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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
194/265

レディ・ガイ・1

 



 ――「ふっ、ふ、ふ、風呂ォ!?!?!?」


 町にオリヴィエの絶叫が木霊した。

 真緑の糸引く粘液を拭いながら、私はその叫びに答える。

「何よ、庶民とは入りたくない?」

「し、しし、庶民とか以前にっ……!!は……裸になるんだぞっ!?オオオオレに見られても良いのかっ!?」

 今この場に居る全員――私、オリヴィエ、マーニくん、ディエゴくん、一人の例外無く全身頭のてっぺんから爪先までべっちょぐちょに汚れているのだ。

 纏っている衣服は魔法で洗浄できるとしても、この不快感を消し去るのに取れる手段はそう多くはないと思うんですが。どうにもオリヴィエはさっきからゴネまくっている。

「良いも何も……女同士じゃない。あ、それとも何ぃー?自分がスタイルいいからって、私が気後れするとでも思ったー?」

「違う、違くて……!!あーもう……っ!!」

「嫌なら無理して一緒に来なくてもいいけど……」

 いいけどそのまま隣を歩くのだけは絶対にやめてほしい、と付け足すと、流石のオリヴィエもたじろいだようで、頭を抱えて蹲ってしまった。恥ずかしさと衛生を天秤にかけたら、圧倒的に後者でしょうが。

「う、いや、でも……」

「もーメンドクサイな。どうせ今のキミはザラちゃんと入るしかないんだから。観念しなって」

 ただでさえ気持ち悪い状態で立往生されて、既にイラつき始めているマーニくんが割って入った。

「そ、そもそも人と風呂なんて入ったことない……!!」

「わあ、さすが公女様……じゃー私が初のお風呂メイトだね!行こ行こ」

「何ソレ」

 そういう事なら、このザラちゃん様が公女殿下に庶民の浴場の何たるかを教授してあげようじゃないの。

 未だ決心の固まらないオリヴィエの腕を無理矢理に引いて、マーニくんと並び歩こうとして……私ははたと気が付いた。

「ていうか、マーニくんってどっち入るの?」

「最近はボクみたいな両性具有とか、半陰陽とか、性別を持ってない種族の為に、“第三の湯”があるんだ。ボクはそっちに行く」

「そ、そっか……」

 本人に失礼かもしれないから敢えて言葉にはしなかったものの、実はちょっと安心した。

 マーニくん、両性具有ってことは……その、上は美少女でも……ねえ……流石に、裸を見たらちょっとびっくりするかもしれないから……。と私が頬を引きつらせていると、マーニくんにしっかり抓られた。ごめんなさい……。

 しかし、安堵した私とは対照的に、ディエゴくんは粘液塗れの肩をがっくりと落とした。

「そうなんかぁ……」

「何でしょげてんだよ、気色悪いな」

「だってな~、マーニと裸の付き合いしたいやんか~……」

「アホか。お前がボクの身体を見て動揺しなくても、他の客はそうもいかないんだよ」

「え~……ほなら混浴行こうや~」

「……確かに!お前、たまにはいいこと言うじゃん!」

「マーニもたまには褒めてくれんねんな~」

「ウザ……」

 わざと気持ち悪そうに舌を出して嫌がる素振りは見せるものの、どこか嬉しそうなマーニくんだった。この二人の絆は相変わらずのようだ。マーニくんの偽悪的な部分も笑顔で流せるディエゴくんはも、なかなかの大物だと思う。

「仲良いねぇ、君たち」

「まあね」

「そやな~」

 私の感想も、マーニくんとディエゴくんにかかれば、得意げに笑うだけで、冷やかしにすらならないらしい。

 そんな二人の仲を見せつけられたオリヴィエが、ばつが悪そうに私に耳打ちした。

「あ、あの二人ってその……こ、恋人だったのか……?」

「いや。友愛が行き過ぎてるだけ」

 別にそんなハラハラしなくてもいいのよ。見ちゃいけないもんでもないし。

 さて、全員の意志が決定したことだし、さっさとお風呂で汚れを綺麗さっぱり落として、清い身体で家に帰るとしましょうかね。

 私達四人は、温泉街で最も安くポピュラーな大衆浴場・『龍の庵 天眼町支店』を目指して、緑の雫を撒き散らしながら、町の通りを進み抜けた。




 ……で。そもそも何でこんなことになったかと言うと。




 ――職業体験も終盤に差し掛かろうという時期。


 私とオリヴィエは――ヘルメスさんがよく食べるカエルのオリーブ漬けを買い付けに、天眼町にやって来ていた。

 ……ウン。終盤。来週で終わるというのに。未だにやる事は雇い主のおやつのお遣い。珍しく直々に頼まれたと思ったらコレだよ。ちなみにヒエンはお留守番中。

 天眼町はヘルメス魔法学校の校舎があるエメラルド・カレッジ・タウンから列車に乗って二駅の場所で、ヘルメスの学生寮があることでもお馴染みだ。

 かつて宝石人が収めていたという、観光地としてもちょっと有名なこの街は、今なお貴重な採掘場であることを誇示するように、あらゆる建物や道路に色とりどりの宝石が散りばめられていて、まるで宝箱の底を歩いているような気分になる。

 鉱石の加工品意外に、この街でしか採れない顔料で染められた織物やインクが名産品で、お土産としても定番である。……つまり、それだけメジャーで、人通りも多い。学生にとっては安全な街かもね。

「マーニくん、ここで働いてたんだ」

「やんなっちゃうよ。ボクくらいの成績なら、試験なんかいちいちやらなくたっていいじゃんねぇ」

 そして、お馴染みの街なので、顔なじみも居る。

 ヘルメスさんから預かったメモを頼りに通りを歩き、記された店名のキッチンカーを探し当てると、その窓口では私と同じく進級試験真っ最中のマーニくんが出迎えてくれた。しょっちゅジークと一緒だから忘れがちだけど、実は同級生なのよね。

 どうやら魔ここは物を中心とした、ゲテモノ専門の軽食屋さんらしい。

 マーニくんの後ろから覗く水槽で、真っ青な三つ頭に足つきの蛇が泳いでるところが、まあ、何とも、彼(彼女)に相応しいというか。ちゃんと適材適所なんだなと思わせてくれる。

 私はヘルメスさんに託された瓶に、オリーブオイルでテカテカになったカエルが次々と詰め込まれていくのを眺めていた。

「錬金術の実技、いつも一位だもんね」

「まあねー、師匠に稽古つけてもらってるし……ゴメンゴメン、怖いカオしないで、謝るから」

「こわいかお?してないよね?」

「してただろ……アンタでも怒ることあるんだな」

 し て な い よ ね 。

 ジークのことが話題に出ただけなんだから。

 私が嫉妬する理由も無いでしょうが、の意を込めて隣のオリヴィエを威圧すると、呆れたような反応が返ってきた。

 そんな彼女が目についたのか、マーニくんは身を乗り出して、オリヴィエの顔をまじまじと観察した。

「このコは?」

「研修先の先輩で、オリヴィエっていうの」

「……ども」

「ふうん…………へえ…………」

「な、なんだよ。ジロジロ見んなよ」

 たじろぐオリヴィエをよそに、マーニくんは上から下まで、じっくりオリヴィエの肢体を目線で改めると、納得したように引っ込んでいった。

「ボクはマーニ=ウルスラグナ。ザラちゃんと同じヘルメスで錬金術を専攻してる」

 マーニくくんが何か、悪い企みでも思いついたかのようにニヤついている。女の子を舐めるように見るだけでもセクハラなのに、こいつ……。

 オリヴィエも同じ気味悪さを覚えたのか、いつもより更にぶっきらぼうにマーニくんをあしらっていた。

「あっそ……錬金術師が、キッチンカーで何するんだよ」

「それ、最初はボクも思ったくらいだよ」

 マーニくんは最後のカエルのお尻をぎゅっと瓶の口に詰め込むと、空いた手で頭上の看板を指差した。

「よく見て。ここの店名。“キメラ&フィッシュ&チップス”。つまり、錬金術で創った魔物や動植物の合成獣(キメラ)を料理として出す場所なの。それより、オリヴィエちゃんだっけ?キミの身体にすごく興味があるんだけど」

 一仕事終えた錬金術師は、今度はその興味関心を商品(しごと)から研究対象(しゅみ)へと移し始めた。

 両手の指をわきわきと忙しなく動かして、今にもオリヴィエをキッチンカーの中へ引きずり込もうとしている。

「うわっ、や、やめろ!触んなっ!」

「ねえちょっと……一目、脱ぐだけでいいからさ……!」

「ダメだよマーニくん、セクハラセクハラ!!君一応男の子でもあるでしょ!?」

「でも同時に同性でもあるから大丈夫、何もしないよ……ただ興味があるだけなんだよ……」

「なんなのその執着……!?もう女だから良いとかって話でもないわ、オリヴィエ、私の後ろに隠れて!」

「お、男でもある……??」

 怯えるオリヴィエを庇って、マーニくんとの間に立ちはだかり、暫く睨み合っていると、どこからともなく、この変態錬金術師を何とかしてくれそうな救世主が現れた。

「来たで〜なんや儲かっとんな~」

「ディエゴ。随分早いじゃん」

「いや~なんやかんや言うて、おれもしっかりここの味のファンになってもうたわ~」

 マーニくんの親友であり、私の学友でもある龍人族のディエゴくんが、何も知らない無邪気な笑顔を振り撒いて、機嫌よくマーニくんの注意を引き受けた。

 私とオリヴィエは、ほっと一息。良かったね、何かしらの実験対象にならなくて……。

「ディエゴくん、久しぶり」

「ザラさんもご無沙汰しとります~」

「一年生も進級試験の時期だよね?もう終わるんだっけ?」

「いや~ま~なんちゅうか、オレもこう見えて特待生やでな~。ちょちょっと作文だけ提出して、あとは暇さしてもろてますねん」

「な……」

 こっちも忘れがちだけど実はディエゴくんは一学年下だったり。

 それでもこの忙しい時期にもいつもと全く変わらないユル~い笑顔を浮かべる程の余裕があるなんて。

 うっ。そうか。

 ジーク組は変態だらけの集まりだけど実情は有能な生徒の集まりでもあるんだった。補って余りあるほどの曲者揃い過ぎて失念しがち。

 ……逆に私の周りは問題児ばかりでは。そんな、私はこんなにまともで普通の生徒なのに。

「じ……じゃあ、このお店にもよく来るのね?」

「毎日通ってんで」

「毎日……」

「マーニの顔見たいやんか~」

「気持ち悪いんだよオマエはっ」

 ちょっとこのままだと私が色々とダメージを受けそうなので話を逸らしたらそれはそれでノロケられたし。何なんだ。

「お。ちゅうか、なんや知らん子ぉが居てはるやん。えらい別嬪さんやなぁ。ザラさんのお友達ですのん?」

「うん。研修先の先輩のオリヴィエ」

「おれはディエゴいいます、よろしゅう。……そないに警戒しやんでもええのにぃ~」

「あんたもヘルメスの生徒か」

「そやけども。なんや~、おれ、まだ何もしてへんやんか~」

 物怖じせず飄々と声を掛けるディエゴくんに、オリヴィエは露骨なまでに嫌悪を示して、今までよりも更に深く私の背に隠れようとしていた。

「ちょうど今、マーニくんにセクハラされてたところなの」

「も~、あかんよ~。すんまへん、悪い子ぉですねん。あとでおれからもよう言うておきますわぁ。堪忍な」

「お前はボクの何なんだよ!」

「親友兼保護者どす~」

 ディエゴくんに注意されたマーニくんは、唇を尖らせて反論しつつも、常連客に対して慣れた手つきで料理を用意し始めていた。

「いつものイールパイでいいんだろ?」

「頼むわ~。ザラさんもどない?キメラ食。思てたより悪ないんやで~」

 気楽に勧めてくるけどね。たった今、目の前でマーニくんに首を絞められて絶命したヌメヌメドロドロの顔無しトカゲもどきがそれだと言うのならちょっと遠慮したい気持ちがある。隣を見るとオリヴィエも同じように引いてた。

「キ、キメラかあ~……」

「魔物とカエルは食えてキメラはダメなのかよ」

「ちょ……っと倫理的なブレーキがね~……働くよね……」

「……まあ、オレも。無理かも」

 調理の風景をあまり直視しないように、キッチンカーから少し離れた場所で、瓶詰を確認し、荷物を仕分けることにした。

 その間に、私たちと入れ替わりでカウンターに寄りかかったディエゴくんと仕事中のマーニくんは、軽快に談笑を始めていた。

 それをやや遠目に見つめていたオリヴィエが、お遣いのメモを握ったままぽつりと漏らした。

「なんか……学校って、楽しそうだな……」

 私はその言葉にはっとした。

「あれ?オリヴィエは学校行ってるんだっけ?」

「あんまり。一応、籍は入ってる筈なんだけど、忙しくて殆ど行けてないや」

 うーん、そっか。平民の私達は何の気兼ねもなく学校に通えているけど、オリヴィエのような立場の人だと、同じ子供でも周囲を取り巻く環境はがらりと違うんだろう。こうして同年代の友達同士で放課後に買い食い……とか、あんまり当たり前じゃないかもしれないな。

 そういえば、この二週間ちょっとで、オリヴィエから友達の話題が出たことも殆ど無い。

「そうなんだ……じゃあ、勉強はやっぱり、家庭教師みたいな人に見てもらってるの?」

「うん。宮廷魔術師が居るから。胡散臭いし、ユルいし、変なヤツだけど。一応セレスティニーアでは一番の魔導士だからって、面倒見てもらってる。ババアのとこに通えっていうのも、その宮廷魔術師の提案」

「へえ……。学校、割と楽しいよ。たまには公女さまのお仕事休んで、同級生に会いに行ってみなよ」

「今更……もう誰もオレの顔なんて覚えてねーよ。それに……」

 少し切なそうな表情を見せたと思った次の瞬間、オリヴィエは何か大きな恐怖に耐えるようにぎりりと歯を食い縛った。

「制服なんだぜ……!?しかも男はスラックス、女はスカート。それ以外の選択肢ナシ」

「うわきっつ。ブラック校則じゃん」

 今時そんなのが罷り通るんですか。私なんか、ヘルメスの“最低限学生らしい格好をするように”っていうルールすら若干窮屈に感じる時があるのに。制服なんて街中で目立ちそうだし、ヤダなあ。あ。でも可愛いヤツだったらちょっとくらいはいいかな。

「絶っっっ対にヤダ……」

「そんなにイヤなの~?似合いそうなのに」

「似合うからイヤなんだっ!」

 なるほど。美人には美人の悩みがあるのかしらね。

 ご近所レベルの美少女である私ですらジークとかいうとんでもないスケールのストーカーに付き纏われているんだ、オリヴィエほどの麗人、更に公族ともなれば、ストーカーどころかあからさまなセクハラや、それこそ身の危険に曝されることも大げさじゃなく身近に感じるんだろう。確かにそれは問題だ。気楽に外も歩けやしない。

「でも、オリヴィエが学校に居たら面白そう。ビビアンとかロザリーも紹介してあげたいし」

「……考えとく」

 何を考えとくつもりだ。職業体験が終わっても普通の友達として遊んでみたいけど、公女様だし、ダメかもなぁ。

 これもあまり当然と思わずに、オリヴィエと共に過ごす時間も貴重なものだと思って、大切にしたほうがいいかもな。

 ――荷物を纏めつつそういうことを考えようにも、どうしても向こうで焼きたてのパイのようなタコスのような、とにかくほくほくと豊かに湯気を纏った小麦の軽食を嬉しそうに目を細めながら、一口一口丁寧に齧りつくディエゴくんが目についてしゃーない。

 随分美味しそうに食べるなぁーーー……。

 うう。(イール)ってことは白身魚よね。それにほうれん草とチーズだとう。こっちまで良い匂いが漂ってくるじゃないの。じゅるり。

 ……気が付くと私は、無意識の内にキッチンカーの前まで戻り、注文を終えていた。

「私もディエゴくんと同じの食べようかな」

「お。いいよ、今焼いてあげる」

 マーニくんも快く引き受けてくれて、私がお財布を出すよりも早く、不気味な影の浮かぶ水槽に向かって踵を返した。

 そして、その中の一匹……先ほどと同じ顔無しトカゲっぽい生物を掴み上げてまな板に叩きつけ、エラの横あたりから指を突き立てると、緑色のボリューミーな粘液が泡立ちながら一斉に溢れだしていた。おかしいな、もう食欲無くなってきた。

 顔無しトカゲを捌き終えたマーニくんはそのまま調理を続けるのかと思いきや、車内の奥にある台で、見覚えのある作業をしていた。

 マーニくんの手元で、並べられた食材たちが発光している。私がそれをああ、錬金術の反応だと理解するのにそう時間はかからなかった。うわ、じゃあ注文入る度にこれやってんの。結構過酷では……。

「こいつは魔物だけど、適当な白身魚と合成するとめちゃくちゃウマいんだ」

「きっっしょ…………」

 食べたいっつったのは私だけども。思わず本音が出てしまった。

 好奇心の赴くままにマーニくんの作業を見守ること暫く。

 何か、私が想像していたのとは違う、魔法による衝撃が走った。あまり調理場から聞こえてきて良い音はしなかった。そうね、ちょうどオーブンひとつ吹き飛んだくらいの爆発音。

 突発的な事故に呆然としていると、間もなく、黒々とした煙幕の中から、アフロ頭のマーニくんが、黒々とした器を持って現れた。

「……アレ?マーニくん。どしたの、その頭…………」

「ホンット、キミって居るだけでトラブル起こしてくれるよね」

「え……」

 アフロ頭の放つ低い恨み節と同時に突き出される、煮えたぎる暗黒物質(コールタール)

「ギャーーーーーッッッ!!!!!」

 次の瞬間、()()()()()()()()()()が辺り一面に広がった。1カメ。2カメ。3カメ。

 熱し封じられていた顔無しウナギの魔物の内臓が、噴火のような勢いで天目掛けて咲き乱れる。

 質量のある緑色の雨が、重力に従って頭上から容赦なく降りつけた。大人の手に思いっきり叩かれたくらいの痛さで、見る見るうちに髪や衣服が鮮やかに染め上げられていく。最悪だ。

 丁度その場に居合わせた私とオリヴィエとマーニくんとディエゴくん、しっかり四人分を不快の汚泥の底に落とし終えたところで、鰻の内臓シャワーは虹を描きながら宙に霧散していった。

「え~~~ん……なんでこんなことにぃ~~~…………」

 久々に、最悪以外の感情を失った。最初の一撃が顔に激突したせいで、瞼に粘液がこびりついて目がなかなか開けられなかった。

 よくないと分かっていつつも、血で血を洗うような気持ちでグチャグチャの袖で顔を無理矢理に拭うと、マーニくんが憤怒の形相を浮かべていた。

「ボクが聞きたいくらいだよ!どうしてレシピ通りに錬成したのに突然魔力が暴走するんだ!!」

「……私のせいですね」

「めっちゃ最悪やね」

「…………」

 ディエゴくんににこやかに言われると結構しっかり傷つくな。

 オリヴィエに至ってはあまりの出来事に絶句している。

 そう。私が存在する=事故る。その場で最も有り得ない確率を引き当てるアンリミテッドの魔力にかかれば、ウナギ魔物の内臓を浴びることだってお茶の子さいさいですわ。死なすぞ。

 なんかしかも臭い、泥臭い。土臭い。青臭さの中に確かな埃っぽさがある。最悪としか言いようがない。

「てゆか、前も爆発してなかった……?」

「しとった。オレ、カエルの内臓被った記憶あるわ。ものっそい鮮明やもの」

 そうじゃん。この二人に初めて会ったときじゃんしかも。それは。あれはバカ魔族のせいでしたけども。なんか持ってるのは彼等のほうでしょ。カエルにも縁があるし。

 ねえ、だから、私一人を悪者にするのは止めようよ。

 あまりに汚れすぎてタオルでどうこうなるレベルを越えてる。

 一分一秒でも荒そう暇があるならとにかく早くお風呂に入りたい。

 今の爆発で近くを歩いていた人や、ベンチで休んでいた人が続々とキッチンカーから遠ざかって行っている。そりゃこんな目に良さそうな色のスライム滴るお店お断り甚だしいわな。すいません。本当に。掃除しようにもこんな状態で動き回ったら本末転倒もいいとこすぎる。

「そういえば近くに大衆浴場があるよ」

「是非行きたいです……」

 ――という訳で、私たちはマーニくんの提案に一も二も無く諸手を挙げて賛成の意を示し、そのまま彼の案内に従って、大衆浴場のある坂上の商店街に向かって、街中を糸を引きながらえっちらおっちらと行軍する羽目になったのであった。

 ……約一名を除いて。





 

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