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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
203/265

ディスカバー・ティーチャー・2




 新学期が始まって数日。

 私は苛立ちを募らせる毎日を送っていた。

 放課後、いつもと同じように、苛立ちの原因が廊下を塞いでいる。

「ハーゲンティ先生、さよならー!」

「さっさと帰れ」

「きゃーっ、睨まれちゃった!」

「ハーゲンティ先生、授業のことで質問があるんですけど……」

「後日改めて時間を取る。その時までに纏めてこい」

「あ、はい、わかりました!」

「先生ー、先生って恋人いるんですかー?」

「ここの三年生ってほんと?」

「うるさい。鬱陶しいから絡んでくるな」

「そんな釣れないこと言わずにさーあー!」

 ぐぎ、ぎ。

 かれこれ一週間近く私は毎日毎日強めに歯ぎしりをしている、この調子だと来週には歯が全部すり減って真ん丸になってると思うわ。きっとレース編みみたいな歯列になっちゃうわ。

 なんか。ジークのやつ。結構ちゃっかり教師として馴染んでるんですけど。

 何でよ。あの強面と横柄な態度だよ。目つきサイアクじゃん。性格だって別に面白くないし。みんな怖がってたじゃん普通に。そりゃまあ、淡泊だからこそ授業自体は分かりやすい、とかあんのかもしんないけどぉ???

 ちょくちょくああやって放課後の廊下で生徒に囲まれている姿を目撃する度、私はセルフ歯医者さんとなって自分の歯を削ることに勤しんでいるのだ。

「彼氏見張る雰囲気じゃねーんだわ」

「犯罪者でしょこれもう」

 物陰からジークを観察していると、いつの間にかビビアンとフェイスくんに包囲されていた。何をぅ。美少女が影からひっそり見守ってるんだから向こうからしたらご褒美でしょうがよ。

「自分も話しかけに行けば良いじゃない」

「そっ、そんなの………」

「なに今更照れてんの」

「だって、い、いちおうまだ仕事中だろうし……」

「てかどうせジークから来るっしょ」

 私だってね。あの生徒の輪の中にズケズケと入っていける図太い精神性なら、ジーク程度にここまで気を揉んだりしないのよ。でもほら、ご存じの通り繊細だから。

「あ、こっち見た」

 ほら~二人が目立つせいでジークと目が合っちゃったじゃない。折角隠れてたのに。

 しかし、ジークは私と視線がぶつかるや否や、そのまま何の反応も示さず、踵を返して廊下を通り過ぎて行ってしまった。

「……」

「まじか」

「今日槍でも降るんじゃね」

「占ってみる?」

「……あばばばば」

「ウワーッザラが白目剥いて泡吹いてる!!!!」

 私の脳が現実を受け入れることを拒否した。

 二人が狼狽えていたように、私にとっても初めての事態に衝撃を受けたどころじゃない。ジークにこんな扱いされたことない。もうだめだ。おしまいだ。あと三回くらい気を失って運命をリセットしなければ。

「しっかりーっ!!!!ジークー!!!!ザラがー!!!!」

「何だ、どうした」

「速ッ」

 とはいえ流石というか、私の名前を出すなり高速で駆け付けるジークさんであった。よかった、やっぱりさっきのは何かの間違いだったんだ。

「ジークに無視されたザラが引きつけ起こしてるんだけど」

「ええ……」

 ジークにドン引きされるとムカつくよね。

「何で今さっきスルーしたワケ」

「いや……ザラが睨んでて怖かった……」

「早くも恐妻家の片鱗見せてるじゃん」

「尻に敷かれてんじゃねーよ」

「ザラ、何倒れてるんだ。起きろ」

「ジー……ク……?」

 ジークに抱き起こされて、ようやく意識がはっきりしてきた。こうこうしてもらうまで起きる気無かったからね、私。

「話があるなら聞く。立てるな?」

 優しい…………。やっぱりダメだ。こんな人をこんな、十代とかいう獣が跋扈する野蛮な園に放り来んでおくのは危険だ。みんなジークのこと好きになっちゃうから。

「もはや思考レベルがシンディとかと同じところまで落ち込んでるってことに気付いてるのかな……」

「まーそもそもそこまで賢くないし……」

「……」

 そこで反論しないジークにも腹が立つんですけど。

 



.

.

.




 ひとまず私たちは、連れ立ってカフェテリアに向かい、きちんと話し合う時間を儲けようということになった。

 ジークと話をしたいのは山々なんだけど、結局肝心の私がジークの前だと素直にならないという致命的な欠点を抱えているため、フェイスくんとビビアンが間に入ってくれるとのことだ。ありがたい。

「ザラがヤキモチで死にそーなんだってさ」

「誰にだ?」

 協力するとは言ったけどそれはそれとして帰りたそうにしているビビアンが、気怠い様子でコーラを啜る。ジークはまるでピンと来ていないようだった。

「アンタ……っつーか、その周り?」

「……何故?」

「いやだから……アンタだってザラが他の男に言い寄られてたらムカつくっしょ?」

「別に。」

「はあ~~~?じゃあ自分はいいのかよ」

「? 何のことだ。俺が不特定多数の異性に粉を掛けられている場面があったとでも?」

「んだコイツ!!」

 あっ、思ったより全然お話になってない。“お前の話し方がそもそも容量を得ない”とでも言いたげに、眉一つ動かさないジークに対して、ビビアンが逆に煽られてカッカしてきてるし。その振り上げた拳はもう少し後に取っておいてね。

「つまり、ザラの心情を表すと、こう。“ウウ……いきなりジークがみんなのジークになるのなんて耐えられないよ……。ジークの魅力は私だけが知ってたいのに~~~!!”」

「何それ私の真似……?」

「成程……!!」

 何が成程だコイツ。

 ジークには共感性無しと見做したフェイスくんが、あくまでザラはこうだよという体のもと、わざわざご丁寧に私のモノマネまで披露して解説してくれたお陰で、ジークもようやく納得してれくたようだ。

 私、そんなヘニャヘニャシナシナした感じですかね。隣でビビアンが窒息しそうなほどウケてるから似てるんだろうな。うっし、雷落とすからじっとしててくれよな。

「めっちゃ面倒くさいな」

「本音言えばいいってもんじゃないのよ!!」

「ウゴォ」

 生まれて初めての珍獣を目撃したかのようにしみじみと私の生態に感じ入るジークの鳩尾に、(キャスリング)の先端をお見舞いした。

「このままだとザラが地獄のメンヘラスイーツと化してしまう恐れがあるので、ここはひとつ、ジークの方から安心させてあげてほしい」

「そーそー、付き合わされるのもラクじゃないんですケド」

 友人二人のうんざりしたような振る舞いに、スカートの端をぎゅっと掴んで耐える。うーっ、分かってる、私だってつい最近まではあっち側だった。

 でもね、実際身を投じてみて分かったよ。……私の場合身を投じられたというか、無理矢理引きずり込まれたという表現が正しいけど。恋愛は人間をいとも容易く怪物に変えてしまうよ。一年前の今頃には、全く想像もしてなかったよ。

 ジークは席を立つと、俯く私のもとに跪いて、視線を合わせた。大袈裟に手を取って、何かを誓うみたいに包み込む。

「俺は、ザラ以外の誰かの物にはならない」

「ジーク……」

「大体、それを言うならお前だって気を付けろ。特にあのセレスティニーアの公太子」

「え……。あ、オリヴィエのこと?あ、いやー、まあー、うーん、どうなんだろ……そういうつもりは無いでしょ、流石に」

 やっぱり、気付いてたのか。どうりで当たりが強い訳だ。

「向こうはその気だ。いきなり襲われたりしないように、ちゃんと警戒しておけ」

「獣じゃないんだから……」

「人間なんてみんな獣だろう」

「魔族がそれ言う~?」

 自分の基準で話してるようにしか聞こえないんですが。いやまあでも、ジークは私よりも何倍も強いのに、力任せに無理矢理手出してきたことなんて一度も無いし、むしろ私が色々我慢させてるような気がするし、私に文句言われる筋合い無いわね……。

 私もジークの立場だったら、むしろ私の方が信用できないっていうか。そもそもオリヴィエは普通に友達だし。

「な~にを見せつけられてるんだ僕達は……」

「でもさー、あーしらくらいじゃん?ザラの彼氏をさ~、批評?品定め?できんの。ジークがザラのことちゃんと幸せにしなかったら、何が何でも捻り潰さなきゃだし」

「言えてる。友人として正しい役回りを果たしてるのかも」

 ビビアンはジークと初めて会った時からスタンスが一貫していて素晴らしいと思います。頼もしすぎるぜ、姉御……。フェイスくんは、なんか、ごめん……。

 いつまでもこうしている訳にもいかない。私は私を甘やかすジークを振り切って、己を強く律して背筋を伸ばした。

「私、修行したい」

「修行〜??」

 三人分の素っ頓狂な声が返ってきた。

「うん、修行。ジークが誰と何してても、動揺しないように。だって、私、前はこんなんじゃなかったもん」

 拳を握り込む。そう、全ては心の弱さから来るものだ。慣れてないことが多すぎて、太刀打ちできるレベルにないのよ。だったら、修行を詰んでより屈強なハートを身に付けるしかないわ。

「ま~確かに、男だけじゃなくて友達だって誰か一人とずーっと付き合いっぱなしって感じじゃなかったしねー」

「毎日違う女の子と遊んでる」

「ちょっと、人聞き悪い感じにしないでよ!」

「だから、アレだべー?初カレで頭バカになってんでしょー?」

「バ……カにはなってないですけどぉ〜???」

「半ギレじゃん」

「嫉妬しているザラはそれはそれで可愛いんだがな……」

 一部、特殊性癖を持った変態の発言が混じってしまったことを深くお詫びするとして……私をよく知るビビアンとフェイスくんの言う通り、私は今まで、広く浅い交友関係のぬるま湯でのらりくらりと過ごしてきた卑怯者だ。

 そもそも、長い期間を特定の誰かと一緒に居るなんて経験が無い。友達には失礼な話かもしれないけど……私、それくらい、怖がってたし、それで何とかなっちゃってた。

 アンリミテッドだから、なんて言い訳したくないけど。どこかで一線引くのが、クセになっちゃってた。

 でも。ジークと出会ってから、色んなことが変わった。ジーク怖さに友達に頼る機会が増えたし、私を信頼してくれる人たちの有難みを確認する場面にも、沢山、遭遇してきた。

 だから、変わるなら今、私が変わるべきなのよ。

 私の覚悟を感じ取ってくれたのか、ビビアンとフェイスくんも納得したように頷いて、そういうことなら、と早速修行の内容を提案してくれた。

 ――“修行フェーズその1・ジークにどれくらい近づける?ドキドキ☆浮気チャレンジ”。

 最悪なネーミングはさておき、まずはジークと他の女の子がどれくらい接近するとムカついてくるのか、その境界を見極めるとこから、らしい。

「まずここにジークを用意します」

「で、あたしがこう」

 そしていきなりジークの腕にビビアンが絡みついた。なんというテンポとスパルタ方式。

「ちょっ、なっ、ななな何してんの!!?」

「何の真似だ」

「いーからいーから、ザラの為にちょい付き合ってよ」

「む……」

 やや不服そうなジークも、ビビアンの殺し文句に素直に従い、されるがままあちこち触られたり、しな垂れ掛かられたり、顔を近づけられたりしていた。その間、真顔で静止してるのも、どうかと思う。もうちょっと照れてあげたりしないと、ビビアンにいくらか失礼では。

「どお?イラつく?」

「……あれ。そんなには」

 ビビアンが得意げにジークと繋いだ手を見せつけて来る――けど、カッとなったのは最初だけで、想像よりも全然冷静でいられた。

 うーん。ジークもビビアンも、お互い全くタイプじゃないらしいし、そういう雰囲気になることが想像できないから……かなぁ。

「では次にアルスを用意します」

「されました」

「あれぇ!?」

 次に突然現れたのはまさかの実兄(アルス)だった。

 ぎょっとする私を差し置いて、さも当然のようにアルスはジークの隣に並んだ。一体いつ、どこから出てきたのかとか、そういう説明も一切ナシっすか。

「はい、ぎゅー」

「ちょっとぉ!!!!離れて離れて!!!!」

「イラついてるイラついてる」

 アルスはジークに向き合うと、正面から思い切りハグを交した。何かジークもちょっと満更でもない顔で、照れたようにアルスの背に腕を回している。

 その光景を目の当たりにしただけで、自分でもびっくりするくらい瞬間的に頭に血が上った。

 いや、全くその気の無いビビアンとならともなく、好意全開のアルスと密着するのはもうそれは分かっててやってるんだから確信的な浮気に他ならないでしょうが。

「お触り厳禁ーーーーー!!!!」

「オギャアーーーーッッッ」

 怒りに任せて落雷を落とすと、カフェテリアの床に男二人焼死体が転がった。

 わなわな震える私を窘めるように、ビビアンとフェイスくんが私の肩や背中を優しく叩いてくれた。

「何となく自分でも基準は分かったかも……」

「ふーむ。……となると。まずはザラ自身を占ってみるのが良いのかな。嫉妬の感情と結びついていそうな過去の記憶を読み解いて、コンプレックスの正体を暴いてみよう」

「結構怖いことサラっと言うよね……」

 ――“修行フェーズその2・ヤキモチのモチはどこからやって来る!?クイズ☆メンヘラ産地直葬!”

 ……だからその狂ったタイトル必要?

 文句を言ってる時間が惜しいので、手招きするフェイスくんに大人しく従った。

 屈むように指示され、フェイスくんと額を合わせて、彼の占術に身を任せる。

 私とフェイスくんの周囲を、魔力の光子に妖しく照らされた天球儀とカードが星のように漂い、旋回する。

 やがて数枚のカードが天球儀の中に収まると、フェイスくんはそれらが指し示す占いの結果を詠みあげた。

「――ザラの嫉妬の原体験として、シンディの魅了魔法や、魔界で会ったっていうジークの元カノに対するトラウマ、更に追い打ちのようにアルスというライバルの出現がある」

「…………言われてみれば」

 フェイスくんが拾い上げた過去の記憶には、確かに、私がジークへの好意を自覚するきっかけになった強烈な体験が刻まれている。

 そのどれもが――皮肉にも、“ジークが奪わそうになった”という共通のシチュエーション下で芽生えた感情だったことを、私自身も今思い出したところだ。

 ていうか何気ない感じで難なくそんなところまで魔術で引き出せてしまうフェイスくん、流石すぎる。

「要するに、“自分より強く、明確な手段や好意を持った誰かにジークを横取りされるんじゃないか”、という外部への不信感の表れだね」

「待って、その言い方だと私めっちゃ……アレじゃん。嫌な子じゃん」

「良い子だと思ってたの?」

「優等生気取りだったの?」

「そうじゃないけどさーぁ!!」

 まるで私が常時疑心暗鬼に迫られてる冷や汗ダラダラ警戒ガールって感じじゃん。実際そうだわ。

「俺が簡単には奪われない、ということを証明すれば良いのか?」

「うーん。というより、ザラ自身がもう少し大人になるしかないような」

「身も蓋もない……!!」

 結局フェイスくんに占ってもらったところで、根本的な解決は私に委ねられるのだった。

 分かってるよう。私に余裕が無いんだってぇ。しょーがないじゃん。ジークみたいな男の子とこんな親密になったことないんだもん。

 私含めた全員が、途方に暮れたように溜息を吐いた。

 そんな中、珍しく考え込んでいたビビアンが半ばヤケクソに絞り出した。

「も~さ、経験者呼んで聞いたほうが早くね」

 なるほど。確かにここに居るのは、お世辞にも恋愛巧者とは言い難い面子だ。

 恋愛経験ほぼゼロの私。モテはするけど流されてきたジーク。徹底的に男運が無いビビアン。私達より精神年齢が高いフェイスくん。そしてよく分からないアルス。

 この知識量ベースで雁首揃えたところで文殊の知恵も裸足で逃げ出すというか。

 だったら正しい師を仰ぐほうが、修行としても成果が期待できる。

「あらァ。アタシの出番みたいねェン」

「うわ、シンディ。居たんだ」

「ダーリンを迎えに来たのよ!」

 ということで、またしても呼んだ覚えのないOGが、エルヴィスの肩に乗って現れた。ロザリーとかグレンじゃないんだ。

 在学していた頃とは違い、明るい柄のワンピースにエプロン姿ですっかり家庭の雰囲気を漂わせているシンディに今までの経緯を説明し、それらを踏まえた上助言を請うことになった。

 題して、“修行フェーズ・その3~恋愛上級者に聞く!高等テクは魔法と呪言~”、である。

「はぁ……くっだらない悩み。いかにもアンタみたいな自意識過剰で度量も胸も小さいガキが考えそうなコトね」

「あんったほんと……!!」

 一連の話題を聞いたシンディは、殆ど軽蔑の意を含んだ視線で私を嘲笑うと、下らない買い物の迷いでも跳ね除けるように一蹴した。

「ふっ。――それを愉しむのも、恋よ。」

「……愉しめないから相談してるのぉ!」

 自慢の髪を靡かせて自信たっぷりに宣言するものだから、一瞬、含蓄があるように思えちゃったんだけど。それが出来てたら苦しんでないんですよ。

 テーブルに突っ伏す私にシンディは舌打ちすると、私の頭上に向かって言葉の槍を降らせてきた。

「うっさいわねぇ。そもそもアンタ達の関係が亀の歩みでしょぉ?今更騒いだって仕方ないじゃないのよォ。どっぷり老け込んだ田舎の熟年夫婦じゃないんだからさァ、むしろ今は多少なりともヒヤヒヤする時間があった方がいいんじゃなぁい?」

「うぐ。うぐうぐ」

「すごい……!シンディがまともなこと言ってる……!」

「素敵だ、レディ……!」

 日頃の行いがあるとはいえ失礼な後輩たちである。

 ここで私、重大なことに気付く。

「ハッ……!ていうか、それこそエルヴィスはどう思う?シンディって魅了の魔法使うし、嫉妬とかしないの?めっちゃ聞きたい」

 何しろシンディは、エルヴィスとの関係に落ち着くまで学園内でトップクラスに危険な女子生徒として恐れられていた“女怪”だ。シンディが得意の魅了魔法を使えば立ち向かえる男性は居ない。

 それを逆手にとって、気に入らない女子とあればその娘の彼氏や意中の男子をいいように操ったり、徹底的にシンディに入れ上げさせて自滅を誘うとか、そういうえげつないことを平然とやってた正真正銘の悪人。

 そんな彼女のボーイフレンドを続けているということは……それなりにトラブルもあったんじゃないかと邪推してしまう。

「オレは……。ザラと同じで。そこまで自信がある方じゃない。正直、オレより魅力的な男は沢山居ると思う」

「居ないわよぉ~~~♡アナタが世界で一番チャーミングよ、旦那様♡♡♡」

「……こうだし」

「まあ、言葉と行動って大事だよね……」

 すかさずエルヴィスに頬ずりするシンディを見てると、なんか、ちょっとだけ、恋心をひた隠しにしている自分がバカバカしく思えてきたりしたりしなくもないこともない。

「でも。同時に、こうも思ってた。オレが一番、好きだ。レディを想う気持ちなら、他の誰にも負けない。それだけは自信を持って言えるし、伝わってるって信じてる」

「……!」

 正直、自称恋愛上手の格言めいたものよりも、エルヴィスの真摯で誠実な言葉のほうが、私の心には響いた。というか、身近に感じて、腑に落ちた。私とシンディじゃ、やっぱりレベルが違いすぎて。プロのアドバイスは素人にとっては求められてるものが高すぎるよ。

 ――そっか。やっぱり、問題は私で。

 私が胸を張って、ジークのガールフレンド然としてなきゃいけないんだ。

「どっちみち時間が足りてないんじゃない。ただでさえ今年入ってから忙しかったし」

「……それもあるかも」

 ちらとジークのほうを垣間見る。目が合えば、シンディの発言にも一理あるといった風に、ゆっくり瞬きをして見せた。

 会えない時間で気持ちまで変わっちゃう訳じゃないけど、抱えるものは、増えちゃってたな。

 私とジークが目線だけでやり取りを交わしていると、シンディは満足したのか、エルヴィスの肩から跳び降りて、二人で手を繋ぎながらカフェテリアの出口へと向かっていった。

「何とかなりそうで良かったじゃない。さ、帰りましょ、ダーリン♡今日の晩御飯は何がいーいっ?」

「肉が食いたい。スタミナつくやつ」

「も~、またぁ~?でも、エルヴィスってお肉もお野菜も何でもおいしそうに食べてくれるから、作り甲斐あるわ♡そういうとこ、素敵で大好き♡毎秒恋し直しちゃう♡この初恋泥棒っ♡」

「あったま悪いなぁ~……」

「いっくらノボせててもあれは引くわ~……」

「身近に反面教師が居て良かったね」

 隙あらばイチャつくバカップルの背を見送ったことで、窓の外がすっかり夕焼けに染まっていることに気付いた友人たちは、次々と席を立った。

「結論が出たなら、僕らも帰るよ」

「アホらしくなってきたし。もーあとは二人でやんな」

「しゃーない。こればっかりは俺も退散。外で待ってるから、終わったら一緒に帰ろうな」

 ……あ、あのアルスにまで、なにかを察されている。

 ビビアンなんかはわざとらしく欠伸をしたけど、あれもポーズだろう。

 みんな、気を遣って、私とジークを二人きりにしてくれた。口では面倒くさいとか適当に言いながらも、こうして私を尊重して、思い遣ってくれる優しさに、胸が温かくなる。

 周囲にも、他の生徒の姿は少ない。

 私は今一度、しっかりとジークに向き直った。

 ジークも機会を窺っていたように咳払いをひとつすると、テーブルの上で手を組んで、慎重に言葉を選び始めた。

「――何故俺を信じない?ザラ以外の女に目移りする可能性が、万に一つでも有り得ると思うのか?」

「そ、それはっ……でもぉ」

「それともやはり、自信が無いのか?これだけ?俺が毎日、可愛い美しい好きだ愛していると伝えているのに?」

「それについては、あの、ありがとうっていうか…ほ、ほんとに、すごくっ……ううう嬉しい、ん、だけ、ど……」

 まるで尋問だ。取り調べだ。エーン、ホワイトサロンにグリムヴェルトを突き出して、魔騎士たちに詰められたときよりも緊張する。

 ――ジークのお陰で、前よりもっと自分を好きになれたのは認める。

 尊敬する彼に名前を呼ばれるたびに、誇らしい気持ちになる。

 でも、胸の内の深い場所で思ってるだけじゃ、この馬鹿には全然、通用しないから。

 勇気を振り絞る。つい、汗ばんだ拳を握り込んでしまう。

 顔から火が出そうなくらい暑い。今すぐブラウスの首元のボタンを外して、息苦しさから解放された。自然と目にも熱いものが湧いてきそうになる。

「ひっ…………独り占め、したいんだもん……」

「可愛いかよ!!!!!!!!」

「どわぁびっくりした!?」

 せっかく本音を絞り出したのに、反射で絶叫が返って来るとは思わないじゃん。覚悟させてよ、椅子から転げ落ちそうになったわ。何で感情の全部が表に出るんだこの男。その速度と怨霊で可愛い言われても嬉しさより先に怖さが来ちゃうよ。

「そ、そうだったか。ゴホン。いや、それについてはすまない。俺がスタイルの良いイケメンで優秀な魔導士であるばかりにお前以外の人間の女性からも魅力的に映ってしまって……」

「オイ。事実だけど言い回しが最高にムカつくな」

「お前の為に仮面と全身鎧でも纏って日々を送りたいところだが……」

「いや絶対不便だしそれで隣並んでほしくないわ」

 ここに来てやっと、ようやく、ジークは、全てを把握してくれたらしい。モテてる自覚はあるんだ、死ねばいいのに。

 うう。そうなのよ。いっくらジークが私のこと大好きでも。私以外にもジークを好きになる可能性がある人は、ムカつくことに少なくはない。そこが微妙に不平等な気がしちゃう。何せ胸と度量の小さい女なので。

「あ、あの……いっぱい一緒に居てほしいとかワガママ、言わないから……」

 けど、頑張って続ける。ここでバシッと決めておかないと、私自身の覚悟が定まらないままになってしまう。

 何より、今までのことを思い返してみて――私、圧倒的に、ジークに、好意を伝えてない。

 ジークは言わなくても分かってくれるし、お互いにそれくらい信頼してる。

 それは、いつまでもジークの優しさに甘えてることになる。

 私が大好きだよって伝えなくていい理由にはならない。

「せめて、ずっと……もっと好きでいてね…っていうか……わ、私も頑張って、もっと好きになるから……って何言ってんだろ……」

 もうジークの顔すら見られなくなってきて、最後のほうなんか、テーブルの下で固めた自分の手の甲を身ながら、消えそうな音量でぶつぶつ不気味に呟く感じになってしまった。

 ジークは心配そうに、俯いた私の頬にかかる髪を指先で梳いた。

「大丈夫か?結婚するか?」

「しないよ!!??」

「いや、これはもう、結婚した方が色々と手っ取り早いと思うんだが、どうか」

「も、もうちょっと学生気分で居させてほしいかな……!」

 そんな医務室行くか?みたいな感覚で婚約を迫らないでほしい。危うく頷くところだったじゃない。

 照れまくるとぽんこつになる私も私だけど、感極まるとすぐ結婚したくなっちゃうジークも大概ワケわかんないよ。実際に結婚したらどうなるんだ……。いや、せんけど。せんよ。多分まだ。うん。全然。

「俺はお前の隣以外じゃもう幸せになれない。責任を取れ。遅いか早いかの違いだろう」

「ひええ……!!」

 まるで決闘でも申し込むような 暴力的なまでの威圧感に、思わず席から飛びのいてしまう。このままじゃまずい。

 椅子が派手な音を立てて倒れるのも気にせず、私はその場から脱出した。

 一刻も速くこの求婚大魔人から逃れなくてはという焦燥で、ひたすら、がむしゃらに、アルスが呑気に待っているだろう校門までの道を駆け抜けるものの、当の追跡者は獲物を追う肉食獣の形相と無駄に洗練されたフォームで肉迫してくる。恐怖。

「逃げるな!!」

「ア、アルス~~~助けて~~~!!」

「おっ、話ついたか?良かったな!」

「良くない方向に纏まりそうだよ~~~!!」

 私の逃走劇は、何とエメラルド・カレッジ・タウンの駅ホームに駆け込むまで続いた。

 肩で息をするうちに、胸の甘い高鳴りは、ただの過負荷の運動による心拍数の上昇へと変わってしまった。


 もう魔族はこりごりだぁ、トホホ~~~~~。







.

.

.

.

・ジークの人当たりが良くなったのは一年間大切な人と過ごしてきたからだということに気付いていないザラさんであった。


・何気にザラPTが勢ぞろい。


・ニク食いたい、はエルヴィスのモデルになっているキャラクターのパロディです。

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