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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
183/265

“YES”は死へのパスワード・2




 魔法庁の職員を名乗って事情聴取にやって来たのは、何故かルリコのボーイフレンドだった。何故かっていうか、普通に魔法庁の役人だったらしい。あ、そうなんすか……。

 私達がバルバトス兄弟の処遇について相談すると、ルリコのボーイフレンド――褐色肌の美青年は、ヤツらの魔界強制送還を快諾してくれた。

 そして私は早速、銀行の電話を借りて、ジーク伝てでイスラくんに連絡を取った。

 以前、魔界の“門”で私がお母さんにお説教を食らったときのように人間界と繋がる回線を使用し、バルバトス兄弟を人間界で取り押さえた旨を報告すると、イスラくんは喜んで彼等の身柄を引き受けることに同意してくれた。

 同じ魔族を好きなように扱えるのが愉しくて仕方ないとかで、すぐさまイスラくんの部下?眷属?を名乗る魔族たちが合わせ鏡を使って現れると、間もなくバルバトス兄弟は闇の中へ引きずり込まれていった。

 ちなみにジークはこの後暇ならデートしようとか言ってきたけど、カーンさんがまだ話があるとのことでお断りさせてもらった。ごめんよ。

 銀行はというと、遅れてやって来た街の騎士団の働きによって、早くも平穏を取り戻しかけていた。

 ――とは言っても、怪我人は大勢居るし、相手は魔族だしで、とてもじゃないけど業務再開、とまではいかないみたいだ。

 まだたくさんの人々が聞き取りや治療を受けながら、疲れ切ったようにソファに座り込んでいる。

 そんな中でもまだお仕事が残っているという唯一の人物であるカーンさんから、私とルリコに提案があった。

「ルリコ、ザラ。せっかくだし見てけ」

「? 何を……ですか?」

「さっきの魔族どもが探してたお宝ってヤツさ」

 カーンさんはそう言うと、私達二人を引き摺るようにして、銀行の地下へと引っ張っていった。

「あ、あの、ちょっと、いいんですか?吸血鬼が管理するようなものを、一般人の、それも学生が、見学みたいなこと」

「いい、いい。こういう機会でもねえとお目にかかれねえぞ」

「そんな記念品の展示見に行くみたいな姿勢で本当に大丈夫ですか!?」

「実際そんなモンだって」

「カーン、私嫌よ、また変なことに巻き込むつもりじゃないでしょうね?」

「多分平気」

 口では反抗できても、カーンさんの怪力の前には成す術がなく、私たちは腕がすっぽ抜けそうになりながらも歩みを止めることが出来なかった。

 カーンさんの曖昧な返事に、もう嫌な予感しかしない。私とルリコは頷きあい、これから起きるであろうトラブルに身構えた。




.

.

.




 地下に進むと、壁一面をまるまる使った分厚い仕掛け扉に行く手を阻まれた。

「……先客が居るみたいだな」

「本当に、本当に大丈夫なんですよね?」

「うるせえなあ、何かあっても何とかするって」

「うう……どうして強い種族ってこうアバウトなの……」

「人間を過大評価しすぎてると思うの。脆いのよ、人間って」

 などと騒いでいるあいだにも、カーンさんは鍵のようなものを取り出して、扉に施された錠を解いていく。

 ハンドルを回し、歯車を回し、摘まみを回し。

 幾つかの工程を終えると、扉は待ってましたと言わんばかりに、それまで寡黙だった口を大きく開けて、私たちを歓迎した。

「あ」

「あ」

 扉の向こうに広がる青白い光の中に、見覚えのあるシルエットが浮かんだ。

 私はその長身と鎧姿にトラウマを刺激され、一目散に今来た道を引き返そうとして――

「待たぬか、小娘」

 まるでさっきの強盗どものように、容易く首根っこを捕まえられた。

 いやあ。だって。逃げ出したくもなりますよ。

「相変わらずお早いご到着で」

「貴様が上でもたついているからだ、吸血鬼。これではエルフも年老いてしまう」

「何、その長命ジョーク……ウケるわ……」

 カーンさんが呆れたように声を掛けたのは――いつか学校に来ていた、魔騎士団最強の精鋭・七魔将の二人。

 ええと確か……そう、長身のエルフ女性がフェオ=ルさん。それで全身鎧のお兄さんが、エルネストさん、だったっけ。

 あれ以来襲撃が無いからすっかり忘れてたけど、そういえば私、この人たちに追われている身だった。

 あ。そういえば、グリムヴェルトを捕まえに来た一団の中にも混じっていたような。

 私はフェオ=ルさんの杖に襟首を突っかけられたまま、愛想笑いを浮かべてみた。

「アンタさ~……ザラ・コペルニクスだよな~……?」

「ヒェッ、はははははい、ま、紛れもなくザラ・コペルニクスです、幼児化して逃げたことなんてない潔白のザラ・コペルニクスです」

「や~っぱあん時の……そうだったんか~……」

「な、なんのことやら……」

「せ~めて逃げ出しちゃダメっしょ……知らんぷり決め込んでかねーと……」

 ご尤もです。まるでさっきのルドラと従業員さんの会話。やっぱバレるよね、ですよね。この世の中いくらでも身体を変化させる魔法や薬があるんだから、後から考えたらアレ?おかしいな?って話になってくるよね。

 私は完全に蛇に睨まれた蛙の気持ちで、お二人からどんな制裁を加えられるのかと戦々恐々としていた。

 しかし、そこへカーンさんが割って入ってくれる。

「おい。何かしたのか、ザラ。そいつらに因縁付けられるって、相当だぞ」

「と、特に悪事を働いた記憶などは……ございませんが……」

「吸血鬼の息が掛かっていたとはな。全く、アンリミテッドというのは碌でもないな。事象選択の魔力など、災厄に等しいではないか」

「ご、ごめんなしゃい……」

 うええぇん。何か人格否定されてるよう。半べそ浮かべて平謝りする私を庇うように、ルリコも一歩進み出てくれた。

「ザラは悪くないのよ、カーン。ただ、少し前にこの人たちが……幻魔のことを調べている時に、無理矢理学校までやって来て」

「あー。大体察したわ」

「察せられちゃったよ……あーあ……普段の行いが悪いと損しかねーよなぁ……オレはやめよーって言ったのになー……」

「五月蠅いぞ、エルネスト」

「へいへい……更年期オババは怖いねー……」

 束の間、私を巡ってルリコ・カーン組VS七魔将が睨み合う。

 先に私を諦めたのはフェオ=ルさんのほうで、忌々しそうに鋭く溜息を吐くと、粗雑な仕草で私を解放した。ついでに私はバランス失って前転でスッ転んだ。うえぇん。

「まあ良い。幻魔に関する重要参考人が既に留置済みだ。これ以上、ただの女学生に(かかずらわ)っている暇など無い」

「悪ィ~な……あん時はさ~……オレらも全然情報無くて……なりふり構ってらんなくってさ~……」

 エーン。魔族並みに極端だな。とはいえここで無理矢理私を攫うような真似もしないし、以前だって子供の姿というだけであっさり引き返したような人たちだ、根本的には悪い人たちではないんだろう。

 ……悪くない人ついでに、ひとつ訊いてみようかな。

 私はスカートの埃を払い、不機嫌そうなフェオ=ルさんと眠そうなエルネストさんの横顔をちらと窺った。

 多分この人たちはいつもそうだろうから、今地雷を踏んでもあんまり変わらない気がする。こっちには最強のカーンさんも居ることだし。

 私は、魔騎士団に連行されて以来面会すら出来ていない因縁の相手について思い出していた。

「……あの、グリムヴェルトの様子はどうですか」

 ――クロムウェル・グリムヴェルト。

 幻魔を操り、私達と何度となく対立した未来の人造人間(ホムンクルス)

 ジークの錬金術によって人間の身体に造り変えられた彼は今、人間の法と社会のなかで罰を受けている。

 ネロ先輩曰く、関わっている人物や事象が特異なだけに、あまり大っぴらにもされず、関係者である私達も深く尋問されるような事も無かった。

 それこそ幻魔のように、一連の事件は証明のしようもない、“無かったこと”として扱われている。

 でも私は――私だけは、例え何があったって、グリムヴェルトを忘れる訳にはいかない。

 彼の名前が挙がると、フェオ=ルさんの眉間に深い皺が刻まれた。

「幻魔の生態については洗いざらい吐いて貰った所だ。しかし、それ以外は決して口を割らない。加えてあの人格だ、王都の騎士も手を焼いている」

「ああ……良かった。じゃあ、元気なんですね」

「どーかな……抵抗するつもりはあんまねー感じだから……死ぬまで牢屋の中に居るつもりかもな~……」

「……そうですか」

 騎士団を困らせている、ってところまでは予想通りだったけど。

 ああでも……あいつ、弱っちいからなぁ。今はプライドだけ守るのに必死で、逃げ出すような気力も無いのかも。魔法の檻の中で、膝を抱えて座り込んでいるグリムヴェルトの姿が容易に想像できる…。

 私が何かを言おうとしては口を閉じて言い淀む姿を見て何かを察したらしいフェオ=ルさんが、ふいに視線を合わせてきた。

「……ザラ・コペルニクス。お前にならば話すと思うか?」

「どうかな……私も大概、嫌われてるので。頭に血は昇るかもしれません」

「フン。つくづく役に立たん小娘だ」

 あうあう。それっきり私も七魔将の二人も、グリムヴェルトの話題を出す事は無かった。

 でも、これで分かったわ。

 会いに行けるかもしれない。あいつ、好きな食べ物とかあるかな。

「話はもういいかー?本題に入るぞ」

 カーンさんが手を叩いて、重くなった空気を改めた。地下に音がよく響く。

「取り合えず全員ちゃんと中に入れ、後ろ閉めっから」

 ぐいと背中を押される。そういえば。私たちは入口で何をやってたんでしょうか。

 カーンさんに押し込まれるまま部屋?倉庫?金庫?の中に足を踏み入れていく。

 全員が内部に収まったことを確認すると、宣言通り、カーンさんは開けたばかりの仕掛け扉を施錠して、私達を閉じ込めた。

 改めて周囲を見渡してみると――そこは、部屋というよりかは……。

「洞窟だ……」

「ここは特別製でな、妖精郷の泉と繋がってる。古代クラスの魔導書やら魔道具、聖遺物を保管するには持って来いの場所ってわけだ」

 妖精郷といえば……なんだっけ……。あー、そう、そう。ジャバウォックってドラゴンを封印している泉があるという。う、うん、多分、ルリコも頷いてるし。

 こほん。遠くから見えていた青白い光は、この、いち銀行の地下にしてはワイルドすぎる超自然的な洞窟の中を埋めつくす巨大な結晶たちが放つものだった。

 天井から吊るされたたった一つのランタンに照らされて、無数の結晶が乱反射し合い、眩しいくらいに輝いている。

 無理矢理に掘って作ったような天然の本棚には頑丈な鎖が巻きついた魔導書や、紙でぐるぐる巻きにされた何か、血塗れの小さな宝箱などが並んでいる。

 床も、よく見れば一部屋ぶんまるまる魔法陣になっている。全く見たことのない文字や紋章ばかりで、どういう効果なのか一切検討もつきません。

「俺が今日ここに来たのは、こいつを王都に移送する為だ」

 水晶の壁の中に、水槽のように埋め込まれているものがあった。

 中は液体でも満ちているのか、ふわふわ浮かんでいるそれに、カーンさんが手を伸ばす。途端、カーンさんの手元で、鋭い火花が散った。

「ちっ、相っ変わらずの魔力だな」

 カーンさんは火傷を負った手を払いながら、中央に据えられた石の台座の上に、それを横たえた。

 ……なんか私が天界で目覚めたときに寝てたやつに似てるな、と思ったのはナイショ。

「……これが、人魔大戦時代の武器、ですか?」

「ああ。八百年前、多くの亜人と魔物と、吸血鬼を屠った伝説の大刀だ」

 この場に居る全員が固唾を呑んだ。七魔将の二人でさえ、迂闊な言動をすまいとただ唇を結んで佇んでいる。

 恐らく獣人族か、オーガ族の成人男性をゆうに越えそうな程の全長。

 その三分の二ほどを占める真っ黒な刃は、まるで肉切り包丁のように幅があり、蠍の尾を思わせる緩やかな流線を描いている。

 深い紫を携えた魔石の意匠は、生き物の目のようにこちらの視線を捉えて離さない。

 巨大な刃を支える為の柄もまた重々しい黒の鋼で、多分私の手じゃ振り回すことは愚か握り込むことすら適わない。この武器を扱っていた人がいかに強大で強靭な肉体を持っていたかが分かる。

 八百年前の魔武器の迫力に、私とルリコは思わず手を握り合った。ともすればこれは、今にも動き出して、ここに居る全員を皆殺しにしてしまいそうな恐ろしさと、理不尽なくらいの荘厳さがある。

「――吸血鬼。この小娘共をどうするつもりだ。ヨミツラヌキの生贄にでもするのか?」

 珍重な雰囲気のなかで、フェオ=ルさんが苛立たしそうに吐いた。

「センスのねえ冗談だな。これだから田舎モンはよ」

「……」

「どーどー、フェオ=ル」

 仲良くしましょうよぉ。歯をぎりぎり噛みこむフェオ=ルさんをエルネストさんが宥めていた。

「何、ちょいと勉強させてやろうと思ってな。こいつらは色々と見込みがある。国宝のひとつやふたつ、見せてやったって良いだろ」

「……我等に対する牽制のつもりか。一般人の目など気にする魔騎士団ではない」

「ま、その辺はアンタらお得意の被害妄想で補完しといてくれて構わねえよ」

「フン。下劣な真似を……」

 実際私も疑問だったのですが。どうやらカーンさんは、私とルリコにこの光景を見せることに、社会見学以上の意味を見出しているようだ。

 ん?暗に人質ってこと??あと今さらっと国宝って言わなかった???

「まずはこいつの封印と接続を解かなきゃならんので……フェオ=ル、頼んだ」

「貴様に命令される覚えはない」

 そう言いつつも、フェオ=ルさんは台座に近づいて、大刀に向かって杖の先を向ける。

 杖で刀身に埋め込まれた魔石を少し小突くと、水面の波紋のような効果(エフェクト)が瞬いた。

 と、同時に、大刀そのものが吹雪のような冷たい冷気を吐き出した。その勢いに、私とルリコはお互いに身体を支え合う。

『……誰か……』

 その時だった。低い、男の人の声が、洞窟内に響き渡った。

『誰か、居るのか……?』

 カーンさんでも、エルネストさんのものでもない。苦悶で掠れた声の波長に合わせて、大刀の魔石が明滅する。

 間違いない、これは――この、武器の声だ。

 魔石を媒介にして、あの大刀に宿った魂が、こちらに語りかけてきている。

「……マージか。インテリジェンスソードなんて初めて見たぜ……」

「け、剣が喋った……!?」

「え……あ、うん、そっ、そうだね……ビックリだね!?」

 驚きを隠せないといった風のエルネストさんとルリコに一拍出遅れてしまった。

 いかんいかん、剣が喋るという事態に慣れ過ぎてしまっていた。そうだよね、普通、初見そうだわ。あぶねーわ。特殊な身内のせいで感覚が麻痺しすぎてた。

「そのような報告は受けていない」

 フェオ=ルさんがおまけみたいな感じで私のことも訝しんで睨んできます。そんな迫力満天の威圧にも、カーンさんは飄々とした態度だ。

「いきなり自我が芽生えることもあんじゃねーの。知らねーけど」

「吸血鬼である貴様がいい加減でどうする。もし魔法庁の規定に違反する魔道具であった場合は、我々に監査の権限が預けられる筈だ」

「とか言って、理由つけて英雄の武器を懐に納めたいだけなんじゃねえの」

「貴様こそその下らん妄想を手放すことだな。吸血鬼の浅ましい欲望で我等を量るでない」

「俺、一応あんたらより偉いんですけど……」

「アンタには階級はあるけどー……信頼は無いってこと。仕事内容も競合しちゃってるし……ふ〜……オレらの立場的にもな〜……」

 あーあーあー。大人たちが恥も外聞もなく揉め始めてしまった。私がルリコにどうしよう、と目で訴えると、彼女は慣れたように呆れかえっているばかりだった。

『俺、は……ここに……居る…………』

 再び大刀の魔石が閃く。

 カーンさん達は皆一様に耳を澄ませて、何やら片手間でメモを取ったり自前の魔導書を捲ったりして、声の主について分析しているようだった。

 そんな中で、フェオ=ルさんがはっとしたように杖の先で魔石の輪郭を撫でた。

「これは……宝珠を介した通信魔法か?」

 フェオ=ルさんの答えに納得したらしいカーンさん、エルネストさんも、それだ、と拳を打つ。

 そして大刀の魔石は、尚も続ける。

『殿……下……未だ……貴方の下へ……向かうことの出来ぬ…………この……身を…………』

 ざざ、と、砂嵐の渦中のような雑音が、魔石の向こうの声を蝕んだ。

 無念と悔恨の色を強く残した声は、それきり二度と、言葉を紡ぐことは無かった。

「声……しなくなっちゃいましたね……」

「一体誰の声だったんだろう……」

「幽霊とかだったりして……?」

「怖いこと言わないでよぉ、ザラ~」

 私たち女学生がきゃっきゃとありがちな怪談で盛り上がるそばでも、大人魔導士達は神妙な面持ちのまま、頭を突き合わせて呻っていた。……どっかのアホ魔族が隣に居たら、それどころじゃなかったんだろうな。

「逆探知は出来ないのか、吸血鬼」

「……出来たとしてもここでは言えないな。まして七魔将の前じゃ」

「えっと……じゃあ、このままでいいんですか?」

「……」

 肯定とも否定とも取れない表情で肩をすくめて見せるカーンさんを、ルリコがやや強めに小突いた。

「結局何だったのよ、今のは」

「あのー。ホラ、残留思念的なヤツだ。あまり気にするな」

「ええっ!?何で急にそんなフワフワした感じになっちゃうんですか!?」

「絶対何か隠してるでしょ、カーン!」

 ルリコがどれだけ身体を揺すろうが、カーンさんは虚ろな薄ら笑いを浮かべて煙に巻くばかりだ。

 すごい雑に誤魔化されようとしている。いくら何でもそりゃあないよ。

「全然。全く。持ち主の最後っ屁みたいなもんだ、忘れろ。いつまでも覚えてたら、あれだぞ、英雄に失礼だぞ」

「最後っ屁扱いのほうがどう考えても失礼でしょ!?」

「兎に角、今ここで見聞きした事は口外すんなよ。いいな。例え拷問されても英雄の剣が未だに魔力を持って本人の魂と繋がってましたなんて言うんじゃねえぞ!!」

「言っちゃってる言っちゃってる!全部出ちゃってますカーンさん!!」

 カーンさんも動揺してるのか何なのか、正解ぜんぶ出しちゃってくれた。

 八百年前の英雄云々なんて、そんなの言ったところで誰も信じてくれないに決まってるよ。つかどのタイミングでそんな話すんのよ。

 ……と思ったけど、後ろで怖い顔してるフェオ=ルさんを見て、妙に納得した。こういう時か。

「……小娘ども。その吸血鬼の言う通りだ。ここで見聞きしたことは忘れると良い。口の固さに自信が持てないようなら、我が直々に記憶を消してやろう」

 ヒッ。私は咄嗟にルリコとカーンさんの背中に隠れた。フェオ=ルさんに杖向けられるの、今日でもう何度目よ。

 しかしその度に、ちゃんとエルネストさんが間に入って来るのも事実。もしやそういう作戦。

 ほらあの、怪しい勧誘って必ず二人組って言うし……最近は詐欺の手口もそれぞれ役割があるとか言うし……。

「やーめーとーけって……。子供に向かって禁呪は流石に庇いきれね〜し……」

「ではこの事を口に出来ぬよう緘口の呪いを……」

「生憎と、こいつらは俺が信頼した友人だ。手出すなら黙っちゃいられねえぞ」

「ちっ……冗談だ。誰も好き好んで、お前の息がかかった者と関わろうとは思うまい」

 冗談の引き出しに禁呪入ってんのヤバすぎるよ。とは口が裂けても言えません。

 ていうかそういうの聞くと改めてこの人たちが対激ヤバ魔導事件対策のお役人なんだなって思っちゃうから、余計怖い。

「あ、あ、あの、私ほんとに、いいんですよね、王都とか行かなくて」

 私はまだどうにか話の通じそうなエルネストさんに確認した。

「あ〜……いーんじゃね…?まあ来てくれたら嬉しいけど……」

「そんな遊びに行くんじゃないんですから……」

「とりま……今は優先事項がさ〜……色々渋滞してっから……暫くはゆっくりしててよ……」

 宣言通りに私を見逃すと、エルネストさんは首を回しながら、ふー、と気怠そうに息を吐いて、フェオ=ルさんを宥める仕草に戻った。……案外良いコンビ?

 そういう事なら、私も彼等を信じて暫くは安心していよう。

 すっかり寡黙になってしまった大刀を、魔法陣が刺繍された大きな布で包み、更にこの地下倉庫の扉と同じような機械仕掛けの箱に仕舞い込むところまでをきっちり見学して、私達は地下倉庫を後にすることになった。

 水晶に照らされた部屋を再び封じ込め、地上へ続く階段を登る途中で、カーンさんとフェオ=ルさんが何やら会話を交わしていた。

「吸血鬼カーン」

「んだよ」

「フィンチ殿に宜しく伝えておいてくれ」

「チッ……ツラの皮の分厚いババアだ」

 私もルリコに小声で吸血鬼と魔法庁の関係を訊ねてみたりしたけど、カーンさんの立場が特殊だから、とのことだった。




.

.

.




「俺はこいつを王都まで運ぶ仕事がまだ残ってるんでな、ここらでお別れだ」

「お世話になりました」

 ようやくおっかない魔騎士二人の監督も解除されたところで、カーンさんとも別れの時間が近づいていた。

 彼がこいつ、と示したのは、紛れもなく地下から運んできた伝説の大刀だ。流石にここからは、私達は立ち入れない領域ということなのだろう。

 カーンさんは銀行にやって来たどの騎士とも違う出で立ちの、自らの部下らしい人にあれこれ書類や鍵を手渡しながら、てきぱきと出立の準備をしている。

「カーン……」

「お前らもたまには飯くらい食いに来い。ルリコは、ウリエルも連れてな」

「うん。フランセスさんに宜しくね」

 それまで忙しなくしていた手をわざわざ止めて、カーンさんがルリコの頭を優しく叩いた。

 ルリコは子ども扱いされたことに少し不服そうだったけど、それでも憎めないといった体で、カーンさんの支度を見守っていた。

「……結局どういう関係なの?」

 私といえば、気になるのはそこなんだけど。私も以前ご縁があった仲だし、まあアンリミテッドとかいう超めんどくさ体質ゆえに人外に目を掛けられやすいってのもあるので、むしろ主にそれが理由でカーンさんに気に入って貰えているのは何となく分かる。

 でもルリコとカーンさんの間にあるのは、多分、もっと明確で深い信頼関係だ。

 それこそ、大きな戦いを共にした英雄同士のような、相手のことをよく理解している距離感。

「俺とルリコか?ま、世界を救ったご一行ってところだ」

「……ええと、ゲームか何かの話?……そ、そういうボードゲームあるよね」

 カーンさんがあまりにもあっけらかんと笑うから、冗談なのか本気なのか図りかねる。

 真意を探ろうとルリコに苦笑して見せても、同じような反応だった。

「そうかもね」

「ルリコさぁん……」

 要するに、ご想像にお任せしますってことなのね……。

 悪戯を共有した悪友の合図で笑い合う二人の姿が、全てを物語っているような気もした。

「ふふふ。また後で話してあげる。それよりほら、私達、何の為に銀行まで来たのよ?」

「そうだった。さっさと振込しないと、それこそ進級どころじゃないよ!」

 ルリコに微笑まれて思い出した。私達別に、魔族強盗避難訓練とか、伝説の武器の収容体験とか、対魔騎士面談シミュレーションをしに来た訳じゃないのよ。本当の用事は銀行のほうにあるんだから。

 私たちはカーンさんに別れを告げて、急いで窓口へと向かう。

 あれ、なんだか随分人が少ないな。そういえば時計全然見てないけど外暗くなってるな。

 嫌な予感を噛み締めながら、ダッシュで受付にタッチ。ちゃんと業務再開の立て看板も見た。

 しかし。

 無慈悲にも、私の直前の利用者で、受付窓口はぴしゃりとシャッターを閉じてしまった。

 提げられた小さなプレートには、「本日の業務は終了しました」の文字……。

「「んもぉ~~~~~~っ!!!!!」」

 新年早々ツイてないわね。






 .

.

.

.

・年内更新間に合ったー!!

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