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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
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ファニー・ヴァレンタイン




 聖ウァレンティヌスの日とはッ!

 つまるところ乙女達の戦の日であるッッッ!!!!


 ――それはまだ異種族間の自由恋愛が許されていなかった頃。

 辺境の教会で、禁断の恋に落ちたカップルを匿い、秘密裏に祝福し、生まれた子供をも守護し続けた続けた司祭がいた。それこそが、人間の恋愛を司る聖人、ウァレンティヌス。

 彼の命日は“ウァレンティヌスと共に愛する人との幸福を願う日”として――いつしか、特別な記念日になっていった。

 具体的には。

 好きな相手に想いを伝えたり。

 カップルが互いに甘いお菓子や花束を贈り合ったり。

 そういうことをして愛を深め合う、“愛の日”なのです。そりゃあもう世界中浮足立つわよ。

 もちろん、友達や家族に感謝しても良いんだけどさ。

 むしろ今までは私もそうしてきたんだけどさ。今年は勝手が違うっていうかさ。色々あるじゃん。

 だから。全然、こんなの便乗だから。私、そういうイベントごと大好きなだけだから。もう何かって言うとお祭り騒ぎしたくて堪らない年頃なんだよねみんなもあるでしょうそういうの決して別にそんなやましい事を考えているとかでなくたまたまそういう機会だから楽しまなきゃ損っていうかこういうのクールに見てるほうがイタくない?ねえ?その時その時百パーセントで生きていこうぜみたいな広義で見たら哲学の話をしてるんですよ私はわかりますか何か悪いんですか?悪くないですよね。私、健気でかわいいですよね。

 なので、ふーー……全然、気合とか入ってないし。見ててよ。今からちょっと戦の準備するから。




.

.

.




「あのさ、ジークって、自分以外の人から手作りのお菓子貰ったとして、嬉しいタイプ?」

 そう生き勇むな。まずは確かめねばならぬ事があろう。脳内の屈強なスイーツ戦士(アマゾネス)の声に従って、リサーチを開始する。

 私の質問に、喫茶店の向かい側の席でコーヒーを啜っていたジークが怪訝に眉を顰めたのを見て、私は固唾を呑んだ。

「――……」

 そして、珍しく視線を泳がせて次の言葉を探すように口をパクパク開閉させている。

「何なの?」

「……一体、何のテストだ?」

「はあ?聞いてるだけじゃん」

 思わず棘っぽい口調になってしまった。ジークがびくりと肩を跳ねさせる。

 そうか。いくらデリカシーをゴミ箱にダンクしてそのまま収集車ごと爆破したような男とはいえ、頭だけは妙に回る。

 きっと今は必死に、私の質問の真意を、意図を考察し、慎重に回答しようともがき喘いでいる真っ最中というところだろう。

「……し、正直に言っていいんだな」

「嘘吐く必要があるんだ?」

「どう答えても死にそうだな、俺……」

 ジークは意を決したように姿勢を直し、震える胸で深呼吸を繰り返し、訥々と語り始めた。

「……嬉しくは、無い。何故なら大半の生物が作るスイーツの出来は、俺の腕に遠く及ばない。俺が作った方が早い。そのまま捨てるのも勿体ないし、かと言って不味いものを進んで食べる趣味もない。端的に言って扱いに困る」

「ふむふむ」

「で、あれば。無理に手製のものを用意されるより。ある程度のクオリティと保存の面から言っても、市販の物で済ませるほうが無難じゃないか、その方が助かる、というのが本音だ。別にそれで想いの深さが変わる訳でもないだろう」

「なるほど」

 私は一言一句、詳細に脳内のメモに記録していく。料理が上手いとそういう悩みもあるものか。

 確かにジークが作るお菓子はそんじょそこらのお店よりずっと美味しい。だからこそ感じるもどかしさで、純粋に贈り物を味わえない弊害というものがあるのだろう。

 ムカつくけどそれは分かった。正直に言ったのは偉い。

「あと、純粋に中身が怖い」

「中身が怖い??」

 ふと、ジークが何かを思い出すような遠い瞳になった。ちょうどヒルダさんの話をするときのような。私じゃなくてどっか忌々しい記憶に向かって話し掛けている。

 中身って。ええと……お菓子って、お砂糖とバター以外に入れるものある……?

 あれかな、お祭りのときに食べるケーキに入ってる、おもちゃの指輪とかマスコットとかそういうやつ……?

「……食事には不適切な異物が混入されていたことが多々あり……それ以来受け取らないようにしている。手紙や贈り物も、なるべく断るようにしている。呪いがかけられている可能性があるからな」

「……異物って、何が入ってたの?」

「それだけは絶対に言えない。最悪、二度と飯が食えなくなる」

「あ、そう……」

 意外とトラウマの多い男である。ということは、私が今想像しているものよりも遥かに凄まじいものだったのだろう。

 今まで貰った相手も当然魔族だろうし、その辺の感覚ぶっ飛んでそうだもんな。他の全てを大雑把な感情で片づけてるのに、何で味覚だけは繊細に生まれちゃったんだろうね。そこがジークという存在の不幸でもある。

 ていうかそんなに言うほど貰ってんのか。いや、そうだよね。そういう前提で話進めてるけど。

 リューラさんとかにも貰ったのかと思うとめちゃくちゃイライラしてきた。やだな、ホルモン異常かしら。

 手紙やプレゼントに魔術がってのは、まあ、分からなくもないけど。気にする魔導士も多いもんね。よくそういう事故も聞くし。

「お前は、俺が作ったものなら何でも喜んでくれるよな」

「だって、下手なお店で食べるより断然美味しいもん。ジークの料理もお菓子も、食べると幸せ~って気分になるよ。ついつい食べ過ぎちゃうくらい」

「そうかそうか。またクッキー焼いてやろうな」

「うん!……何、父性溢れる目線注いでんのよ!!」

 ジークが何とも言えない生温い顔でこっちを見てくる。キモイ。あんたのせいでこっちは危うく服のサイズを上げなきゃいけなかったのよ。

 でも、そう言われれば。私、なんの警戒心も無くジークが作ったものをホイホイ容易く口にしてたけど、よく考えたら危険行為甚だしいわね。魔族ぞ。しかも曲がりなりにも私に惚れこんでる。平たく言ってもストーカーなのに。それこそ変なもん入ってんじゃないのって話なのに。

 ……って、まあ、ジークのこと少なからず知ってる人間だったら、そんなもん杞憂だってすぐ分かるけどね。何事も信用の問題だわね。

 しかし、そうですか。私はジークが注文したガトーショコラを見つめる。

 うん。ジークの食の好みは、大体何となく察しがついてる。甘いものを自分で食べるのも結構好きなタイプだ。そして気に入った人物に食べさせるのも好きだ。

「なんだ、食べたいのか?一口やるぞ、ほら」

「違いますけどぉ……でもせっかくだし貰っとく……」

 そのまま考え込んでたらなんかいらん勘違いをされた。けど。まあ。本人がそう言うなら。

「私のも一口食べていいよ」

「ふむ」

 なんか私がせびったみたいになるのも嫌だし。私はお皿をぐるりと回して、まだ手をつけていないショートケーキの端をジークのほうへ向けた。

 ジークは遠慮がちにナイフでケーキの欠片を切り出して、同じ分のガトーショコラと交換した。

「これも錬金術だな……愛の。」

「バカだねぇ……」

 しみじみと幸せを噛み締めるジークと、しみじみ呆れかえる私。こういう時間がたまらなく好きだ。

 絶対、ジークが調子に乗るから、あんまり口に出したくはないけど。




.

.

.




 さ、て。

 じゃあそのウァレンティヌスの日だけど。

 私はイベントごとが大好きで堪らないハッピーハッピーパーリーピーポーなので、当日、ジークに贈り物をしようと考えている。

 ……いや、別にジークだけじゃないけど。お母さんにもアルスにも友達にもあげるけど。

 何。その……『本命』……?でしたっけ……?私、よく知らないんですけど。全然ノリでやってますからね。細かいことわかんないんですけど(笑)。

 世間一般的には?なんか?その……なんでしたっけ……『本命』?には?お菓子をあげるのが?定番みたいな?全然ほんと興味ないんで調べた事も無いんですけど。

 この賢く美しいザラちゃんのリサーチによると、ワガママジーク君は手作りNGということなのでね。

 せっかくだし見た目が綺麗で美味しい……チョコとかケーキがあればいいなと思って、ホロロギオンの町までやって来たというのに。

 最寄り駅だとお母さんに見つかったりする可能性があるし学校の前だと友達に見つかる心配があるのでね、ここなら普通に買い物してた~で済ませられるから。じゃなくて。

「あ、あの。お菓子のコーナー……何も無いんですけど」

 駅前の食料品店の、空になった棚を指差して、店員さんに訊いてみる。

 いつもならここに、クッキーの缶とか、グミとかキャンディーの袋が山積みになってるのに。

「ああ~。何かね、どっか行っちゃったんだよね」

 エプロン姿の龍人のお兄さんが、今日になってもう何度もされた質問に答えるように、うんざりした表情で溜息を吐いた。ドッカイッチャッタッテナニ……?

「どっか行っちゃうものなんですか……?」

「ウチだけじゃないみたいだよ。お菓子類の商品だけ、一つ残らず行方不明。泥棒にしては妙な真似するよねー」

「……あの。パン屋さんとかケーキ屋さんも、ですか?」

「そ。ついでに喫茶店とレストランもね。一晩でこの町から甘いものが消えちゃった。全く、この書き入れ時に迷惑なことしてくれるよー」

 店員さんはやれやれと愚痴を零しながら、商品の木箱を抱えて店の奥に消えて行ってしまった。

 そんなバカな。売り切れを大げさに言ってるだけでしょ。

 私は龍人のお兄さん店員の言葉を信じず、少し歩いて、別の食料品店に足を運んだ。

 ここは外国から輸入した商品なんかも扱う、規模の大きいお店だ。流石にさっきみたいなことは無いだろう。

「ごめんなさい、うち、今日何も置いてないんです……!!どういう訳か、今日お店を開けた時から、お菓子だけが全部なくなっちゃってて……!!」

「……ウァレンティヌスの日に恨みを持つ偏執的な凶悪犯罪、とかですかね?」

「どうなんでしょ~……!!午前中に発注したぶんも、まだ全然届かなくて……ご不便をお掛けして申し訳ありません~!!」

 スプライト族の女性の店員さんが、私や、他のお客さんに対して必死に謝っている。

 全身を駆け巡る嫌な予感に脱力した肩から、鞄がずり落ちた。店員さんに向けた笑顔の端がひくつく。

 ここも先ほどと同じく、お店の奥に用意されている筈のお菓子の棚から、一切の商品が消えていた。塵一つ残ってない。それどころか、レジ前に並べてある試食用の飴の瓶すら空になっている始末だ。

 まずい。非常にまずい流れを感じる。

 私は速足で、今度は駅の裏側から少し離れた場所にあるパティスリーに向かった。何となく、私と同じ方向を目指して、並んで歩いている女性が増えている気がした。

 目的地には、既に人だかりが出来ていた。出遅れたか。

 焦る気持ちを抑えて、並み居る女性客の身体の隙間から何とか頭を出すと、どうしてみんながここで立ち竦んでいるのか、その理由が一目瞭然だった。

 ――“糖質泥棒出現につき本日の営業休止!! 店の菓子パクったカスへ 金はいいから感想教えろバカヤロー”。

 パティシエの怒りの殴り書きメモが、店の看板に掲載されていた。

 きっとここに居る人たちはみんな、私と同じく、町の食料品店の有様を見て、一縷の望みをかけてやって来た同志なのだろう。それがこのたった一枚のメモに心を折られ、絶望でただ呆然としている。私もその一人。

 どうしよう、と誰かが震えた声で漏らした。

 “どうしよう。あたし、料理ぜんぜんダメなのに。せっかくおいしいものあげようと思ってたのに”。

 誰かが力なくしゃがみ込んだ。

 “あの人、ここのが一番好きって言ってたから、喜んでほしかったのに”。

 その内、何人かが重い足取りで店の前から去って行った。泣いてる人も居た。

 しょうがないねって友達と笑いながら、だけど、不安そうに鞄の紐を握りしめている人も居た。

 残念そうな顔をした家族連れだって。疲れた顔と身体で、項垂れている男の人だって。

 私も踵を返す。

 まだ私は諦めてないぞ。駆けずり回って、ヒールが折れても、おいしいお菓子を見つけてやるぞ。






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