち切ることにした。
せっかく良い機会だと思ったのになぁ。
「ええと、せめて次は誰の武器なのかとか、そういう情報ってありますか?」
『そこまでは……分かりません……。すみません、無能な天使で……皆さんが大変な時に月齢を報せる程度のことしか司っていなくて……』
ああ、ミレニエルさんの声のトーンがどんどん沈んでいっちゃうよ。なんとか最後まで自己肯定感を保ってほしい。
ていうか、そっか、英雄の亡霊を呼び出してるのはあくまで七魔将だから、そこら辺の采配までは流石にってことなのかな……。
ミレニエルさんは、一方的に私たちの状況を知ることが出来ても、手出しは出来ないってことなんだろうか。
「いえ、別に、いいんですけど……。立派なお仕事ですよ、助かってます」
『フフッ……通信を切った後で僕のことを貶すんでしょう……?分かってるんですからね……』
めんっ、まで喉のとこまで出かかったけど、何とか我慢したわ。ふと後ろを振り返ったら、アルスも同じような表情をしていた。だんだん似てきたわね、私たち。
とりあえず、今のところだと、ミレニエルさんから何か情報を引き出すのは難しそうだ。とにもかくにも、心を開いてもらわない限りは、まともに取り合ってすらもらえない。
色々な疑問や課題も次回の満月に持ち越しで、ひとまずは納得しよう。
『けれど、そうですね……こういったお祭り騒ぎを聞きつけてやって来るのは、大体が底無しに陽気な人です』
最後にそう言い残して、ミレニエルさんからの定期欝通信は終了した。
私はピスケスの瓶からひとつも物音がしなくなったのを確認し――部屋の入口で待機していたジークに合図を送った。
「……終わったか?」
「うん。結局、肝心なことはミレニエルさんも分からないみたい……?」
「っつーか、まずは心を開いてもらうまではまともな対話も難しいかもな」
「だね。それこそ、ジークみたいなタイプとはめちゃくちゃ相性悪いんじゃないかな……」
「俺もそう思う。少しずつ聞いていくしかなさそうだ」
……てな理由で、ジークには終始無言で、隠れていてもらっていました。通話越しなら、声さえしなければ存在を察知されないと思ったんだけど、作戦、成功してるといいな。
性格的な相性もだけど、実はジークのほうから、一度様子見……ならぬ合法盗み聞きがしたいっていう提案があったのよね。
事情はよく分からないけど天界と魔界には確執があるみたいだし、元人間のカミロとは違ってガチ天使のミレニエルさん相手には、ジークも慎重にならざるを得ないらしい。
「明日はどうしようか」
王国によって精製された七曜の武器――銀龍鈎を除く剣のうち、どの一振りの継承権を争うことになるのか。
七英雄――ハオさんを除く残り六人のうち誰の亡霊が蘇り、どんな方式で競うことになるのか。
事前に覚悟しておかなければならない事は、結局ひとつも明らかにならなかった。頼りの綱だったミレニエルさんからは話を伺えなかったし。
国策で取り組んでいる魔騎士を相手にしているにも関わらず、私たちは無策中の無策……というか、あまりにも手持ちの情報が少ない状態だ。
相手の出方を待つしかない以上、無闇に行動する訳にもいかない。
「七英雄の亡霊が眠っていそうな墓所だの、関連のある場所だのなんて、数え出したらキリが無いしな。こんなことならもっと本腰入れて調査してりゃ良かったな~」
珍しく思索に耽るようなアルスの言葉を受けて、ミストラルも同じように呻った。(こっちもややこしくならないように黙っていてもらった。)
『そうは言っても、みんな学校と仕事だしな~。魔騎士側にスパイでも居りゃ話は別だけど。調査したところで、さすがに前の一回だけじゃ傾向も掴めないし……。ジークくん的にはどう?』
「……人外の者の立場から言わせてもらうと。――天使の宣告というのは、預言に近い。その運命に対しどう行動するかは、与えられた人間が選択すべきことだが、天界人による神託は、確定している事象に対する絶対的な指摘だ」
私たちとミレニエルさんの通話の一部始終を聞いていたジークは、淡々とその内容を分析した。
忌々しそうな口ぶりとは裏腹に、ジークにしては珍しく希望的な言葉ばかりが並んでいる。
これが魔族相手だと、やれ誘惑だ、堕落だ、契約だと物騒な話に向かっていきそうなところなのに。
「えーと……つまり?」
「あの天使は“ザラが七曜の剣を手に入れることは出来ない”とは一言も言わなかった。当然のように、剣を巡る戦いとやらに参加する前提で話を進めていた。つまり、こう言い換えられる――“機会は向こうからやって来る”」
断言するジークに、私はアルスと二人、はっと目を見開いた。
そっか、ミレニエルさんの役割って、そういうことなんだ。
「なるほど。それこそアンリミテッドの引き寄せる力ってので、七曜の剣に辿り着くこと自体は決まってるワケか。ま、要するに、出たとこ勝負ってヤツだな!いいね、そーゆーの得意だぜ、俺」
「行き当たりばったりってコトじゃ~ん……も~~~」
張り切るアルスには悪いけど、トラブルに巻き込まれる当人の私としては肩を落とすばかりだ。
せめて穏便に事が運んでくれるといいけど。
「何とかなるなる!仲間も増えたことだしさ!」
アルスにばしばし背中を叩かれるたび、不安な気持ちが増していくようだった。そうだった。
七曜の剣を巡って魔騎士と戦うどころか、あのヤイバやヒエンとも合流しなきゃならないんだ。
私とジークとアルスに、巻き込んでしまったオリヴィエ、おこぼれ目当てのヤイバ、ヒエンの六人かぁ。
想像しただけで協調性の無さが浮き彫りになるどエラい面子だ。しかも言い出しっぺが私である以上、纏めるのは私になるだろうし……。
「……お腹痛くなってきたぁ」
「さすってやろうか?」
「いら~ん」
いや、やっぱお願いしようかな……。ジークにお腹触られるのは嫌だから、アルスにお腹を差し出す私だった。
……ちなみに、夜遅くまで私の家に滞在していたジークは、半ば強制的にアルスの自室まで連行されていった。
剛腕のアルスに引きずられながら、
「せ、せめてザラと同室にしてくれ……!」
と恐怖の形相で助けを求められたけど、私の部屋に泊まられても、私の心臓が保たなのでね。
恨むなら、自分の寝顔の美しさを恨むことね!!あと私の心臓の小ささ。
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・もうちょっとコントっぽくゴネゴネしても良かったな…




