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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
202/265

ディスカバー・ティーチャー・1




 旧校舎裏を覆い尽くしかねない勢いで咲き乱れていた桜も、ピークを過ぎてあとは散るのみの季節になった。

 すっかり禿げあがってしまった丘から桃色の花弁が風で運ばれて来るたびに、言いようのない興奮と焦燥が胸を満たしていく。新しい季節への希望。過ぎ去って、使い切ってしまった時間への後悔。

 これからまた一年間、先生たちの手によって綿密なスケジュールが組まれているというのに、どうしてこんなにも落ち着かないんでしょう。去年とはまた違う、進級へのプレッシャーを感じながら、私は、校舎の外れで行われる、“ヘルメス魔法学校入学・進級記念祝典”の席に参列していた。

 少なくない全校生徒たちが一堂に会し、ドリンクとキャンドルを手に、学生証の配布や守護魔法の更新、あるいは学科によっては厳しい呪縛を宣言される毎年恒例の場は、一年に一度だけの催しでもあり、これからヘルメスで新たな一年間を過ごす生徒たちにとっても、その身の保障に関わる重要な行事でもある。

 会う度に変身魔法で姿を変えているセージ・ヘルキャット学校長は、今日は青い毛並みの猫の姿で現れた。軽い足取りで、学科ごとに整列する生徒たちの前に登壇し、まばらな拍手の中で長ったらしい話を披露する。

『……といった方針で今年は運営していくと共に、君たち魔導士の卵を預かる立場の者として規範を示しながら、我々講師陣も初心に還って生徒諸君といちから魔導を学び直していきたい、そういった姿勢で臨めたら良いなと思ってるんだ。そうですよね、諸先生方?』

『あー、ハイ……そういう……やってやるぞっていう、意志は常にありますね』

『全く校長の言う通りだ。素晴らしいね』

『そういう訳だ。これは例え話で、ついこの間私も体験したことなんだがね、ある魔導ギルドに仕事で立ち寄った際に、偶然ヘルメスの卒業生と再会することがあってね。聞けばその彼は、在校時、成績優秀だったにも関わらず、就職先であるギルド側からの特待を断ったと言うじゃないか――』

 拡声器の魔導具越しに、校長先生がひたすらにまくしたてては、周囲の先生たちが適当に相槌を打っていた。主に話を振られていたのは、講演台の近くに座っていた我らがタカハシ先生と、いつぞやのパ……パドパラドシア先生だった。

 そんなグダグダな空気の中で、私は暫く空を眺めて、物思いに耽った。今日の晩御飯、何かなぁ。これ終わったら何しようかなぁ。ビビアン達、掴まるかなぁ~。

 その後も校長先生は、オーディエンスの反応など無視して、魂の赴くままに喋る喋る。生徒たちはおろか講師陣もすっかり飽きて、魔導に関係の無い、商店街に新しく出来た本屋の話で盛り上がる始末だった。

 集まった全員が集中力を失った頃、そんな漂う疲労感を察してか、校長先生がわざとらしく大きな咳払いをして、注目を集めた。

『えー、では諸君の欠伸も増えてきたところで……今年から講師としてこのヘルメスで教鞭を執ってくれることになった、三人の先生を紹介しようと思います。おーい、こっちこっち!』

 突然、そんな話になった。

 皆一斉に、セージ校長が手を振った方を振り返った。本校舎のほうから歩いて来る三人のシルエットに、私は凄く予感を抱いた。

 校長先生に呼ばれた三人は間もなく生徒の人混みの中に埋もれてしまい、その全貌を確かめることは適わなかった。

 まず一人――見慣れた黒い狐の獣人の男性が、陽和な笑みを浮かべながら、講演台に立った。

『はい。ご紹介に預かりました、今年から新設された陰陽科の担当講師こと、キョウスイ=アカツキと申します。えーと、俺もつい先月までこの校舎で机に向かっていた身ですので、あまり固いことはナシで、お互い一年生のつもりでやっていきましょう。宜しく』

 まるで挨拶だけだと、爽やかでまともな新任の先生だった。

 異国の民族衣装を身に纏った美しい毛並みのハンサム獣人の微笑みに、ガードが下がってしまうのも仕方ない……仕方ないの……??

 そっか、そういえばそんなこと言ってたような気がする。そもそもキョウ先輩がヘルメスに居たのだって、例の――陰陽科?とやらを開講するのに必要な人材として、二年間温めるため、みたいな話だった、とか。うん、これについては特に文句は無いんですけど。

 ……三人って言ってたからね。

 終始穏やかに話し、生徒たちからも惜しみない拍手で迎えられたキョウ先輩が下がれば、今度は、軍服に身を包んだ火傷顔の青年が、大股でどかどか足音を響かせてやって来る。そうに決まってる。もう、ここまで、しっかり予定調和。

『ネロ・グリュケリウスだ。非常勤の指導員として、アイスキュロス氏の補助につく。震えて眠れ、餓鬼共』

「げっ!?」

 ざわめきが広がる中、誰ともなく、拒絶と驚愕の意を孕んだ呻き声を上げた。いや、正直私もそうしたいんですけど。

『今の声は錬金科三年、ウルスラグナだな。落とした単位が欲しかったら後で土下座しに来い。ハーッハッハ!!』

 拡声器(マイク)をぐいと掴んで、威圧するように錬金科のほうを睨みつけるネロ先輩は、先月見た時と全く変わっていなかった。

 非常勤の指導員――なんてのは、私が過ごしてきたヘルメスの二年間の学校生活のなかでも耳にしたことの無い役職だ。きっとネロ先輩のことだ、有り余る財力に物を言わせて、無理矢理に在籍理由を作ったに違いない。

 卒業して士官学校に進んだんじゃなかったのか。どうして、どうしてこんなことを。

 暖かくなってきた春の日差しと気温のせいか、眩暈がしてきた。帰ろう。早退しよう今日は。きっと夢を見てるんだ、私は。

 どうせ最後はこうだ。

 赤い髪の似非エルフが威圧的に講演台まで昇ってきて……そう、あんな風に、視界に入ったもの全てに殺意を向けているような目つきを向けて、こう言う。

『錬金科担当、ジークウェザー・ハーゲンティだ。今まで錬金科を受け持っていたアハマッド氏が自身の研究に専念する時間を増やされるとのことで、急遽、私が抜擢された。グリュケリウス氏と同じく、補助官という立場だが、手加減するつもりは無い』

 本音を言えば、“何ィィィ~~~ッッ!?!?”と今にも叫びたい気分だった。

 でも。

 うう。同級生の視線が痛い。度重なる暴挙のせいで、私とあの(バカ)はすっかりセットとして見られるようになってしまっていた。

 ここでド派手にリアクションしたら、奴等の思う壺なのである。

『以上、三名のフレッシュな青年たちが、諸君らを導く、我々の新たな仲間に加わった!是非とも仲良く、そして存分に頼ってくれたまえ!もう一度、拍手~~~!!』

 ワ……ワァ~~~…………。

 新任教師こと旧・ヘルメス変態三銃士の紹介を最後に、式典の幕は降ろされた。

 長時間の束縛から解放された生徒たちがわらわらと散っていく最中、私はただ呆然と立ち竦んで、教員席のほうで談笑している三人の愉快そうな表情を眺めていた。

 時折、気の毒そうな顔をしたルリコなどが、私の肩にそっと手を添えて通り過ぎていく。

 ……――ジークの“私”、良かったな……。

 なんか、髪とかちゃんと上げてたし。ちゃんと正装ぽいの着込んでたし。初めてのジークだったな。

「ねー錬金科の先生見た!?」

「凄いかっこよかったね〜……!」

「だよね!?やばいよね!私だけじゃないよね!?

「わかる。スタイルめっちゃいい!!」

「てかなんか吸血鬼?ぽくなかった?見たことないけど!」

「美形だけど人外みある。あれエルフかな?」

「にしてはなんか怖いっつか、エルフのフワフワ感なくない?」

「あーね。近寄れない感じ?話し掛けるなオーラえぐいわ」

 新一年生かしら。ジークを初めて見たらしい女子生徒たちが、たま~~~に現れては、興奮気味に話していた。そうね。普通の感性をしてたら、キョウ先輩か、ネロ先輩のほうの容姿に興味を惹かれる筈だもの。あくまでジークは雰囲気。雰囲気美形。

「いや、顔コワ。人でも殺した?」

「嫉妬深さもここまで来るとホラーだよね。都市伝説になれそう」

 いつの間にかビビアンとフェイスくんに囲まれて、何故か私は罵倒されていた。




.

.

.




 式典が終わった後、とにかくヤツを捕まえて旧校舎まで引き摺りだした。

 普段、察しの悪い男でも、今回ばかりは後ろめたさを覚えているのか、自主的に地面の上で正座になったので、私も自然とその真正面で仁王立ちの姿勢をとった。

「……どういうことですか」

「じ……実はだな……」

 ジークの口から説明されたのは、遡ること約一年前。私と出会って間もない頃のことだった。

 当時、未だヘルメス魔導学校に潜んで幻の錬金術――ウルスラグナを探し、尚且つ私の護衛も務めようとしていたジークだったが、しかし、運悪くネロ先輩に姿を見つかってしまった。

 で、流石というか、学校の生徒全員の顔と名前を覚えていたネロ先輩に即座に部外者であることを看破されたものの、何とか力づくで事なきを得た。

 まあ、ここまでは概ね聞いたことあるわね。そのあとにキョウ先輩に喧嘩を止められた、とかも。

 問題はその後……つまり、“特待生として編入が決まった”時、だそう。

 ネロ先輩の薦めでセージ校長と話をしたジークは、旧校舎を無断で住処にしていたことや、勝手に敷地内に入って(アンリミテッド)にちょっかいを出していること。それらを大目に見てやるどころか、積極的に利用してやるから、籍だけでもここに置いて生徒として活動するように促した。

 全ての狙いは——私の警護と、“ジークという強力な魔族がヘルメス魔法学校を卒業した”という実績の為。

 ジーク自身もヘルメスに滞在する理由と権利が欲しかったので、全て了承した上で、セージ校長先生と“契約”を結んだ。

「じゃあ編入した時から決まってたってことー!?」

「みたいだな」

「アンタも怪しいと思わなかった訳ー!?」

「確かに」

「確かにじゃねーーーわ!!」

 しかし、まさか、卒業後まで扱き使われるとは思っていなかったらしい。ちょっと、しっかりして。そういう書類はちゃんと隅々まで読みなさいよ。……まあ、私でも同じことしそうだけど……。

 ていうかだからど~~~してもっと早く言わないのよこの男はいつもいつも大事なことを直前後にサプライズ提供してくださりやがって~~~ッ。

「俺としては都合が良い。去年はザラを守りつつウルスラグナを探す、という点で生徒と同じ立場を認められていたのは楽だったし――今もザラの側に居られるという点ではメリットしかない」

「で、でも、忙しく……なったりしない?その、ご実家のこととか」

「それはお互い様だ。お前も進路のことがあるだろう。それに、俺は仕事でプライベートに影響を出すような無能ではない」

「……私、先生と付き合ってるって言われるの……」

「俺も生徒と付き合ってると言われる」

 ぬう。屁理屈魔族マンの正論爆撃に私は耐えることしか出来なかった。せめてもの反撃にジークの手の甲を思いっきり抓っておいた。

 不安しかない。これから先の一年間。だって、見たでしょ。一目、壇上に姿を現しただけであの……くそっ、かっこいいな……。

「ともかく。これでまた一年はお前のことを傍で守ってやれる。何も問題無いだろ」

「あのねぇ。これからは一層、人前での態度に気を付けなさいよ。あんた、一応先生なんだから。堂々と生徒口説いちゃダメ!わかった?」

「何でだ。俺は別に困らない。というか、新入生以外は殆ど知ってる」

「それが問題なんじゃい!!」

 私の叫びに被せるように、聖堂からのオルガンが鳴り響いた。

「時間だ。俺は行く。今日は送ってやれないけど、早めに帰れよ。愛してる、じゃあな」

「ぶぇあっ……!?」

 不意打ちで私の頬にキスすると、悪戯っ子のような微笑みを湛えて、ジークは去ってしまった。残されたのは、腰を抜かした私一人。

 こ、こんなので。

 こんなので誤魔化される安い女じゃないんだからねーーーーーーーーーッッ!!!!!




.

.

.




 へたり込んでジークの後ろ姿を眺めていると、入れ替わるように、新しい人影が現れた。

「ザラ!……何してんだ?」

「……オリヴィエ?」

 あら、既視感。先月ぶりのオリヴィエが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 また不思議なタイミングと場所で会うものだなぁ、なんて思いながら、頬に残った感触と一緒にスカートについた砂埃を払って立ち上がると、オリヴィエの目線がいつもの位置にあることに気付いた。

 顔つきも体つきも、女の子のものだ。

 そういえば、纏っている衣服も、ヘルメスさんのところでよく見かけていたようなフォーマルな感じじゃなく、まるでうちの校則にあるような()()()調()()()()()()()()()()()だ。これはこれで似合う。

「おっ、オレも。ここの一年、なったから」

「……はい!?」

 今日は衝撃が連続するわね。宝くじとか買ったら当たるんじゃないの。

「この前……卒業式のとき、学校に居たの……実は、この為で」

「えええっ!?そうなの!?何でまた」

 私は素直に驚いてしまった。気難しい、しかも外国の王族であるオリヴィエが、わざわざ庶民の学校に通うことを選ぶなんて思ってなかったから、つい。

 オリヴィエが俯いて、口を尖らせている。もう慣れたもので、これが、彼女が照れたときのサインだということを私はよく知っている。

「あ、あんたが」

「私?」

「あんたが、学校楽しいよ、とか言うから……」

「そっか」

 彼女がそんな可愛いことを口にするので、思わず笑みが零れた。

 私だけが一方的に友達だと思ってるのかもしれない、とか、少しだけ不安に感じることもあったから、こうして影響し合えていることが、たまらなく嬉しい。私もちょうど、オリヴィエに憧れて、髪をもっと伸ばしてみようかなぁなんて考えていたところだから。

「そしてぼくは彼の護衛だ」

「モニッ……じゃなくてヒエン!?」

 もじもじしているオリヴィエを遮って、突然、モニカ(ヒエン)がどこからともなく飛び降りてきた。

 彼――彼女?も、モニカだった時とは違うけれど、オリヴィエ同様、黒いマントを纏って、ヘルメスの生徒然としていた。まさかとは思うけど。

「モニカの家族や学校側と相談した結果、ぼくが彼女のぶんも登校することになった」

「そ、そう、なんだ……。あ、じゃあ、ちゃんと三年生?」

「無論だ。不本意だが、揃ってどうしてもと言うからな。余程ぼくの力が欲しいと見た。ぼくにも、ここでやるべきことがある。利害の一致というやつだ」

 ……という事は。奇しくも、『跳ぶ星の魔女工房』で共に働いていた三人が、再び同じ学び舎の下に揃ったということだ。

 ほんとに。私の運命って、何でもありなんだから。折角、感動の送別会までやってもらったのに、数か月と経たずにまたこの二人と一緒に過ごすことになるなんて。可笑しくって、吹き出しちゃう。

「ふふっ、卒業まで、絶対退屈しないかも」

「当然だ。このぼくが居るんだからな」

 何故か常に、他人の幸福があると見るや自分の手柄だと思い込んで得意げになれるスーパーポジティブ妖怪は置いておいて。

 一年生、ということは私の後輩だ。自己紹介をしてもらう程じゃないけど……この際だし、私は、気になっていた疑問をオリヴィエにぶつけてみることにした。

「ねえ。一つ、いいかな。その、嫌だったら答えなくてもいいんだけど」

「あー。うん。あんたには言っとくよ……」

 私が抱えていた困惑を見透かしたかのように、オリヴィエは深く息を吸って、自らその秘密を打ち明けた。

「オレ、実は男なんだ」

「お゛とっ……!?!?」

「ぼくは最初から気付いていたけどな」

 ――正直、想定していなかった答えに、声にならない叫びが喉まで出かかってつっかかった。げほげほ。

 そ、それはいいんだけど。

 オリヴィエは更に、その驚愕の事実を突きつけたままの勢いで、私に向かって盛大に頭を下げた。

「だから、ゴメン!!」

「にゃっ、なゃ、なにが?」

「温泉で……その……アンタの裸、見ちまった……。な、なるべく見ないようにはしてたんだけど!!」

「ふっ。ぼくが居れば、抱えて飛んでやったものを。上空からなら、男湯だって女湯だって見放題だ」

「ちょっと黙っててくんないかな!?」

 あ、ああーーー……。

 私は、ついこの間、二年生最後の進級試験――工房での研修生として訪れた、天眼町であったことを思い出した。

 過度に温泉、というか、裸になることを拒否していたオリヴィエが記憶に新しい。

 なるほど、彼女――じゃなくて、彼が男性だということなら、納得だ。

 ……えっと、じゃあ、確認した訳じゃないけど。もしかして……い、いや。こういう事にツッコむのは無粋だし、単に失礼だ。やめておこう。

「い、いや、いいよ、あれは……私も、オリヴィエの身体のこと知らずに、無理矢理連れて行っちゃったし。それに、少なくともあの時は女の子同士だと思ったもん。言いっこナシよ」

「だから、男なんだってば……」

「……あの。じゃあ。その。恋愛対象とかも、フツーに……?」

 私の好奇心だけから来る野暮な質問に、オリヴィエは顔を真っ赤にして俯いてしまった。やっちまった。

「あ、ああーっ!変な事聞いてこっちこそゴメン!!デリカシー無かったよね!!忘れて忘れて!!」

 と、以前ならオリヴィエを抱き締めて慰めていたところだけど。ふと、それも配慮に欠ける行為だったんじゃないか、と、私は伸ばし掛けた腕を引っ込めた。

「アンタのことカワイイと思うくらいには、フツーのつもりだけど」

「そっ、……それは、どうも……」

 オリヴィエが男の子だと分かっても尚、綺麗な女の子にここまで言われたら照れないほうが難しいんじゃないっていうかそれにしてはやっぱり随分中性的な雰囲気があるような、えっと、待って、こんがらがってきた。

 も、もう、どっちでもいいんじゃない。オリヴィエが可愛いということはもう、覆しようのない真実だよ。

「ていうか、どういう仕組みでそんな風に……?えっと、要は、この間の満月の時、男の子に見えたのは見間違いじゃなかったってことだよね?」

「うん……。オレの魔眼については、教えたよな?」

「たしか、“天空神の瞳”……だっけ」

 私は、同じ時間を過ごす中で垣間見たオリヴィエ独自の魔術組織を思い出す。

 見つめた相手に生命力を送るという特殊な魔眼は、後にも先にも、彼女、じゃなかった……彼のものしか見たことがない。

 初めてその力を目の当たりにした時は、私の魔力に中てられて暴走状態に陥り、視界に入った全ての生命をムキムキマッチョの健康優良児に変えてしまうという恐ろしい事態の最中だったけど。あれは申し訳ないことした。

「それ。セレスティニーアの公族……特に男子に代々受け継がれるものなんだけど。オレの眼だけ、結構力が強いらしくて。成長して魔力が安定するまでは、魔力が暴走したりしないようにって、星晶教の魔導士がオレを女の身体に変えて、満月の日だけ元に戻る魔法というか……呪いみたいなものをかけたんだ。まあ、アンタの魔力の前では流石に無意味だったみたいだけど……」

「ぼくは始めから気付いていたけどなっ」

「わーかったから」

 言われてみれば、ヒエンだけじゃなく、時々、オリヴィエの姿を見ては、“変わってる”とか“そっち側”みたいな感想を漏らしてる人が居た気がする。

 人間でかつぺーぺー魔導士の私なんかは当たり前に見た目通りのオリヴィエを受け入れていたけど、魂の本質的なものが見える人達にとっては、身体的な特徴と精神が繋がっていない状態を看破するのなんて容易いのかもしれない。

 あれ。じゃあジークが微妙にオリヴィエを警戒というか牽制するのも、そういうアレだったのか。ほっほーう……アイツにもそういう危機感があったのか。

「そういう理由だったんだ……。大変だね……。ていうか、じゃあ、私が当たり前に女の子として扱ってたの、嫌だったよね……これからは気を付ける」

 そして改めて――自分がどれだけ軽率だったかを思い知った。

 自分の秘密を打ち明けられないオリヴィエのことを、私の主観で勝手に判断して、知った気になっていなかっただろうか。

 きっと、オリヴィエの今までの言動のなかにも、ヒントはあった筈だ。それを見なかった振りをして、都合の良い解釈をしていなかっただろうか。

「うーん。嫌は嫌だったけど、オレも説明してないから仕方ないっていうか……。男とか女とか、そんなんじゃなくて、オリヴィエって人間として、フツーに接してくれたら嬉しい」

「……わかった。じゃあ、これからは後輩としてよろしくね!何か困ったことがあったら言ってね!力になるよ」

「……ありがと」

 気を遣われることさえ不思議だと言わんばかりに、あっけらかんと答えるオリヴィエに救われた。

 こんな風に、年相応にはにかむところが見られただけでも、聞いた価値はあったのかもしれない。

 私の思い付きの思い切りが、これからのオリヴィエとの関係に、良い結果をもたらしてくれるといいな。

「おい。ぼくに頼ってもいいんだぞ。僅かだが、モニカの記憶はある。校舎の案内くらいならしてやる」

「はいはい。じゃあちゃんとエスコートしてくれよ」

「ふっ。ぼくを誰だと思ってるんだ。温室育ちのお嬢ちゃんとは訳が違う。せいぜいはぐれずに着いてくるんだな」

「はあ……行ってくるよ。また明日な、ザラ」

 そう言って、二人は小突き合いながら、他にも物珍しそうに校舎を散策している新入生のなかに混じって行った。

 似たような制服風のファッションで並ぶ二人は、本当に学校の友達そのもので、その姿にずいぶん仲良くなったんだなぁとしみじみする。

 居なくなってしまった人も、戻ってきた人も、新しくやってきた人も。

 全部含めて、また始まる新しい季節は、去年の今頃よりもずっとわくわくするもので。

 アンリミテッド人生、捨てたもんじゃないわね。






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.

・呪術科や封印科では、ウッカリを避ける為、入学と同時に学校のものを無断で持ち出したり、授業の内容を口外しないという契約や、他所で魔法を悪用できないよう制限をかける呪いが付与されるケースがあるとかないとか。問題児とか、強力な魔術を持ってる家系の生徒には特に。ザラもそういうの受けるべきでは?と思いますが、流石にアンリミテッドともなると技術的に難しいのかもしれません。


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