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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
191/265

スワロウテイル

 



 飛行船の町の地下に居を構えるヘルメス・イグナレンス・パプリカシオ・ロッテンダール・コワズスキー三世ちゃんの魔法屋、“飛ぶ星の魔女工房”。

 私の職業体験も二週間が過ぎて、ここでの仕事にもだいぶ慣れてきたと思う。

 今日も忙しいヘルメスさんに代わって、オリヴィエと共に店番を勤めている。

 店を開けるや否や飛び込んできた羊獣人のマダムを迎え入れて、店の奥の応接間に案内する。

 私がお茶を用意するあいだにも、ずうっと暗い顔でハンカチを握りしめていたご婦人は、私とオリヴィエ二人の顔を交互に窺うと、神妙に口を開いた。

「夫の浮気を調査してほしいんです」

「はあ……」

 こういう依頼にも面喰わなくなった。

「ええと、私たちじゃちょっと対応しきれないと思うんですけど……一応、カエル型の盗聴紋がありまして、それならお貸しできるかと……」

「お願いします!貸してください!お金ならいくらでも払いますから!!」

「い、いえ、定価がありますので……」

「あの人これで三回目なんです、でも前回もその前も、決定的な証拠を見つけられず、弁護士にも見放されて、私は精神病棟にまで送られかけたんです……!これ以上我慢できない……!絶対にあの人を社会的に抹殺してやるわ……!!」

 婦人、どんどんヒートアップして今にも咥えたハンカチを食い破りそうな勢いである。

「離婚調停の前に刃傷沙汰になりそうだな……」

「殺意抑える魔法薬、お出ししましょうか……?」

 怒れる顧客にカエル型の盗聴紋、写した化粧品のブランドと型番を特定する魔導小型カメラ、衣服についた匂いから一日に接触した人間の種族が分かる魔術が記された魔導書(スクロール)、喫茶店内で被ったときだけ透明になれるローブなどを提出すると、結構な高額にも関わらず、発言通りにご婦人はきっちり代金を払って、意気揚々と工房(みせ)を去って行った。殺意のほうは取り敢えずそのままにしておくそうだ。大丈夫かな。

 ていうかヘルメスさんのこの工房、マジで何でも置いてあるんだよね。しかも何でそんなピンポイントな……って物ばかり……。

 私としては、そういう変なものこそ、正しく渡るべき人のもとに渡る手伝いが出来ていいんだけどさ。コスメのブランドと型番特定て。

 いやでもヘルメスさんなら趣味で創りそうではあるか……言葉遣いとテンションはレトロライクだけど、何気に若いメイクしてんのよねあの人……しかもマニアックな海外のコスメからプチプラ、年代物の限定モデルまで幅広く蒐集・使用しているみたいだし、あれはコスメオタクね。今度スキンケアについても聞いてみたいところだ。カエルのパックとか言われたらどうしよう。

 そして息つく間もなく、次のお客さんが地下に続く階段を降りてやって来る。今度は作業着に身を包んだドワーフの男性が、到着するなりカウンターに乗り出した。

「あそこの工房の魔法窯を爆破してくれ」

 どうやら通りを挟んだお向かいさんとのトラブルだそうで、鼻息を荒くした男性は、興奮のままにテーブルをどんと叩く。

「爆破だ、爆破!!!!」

「すいませんそれはちょっと出来かねます……!」

「商売敵なんだよ!あの工房の魔導士、裏で町のケツモチとは違うスジの海外魔導マフィアから最新の魔道具を密輸入して、違法な魔法薬やアイテムを高額で売買してるんだ!あんな奴等にいつまでも居座られてちゃ、こっちの商売上がったりだ!」

 ああうう。これもモビーディックに来てからよく聞く話題だわね。

 少なくとも私が通っているような場所は穏やかなものなんだけど、町の性質上、利権の問題がややこしいとかで。裏のほうでは静か~な抗争が続いているとか、いないとか。

「治安にも影響しそうだな。まずアンタに護衛つけるのが先じゃないか?」

「意外とまともな意見出すね……」

「町に関わることだし、バ……ヘルメスに相談しておくよ」

 この手の話題に疎い私に代わって、オリヴィエが毅然とした態度で、私を守るように一歩前に進み出た。

 さすがにこの頃にもなってくると気難しい相棒の性格もよく分かってきて、オリヴィエはすぐ怒るしぶっきらぼうで思ったことを何でも言う毒舌家だけど、与えられた職務やそれに関する人々に対しては至極真面目で真摯であるという一面が垣間見えた。まあ、ほんと、第一印象と同じで、所謂ツンデレね。

「モビーディックも昔はこんな町じゃなかったのになぁ……ちくしょぉ……」

「時代で変わるものもあるだろ。嫌なら出てきゃいい。身の危険があるなら尚更だ」

「そうか……そうかもな。俺ももう歳だし、いい加減母ちゃんとこ戻って安心させてやんねえとなぁ……」

「まあ、どっちみちヘルメスに話通してからだ。早まって変な真似するなよな、オッサン」

 そんな風に、彼女なりの言葉で職人のおじ様を慰めると、国外の魔法に対して警告音を鳴らすというこれまた特殊な状況下でしか活躍しなさそうな、だけど今回にはうってつけの魔導具を手渡して、帰っていく背を見送った。

「やっぱり、優しいよね。オリヴィエって」

「ウルサイ。優しくない。あんなむさ苦しいオッサンにいつまでも居座られてたらこっちが迷惑だから追い返しただけだ」

「うんうん。確かにそうかもね~」

「おい、何ニヤニヤしてんだよ」

「ええ~?今日そういうメイクなの~」

「テキトー言うなっ。いっつも同じ寝起きみたいなカオのクセに」

「あら、いつも見てくれてるの?」

「イヤでも顔合わせてんだろーが!」

 と、オリヴィエと押収を繰り返すのも日常になってきた。まあ、プリプリしてるオリヴィエを私がからかってるような構図だけど、これはこれで私たちのコミニュケーションだと思うわ。

 なんか年下の男の子と話してるみたいでカワイイのよね、オリヴィエ。




.

.

.




「わたしの代わりにね、ピーちゃんにごはんをあげてほしいの」

 お昼前、ようやく客足が途絶えたかと思った瞬間に、一人の小さなレディ――町でもよく見かける、メリアちゃんがやって来た。

 町の外れにあるお屋敷の一人娘で、ヘルメスさんとも仲が良いので、たまに工房にも遊びに来ている。

 メリアちゃんは私達が居るカウンターに一生懸命背伸びをしていて、私は彼女と視線を合わせる為にカウンターを出た。私が屈んでやっと目が合うくらいのメリアちゃんは、ヒューマーの柔らかそうな頬を染めて、少し照れた様子で後ろで手を組んだ。

「ええと……お仕事の依頼、でいいのかな?」

「うん。さっきね、ヘルメスちゃんがいたからお話したらね、工房に“でし”がいるから、そっちにお願いしなさいって。おねえちゃんたちのことだったのね」

 ああ、もう弟子確定なんだ……。てのは置いておいて。

「お金のかわりにね、カエルリングあげたら、ヘルメスちゃんがいいよってゆったのよ」

「そっかそっか。詳しく聞いていいかな」

「えっとね……実は……」

 メリアちゃんが工房の外を気にするように辺りを見渡したので、私は耳打ちするように促した。

 子供の潜めた声に、ちょっとくすぐったさを覚える。

「あのね。パパとママにはないしょなんだけどね。わたしのお部屋のお庭に、ピーちゃんがいるの。それでね、いつもはわたしがこっそりごはんをあげてるんだけど……わたしね、これからエダちゃんのおうちに遊びにいくから、ピーちゃんにごはんあげる人がいないの」

「なるほど。それで私たちが必要なのね。分かった、ご飯は何をあげればいいの?」

「わたしのお部屋のベッドの下に隠してあるよ。いまはパパもママもおしごとだから、この鍵でおうちに入ってね」

「用意周到だな……」

 オリヴィエの驚嘆もわかる。この子から絶対にそのピーちゃんを隠しぬいて世話をしてみせるという強く固い意志を感じるもの。

 工房の主であるヘルメスさんも了承していることだ、私はメリアちゃんのお家の鍵を預かって、店を出る支度を始めた。

「じゃあ、オレは待ってるから。メリアの家は分かるだろ」

「だめよ。ひとりがピーちゃんにごはんをあげて、ひとりはまんがいちパパやママが帰ってこないかみはるやくがひつようなのよ」

「…………」

 カウンター越しに、メリアちゃんが鋭くオリヴィエを一瞥した。この子、将来大物になるわね。

「でも、工房空けるってワケにも……」

「ヘルメスちゃん、もうすぐ帰るって言ってたもん」

 顔を引きつらせるオリヴィエの肩にそっと手を添える。観念して一緒に行こうか、オリヴィエちゃん。私が無言で首を横に振ると、オリヴィエは諦めたように脱力して項垂れた。

「それじゃあ、よろしくおねがいします」

「はい。あとは任せて、楽しんできてね」

「楽しくないわ。エダちゃんとのおままごとは、戦いなのよ」

「そ、そう……じゃあ、ご武運をお祈りします……?」

 修羅場を覚悟したような戦士の面持ちで、メリアちゃんは工房の床下から排出される魔法機関の蒸気を背に、玄関口に向かって踵を返した。爆発を背負って歩き出すヒーローのようでもある。

 しかし、そのまま立ち去ると思われたメリアちゃんはふと思いついたように立ち止まって、私とオリヴィエを交互に見比べた。

「……おにいちゃんたち、つきあってるの?」

「はあ!?何言ってんだよ!?」

「えーと……この人、かっこいいけどおねえちゃんなんだよ」

「そうなの?ふうん……へんなの」

 そして無邪気な爆弾を落としたあと、今度こそ満足げに階段を昇って行った。

 はああ、と大きな溜息を吐いて再び項垂れているオリヴィエは――うーん、まあ、子供からしたら綺麗な男の人に見えなくもないのかもしれない。たまに本人にどっちか確認取ってる人も居るし。

 メリアちゃん、一人っ子らしいし、これくらいの年齢の男女が並んでいる事が珍しくて、対して密かに疑問だったんだろうな。ワンチャン、私が男だと思われた……り??

「その……気にしないでいいんじゃないかな。それくらい、オリヴィエが性別を超越した美しさを持ってるってことだよ。私も最初見たとき、中性的な美人だなって思ったし。カッコいいと思う!」

「別に……そっちはいんだよ」

「あ、えっと…私と恋人扱いとか、ヤだった?よね?まあでもホラ、子供の言うことだし。町のおばちゃんとかだって、男女が並んでたらすぐそういう関係だってからかってくるもんだし。お世辞じゃないけど、そういうもんでしょ」

「……あ、あんたは。怒った?」

 む。オリヴィエが顔を赤くするもんだから、私までちょっとつられて頬が熱くなってきちゃったじゃないの。

「怒らないよ~!!むしろそんなに仲が良さそうに見えたなら、いいことじゃない。チームワークが生まれてきた証拠だよ」

「ふーん……」

 てっきり、オリヴィエのことだから庶民と同列扱いなんてふざけんなーとか言い出すと思ったんだけど。なんか満更でもないみたいな雰囲気で唇尖らせてるな、それカワイイね。

 あれ、じゃあオリヴィエってもしかしてロザリーとかグレンと一緒?なのかな?一人称オレだし。

「あ、あんたってさ……その……か……、彼氏とかいんの……?」

「え?ごめん、聞き取れなかった。もう一回言ってもらえる?」

「っ何でもねーよ、バーカ!もういいから、行くぞ!」

「え~怒った~」

 すいませんね、こちとら普段から声のボリュームMAXの人々に囲まれているもんで、脳を保護するために聴力が大雑把に調整されてきちゃってるのよ。ほんとに。

 ぷりぷりむくれて大股で先を歩くオリヴィエに続いて、私は町はずれの屋敷を目指して出発した。




.

.

.




「私、気付いちゃったんだけどさ……ヘルメスさんの工房って、何でも屋?」

「今更かよ。気付くの遅いな」

 道中の世間話も、以前に比べたら増えた気がする。

 メリアちゃんのお家までは、町の賑わいから少し離れた森林街道を暫く歩いた場所にある。赤い屋根に白い壁のひと際大きいお屋敷で、町の中心からでもその姿が確認できるくらいだ。

 ほんと今更だけど、船のなかにこうして青々とした自然まで生い茂っているのが、改めて不思議だった。それを言ったら、天幕のなかに太陽と空まで再現されているのはもっともっとどうなってんだって話だけど。

 舗装された砂道も、脇に並ぶ木々も、緑のなかを吹き抜ける風も、その匂いも、全部本物としか思えない。どんな魔法を使ったらこんなことが出来るんだろう。

 お屋敷が近づいてくると、妙な緊張感が湧いてきた。そりゃそうだ、メリアちゃんの極秘ミッションだもの。彼女の真剣さを思い出せば、簡単なものじゃないことくらい分かる。

 確か、ピーちゃんは、メリアちゃんのお部屋の庭――ということだったので、一応外からもちょっと覗いて見ちゃったりして。でも、それらしい影は見当たらない。まあ、ほいほい歩いてたら問題か。

「ピーちゃんっていうからには、やっぱり鳥かな?」

「さあ」

「オリヴィエはペット飼ってる?私、家に動物居たことないんだよね~」

「黙って仕事できないのかよ、アンタ」

「そゆこと言う~」

 家の人間から鍵を預かってるんだから、なんら非合法ではない筈なんだけど。私たちは周囲を警戒しながら、まるでコソ泥のように、声量と姿勢を低くして玄関をくぐった。

 リビング、ダイニング、キッチンを抜けた先の更に長~~~い廊下の突き当りに、“メリア”と刻まれたパステルカラーのネームプレートが提げられた扉を発見。二人で固唾を呑んで、部屋に侵入した。

 ネームプレートと同じ淡い色調の家具が並ぶ一室は、まさに女の子の理想の部屋だった。

 机や椅子が小さくて可愛い~~~いいな~~~。私もこういうのが良かったな~~~流石お金持ちだな~~~とか考えながら、フリフリの天蓋付きベッドを眺めていると、そんな私を差し置いて、早速オリヴィエが屈みこんでベッドの下を覗いた。

 彼女が腕を伸ばして引っ張り出したのは、銀のプレートに伏せられたクロッシュだった。

 僅かに(クロッシュ)を開けてみると、隙間からお皿に乗ったサンドイッチとポタージュ、フルーツケーキまで確認できた。

「っつーか、この量だぜ。ゴリラか何かだろ」

「野生のゴリラかぁ……仲良くなれるかな」

「何で前向きなんだよ」

 オリヴィエの言う通り、ペットにあげるにしては随分豪華な献立だ。大型犬とかだったらちょっと怖いかも……いや、家に大型犬みたいなのが居るから平気か。

 何が出てきてもいいように覚悟を決め、メリアちゃんの部屋から見える庭のほうへ回り込む。

 屋敷の周りは綺麗に剪定された生垣や背の高い庭木に囲まれていて、家主のプライベートが完全に守られている形だ。

 動物を模したトピアリーや、色鮮やかなフラワーアーチに彩られた立派なガーデンに、思わず見入ってしまいそうになる。これは、趣味の世界だなぁ。

 メリアちゃんの部屋の前には一段と立派なシンボルツリーが根を生やしていて、そこにはお父さんが手作りしたのか、少し歪でペンキの剥げた、だけど微笑ましさの象徴のような木板のブランコが風に揺られていた。

 ピーちゃんもきっとこの辺りに隠れているのだろう。

 私は生垣の側にしゃがみ込んで、小声を出してみた。

「ピーちゃんさん、ご飯持ってきたよ」

 私の呼びかけに応えたのか、どこかで草葉の擦れ合うような音がした。

 それは――緑深い垣根の編みの中からではなく、頭上から降って聞こえたように思えた。

「――ああ。そこに置いてくれ」

「喋ったあああぁぁ!?!?!」

 いけない、咄嗟にオリヴィエに口を塞がれてようやく我に帰った。大声出したらメリアちゃんの綿密な計画が台無しになってしまうわね。

 びっっっくりした。ピーちゃん、まさか美声で返事するとは思わなかった。

 まあ……そうか。

 ヘルメスさんの工房にわざわざ依頼するくらいだ、普通の犬猫じゃないよね、そりゃそうだ。喋る幻想生物や魔動物が居たってなんらおかしくない。ただの私の想像不足だった。

「ん?メリアはどうしたんだ」

「えっと、私たちは代理で。メリアちゃんに頼まれて、あなたに食事を運んできたんですけど」

 どうやらブランコの木の上に居るらしいピーちゃんは、姿を見せず、枝葉の群れのなかからこちらを観察しているようだ。

 呑気にやり取りを交す私のそばで、オリヴィエが身じろぎした。

「この気配、魔物か……!?」

「ま……っ!?」

「魔物だと?失礼な。ぼくをあんな下等な存在と一緒にしないでくれ」

 オリヴィエの指摘に、ピーちゃんの声は露骨に不機嫌な色を湛えた。魔物であることは否定したけど、オリヴィエは間違いなくピーちゃんのほうを警戒している。

 ピーちゃんの言うことにも一理あるかもしれない。中には確かに人語を介す知能の高い個体も居るだろうけど、魔物はもっと、なんていうか――攻撃的だ。人間なんか見かけた途端に襲ってくる。

 少なくとも私が今まで遭遇した魔物という生物は、もっと理性を欠いた、生きる暴力みたいな存在だ。

 それに、人が暮らす場所には必ずと言っていいほど、魔物避けの結界や魔術が施されている筈だ。

 ここがヘルメスさんが創った町で、更にこんなお屋敷に住むともなれば、尚のことそんじょそこらの魔物がおいそれと入り込めるようなセキュリティーにしていないだろう。

 それに、メリアちゃんがおかしな催眠や洗脳を受けているようにも見えなかった。ピーちゃんは、今のところは安全だと思っていいんじゃないだろうか。

 寸の間、一触即発にもたれ込みそうなピリついた空気が流れていたけど、私はすぐにその必要が無いことに気が付いた。

 ピーちゃんが居るらしい枝の下で、赤黒く汚れた、ガーゼの切れ端がはためいた。

「……ねえ、あなた、怪我をしてるの?」

「ふん。だとしたら何だ。ぼくを捕まえて調伏隊にでも差し出すつもりか?出来るものならやってみろ」

「いや、そうじゃなくて。病院に行くなり、聖魔導ギルドに行くなりしないのかなって…」

「人間の医者になんか診せられるか。どうせぼくをこの身体から引き剥がそうとするだろう。それだけは御免だ。ここには敵も居ない、傷が癒えるまでメリアを利用させてもらうとするさ」

 いよいよピーちゃんと険悪になってきた気がする。

 なるほど、メリアちゃんがピーちゃんを保護するに至った経緯についてはなんとなく察しがついたけど……。

「コイツ、今利用ってハッキリ言ったぞ」

「うーん。放って置いていいのかなコレ……」

「ホントに魔物じゃないんだよな?子供に手ェ出すなよ」

「しつこいぞ、用が済んだのならさっさと行かないか」

 魔物じゃないにせよ、あまり善良な存在でも無いのかもしれない。

 でもヘルメスさんからは特に何も指示貰ってないし……いやでも指示が無いからといって何でもかんでもスルーするのも違うような……これが労働か……。

 などと現場の妙に頭を抱えていると、突然、ピーちゃんが木の上で大きく動いたのか、吊るされたブランコごとシンボルツリーが激しく震えた。

「おい、きみたち、あれは?」

「あれって?」

「町のほうだ、煙が上がってるじゃないか。人間が沢山走っている……火事だ!」

「ええっ!?」

 あれ、と言われても、私たちの場所からでは家の外の景色はまるで見えない。

「メリア……!!」

 もう一度大きく木を揺らして、とうとう、ピーちゃんが地面に降り立った。

 血の付いた包帯を靡かせながら、ひゅっ、という風を切る音の後に、芝生の上に着地する。

 ゆっくりと面を上げる姿は、ピーちゃんゴリラ説もあながち間違いじゃなくて。むしろそのもっと上っていうか。

 ――人間だった。

 西方風の民族衣装に身を包んだ人間の女の子が、お下げを揺らして、佇んでいた。

「モ゛ォッ…………!!!!???」

 そして、その相貌に、私は内臓ぜんぶ飛び出すかと思うくらい、驚愕を隠せなかった。

 ピーちゃんじゃないですけど全然。

 え?いやいやいや……どうなってんのこれ。どういう状況なんですか。

「メリアはどこに行くと言っていたんだ?」

「いやあの、あ、あなた、」

 その容姿に似つかわしくない厳しい佇まいで、ピーちゃんは私達に視線を飛ばした。

 けど、その質問に答える余裕ないっていうか、こっちの質問に答えてほしいっていうか。私は言葉を失って、ひたすらピーちゃんを上から下まで眺めることしか出来ないでいた。

「何だ、人の顔をジロジロ見て。不快極まる人間だな、きみは」

「失礼だろ」

「いや、だって、あ、あなた、ボロボロだけど、モニカでしょ!?私と同じヘルメスの学生の!!モニカ・キュリー!!行方不明になったって、先生たちも騒いでるのに……!!」

 ただでさえペットだと聞かされていたのに人間が出てきて驚いてるってのに。

 ピーちゃんと呼んで言葉を交していた少女は――私の友人で、ヘルメスの図書委員長を勤める――先日行方不明になったと聞かされたばかりの、モニカ・キュリーその人だった。

 なんだか装いも下着みたいなのに変わって、眼鏡もかけてないし、あんなにつやつやだった髪もバッサバサに荒れて、変な草咥えて、腰に剣まで差してるけど、友人の顔を間違えようもない。

 そうだ、よく考えれば声だって同じだ。喋り方がまるで違うから気付かなかった。でも、どこからどう見たって彼女はピーちゃんなんかじゃない、モニカだ。

「モニカ……。ああ、そうか、この身体の持ち主か。そういう手合いには初めて会ったよ」

 ピーちゃんことモニカは、他人事のように自分の身体を見下ろして言った。

「ぼくはヒエン。訳あって彼女の身体を借りている」

 モニカと同じ姿をした“何か”は、そう名乗った。

 ――別人だ。モニカなのに、モニカじゃない。

 喋り方も、表情の作り方も、姿勢も。それだけで、彼女の身体にとんでもない異変が起きていることは明白だった。

「借りてるって……!!じゃあ、返してよ!!私も、その子の家族だってすごく心配してるんだから……!!」

「そうはいかない。やっと手に入れた人間の身体だ。易々と手放すものか」

「あ、待って!!待ちなさいよ!!」

 “ヒエン”は私を睨みつけると、逃げるように、軽やかな身のこなしで庭木を飛び越えて、あっという間に屋敷の外へ脱走してしまった。

 ここで彼女を見失うわけにはいかない。せめて詳しい話を聞かないといけない。

「火事のことも気になる、行こう」

「あ~~~も~~~!!どうなってんのよ~~~!!」

 オリヴィエに促されて、私達も屋敷からの退去を急いだ。火事場泥棒が怖いから、ちゃあんと玄関の鍵も閉めてね。

 私たちが通ってきた街道にも、やがて、町からの黒い煙が漂ってきた。ハンカチを口元にあてがって、私たちは騒ぎの渦中へ駆けつけた。






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・・※時系列的には前回よりも前です。


・病院には普通の医師( といいつつ魔法に関するノウハウは多少なりともある)と療術士が両方居て保険が適用されますが、聖魔導ギルドでは保険が適用されません。その代わりに、高額ですが腕のある療術士にしか行えない魔物や呪いによる怪我・病気の治療や、短時間での施術が可能となっております。病院に行ってダメそうだと聖魔導ギルドに運ばれれるという感じですが、優劣がある訳ではありません。多分カミロとかが加護を与えているのは病院のほう。


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