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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
198/265

第一の剣・鈎鎖剣・3

 



 さて、と。実は昼間がお別れの挨拶ってんでもなく。

 当初の計画どおり、夕方から夜にかけては、私とジークの仲間達(フレンズ)を旧校舎に呼んでみんなで進級&卒業おめでとうパーティーが開催される。

 室内の準備をネロ先輩たち男子組に任せて、私は、参加予定の友達を呼びに行きがてら買い出しなんかを担当する運びとなっている。

 みんな流石にずっと同じ場所に居ないよね、と思い、友人たちを捜しながら一人でぐるりと校舎のなかを巡回する。

「あれ。オリヴィエ?」

「げ」

 その内に、一階の渡り廊下で、昨日振ぶりの元同僚に遭遇した。誰かを待っているような様子のオリヴィエが、プラチナのポニーテールを風に靡かせて佇んでいた。

「げって何よ。どうしたの、こんな所で」

「いや、その……ちょっと、用があって」

「またヘルメスさんのお遣い?あ。私、忘れ物でもしたとか……?」

「オレの個人的な用事だ。アンタには関係無い」

 昨日までと同じ様子で、彼女らしい仕草で口ごもったり居直ったりするさまがヘルメスの校舎という背景の中でも見られるのが新鮮だった。

「怪しいな~」

「嘘じゃないってば。ホントにただ……話しに来ただけで。まだどうなるか分かんないっていうか」

 とはいえ私に対してはちょっと素直になってきた今日この頃。私以外にもヘルメスに知り合いが居たとは驚きだけど。どうやら本当にプライベートでの訪問みたいだ。

「私もよく分かんないけど……何か困ってる訳じゃないのね?」

「ああ。アンタに世話焼かれる覚えはない」

 私が世話焼いた覚えも無いですけど。

 それにしても、隣国の公女様が一人でこんな所をうろついていてもいいものなのだろうか。

「良かった。今は、一人?」

「いや……一応まだ、従者というか……親父の代理人とかが中で話してると思う……」

 親父の代理人。ということは……セレスティニーア公国の大公さま……の、代理人。

 それが、わざわざヘルメス魔導学校に赴いて、とな。

「なんか……三者面談みたいだね……」

「似たようなかもな……」

 いや、もうちょっと政治とかに興味がある人ならまだしも、庶民派の私の感覚ではそれが精一杯だった。オリヴィエ、ここの学生じゃないのは分かってるけどさ。どうしても同年代が親と一緒に……と思うと、微妙にざわついた気持ちになるの、あるよね?家に学校から電話かかってくると無暗にヒヤヒヤしちゃうみたいな……え、私だけかな。

 ――あ。……良いこと思い付いた。公務じゃなくてあくまで私用なら。怒られるかもしんないけど、まあ、誘うのはタダでしょ。

「あ。オリヴィエさ、この後時間ある?」




 .

 .

 .





「ではこの場に居る全員の進級、卒業を祝し……盛大に乾杯ッ!!」

「カンパ〜イ!!!!」

 夕暮れが暗くなり始めた頃、私たちのパーティーは始まった。それぞれ手にはグラスや紙コップを持って、ネロ先輩の号令のもとに掲げ合う。

 普段、研究室らしく、暗く雑然としたジークの私室には、私やロザリーが作ったリースや風船でデコレーションが施され、更にキョウ先輩やディエゴくんが持ち込んだ謎の派手な照明によって煌々と照らされて、まさにここがショーのど真ん中であるようにド派手に飾り立てられている。

 形の違うテーブルやボードをくっつけて、上から無理矢理クロスをかければ、ビュッフェテーブルの出来あがりだし、あとはもうそれっぽい物をあれこれ置いて光らせときゃいいのよこんなもん。誰だ、不気味な人形にきらきらのモール巻き付けて天井から吊るしたのはァ。

 はい。面子は主に三年生で構成されているジーク組とその友人。ついでにそいつらが居るなら他も居ていいだろ理論で、私の友達や、アルスまで駆け付けている。こうして並ぶと結構な人数だ。

「あ。オリヴィエちゃんだ」

「校舎で拾いました。よろしくね」

 その中で、唯一ここに居る数人と顔見知りで、あとは私の友人であるというだけで参加を決めたオリヴィエが、私の隣で所在なさげにきょろきょろ辺りを見渡していた。マーニくんとはこの間の温泉カエル騒ぎの時に意気投合したみたいで、声を掛けられると安堵したように挨拶を交していた。良かった良かった、誘ってから開始直前まで間もない飛び入り参加だったけど、みんなも快く承諾してくれたし。オリヴィエ、こういうの羨ましがってたから。

「初めまして、レディ。宜しければこちらで共に盃を傾けませんか何このキョウスイ退屈はさせませんよほらお手をどうぞああなんて滑らかな柔肌だこの美しく涼やかな御手で是非貴女という美酒に酔い火照った私の頬の熱を冷ましてはくれません、か゛ッ」

「キョウ先輩お願いだから大人しくしててくれませんか」

 オリヴィエに楽しい思い出を作ってほしいなと思った矢先にトラウマ植え付けに来ないでくださいの意を込めて全力でキョウ先輩の脇腹を抓っておいた。そうだ、この人、そういえばそうだった。初対面の女性と見るや否やナンパを吹っ掛けてくる歩く迷惑みたいな人だった。最近の言動ですっかり善人だと勘違いしてしまっていたようだ。改めないと。

「なっ、な、な、何だコイツ……!!急に触って来たぞ!?」

「うーん。自動で喋る汚いオーディオ機器か何かだと思っといて」

「酷くないかい???」

 あまり真に受けちゃいけないんですよ、こういうのは。でも手握られるのは怖かったよね。大丈夫よ。虫が止まったようなものよ。

「こ、怖い……!!男にネットリ触られるのってこんなに気持ち悪いのか…………!!」

「ねー。ごめんね怖い思いさせて、先に注意しとくべきだったね。おー、よしよし」

「びっくりした……びっくりした……!!」

 しかしオリヴィエには初めての体験だったようで、すっかり怯えきってしまっていた。可哀想に。そっと抱き締めてあげよう。キョウ先輩はあっち行ってと睨んでおいた。ていうか普通に不敬罪で裁かれたりしない?コレ。

 これだけ人数が居ると、私やジークが仲介するまでもなく、みんながみんな勝手に散って話し始めるもので。あっちでもこっちでもグラス片手に他愛のない会話が飛び交っていた。

 ふと耳に入って来たのは、シンディとエルヴィス、グレンとロザリーのバカップル同士の相談事だ。

「あらァ、あんた達も同棲するのォ?」

「出来たらいいねって話が纏まってきたところ。シンディ達はもう、家は決まってるの?」

「まあねン。去年から準備してたコトだしぃ」

「参考までに色々聞いてもいいかな……!?」

「先輩、お願いします!」

 私も何か参考になることがあるかと聞き耳を立ててみたけど、なんか……全然……ステージが違うような感じがして、間に入る気にはなれなかったわね…………。

「お願いされちゃしょーがないわねェ~!いいわよ、アタシとエルヴィスの愛の巣について、たぁ~っぷり聞かせてアゲル♡」

「レディ、程々にな……。君は機嫌が良いとどんどん飲酒のピッチが上がる」

「別にィ。倒れたってダーリンが運んでくれるでしょぉ?」

「それはそうだが。もう少し身体を気遣ってほしい」

「ダーリン……」

「……私達もやる?」

「やんなくていいっつの!でもグレンもあんまり調子乗らないのよっ」

「叱られちゃった」

「嬉しそうにしないの」

 嫌われ者だったシンディも、いつの間にかこんな風に、世代を跨いだ友人知人と気兼ねなく接するようになったのかと思うと感慨深い。グレンもロザリーも大分、かなり、器の大きいコたちだとは思うけど。一年前には考えられなかった光景だ。

 私も来年の今頃は彼女たちのような悩みを抱えることになるのだろうか、とか考えてぼーっとしていると、突然、後ろから特大の抱擁アタックをかまされた。

「ジークもザラもおめでと~っ!!祝福のキスを浴びせてやるーっ!!」

 既に一杯引っ掛けたかのようなテンションのアルス兄さんが、私とジークの両方をその大きな腕の中に納めて頬ずりしている。

 本来はヘルメスの生徒じゃない部外者だけど、ここの面子とも大分馴染みがあるし、本人の希望もあって、是非にとパーティーに駆け付けてもらった。

「わあ、アルス放して~っ!!」

「やめろ、男のキスなぞ要らん……!!」

 やんわり拒否した程度では全く適わない、アルスの強引なチークキスがくすぐったい。というか、ジークは魔族なんだし本気で拒絶しようと思ったら出来る筈なのにそうしていない辺り、満更でも無いんだろうなというのが窺えるわね。

 騒ぎを聞きつけてやって来たネロ先輩やキョウ先輩がアルスと軽くグラスを交し、何杯目か分からないシャンパンを豪快に飲み干した。

「アルスくんが学校に居たら、面白かっただろうねぇ」

 そうしみじみと切り出したキョウ先輩だが、早くも目が据わっていた。開始からそんなに時間経ってない筈なんですけど……。

「どっちの一派に加えるかが問題だな」

 ネロ先輩も顔が赤らんでるし。こういう時一番エンジョイするんだよな、この人。

「一派って?」

「当然、俺達か、女共か、だ」

「ジーク先輩派かザラちゃん派かってコト。ヘルメスに入ったらどっちか選ばなきゃ」

「そういうもんなのか!?え~~~、悩むな~~~……」

 両先輩の言葉を真に受けたアルスは、真剣に頭を抱え始めるし。そのお陰で、私もジークもようやく解放されたけど。

「俺様の軍に入れ、コペルニクス兄。ハーゲンティの部屋にも入り浸入り放題だ」

「うわ、めっちゃ最高じゃん……!!あ、そうだ、バザーの時にジークの写真集作ったのって、ネロ達なんだよな!?」

「ええ出来でしたやろ~トレカもコンプしてはったもんねぇ」

「うんうん!あれ超~良かった!誰がどれ撮ったのか教えてくれよ!!」

「ええでなええでな~。オレ今実物持ってんねんで~。見ながら解説したるさかい~」

 そしていつの間にか加わっているディエゴくんであった。こちらも例に漏れず顔を赤らめて、上機嫌で左右に揺れている。

 私はジークと頷き合い、酔っ払いたちがジーク写真集で盛り上がっている隙に、そっと二人でその場から離脱した。

「あーっ!!ネロ倒れた!?」

「生涯ハーゲンティ推し……」

「何て満足げな死に顔なんだ……!!」

 遠くで繰り広げられる無茶苦茶アホなやり取りに、当の“推し”は大層苦い表情をしていましたとさ。




「七曜の剣とその天使(メッセンジャー)か……」

「ジーク、知ってる?私、本で読んだっきりでさ」

 私とジークは、宴の席でも羽目を外しすぎない主義同士だ。盛り上がっては次々潰れていく友人たちを傍目に、まだまだ余裕がありそうなジークと共にソファに並んで腰掛けて、私は昨夜の出来事の詳細を打ち明けた。

 ヘルメスさんから、お父さんを人間に戻す方法があるらしいことを教わり、“七曜の剣”が鍵になっているらしいこと、それを報せて来た天使の存在について。

 私もまだ忙しくて調べきれていないので、ジークなら何か知っているかなと思ったんだけど。

「俺も、お前と似たようなものだ。ヘルメスの地下図書館の蔵書から得た程度の知識しか無い」

「そっか、あくまで人間界のことだもんね」

「力になれなくてすまない」

「全然!これから一緒に調べてみよう……って、巻き込む前提で離しちゃったけど……」

「フッ。今更訊くなよ」

 ジークの場合、むしろ当事者に数えないと後から文句言われたりするしね。

 ともあれ、スムーズに情報が共有出来て良かった。アルスと……当事者であるミストラル(お父さん)にはまだ伝え損ねてるけど。アルスはまだいいとして、お父さん、反対しそうな気がするんだよねぇ……。

「と、なると……もうそろそろ、月が出る時間だな」

「……見に行ってみる、べきだよね」

「そうだな。その戦いとやらも判然としないが……今は手持ちの情報が少なすぎる。その天使(メッセンジャー)とやらに従って、兎に角行動してみる他ないだろう」

 ジークが懐中時計と窓の外の夜空を見比べた。

 夕暮れ時から始まったパーティーは最早、友人たちの旅立ちを祝い別れを惜しむものではなく、ひたすらにお酒が暴く本心のままに怒号を交し合うだけの最悪なディベート会場と化している。

 満月は人の理性を奪う狂気の象徴とも聞いたことがあるけど、まさかそんな、陽が沈んだだけでこんな状況になるとは。みんな案外、新しい門出への不安感とか解放感とかで、鬱憤が溜まってたんだろうな。進級試験も長かったし。

 私とジークは視線を交して頷き合い、どちらともなく、グラスを置いてソファから立ち上がった。

「大丈夫?席外して……」

「フン。俺の友人は、お前みたいに野暮な性分はしてないんでな」

 こういうことすると、大抵真っ先にネロ先輩が駆け付けてきて、ハーゲンティを独り占めするな、とか言ってきそうなものだけど。どうやら空気を読んでくれているらしい。ほんとぉ?

 つまり、先輩たちはジークが私と抜け出したことに気付いたところで邪魔なんかせず、何ならちゃんと察した上で放置するくらいの気配りはするぞ、と。

「絶対後で冷やかされるじゃんよ、も~っ……」

 その気遣い、それはそれで完全にこっちの雰囲気に勘付かれてるやつだから言い逃れ出来ない感じになっちゃうじゃん。後でニヤニヤしながら揶揄われる画がありありと想像できる。

「そういえば、今日が満月って知ってた?」

「確かに日付で言えばそうだな」

 やっぱ把握してるものなんだ……。




 .

 .

 .




 半狂乱となったパーティー会場ことジークの自室……という名の旧校舎を後にして、私はジークと二人、裏手の山道へ続く森の辺りまで歩いてみることにした。

 春の陽気を受けた木々は——鮮やかな桃色の花弁の束に彩られ、月光のなかで妖しく輝いていた。

 桜だ。

 セージ校長が遠く西方諸国からわざわざ取り寄せて植え込んだという、春の短い間にしか咲かない美しく雄大な樹木が満月を背に立ち並んで、夜風に花びらを舞わせている。

 私はその幻想的な光景に、ただ息を呑んで立ち竦むことしか出来なかった。見たことも無い異国の景色を丸ごと切り取ったような、未知の絶景。

 時折に満月に影を生む細長い雲さえも、いつも見ているものとはどこか違う、遥か向こうの存在のように感じた。

「こんなところに……桜、咲いてたんだね」

「ああ……俺も今、初めて気が付いた」

「え。それっておかしくない?」

 季節の変化に疎いなんて、ジークって意外( ?)とインドアよね。ていうか、イベントごと然り、時間の移ろいそのものにあんまり興味が無いんでは。ええ。これから教えて込んでいくの面倒くさいなぁ。

「今日の満月……なんだか怖いくらい綺麗だね」

「大丈夫だ」

 その瞳とおんなじの、真ん丸のお月様を捉えていても、ジークの金眼の輝きは、呑まれることなく、むしろ宵闇の中で火花のように閃いていた。

 落ちてきそうなほど大きい月影にふと不安を覚えて、ジークのジャケットの裾を引っ張ると、その手は取り上げられて、無理矢理に強く繋がれた。

 革の手袋越しに伝わるジークの体温が熱くて、私はこれさえあれば、無敵なんだと思い出した。

 二人でぼんやりと桜の木を見上げていると、いきなり、足下から抉られるような突風に見舞われた。

「うぶわ……!?」

「何だ……!?」

 目の前に、ピンクの花の嵐が吹きすさぶ。いつかのヴィズの吹雪のように、まるで波打ちうねるように桜の花びらが巻き上がり、視界を染める。まるで気流そのものに貫かれているみたいだ。スカートの端が盛大に捲れても、それを抑えられないほどの風圧。ああ、せっかく丁寧にセットした髪が。

 しかし、咄嗟に身を守っていた間に、少しの余韻を引き摺りながら、花の竜巻は勢いを失って元の空気に溶けていってしまった。

 すごかったね、と、手を繋いでいる筈の隣のジークの様子を窺おうとして、彼の姿が忽然と消えていることに気付く。

「ジーク……!?」

 辺りを見渡しても、影も形も無い。

「えっ、ちょ、ジーク!どこ行ったの!?ジークってば……!!」

 名前を呼んでも、あの不遜な声が返ってこない。

 ぞっとした。確かに、掌に感触が、温もりが残っているのに。


 まるで、桜に、拉致されたみたいな——


 想像したことも無かったって気付いた。冷ややかな予感が脳裏を過ぎっていく。無意識に、ひ、と喉が引きつった。

 グリムヴェルトを助けるのに、自分の未来の息子を差し出すようなマネをして。今度は父親を助けるために、ジークが、とか、言わないでしょうね。


「——ザラ!!」


 誰かに肩を掴まれて、現実に引き戻された。

「オリヴィ……エ…………?」

「ザラ!戻らないから心配したんだぞ。何かあったのか?」

 桜の影の下に、不安げな表情を浮かべたオリヴィエが佇んでいた。

 ——オリヴィエの、筈。

 眩く妖しい月の光が、彼女の輪郭まで歪めてしまったのだろうか。目の錯覚だろうか。

「……なんか……背伸びた…………?」

 元々ヒューマーの女性にしてはスタイルが良いほうだとは思っていたけど、こんなに、私が見上げなければいけないほどの身長だっただろうか。ジークが居なくなったショックが薄まりそうになるほどの違和感だ。

 身長だけじゃなく、全体的に骨格がこう……しっかりしたというか。確実にオリヴィエ本人なんだけど、微妙に変わってて間違い探しみたいっていうか。

 そう——ちょうど、この間の温泉で、カエルに触れたみんなのように。オリヴィエという女の子の特徴を全て内包したまま、性別だけが、反転しているような。

 ほんの数分見ない間に何があったのか。

「…………満月だからだ」

 私の疑問も想定済みだったかのように、オリヴィエが言い淀むことなく答えた。精悍さを増した凛々しい横顔で、満月を見上げる姿は、少年そのものだ。その鋭い表情が、私の中で何かと符合する。初めて会った時からずっと抱いていた、オリヴィエに対する複雑な印象の正体が、明らかになろうとしている。

「オレの呪いが一日だけ解ける日。こっちがオレの本当の姿だ」

「呪いって……」

 言いかけて、夜桜の下に、縫うように現れた気配に息を呑んだ。

 突然行方不明になったジークでもなければ、当然、私を迎えに来たオリヴィエでもなく。先ほどまで杯を交わしていた仲間のものとも違う。

「へー。やっぱフェオ=ルの占いってすげ~な……。役者も魔力もドンピシャだ」

「我とて、この程度の占術も扱えない貴様の空疎な頭の出来には恐れ入るばかりだ」

「言うよね~~~……」

 黒い全身鎧の青年と、長身のエルフ女性。桜吹雪の中にそのシルエットが浮かび上がるだけで、背筋を嫌な寒気が駆け抜けていく。

「七魔将……!?」

 アトリウム王国直属、魔騎士団の中でも最強と名高い七人の将。——エルネストさんと、フェオ=ルさん。私にとっては三度目の邂逅。そして、かなり、割と、出来れば会いたくない人たちトップランカーでもある。

「ま~た会っちまったな~……ふー……」

「アンリミテッド……」

 エルネストさんはともかく、年明けの時振りに注がれるフェオ=ルさんの刺すような視線に反射的に恐怖を覚えて、オリヴィエの腕にしがみついてしまった。

 しかし、意外にも魔騎士の二人は、そんな怯える私を横目に通り過ぎて、並木のなかでもひと際大きく、満開に花を咲かせている桜の根元に近づいて行った。

「まあ良い。ヒューマーの子供風情に係ずらわっている時間などない。手早く済ませるぞ」

「はいよ~……降霊ヨロですっと……」

「言われずとも」

 私とオリヴィエが唖然として見守る中で、フェオ=ルさんは実に滑らかな動作で杖を構えると、杖の先で淡い桃色に染まった土を軽く叩いた。

 すると、フェオ=ルさんの魔術に反応したのか、再び、私とジークを襲った横殴りの突風が吹き付けた。

「わ、また……!?」

「うわっ、何だ、この風っ……!?」

 オリヴィエと二人、束の間の災害にただ苛まれる。でも、今度はオリヴィエの腕をしっかり掴んでおいた。また居なくなられるのは嫌だった。

 ばさばさと髪や衣服が乱れる様が、まるで鳥の羽ばたきにでも思えた。マジでこのまま飛んでいっちゃいそう。

 風が去り、土の色が表出するのを見計らって、ゆっくりと警戒を解く。

 僅かに湿っぽくなっている地面には、いつの間にか、居なくなった筈のジークの肢体が横たえられていた。

 そして——その傍らに現れた、半透明の龍人。

『へェ、今宵は随分と客が多いじゃあねェか。オレの末裔か何か?』

 色の無い、けれど確かに形を持った人間が、向こう側の桜を透かして、ぼんやりと立っていた。

 ——黒っぽい額当てに、同じく黒っぽい革の(アーマー)。幅の広い羽織り物を肩から掛けた、アトリウム人とは違うルーツを感じさせる、異国風の——中性的な顔立ちをした、少年とも青年ともつかない、性別不詳年齢不詳の小柄な龍人は、蹲っているジークをその鱗に覆われた細い腕でひょいと担ぎ上げると、私のもとへ乱暴に運んだ。

『悪い悪い、吸血鬼かと思ってつい誘拐しちまった。こいつは魔族ってヤツだったな、返すよ』

 その言い方だと、まるでこの人が桜吹雪に乗じてジークを襲ったみたいに聞こえる。けど。それどころじゃない。

「ジーク!!」

 ぐったりと気力を欠いたジークの肩を揺らすと、いつもの剛力が私の身体を鷲掴みにした。

「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊が……!!お、俺の、あ、足下に、手が、目が合って、それで…………!!」

「ああ、うんうん、怖かったね」

「引きずり込まれたと思ったら、樹の中に居て……声も出なかったんだ……!!」

「もう大丈夫だからね~」

 何かよく分からんけど相当怖い思いをしたらしく、血の気の無い顔を一層蒼くしながら、ジークが必死に訴えかけようとしていた。ここまでパニクってるのも珍しいので、ここぞとばかりに頭やら背中を撫でておいた。おお、こんなに震えて可哀想に。そういえば、ミレニエルさんからの宣告の内容を伝えたとき、“亡霊”の部分でメッチャ無言になってたもんね。オリヴィエ、不気味なものを見たような反応はやめてあげてね、気持ちは分かるけど。

 一方で、魔騎士二人は、悪ィーなー、と苦笑する半透明の龍人のひとに向き直ると、尊い人にするように、膝をついて恭しく礼をした。

「七英雄が一人、蠍龍のハオ殿とお見受けする。貴君等アトリウムの祖に相まみえたこと、恐悦至極に存じ上げる」

『オイオイ、その呼ばれ方も懐かしいなァ。あれから何年経ったんだ?この巷も様変わりしてやがるじゃねえの』

 あのエルネストさんとフェオ=ルさんが頭を垂れている。そんな相手は、それこそアトリウム国王くらいしか想像できないけど。

「ハオって……あのハオ??」

 歴史の教科書を読んだことのある人間なら、一度は耳にしたことのある名だ。

 新生アトリウム王国の建国に当たって、聖騎士王・ヘリオを陰から支え、国家の発展に大きく貢献したという伝説の諜報員——そして、七曜の剣のうちの一つを所持していたとされる、七英雄の一人だ。

『如何にも、オレが蠍龍のハオ=イェンシュウ。……の、亡霊ってとこだな。どういう絡繰りかは分からんが、魂の一部だけがこの桜の樹の下に縛り付けられてるらしい。全く、オレの魂なんてとっくに源祖魔法の奔流(プール)の中だろうに……ホント、どうなってんだか』

「今の貴君は、この地脈に根付き、縛られた過去の亡霊……謂わば、ハオの残留思念だ」

「過去の、亡霊……」

 ミレニエルさんの宣告通りに現れた存在に、気圧されるように生唾を飲み込んだ。

 だって。その名が偽りだったとしても、今、目の前に居る( ?)この人は、どんな御伽噺も現実にしてしまえそうな、力強く荘厳な存在感を放っている。

 例え身体が透けていても、他人の魂に無理矢理その姿を焼きつけてしまうような。ルカさんやアテナさん、カーンさんら吸血鬼と相対した時とも違う、“人間”としての強固なまでの有様が、瞳から、掌から、姿勢から、空気を震撼させるほどの圧力(プレッシャー)の波となって、私達はおろか、魔騎士の二人の動きさえも抑制していた。

『まさか、本当にこんな日が来るなんてなァ。アンタらは何者だ?』

「——聖騎士王の意志を継ぎし者なれば」

『ヘリオの、ねえ……。ってコトは、旧魔法庁とは関係ない?』

「旗下ではあるが、我等の忠誠は新生王国に捧げている。貴君が案じられるようなことは何一つ無い、潔白の身だ」

『ふーん……ま、何でもいいけど。七百年だか八百年越しにわざわざ叩き起こしてくれたんだ、何か用があんだろ?』

 言葉を発することすら躊躇われる空気のなかで、魔騎士たちはまるで畏敬の念を持って、供物を捧げるように、静かに懐から布の包みを取り出すと、その中身を英雄に改めさせた。

「この武器に見覚えがあるだろう。七百五十年前、貴君が遺した遺産の一つだ」

 魔法陣とルーン、紋章や札でびっしりと覆われたそれは、草刈りに使うような鎌の形をしていた。エルネストさんが入念な封印の帯を剥がすたびに、その白銀の刃が月影に妖しく照り出される。

 鎌の取っ手からは、同じく輝く氷のような銀の鎖が伸びて、先端のの銀と繋がっていた。

 かつての英雄は鎌と鈎爪をまじまじと見つめると、かつての知己の報せを聞いたように、満足そうに数度頷いた。

『確かにそいつァ、オレがフリーズドラゴンの喉笛に叩きこんだ銀龍鈎(インロンゴウ)だな。ブッ壊れてなかったのか。……てか、七百五十?かー、そりゃオレもこんなんなるわな』

 ――英雄の遺物。私は以前に、一度目にしたことがあった。

 禍々しく神々しい魔力を纏いながら、それでもまだ渇いたように、ぎらぎらと、肉食獣の瞳孔のように力強い欲望を湛える神秘の魔導具。あのバルバトス兄弟も狙っていた、正真正銘の国宝。銀龍鈎と呼ばれた武器も、銀行の地下で見たヨミツラヌキと同じで、異様な魔力が漲っているように思えた。

「銀龍鈎は——今のままでは、強力な魔術施錠によってその力を封じられている」

 誰も彼もが、次に口を開く人間をじっと待ってしまう。ひとつひとつを丁寧に、慎重に、段取りを踏まえなければ、すぐにでも膝をついて平伏したくなるような緊張感が漂っていた。

「本来の持ち主であった貴方方が後継者を定めれば、七曜の剣は持ち主を認めて機能する筈だ」

 ――あれが、七曜の剣。

 ……剣じゃなくない?……と、いうツッコミは無しの方向なんだろうな。言ったら殺されるなコレ。

 つまり、お父さんを人間に戻す為に、私はアレを手に入れなければならない、と。ほうほう、師匠がどれだけ滅茶苦茶を言っていたのか今になって身に沁みるとはね。

 まじかぁ…………。

 え、むしろそんだけハードル高いの?おじさん一人を?助けるのに?やめようかな。

『へ~。そんなことになってんのか。エラいモン造っちまったなァ。大体想像はつくけどよ、大方そんなコトすんのはル=メルのヤツだろ?アイツ、オレが死ぬまでずうっと吸血鬼退治に囚われてたからさァ。あんまいい死に方もしてなさそうだなァ』

「……初代妖精王は誇り高い人だった」

『知ってるさ』

 私の胃が若干、きりりと細っそい痛みを訴えてきたことも露知らず、魔騎士とハオさんが真剣な面差しでやり取りを交す。あうあうあう。ジークはまだ私にしがみついてるし。オリヴィエは変な物を見る目を向けてくるし。帰りたいよぉ。

『で、そっちのお嬢さんは?』

「えっ」

『オレに用があるんだろ?でなきゃオレを視ることも出来ない筈だ。こういうのは、“(えにし)”が大事だからな』

「そ、そういうものなんですか」

『ま、その様子じゃアンタも七曜の剣とやら絡みかな。聞いてやるよ』

 突然、こっちに話を振られて、頭が真っ白になりかけた。

「まだ居たのか」

「ヒィッ」

 そして、そんな私の怯えをいち早く気取ったフェオ=ルさんが、威圧するようにゆっくりとこっちを振り向いた。反射的に心臓が口から飛び出しかけたわ。

「ま~……聞くだけならタダじゃんよ~……。敵対すんなら……どっちみち情報は必要だろ……」

「……フン。それもそうか。良いぞ、アンリミテッド、その愚鈍な口を開くことを許す」

 エルネストさんが説得になっているようななっていないような台詞で宥めてくれたお陰で、今すぐに私が沈黙の呪術を付与される事態は退けられたらしい。

 私はまるで裁判所の証言台にでも立たされたような心地で、大きく深呼吸して、姿勢を正した。鼓動の早鐘に合わせて、呼吸も震える。けど、こんな時こそ、しっかりしなきゃ。

 ハオさんを真っ直ぐに向き合って、透明な瞳の奥に浮かぶ景色を垣間見た。

「あ……えと、幻界の力と、聖人の祈りと……あと多分、私のせいで、剣になっちゃった父親が居るんです」

『ええ…………??』

「ケンニナッチャッタ……?」

 流石の英雄も、更に魔騎士まで、私の話がまるで理解出来ないという風で、怪訝どころか、最早かなり純粋な疑問に近い表情でぽかんと呆けながら、私の言葉(せつめい)を待っていた。

「あの、だから、私の兄が!持ってる剣が!私の父親で!人間に戻してあげたいんですけど、元に戻すのに七曜の剣を集めろって、ヘルメスさんが……じゃなくて、ええと、師匠に教わって!!」

「ヘルメス……水星の大魔女ヘルメス・イグナレンス・パプリカシオ・ロッテンダール・コワズスキー三世か!?」

「ま、まさかのフルネーム暗記!」

 一か月間お世話になった私でさえ、ともすると隣に居る遠い親族らしいオリヴィエさえも、いざ唱えようと思ったらなかなか滑らかに出てこないヘルメスさんの長~い自称本名をスラスラと、それも憎しみを込めた驚愕と共に吐き出せる器用な人物が実在しようとは。

 ヘルメスさんの名に反応を示したのはフェオ=ルさんだけではなく、彼女の相棒であるエルネストさんも、藪蛇でも突いたように途方に暮れたように頭を掻いた。

「だあってよフェオ=ル……ど~すんの……結構な厄ネタじゃねえの~~…………?」

「忌々しい小娘だとは思っていたが、輪をかけて忌々しい後ろ盾を背負っていたとは……!!存在が不愉快だ……!!」

「そ、そんなに」

 じゃあ説明するのめんどくさいからって師匠って言ったの間違いだったな……。今からでも撤回できないかな。フェオ=ルさんの歯噛みっぷりから見てもできそうにないな。

 そう言えば銀行の地下で会った時も似たような罵詈雑言を浴びせられた気がする。まあ確かに、魔法を生業にしていて、造詣が深い人ほど、私……というか、私の魔力が引き寄せる因果律で迷惑を被るんだろう。実際、出禁になってるお店とかもあるしなぁ。フェオ=ルさんみたいな反応も、仕方ないというか、慣れたというか。

「それも、聖人の祈りが込められた、人間の魂で形成された幻界の剣だと……!あれか、魔硝というヤツか。そんなもの文献でも僅かに可能性が示唆されていた程度……いや、調査隊の論文報告にさえ……ええい、魔法庁の諜報部ですら観測していない事実を易々と引き寄せるな、アンリミテッド!」

「ごめんなさいぃぃ!?」

 通常、眠ったように伏せられているフェオ=ルさんの眼がかっと開いて、私を親の仇のように睨んでくるじゃないの。何も悪いことしてないのに咄嗟に謝ってしまった。

「だから我は幾度も幾度も、百年に一人アンリミテッドが誕生する度に捕縛し監禁すべきだと、あれほど王家に陳言してきたというに……!!セージめぇぇぇ~~~……!!」

「何か、ホント、すみません……生きてて……存在が迷惑で……」

「おい、そんなコト言うなよ。ていうか、言わせるな!」

「そうだそうだ!!俺のザラにイチャモンつけるな、人間!!」

「兄ちゃんらの言う通りだぜ~……何でもかんでも感謝はしなくてい~けどよ~……ふ~…………人生前向きにな~……」

 そして何故か男性陣に総出で慰められた。ジーク、いつの間に復活したんだ。

 あとさり気なく重要な情報なかった?百年に一人。実は逸材だったのか、私。……って、悪いほうにか……。

 一連のやり取りを観察していたらしいハオさんが大きく咳払いをすると、私たちは全員、姿勢を正して彼に向き直った。

『成程……こいつも仕組みは分からんが、兎に角あんたにも俺の武器が必要ってこった』

「は、はい……!!多分……!!」

 私の物言いが投げやりに思えたのか、相変わらずフェオ=ルさんが不機嫌そうに唇を歪ませていた。び、美人が台無しですよ。

「ほー……ま、確かに……対吸血鬼用決戦兵器っつーくらいだし……他にどんな奇跡が起こせるって言われても納得だーな、と……」

「そうなんですか」

「成程、そういう事なら納得だ」

 興味深そうにジークが割り込んでくると、エルネストさんは目を丸くして、フェオ=ルさんの様子を窺った。

「……あ、ヤベ。これ言っちゃいけないヤツ?」

「ハアアアアァァ~~~~…………」

 そして地の底までひり出すようなフェオ=ルさんのクソデカ溜息。言っちゃいけないヤツだったみたいだ。

「貴様の軽薄な口を魔術で封じておかなかった我の責任だ、重く受け止めよう」

「そ~ゆ~殊勝さはいらねんだわ……」

 平謝りするエルネストさんに見向きもせず、フェオ=ルさんはただただ、自分たちの目的の達成を邪魔するアンリミテッド——私に杖の先を突きつけて、今にも魔術を発動する勢いで、その身に魔力を滾らせていた。

「何人たりとも、七曜の剣を渡す訳にはいかん。あの魔女の系譜ともなれば尚更だ。貴様と面を突き合わせる度に、貴様を害しない理由が減っていくな、小娘」

「そ、そうは言っても、私だって譲れません!」

「後から蛆のように湧いておきながら図々しい……!!この宝の真の価値も理解していないくせに……」

 ここで怯んでいちゃいけない。私が(キャスリング)を腰に提げたホルダーから引き抜くのと同時に、ジークは手袋の端を摘まんで弾き、オリヴィエも剣を構えた。

『つまり……欲しい気持ちはどっちも同じってことだな?』

「当然です!!」

「当然だ」

 魔導士たちが向かい合い、己の得物を構える、まさに一触即発の空気。

 ——最強なんて言われてる七魔将にどれだけやれるか分からないけど。私だって、ただ脅されて、痛めつけられて、泣きながら帰るつもりはない。冷や汗ダラッダラだけどね。

「……お前、目の前のデザートが取られそうになると途端に執着するタイプだよな」

「ビビりはおだまり!」

 流石に付き合いが長いだけのことはあるわね。

 そうなのよ、私、そういうとこある。ついさっきまで七曜の剣についてすらろくに知らなかったけど——だからって、易々と手放すもんですか。

 食卓にもし、人間の姿のお父さんが並んでいたら。その光景を想像するだけで、力なんていくらでも湧いて来る。

『そうだな……簡単に渡しちゃつまらねェ。ここはひとつ、勝負と行こうじゃねェの』

 私達と魔騎士が睨み合うあいだで、ハオさんが悪戯っぽく笑った。透明な尾ひれを上機嫌に揺らして、土を掃いている。

『一人ずつだ。代表者同士で決闘しろ。相手に膝をつかせた方に、銀龍鈎の継承権をやるとする』

 ハオさんの提案に驚きはしたけど、予想はついていた、というか。

 ミレニエルさんは明確に“戦い”だ、と宣言していた。それが何かの比喩なのか、物理的になのか、精神的になのかは、追及しなかったけど。

 勝機は無い。だって私、三流魔導士だし。一人じゃ、その辺の魔物にも勝てるかどうか。

 じゃあ——負けるから戦わないの?

 ()()()()()()()()()

 私は静かに、杖を握りしめて、一歩前に進み出た。

「ま、待てよザラ!危ないって」

「でも、私が行くしかないよ。ジークもこんなだし」

「こ、こんなではない。見ろ、この凛とした佇まいを」

「足、足」

 流石に、制止された。

 幽霊が居るってだけで足腰ガックガクのザコ魔族じゃ頼りに出来そうにないし。オリヴィエも怖いのかもしれないけど、正直、このままやらせてほしい。

 私がその場を頑として動かないことを悟ったオリヴィエは、フェオ=ルさんのように大きく溜息を吐くと、眉間の皺を揉みほぐしながら、決意したように唇を結んで、私の肩をぐっと引き寄せた。

「……オレが出る」

「……なんで!?」

 わーいやったーがんばってーありがとねー、なんて言う気にもならず、私こそ、オリヴィエの衣服の裾を縋るように引っ張った。

「細かい事はよくわかんねーけど、親父さんの為に必要なんだろ」

「そう、だけど……オリヴィエまで巻き込むつもりなんてなかったの!これは私の戦いで……!」

「……なんで」

 オリヴィエが、拗ねた少年みたいに頬を膨らませるのが、何だか、この場にあまりに不釣り合いで、面喰ってしまう。

「な、なんでって……オリヴィエは、大事な友達だし……私の家族のことで負担かける訳にいかないし……危険な目に遭わせるなんて、純粋に怖いよ」

「じゃ、その魔族の……ジークを巻き込むのはいいワケ?」

 名指しされたジークがむっと眉を吊り上げる。

 確かに、大事な人が傷つくところを見たくない、という理屈なら、ジークだって真っ先に除外される筈だろう。

 だけど何故だか、私はいつも、ジークに、一緒に泥を被ってほしいとか、一緒にボロボロになってほしいとか、そういうお願いをしている。

 だって、初めて出会った時からそうなんだもん。

 二人で校舎に身を隠して、互いの背を押して、一番近い隣で、お互いが魔物に立ち向かう姿を目に焼きつけていた。あの時から変わらない。

「い、いいっていうか……」

「恋人だから?」

「えっと、その……そういうんじゃないけど……」

 言い淀む私を押し退けて、オリヴィエはハオさんのもとに近寄っていく。

『へェ。変わった魂だな。いいぜ、結界の中に入りな』

 オリヴィエの意志を汲んでしまったらしいハオさんが、そんなことを言った。

 ハオさんがぱん、と手を合わせると、また一瞬陣風が吹き上げて、私たちはその勢いに跳ね除けられるように、数歩……どころか数メートル後退りすることを余儀なくされた。

「そいつの面倒見てろ」

「オリヴィエ!!」

「オレだって、アンタの特別になる権利はある」

 彼女——彼?が、何を呟いたのか、風の音に掻き消されて、上手く聞き取れなかった。

「七曜の剣の力があれば、オレの呪いも解けるかもしれないし」

 この風圧のなかで、何故かオリヴィエだけは何の影響も受けずに居る。

 風が弱まった頃、私は慌ててオリヴィエの後を追おうとして——

「オリヴィ……へぶ!!」

「ザラ!!」

 何か、見えない壁のようなものに、正面から弾き返された。良く磨き上げられたガラス戸にぶかったみたいな衝撃だ。

『一対一の決闘だってば。部外者は外で待ってな』

 結界って、そういうことか。今のは、ハオさんが魔術で決戦場を造り出した時に生じた衝撃波みたいなものだったのね。

 既に、結界の中では、オリヴィエとエルネストさんが対峙していた。

 今からでも止められないかと思い、ハオさんが張り巡らせたという結界を何度も拳で叩いてみるものの、手応えは無い。

 結界は、決闘の代表者であるオリヴィエとエルネストさん、その二人の間で審判するように腕組みをしているハオさんを中心に、円形に形作っているようだ。時折、薄っすらとシャボン玉の表面のように、月明かりで輪郭が屈折する。

 仕方なく、私は結界ぎりぎりまで張り付いて、出来る限り中の様子を窺った。

 緊張の面持ちで剣の柄に指を掛けるオリヴィエとは対照的に、エルネストさんは、余裕とも取れる、獣の欠伸のような仕草で、鎧と同じ黒い大剣を担ぎあげた。

「アンタさ~……見覚えあんなと思ったら……魔導連の公太子だよな~……?あ~あ、貧乏くじ引いたぜ~……」

「わ……、私に刃を向けたとあれば、親父……じゃなくて、父上たちもアトリウムとの関係を考えざるを得なくなるぞ」

「はは……だから大人しく負けろってぇ~……?っつってもさ~……魔導連の権力ってアンタら公族の一枚岩じゃねえだろ~……?あんま怖くなかったりしてな~……」

「うぐ。け、けど、あんたクビにするくらいは出来るぜ」

「だとしても……だ。ここで退く理由にはなんね~っつ~かさ……セレスティニーアってさ~……あの宮廷魔術師の兄ちゃんとか……人狼のスパイが居んだろ……どっちも面白ぇ術だよなァ…………。だから、アンタにも期待してるぜ」

 耳を寄せると、結界の中からそんな会話が漏れ聞こえてきた。すぐそばに居て、姿も確認できるのに、二人は完全に隔絶された空間に居るみたいだ。


『では——始めッ!!』


 桜の木々が見守る中――ハオさんの鋭い合図で、夜風と共に、二人の剣士が駆け出した。






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・色々とスケジュールに無理が来て自主的に休んでましたが、まあ、読んでいただければ色々察して頂けるかと思います。


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