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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
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アンリミテッド・コード




 とある日。

 私は恒例のお母さんのおつかい、ジークはそのお供とついでに自分の空間圧縮目録魔法──つまりいつもの(インベントリーキー)の定期整備を兼ねて、オクトーバーストリートを訪れていた。

 目的は金属部品専門の、シェン・フーさんのお店だ。

 私たちが店の玄関口の暖簾(ノレン)をくぐると、シェンさんは待ってましたと言わんばかりの笑顔で出迎えてくれた。気持ちの良いお店だわぁ。

 私はお母さんが注文していた部品を受け取り、ジークは鍵をシェンさんに預ける。

 ここまでは、よくある買い物の風景だったんだけど。

「実は、二人に見てもらいたいものがあるんだけど。持ってきてもいいかな?」

「何ですか?」

「興味があるな」

「多分、君達じゃないとダメだと思うんだよね~。ちょっと待っててね」

 いつになく真面目そうな表情になって、シェンさんはビーズのカーテンをくぐり、一旦、店の奥に消えてしまった。

 間もなく戻ってきたシェンさんがエプロンのポケットから取り出してきたのは、最近よく見る無骨なジッポーライターだった。

「ちょっと見てみてくれるかい?」

 丸眼鏡を押し上げるシェンさんの顔が、少し緊張しているように見えた。

 まず、ジークがライターを受け取って、しげしげと観察した。私も隣からそれを覗き込む。

 どこからどう見てもただのライターだ。けど、鈍くくすんだ、艶消しの黒い表面には何かの紋章が刻印されていて、まるでそれを脅かすようにあちこち細かい傷や焦げ跡が残って変形していた。持ち主は相当、荒っぽく使っていたんだろうか。

 ジークがライターの蓋を開けたり、ひっくり返して底を調べてみたり、振って中身を確認してみたりするけれど、何の反応もない。ただ壊れているだけのように見えた。

 そんなものをシェンさんがわざわざ見せたりするのだろうか。性質の悪い悪戯でもないだろうし。

 しかし、ジークはライターを触れば触るほど、眉間に皺を寄せて、怪訝そうに唸る。

「何故だ……?これだけの魔力を感じるのに一切経路の隙が無い……。探知不可能だ」

「君もそう思うかい?」

 シェンさんはカウンターから身を乗り出して、興味深そうに眼鏡の山を押し上げた。

「これをどこで手に入れた?」

「これがまた不思議な話でね、いつの間にかうちの倉庫に入ってたのさ」

「胡散臭いな……」

「僕も自分で言っててそう思うよー。多分、誰かがわざと紛れさせたんだろうね。ここなら良い隠れ蓑になるし」

 二人が話している間、私は何故だか、そのジッポーライターに釘付けになっていた。

 初めてこうして間近で見たから、というのもあるかもしれない。

 でも目を逸らしちゃいけないような──呼ばれているような気がした。

「近所中の魔導士に当たってみたんだけどね、みんな、同じようなことを言うんだ。雁首揃えて何が何だかわからない、なんて代物、どうしたものかと思っててねぇ。君ならあるいは、と思ったんだけど」

「む……」

 残念そうなシェンさんの口ぶりに、ジークはちょっとプライドに傷が付いたように閉口していた。

「あの、王都の聖魔導ギルドに頼ったりとかは……?」

「ヤダヤダ、魔騎士団なんかに目を付けられてごらんよ、僕なんか故郷のホンチェンに強制送還さ」

「何か後ろ暗いことでもあるんですかシェンさん……」

 私の問いに、シェンさんは口笛を吹いて誤魔化すばかりだった。嘘でしょ。そんな人のもとで長年買い物してたなんて思いたくないですよシェンさん……。どうか何も後ろ暗いことのない人であってくれ。この人が売るものの品質だけは確かなのよ。一度だって不良品や粗悪品が混じっていたことがないんだから。サービスも行き届いてるし。

 って、そんなことはさておき。

 私は再び、ジークの掌に収まっているライターに視線を向けた。

 やっぱり、何だか無性に手を伸ばしたくなる。

 欲しいというより、ずっと前から持っていたような。私がこんなゴツいジッポーライターを持つ訳なんてないんだけど。

 触れなきゃ。確かめなきゃ。頭が使命感でいっぱいになる。

「私、なんかこれ……」

「ザラ?」

 そうして、私の指先は吸い込まれるようにその魔導器(ジッポーライター)に触れた。

 ジークの手から奪い、私の掌に包み込むようにして持つと、それまで何も反応を示さなかった擦れた魔導器の表面に、いくつもの光が走った。

 光の模様は、黒い体にやがてひとつの魔法陣を描きだす。見たこともないルーンで煩雑に描かれた円が、熱を帯びる。

 私は慣れた手付きで、ライターの蓋を開けた。

 すると、ライターの芯に青緑の魔焔が宿った。

 魔焔はみるみる内に炎上し、拡大し、その閃きの中にびっしりとルーンや魔法陣、数式や設計図といったものが書かれた魔導書の中身のような光景を映し出した。

 これだけ燃えているのに、熱くないし、何かに飛び火することもない。これが幻影の炎であることは明らかだった。

「何したんだ、お前!?」

「も、持って点けただけ!」

 ジークとシェンさんが、次々展開されていく焔のスクリーンを唖然としながら眺めている。

 私は何が何だかわからないまま、焔の中に映し出される文字の羅列に圧倒されていた。

 自分で起動しておいてなんだけど、私じゃ、この中に記された一遍だって理解することが出来ない。身に覚えがなさすぎる。

「まさか、これを人間が持っていたのか?」

「何なんですか、これ?」

「世にも珍しい魔導演算機だよ……!!」

「まどうえんざんき……?」

 眼鏡をかけたり外したりして目を白黒させているシェンさんの呟きに、ジークも慌てたようにうんうんと頷いた。

 私は聞きなれない言葉をオウム返しするのが精一杯だっていうのに。

「うーん、すご~くザックリ説明すると……。僕達が魔法を使う時って、まず精霊や神霊が造ってくれた魔導書を読んで、術の仕組みを習得するところから始まるだろ?そして、自分の中にある魔力の回路や、魔素構造機関を介して、習得した魔法を身体の外に具現化する。で、自分の魔力と外部の魔素を消費して、回復するまでが一センテンス。これはその一連の流れがぜ~んぶ組み込まれた、全自動魔導器なんだよ」

 正確にはもうちょっと難しい話なんだけどと付け加えて、シェンさんはあくまで私にも伝わるように説明してくれた。

「えーっと……自律魔導人形(オートマタ)とは違うんですね?」

「もっと複雑だよ。自分の脳や身体がもう一つ、ここに在ると例えてもいい」

「すご……」

 焔の映像は留まることを知らない。次々新しく展開しては、映画のテロップみたいに、宙でだーっと文字列を流し続けている。

 魔導演算器、はどうやら、想像以上に高度な代物のようだった。

「だがそんな事が出来るのは、無限にも等しい魔力を持つ者だけだ」

「そう。しかもここにある記録の数を見るに、人一人分なんて生半可なものじゃない。軍隊以上の戦力がこの中に保有されてるも同然だ。それを常時稼働させるなんて、吸血鬼でも毎秒贄を食らってないと無理だろうね」

 二人の話が壮大すぎて、ちょっとぴんと来ないんですけど。

「ちなみに、どんな魔法が入ってるんですか?」

「うーん、見える範囲のものだと……全自動代謝促進、全自動瞑想、全自動筋力増強、全自動魔力回路拡張……これの持ち主は随分体力勝負の仕事をしてたみたいだねえ」

 すごい全自動だな。ゲシュタルト崩壊してきちゃう。

 ライターの損傷加減からしても、やはり、前の持ち主が荒っぽいことをしていたのは間違いなさそうだ。

 それにしても。

 ジークは、無限にも等しい魔力を持つ者でもないと無理だと言っていた。

 そして、今まで何の変哲も無かったにも関わらず、私だけが猛然と惹きつけられて、しまいには起動さえ出来てしまった点について考えると、おのずと答えは絞られてくるような気がする。

「アンリミテッドは当代に一人ずつ……。ザラ以前のアンリミテッドの所有物と見ていいんじゃないか?」

「そうかもねぇ。それも、年代的にも結構新しい。さて、ますます困ったもんだ……」

 私は呆然と──“私以外のアンリミテッド”という存在を突きつけられたことを、胸の中で反芻していた。

 考えたこともなかった。そっか、そりゃあ、いるわよね。

 どんな人だったんだろう。え、今も生きてるのかな。当代に一人ずつ?そういえば、ジークにもちゃんと聞いたことなかった気がする。今度調べてみようかな。

 なんて、ぼんやりしていると。

 いつの間にか、私たち以外のお客さんが、店先に立っていた。

「どうも~」

「お邪魔するわよ」

 パンツスーツ姿の女性二人組だった。

 一人は長身のヒューマーで、真っ白な髪と真っ黒なサングラス、そして真っ赤なリップとヒールが特徴的だった。

 もう片方の女性は褐色の肌をしたエルフだ。整った顔立ちにド派手なメイクをして、長い髪をひっつめた姿は、女優さんみたいだった。

 どう見ても──堅気じゃない。

 長身の女性は、店の暖簾を押し上げた手で、懐から銃を取り出し、その銃口をシェンさんに向けた。

「……っ、何か、ご用で?」

 怪しい二人組の登場に、私とジークは咄嗟に武器を構えようとした。でも、銃口がシェンさんに向いている限り、下手に動くわけにはいかない。

 強盗だろうか。最悪な場面に出くわしてしまったものだ。この場合、一番可哀想なのはシェンさんね。

 シェンさんが両手を挙げて降参を示しても、女性は銃を握る手を緩めない。

「あたしも給料以上の仕事はしたくないんだよね。大人しくその娘と鍵を渡してくれる?」

 女性が顎で示して要求してきたのは、渦中のライターと私だった。これ、やっぱり鍵の一種ではあるのか。

 しかし、そうなればそこの魔族が黙っていない。

「何故その娘を連れて行く必要がある?」

「そりゃ、ようやく起動できるコが出て来たからよ。あたしら随分、コレのこと張ってたんだよねぇ」

「こっちの探知はアンリミテッドの魔力で隠れちゃうんだもの、楽な仕事だったわ」

「起動した瞬間を狙って来たってことか……」

 いつかのフェイスくんが言っていた、占いと逆探知の可能性。それが今回は、アンリミテッドという膨大な魔力の影があったせいで、ジークでさえも気付くことが出来なかった、ってことかしら。

 起動した瞬間に気付いて追ってきたとしても、速すぎる。

 私はこのライターをどうすべきか、咄嗟にシェンさんの顔色を窺った。

「魔導器はお譲りします、でもその娘にだけは、手を出さないでください。僕の常連なんだ」

「出来ない相談」

 言うが早いか、女性が持つ銃口から火花が弾け、何かがシェンさんの肩口に命中した。

「ぐっ……!!」

「シェンさん!!」

「大丈夫大丈夫、一般人相手に実弾とか無いから。ただの麻痺弾よ」

 シェンさんが肩を押さえながらカウンターの下へと沈んでいく。駆け寄って打たれた箇所を見てみると、確かに銃創や出血の痕は見当たらなかった。ただ、シェンさんの身体が、電流でも走ったみたいにぶるぶると痙攣していた。

 私の教科書程度の治療魔法でも無いよりはましだろうか。杖を取り出すと、しかし、シェンさんは首を横に振った。本来なら、私は逃げるべきなんだろう。

 逡巡している間に、私の足下に魔法陣が浮かび上がる。

 ヘルメスさんに貰った魔紋と同じ──転移魔法の予兆だった。

 私と同時に気付いたのか、ジークが急いで私の手を取ろうとする。

「待て!……ッ」

「へえ、コイツ防ぐか。君、吸血鬼か何か?」

 けどそれも、やはり、サングラスの女性の銃弾によって妨げられてしまう。

 ジークはシェンさんとは違い、咄嗟に魔法を使い、攻撃を食らうことは避けたようだった。

「ジーク、私のことはいいからシェンさんをお願い!」

「ザラ!!」

 ジークの手が私に向かって伸びる。けど、もう遅かった。

「私達だって悪気は無いのよ。ごめんあそばせ~」

 褐色肌の女性が投げキスをすると同時に、私は転移魔法によって、シェンさんのお店から退去を余儀なくされた。






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・ちょっと伏線無さ過ぎたかなと思って加筆した部分です。

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