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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
4.月の魔力は愛のメッセージ
177/265

リトル・ミスター・サンシャイン・0

ジークside.

 



 ――三日ぶりの人間界だ。

 流石に年末くらいは顔を出さないと後から何を言われるか分かったもんじゃない……そう思って魔界の実家に帰ってみたはいいが、俺を待っていたのは家事の山だった。当たり前か。

 親戚にやれ人間界はどうだ跡継ぎはどうだと口喧しく絡まれ、伯父貴の助けが無かったら俺は今でも父方のジイさんに懇々と説教されていたのかと思うとゾっとしない。

 どうにかこうにか、あと一年分の猶予をもぎ取ってきた所で、親父やジイさんが居ない隙を狙って、こうしてヘルメス魔法学校の旧校舎に戻ってきた。

 ……どうやら運命は俺を休ませるつもりは毛頭ないらしい。

 息つく暇もなく、ねぐらにしている部屋の窓に、突然雪玉がぶつけられた。腹を立てて窓を開けると、案の定馬鹿共が遊んでいる真っ最中だった。

「あ。やっぱり居た」

「チッ……じゃあダメじゃねえか」

 クソ馬鹿四人は俺の顔を見るなり、おーいと愉快そうに手を振る。何故か全員懐に大きな荷物を抱えている。嫌な予感しかしない。

「何してんだお前ら」

「いやそのー……」

 どう考えても上がり込む気だったな、こいつら。また俺の居ない間に俺の部屋でたむろする気満々だったらしい。さっきの雪玉は俺の留守を確認するためのモノか。

 ――そうはいくか。

 こっちは疲れてるんだ、アホの相手などしていられない。

「帰れ!!散れ!!」

「固いこと言わないでよー!ほらほら、俺いいもの持ってきたんだよ。ジークもきっと気にいるよ!」

「いらん。帰れ」

「まあまあまあ~」

 俺の制止も聞かず、キョウがヘラヘラ笑いながら旧校舎の階段を登ろうとしているが見えた。

 そして間もなく、部屋の扉がドンドンと乱暴にノックされた。俺はすぐさま扉まで駆け寄り、内側から体重を掛けて封じる。

「開~~~け~~~て~~~よ~~~!!寒いんだよ~!!」

「今すぐ開けねぇと建物ごと燃やすぞコラァ!!」

「も~~~何でもいいから早く~~~!!」

「ぶやっくしょい!!」

 知らん。全然知らん。こいつらが例え極寒の吹雪に晒されて凍死しようが俺には全く関係がない、せめて俺を恨まず死んでくれることを祈るばかりだ。

 ヘルメスは冬休みの筈なのに。何でわざわざ四人揃って集まってるんだ。暇なのかこいつら。

 あと何時間こうしていれば諦めて帰ってくれるだろうか。取り合えず俺は心を殺してドアロックになることに徹していた。

 すると、外の騒がしさの中に、一番聞き逃せない声が混じっていることに気が付いた。

「ジーク~、寒いよ~!私は入れてくれるよね?」

「!」

 一も二も無く扉を開けると、そこにはドヤ顔で佇むマーニが居た。成程。やはりな。

「今の内だ~!!GOGO~!!」

「ナイスやマーニ!流石やね」

「そう?ありがとう、ディエゴくん。ザラ嬉しい!」

「うわ、マーニがザラさんの声で喋るんメッチャキモいな。はよ解除してえや」

「俺の作戦勝ちだな」

 寸の間硬直した隙を突かれ、まんまとアホアホ軍団の侵入を許してしまった。

「ちょっと考えたら分かりそうなのにね」

「馬鹿なんじゃねえのコイツ」

 すれ違いざまにネロに罵倒された。

 ――いや分かってたわ。どうせマーニがザラの声帯を自分の身体に錬成しているのだろうと。

 だが万が一本物のザラが外で凍えていたら?その可能性を否定出来ない限り俺は必ず扉を開けただろう。というかもう身体がそういう風に出来ている。

 ザラをダシに騙されるのならばむしろ本望まである。よって俺の行動に何ら落ち度はない。

「……とか思ってそうでキモい」

「他人の心の中を覗くな」

 いいから早くその声帯錬成を解除してくれ。




.

.

.




 害虫と同じで、こいつらは一度侵入されたら共生するよりも追い出すほうが難しい。

 であれば、こいつらが満足するまで耐え抜けば良いだけの事だ。俺は腹を括り、キョウがやたらデカイ布の包みからテーブルのような物を取り出して、絨毯の上で組み立てるのを見守っていた。

「天板を置いて……と。完成~!」

「何だこれ」

「炬燵だよ〜!ほら、こうやって足入れて、布団かぶってみて」

 炬燵。そうかコレが。ナラカの民が冬場に愛用するという暖房器具。一度その魅力に憑りつかれればもう元の生活には戻れなくなる、と聞いたことがある。

 毛布の中は……成程、先ほど組み立てていたテーブルに魔石を埋め込んでいるのか。

 物は試しだ、先に寛いでいるキョウに倣って、下半身を毛布のなかに潜らせてみる。

 暖炉のような燃え盛る熱さこそないものの、毛布に包まれた空間のなかで、寒さで固まっていた爪先がじんわりを温められていく。風呂でぬるま湯に浸かっている感覚が、部屋でも味わえるというのか。

「……悪くない……」

「だろだろ〜!!ほら、みかんとお餅も食べて」

「ほう……」

 土産としては悪くないセンスだ。キョウだけなら特別に部屋に置いてやってもいいな。

 普段見るものよりも一回り小さいオレンジをナイフで剥いて口に運ぶと、なるほどこの炬燵とやらで失われた水分が口の中いっぱいに広がって、もう一生ここから出なくていい気分になった。

「……というかお前ら。授業はまだだろう。何でわざわざこっちまで来るんだ」

 俺は本題を切り出した。何が悲しくて休暇の時期まで見慣れた野郎のツラを拝まなければならないのか、納得のいく説明が欲しいところだ。

「家に居たってやる事ねぇんだよ。親戚やら親父の部下やらが引っ切り無しに来て落ち着かねえし」

「うちも似たようなもんかな〜。年末年始はバタバタしちゃって、せっかくの休みが台無しだよ」

 ネロは将軍の子息、マーニは魔術の名家……つまり、二人とも俺と同じ状況に置かれているということか。

 背負って立つものが多い家に産まれると厄介だ。本家に集まってホストになれだの、あちこちパーティーに顔を出せだの。成人してからは押し付けられなくなったものの、子供時代における挨拶周りの退屈さと言ったら無かった。

 そう考えると、せめてもの暇つぶしに友人の住処に押しかけるのもまあ……仕方ない……のか……?もしかしたら俺以外に友達居ないのか、こいつら。

「そういえば、ディエゴは実家に帰ったの?」

「それが、なんや魔物が出たいうて飛行船も船も運航見合わせ中らしいんですわ。まあ今帰っても家族にやいやい言われて仕事押し付けられるだけやし、ええ口実になったなぁてとこです」

「ああ……親父が言ってたな。西方からの武器の輸入船が魔物に襲われて、処理に時間が掛かってると」

「大変だねぇ〜。でも、寮だってこの時期は閉まってるだろ。どこで寝泊りしてるんだい?」

「マーニの家に泊めさせてもろてます……」

「まあ、そうなるか」

「そういえばキョウ先輩ってどこ住んでんの?寮には居ないよね」

「幽鬼調伏部隊の宿舎があって、普段はそこで暮らしてるよ」

「へー、そっちのほうが良さそうじゃんね」

「そやのにわざわざジークさんの部屋くんねや……」

「だってさー。いや、ホント、部屋は良いんだよ?広いし、快適で。でもさー何か落ち着かないんだよねー。常に同僚が近くに居ると思うと」

「あ~~~……圧がね」

「圧がね~……」

 キョウが差し出してきた餅と呼ばれる食い物に悪戦苦闘している内に、アホどもは当然のように俺の部屋で寛ぎ始める。

 コレぼんやり茶啜ってる間に寝そうだ、マズイ。

「……いかん。コレに入っていると無限に時間が過ぎていく」

 俺は己を厳しく律し、名残惜しくも炬燵から素早く這い出た。このままではいかん。ぬくぬくしている間に、なし崩し的にこいつらにたむろする場を与えてしまうことになる。それだけは駄目だ。理性は魔族の得意とするところだ、しっかりしろ俺。

 そして俺がそんな風に立ち上がるのを待ち構えていたかのように、ネロが眼の色を変えて俺の視界に飛び込んできた。

「おい!じゃあ雪合戦しようぜハーゲンティーッ!」

 ネロの提案に乗るのは癪に障るが。蕩け切った頭を醒ますには、寒空の下で運動するくらいが丁度良い筈だ。

「いいだろう。俺が勝ったら即刻ここから立ち去れ」

「ッシャア!!全力でブチのめしてやる!!キョウ!マーニ!ディエゴ!テメー等は全員俺のチームだ!」

「四対一を恥ずかしげもなく提案するじゃん」

「数を揃えるのも将の技量だボケ」

「俺は構わん。全員纏めてさっさと帰らせてやる」

「くっ……ここを取り上げられたらボクらの憩いの場所が無くなっちゃう……!」

「俄然負けられへん戦いになってきたでぇ……!!」

 張り切るネロに続いて、キョウたちがぞろぞろと連れだって、旧校舎の外へ降りていく。

 よし。体よく全員を部屋から追い出すことに成功したぞ。……ここで鍵閉めとけば良かったな。

 まあ良い。再起不能になるまでブチのめして、二度と旧校舎の敷居を跨げないようにしてやる。




.

.

.




 雪合戦というものには、魔族や人間といった垣根は無いらしい。

 ネロの宣言通り、四対一で始まった雪原の戦いは、純粋な戦闘力と魔術――己の肉体と精神を駆使し、敵を蹂躙することだけに専念するという、悲惨な光景を生み出していた。

「行くぞオラァーッ!!火の玉ストレートォッ!!」

「それ溶けてるから意味無いよネロ!!」

「フン、馬鹿が」

 俺が身を隠した生垣に、バケツの水をぶっかけたような水飛沫が跳ねた。ネロが放った雪玉が、ヤツ自身の炎の魔術で融けているのだ。アホめ。心身ともにすぐ熱くなるのはあいつの悪癖だ。

 これが暴夜の砂漠で戦ったときのような、本物の火球が迫っているとなれば、俺も少しは警戒するだろうが、生憎とここは雪の積もった氷のフィールドだ。恐るるに足らず。

 しかし、頭を出した瞬間狙いを付けてくるキョウとディエゴの狙撃力は油断できない。

 勝負とは速さが肝心だ。俺は生垣を斥候代わりにしながら、あいつらがせっせと次弾の雪玉を作っている隙に錬金術を発動する。これだけ素材が豊富にある状況も珍しい。存分に活かさせてもらうとしよう。

 ――よし。あとは弾頭を詰めて、と。

 俺は錬成した兵器の発射口をネロ達に向ける。動力の代わりに魔力を流し込めば、四連の弾が勢いよく噴射され、標的目掛けて追尾したのち、爆撃した。

「名付けてアイスミサイル」

「まんまだね!?」

「汚ねえぞハーゲンティ!」

 雪のミサイル攻撃をもろに浴びたネロが、真っ白になりながら拳を握りしめていた。ということは、そこで足だけ出てるのがディエゴか。まずは一機。

 しかしその隣では、怒り心頭のマーニが同じく雪だらけの格好で、俺の作戦を真似していた。

 巨大な氷の車輪が二つ、中央部に雪弾を抱えてこっちに向かって高速で転がって来る。

「うおおぉぉこれでも喰らえっ!!グレイシャル・パンジャンドラムッッ!!!!」

「馬鹿か?」

「爆発したァーッ!!!!」

 マーニが錬成したなんたらパンジャンは俺が居る生垣に到達するよりも前の地点で、何故か自爆、そして空中分解した。見事なまでの欠陥設計だったらしい。軌道を外れた車輪は虚しく植木に激突し、もとの雪となって消えていった。

「もう一度……ッ!もう一回やれば成功するんだ……!パンジャンドラムには無限の可能性があるんだ……ッ!!」

「一体何に憑りつかれてるんだ、マーニ!?」

 どうやら錬金術の深淵に呑み込まれたらしいな。マーニはもう使い物にならなくなったと見ていいだろう。残り二機。

「こうなったらステゴロだーッ!着いて来やがれキョウーッ!!」

「よーし!頭カチ割ってやるーっ!」

 自棄になって走り出したネロとキョウだったが、こいつらも俺に辿り着く前に、俺が事前に作っていおいた超薄型アイスウォールに激突して死んだ。鮮やかなバードストライクだ、賛辞を送りたい。

「まだまだだな」

 所詮人間の子供四人では、俺の敵ではない。

 俺は積み上げられた死体と雪をかき集めると、吊るしたり飾り立てたりして樹木を模したアート作品を完成させ、それを肴にワインをくゆらせ、一人でゆっくりと穏やかな休暇を楽しんだ。






 .

.

.

.

箸休めです。

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