あと62センチの恋・2
終業のオルガンの音色を背に、私達三人は仲良く並んで降霊術科の教室前……をよく見渡せる廊下の影から、標的が現れるのを待っていた。
「絶対サプライズの準備だと思うんだけどなぁ……」
「シッ!静かに!!」
廊下の壁を背にしゃがみ込む私達を、横切る生徒たちが何事かと振り返っていく。もうこの時点で目立ってるじゃん。ここまで来ると浮気調査がやりたいが為に騒いでるだけのような気がしてくる。
私はシンディが翳した手を振り払い、彼女の頭の上から顔を覗かせて、降霊科の教室を垣間見た。
すると、間もなく入口を窮屈そうにくぐり抜けて、ターゲットのエルヴィスが姿を現した。
「出てきたわ!」
「見りゃわかるっつーの」
「ああん……今日も素敵ぃ……」
「ほんっとシンディってバカ……」
「それなー」
教室から出てきたエルヴィスの挙動は確かに怪しかった。教室を出るなりきょろきょろと周囲を見渡して、まるで身を潜めるように肩身を狭く縮こまらせて、速足に廊下を抜けていく。
声を掛けようとするクラスメイトらしき生徒をあしらい、人目を気にしつつ歩く姿は、まあ、完全に後ろめたい何かがある人の素振りだわね。
「やっぱさすがだわ、エルヴィス……いつでも気を抜いてねーっつーか。見た?あの体重移動とカッティングパイ……隙が無さ過ぎる……」
「どこに感動してんのよ」
魔物との戦闘を常に想定しているビビアンとしては、何か目を見張る技術だったらしい。
「あれじゃこっちに気付かれちゃうんじゃない?」
「フフ……馬鹿ねぇ。アタシが不可視化の魔法を掛けていないとでも……?」
「うん。だって廊下でめっちゃ注目されてたし……」
「今よ今!今かけたの!行くわよ!!」
信じていいんでしょうね。でも実際エルヴィスがこっちを振り向く気配は無いので、一応大丈夫ってことにしておこう。彼氏に対してややガチすぎる気もしないけど、私達は抜き足差し脚でエルヴィスの尾行を開始した。
「……とりあえず校門に向かってる感じかな?」
「ふーん。じゃ、フツーに帰んだろ。ハイ終わり」
女子なのに鼻をほじらん勢いで投げやりになるビビアンを、シンディが鋭く睨みつけた。
「アンタ達乗り気じゃないけどねぇ。実際彼氏が浮気してるかもってなったらどうすんのよ」
「は?フツーに四分の三殺し」
「電気椅子……かな」
「アンタ達んとこは大丈夫そうね……」
許すわけないじゃんね。ねー。とビビアンと頷きあう。どうやら私達は二人とも、怒りが間女ではなく彼氏に向かうタイプらしい。やったね、お揃いだね。万が一にもそんな事は起こりませんけどね。魔族に電気椅子効くかわかんないし。
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エルヴィスを尾行すること暫く。
やはり大方の予想通り、エルヴィスは校舎を出てエメラルド・カレッジ・タウンの街並みを降り、列車の駅を目指しているようだった。
「これで天眼町で降りなかったらどーする?」
「その場合は……クロね」
「何分の何殺しにする?」
「いやよぉんダーリンにヒドいこと出来ないわぁ。間女を二度と社会的に立ち直れないようにしてやるのよ」
「シンディ、ガチだからなー」
ガチの危険人物だからなー。ここで言えないようなこと想像してるんだろうな、きっと。
「……間男だったら?」
「刻んで流す」
「おおう…………」
いつもの甘ったるい猫撫で声じゃなくてドスの効いたトーンで言われた。魔導士の女は怒らせるよ怖いってよく分かったわね。
そして。そんなことを話している間にも、エルヴィスは駅のホームへ音もなく進んでいく。
しかし彼が足を止めたのは、学生寮がある町とは逆方向のホームだった。
ここでもエルヴィスは周囲への警戒を怠らず、壁を背にして視界に気を配っている。このままじゃ近づけない。
「どうするの、シンディ」
「隣の車両にギリギリで走って乗り込むわよ」
「走るのぉ~!?」
どうやら発車時刻になるまで身を潜めるらしい。私達は改札口に接地されたベンチに座って、その時が来るのを待った。
「行くわよ!」
けたたましく鳴る発車ベルを合図に、私達は駆け出す。エルヴィスが隣の車両に乗り込む姿をしっかり確認しつつ、駅員さんに怒鳴られながらも、ドアめがけて突撃。
騒ぎでエルヴィスに気付かれないよう、素早く車両内に身体を捻じ込んだ。
車両の一番端の席に私とビビアンが張り付いて、駅に停車するたび、窓から隣の車両の扉を観察する。もしエルヴィスが降りてきたら、私達の後方にいるシンディに知らせる、という作戦だ。
これなら万が一、エルヴィスが車両を移動してきても尾行に勘付かれることはない。……だからどうしてそういう機転は利くのに肝心なことに気付かないのか。
『アーケンストーン工房街、アーケンストーン工房街――……ご降車の際、学生の方は学生証を、その他魔術機関に携わる方はライセンスと武器エンチャント情報のご提示をよろしくお願いいたします。皆様、道中くれぐれも魔物や魔術的現象にお気をつけください。』
数十分は無言で緊張状態を保っていただろうか。
停車と同時に、車内と駅構内にアナウンスの決まり文句が反響した。
「動いた――……!」
窓から隣の車両を見張っていたビビアンが即座に動き出すのを見て、私もシンディに合図を送った。
「あ。っべえわ、ちょい待って、チケット失くしたかもしんね」
「どうせカバンの一番下よ!モタモタしてんじゃないの!」
「マジだ。シンディ、スゲくね?神かよ。マジリスペクト」
「前見て前!人混みに紛れて行っちゃうよ!」
「あんなデカブツ見失うかっつーの」
ほぼ押し付けるようにして駅員さんに切符を切ってもらい、エルヴィスの背中を追って急いで出口への階段を登る。
何であんな足早いんだと思ったけど、あれだ、歩幅が全然違うんじゃん!
駅から出ると、ちょうどエルヴィスが街並みに消えていこうというところだった。
「え~ん。私この街初めてだからゆっくり観光したかったのに~」
「んなもん後、後!」
アーケンストーン工房街、有名なんだよぉ。駅から直結の地下坑道にある街でさぁ。すんごい職人気質のドワーフたちがあちこちで鍛冶や彫刻をやっててさぁ~。
ただあまりにも雰囲気が厳ついっつーか本気すぎて女学生には敷居が高いからさぁ~来るタイミングが無くてさぁ~。あとドワーフの街って聞くと、私みたいなヒューマーはちょっと怖い。
「なんか……どんどん分岐していくね……」
坑道らしく幾重にも広がる道筋を、エルヴィスは迷いなく進んでいく。地面に張り巡らされたトロッコの線路沿いにお店や工房の案内が描かれているので、それを指標にしているのだろう。
何度目かの分帰路で、エルヴィスがはたと足を止めた。
かと思うと、またしても警戒するように辺りを窺い、奥まった突き当りに向かっていった。
「あっちは……」
「喫茶店入ってったみたいね」
私達もすかさず後を追うと――ひんやりした仄暗いトンネルの先にある、一軒の喫茶店に辿り着いた。窓際にエルヴィスが座っているのが見える。
店の名前は――『オークゴブレット』。土壁から生えた平たい木造一階建てのラウンジっぽい感じで、中も割と賑わってそう。かなり、とても、興味がある。
「アタシ達も行くわよ!」
「だっっっっる……」
「アタシの奢り」
「乗った」
「行こうシンディ、あなたには真実を知る権利があるよ!ケーキ食べたい!」
「アンタ達のそういう強かなところ、嫌いじゃないわぁ」
どうにもビビアンの好みではなかったらしいけど。このガラスランプの良さがわからんかね。
私達はひとまずカウンター横の黒板に齧りついて、メニューを上から下まで舐め回すように読み耽った。
「濃厚バタークリームケーキ、絶対太るくねぇ?」
「わかる。クランベリーケーキにしようかな……」
「アタシ、ラムレーズンアイス」
「え待って待って。アイスもあるならそっちもいいよねぇ」
「えでもここ寒くね?冷えとか美肌の大敵なんですけど」
「飲み物どうする?私ヨーグルトにしようかなって思ってるんだけど……」
「え~~~迷う~~~」
いや無理。初見の喫茶店で女子の好奇心を抑えるのは無理。
わー。ちょっと普段は見かけないような家庭料理風のスイーツまである。値段はまあまあ普通ね。ドリンクメニューにお酒も載ってるから、夜はバーにもなるのかしらね。えっ、アダマンタイトソルベって何だろう。
よし、決まった、もう後悔はない。
他二人の注文内容に、ああやっぱりそっちにすればよかったかもと後ろ髪引かれつつも注文を終え、私達はエルヴィスが座る席から遠からず近からずの場所に腰を降ろした。
ケーキが来るまでのあいだは、もちろんエルヴィスの監視に努める。
「……今のところ一人ね」
「わざわざこんな遠くの喫茶店に何の用なんだろう。よっぽどこのお店のファンとか?」
「いんや~……あれ待ち合わせっしょ。バ先によく居たもん、あーゆー客」
「ああ、セクハラ店長ブン殴ってクビになった……」
「ヤなこと思い出させんなし」
と、ここで私達のテーブルにスイーツが登場した。良かった、修羅場になる前に来てくれて。
ちなみに私がブルーベリーのパウンドケーキ、ビビアンはあれだけ言ってたのに濃厚バタークリームケーキ、シンディは初志貫徹のラムレーズンアイスだ。
「食うべ食うべ~」
「わ~木の食器!かわいい~!見て見て、ヒゲのマーク描いてあるよ」
「ウケる。似合う?」
「あははは!ビビアンかわい~!ダンディだ~!」
「待って!!!!」
せっかくビビアンがフォークに描かれたヒゲの模様を自分の口元に宛がって疑似着けヒゲを披露してくれていたのに。シンディから謎の制止が入った。
「何を待つのよ~」
「女だわ……」
その言葉に、私とビビアンはスイーツに浮かれていたのも忘れて勢いよくエルヴィスの席を見やった。
いつの間にか、エルヴィスの対面には、見知らぬ赤毛のドワーフの女性が座っていた。
ところどころ黒ずんだエプロンを掛けた赤毛のドワーフ女性は、歳の頃は二十代中盤といったところだろうか。……ヒューマー感覚だけど。
頭にはバンダナを巻いていて、化粧っ気のないごっつい風貌と相俟っていかにも職人風の出で立ちだ。あれはあれでかっこいい……。
ドワーフ女性は鞄から数枚の書類といくつかの鉱石?と宝石?の原石のようなものを取り出して、何やらエルヴィスにひとつひとつ見せている。
「うーん……別に変な雰囲気じゃなくない?」
「なんか相談してるっぽくね?」
「だね……。すごい真面目だよ」
「別れ話かもしんないでしょ」
うーん……そうかなぁ……。
そこにはこう、およそそういった関係にある男女間にありがちな甘い空気は感じられなかった。
二人とも黙々と書類と石を交換し、時には真剣に相手の話しを聞いている。笑顔やうっとりとした表情は見受けられず、どちらかというとコレは、商談とかに近いのではなかろうか。
――これはやはりアレなのでは?
ビビアンと二人、本日何度目かのアイコンタクト。もうこの状況で割り出される答えはそう多くないと思うんですが。そこらへんどうでしょうか、シンディさん。
「よ……」
おっとシンディさん、拳を握りこんで肩を震わせている。これはいけない。もっと冷静になってほしいですね。
「よりにもよってドワーフの女なんて……!!」
「ええ?」
「ドワーフかハイエルフかスプライトかっつったらどう考えてもスプライトが一番可愛いじゃないよ!!あの女ッ……アタシより縦にも横にもデカいくせに……!エルヴィスの肩に乗ろうなんて……ッなんつー神経してやがるのよ……!!しかもアタシより年上って!!」
「なんか……そーゆー種族間の確執あるカンジなんだ?」
「あーまあホラ……スプライトってさ。可愛さで生き残ってきた種族だからさ」
「だけじゃないわよ!毛玉は黙ってなさい!」
ガン、とテーブルを叩いて、シンディが立ち上がる。
「我慢できない。アタシ行くわ」
「ちょ、待ちなって!落ち着いて考えたら分かりそうなモンじゃんよ!」
いきなりカチコミに行くのはどうなの。拗れる前にちゃんと様子を見て、証拠を掴むって予定じゃありませんでしたっけ?
なんとかシンディを止めようと、私の口から咄嗟に出たのは、
「そっ、そうだよ。それにシンディ、アイス溶けちゃうよ!!」
だった。
「……」
ひっ。シンディはスプライトとは思えないほど憤怒に歪んだ形相でこっちを振り返ったかと思うと、ヤケクソになって塊のアイスを無理くり口の中に放り込んだ。
「あ゛~~~痛ッッッた……!!」
「あーあー、かっ込むから……」
頭痛もするよそりゃ。
アイスを平らげて余計気合が入ってしまったらしいシンディは、私達の制止も虚しくずんずん大股でエルヴィスのほうまで歩いて行ってしまう。
その表情はまるで敵地に進軍する将校だ。戦る気だわ、あの女……ッ!
そして――
「エルヴィスッ!」
エルヴィスとドワーフ女性のテーブル席の前で腕を組んで仁王立ちになり、彼等を見下すようにそのバストを張ってふんぞり返った。とんでもない圧力だ。私がよく知るシンディの姿のような気もする。
「レディ、どうしてここに……!?」
「……学校から着けてきたの」
「なっ……!?何で、そんなことを……」
エルヴィスの驚愕も当然だ。ただでさえ突如彼女が現れたことに驚きを隠せないのに、更に自分が尾行されていたなんて知ったら。私がもしエルヴィスの立場だったらぞっとしない。……別にジークはいっつも無言でストーキングしてるか。あれ?私犯罪に巻き込まれてんな。
一方で、向かいのドワーフ女性は落ち着いた様子だ。
「エルヴィス、彼女が例の?」
……ハイ。まあこれで分かる通りよね。これがもし浮気相手だったら、あんたこそ何よってな態度になる筈だもんね。公認二股とかだったら分かんないけど。エルヴィスそんなクズじゃないし。
「あ、ああ……でも……参った」
「何が参ったのよ」
「……レディに知られたくなかった」
珍しく、エルヴィスが困ったように慌てふためいていた。シンディとドワーフ女性の間で視線を泳がせて、どちらに何を説明しようか迷っているようだった。
「ふうん。……アンタは?」
「おれはスカーレット。そこの彫金工房のモンだ」
「へええぇ。ドワーフがアタシのダーリンに何の用?」
「……顧客のプライバシーに関わることは、言えねえな」
「バカにしてんじゃないわよっ!エルヴィスに手出そうったってそうはいかないんだから!!」
「はあ?何の話だ!?」
「しらばっくれるんじゃないわよ!!この泥棒猫ーッ!!」
叫びと共に、シンディが赤毛のドワーフ女性――スカーレットさんの胸倉を掴み上げたッ!
女性二人の只事ではない喧噪に、それまでムーディな静けさを保っていた『オークゴブレット』の店内がにわかにざわめき始める。
「うお。ド修羅場だ」
「なんかこっちまで胃が痛くなってくるよぉ……」
近くの席の人たちも立ち上がって、何だ何だとこちらに注目しているじゃないの。このままではこのパーフェクトにチルい喫茶店で凄惨なキャットファイトが幕を開けてしまうわ。そこのおじさん、右フックだーじゃないのよ。
まじやばい。通報される前になんとかして。
……と、私が危惧していたのもほんの一瞬だった。
エルヴィスは流石のサイクロプス族の体格で、子猫の首根っこでも摘まみ上げるようにシンディを抱き上げて、さっさとスカーレットさんから引き離してしまった。
「レディ。何か勘違いしている。彼女には、相談に乗ってもらってるだけだ」
「勘違いッ!?最近素っ気無いと思ったら、アタシのこと放って置いてこの女と会ってたってことでしょ!?それが勘違いだって言うの!?」
子供に言い聞かせるように視線を下げたエルヴィスの態度が火に油を注いだらしく、顔を真っ赤にしてきゃんきゃん喚きたてた。
「あーあー、完ッ全ヒスってんな」
「止まんないねー……それだけ不安だったのかも」
「いやイイ子かって」
とか言いつつ速効でテーブルの下に避難していた私達である。もちろんケーキ片手に。こうなることはある程度覚悟してたからね……。
エルヴィスはシンディの肩を掴んで、必死の説得を試みていた。
「レディ、落ち着け。オレが。浮気なんてするわけない」
「で、でも、じゃあ、何で、アタシの知らない女と居るのよ……っ!!」
「……ごめん。オレが、嘘吐くの下手なのに、隠したのが良くなかった」
「それはそう」
「謝るのむしろシンディじゃね?」
いけない。つい場外からツッコミを入れてしまったわ。シンディとギャラリー達がこちらをじろりと注視した。いえいえ、何でもございませんことよ。
「……スカーレットは。ここの工房街の彫金師で。オレが彼女に……依頼をしてる」
「依頼……?」
「あーあ。せっかく内緒にしてたのに、話しちまうのか?」
「……レディを不安にさせるくらいなら。全部話す」
「勿体ねえなあ。……ま、おれもいらん勘違いをされたままじゃ、たまんねえしな。やっぱこういうのは、二人揃って決めるもんだろ」
スカーレットさんと頷き合って、エルヴィスは再びシンディに向き合った。
「……本当は。レディの卒業式の日に。言う予定だった」
そう言って、そっと、シンディの前に跪いて、彼女の手を取った。
「エルヴィス……?」
……この状況になってもまだピンと来ていないシンディを納得させるには、さっさと告白したほうがいいのかもね。
何となく事態を察した私とビビアンは手を握り合って、小声でエルヴィスを激励した。頑張れ、頑張れ……。
先ほどとは打って変わって、店内の客たちが、固唾を飲んで静かにエルヴィスを見守った。
たぶん、みんな心のうちは同じだ。見知らぬ他人と、かつてないほど一体になっている気がする。
「シンディ。来年……オレも卒業したら、結婚しよう。指輪も、まだ出来てないけど。オレ、君以外となんて考えられないから。先に約束だけさせてくれ」
――。
世界が停止した。
呆気にとられたシンディは言葉を失って、目の前のエルヴィスをただじっと見つめている。
やがて何拍か置いて、シンディは瞳に涙を溢れさせて、嗚咽した。
「……っ、ぐす、うぇぇっ……えぇ~ん……」
「な、なんで泣くんだ……!?」
「だって……嬉しくて……っ!アタシ、アタシ……嫌な女よ。アナタと種族も全然違う。家事もろくにできないし、化粧はケバいし、今まで色んな人に、たくさん悪いことしたわ。今だって勝手に一人で先走って……バカ丸出し……」
しゃくり上げるシンディが流す大粒の雫を、エルヴィスが大きな手で拭う。
「でも……オレは。そんな君と、ずっと一緒に居たい」
「エルヴィスっ、好き、好きよ、愛してる」
「オレも。愛してるよ」
二人が抱き合った瞬間、店内がわあっという祝福の歓声と拍手に包まれた。空の食器を宙に投げ出してる人までいる。
まさかこんな所で学生の――それもサイクロプスとスプライトのカップルが、プロポーズをするなんて、誰も予想だにしなかっただろう。
「わー……」
「良かったね、シンディ……」
「えー泣けるじゃん……幸せになんな……」
私達もテーブルの下から這い出て、二人に惜しみない拍手を捧げる。
まだ――まだ約束を交わしただけかもしれないけど。ううん、むしろ、この二人が約束を交わしてくれて良かった。
何か私の人生の重荷がひとつ解消されたような、そんな気分にさえなる。
エルヴィスに抱き上げられたシンディのもとに、スカーレットさんが歩み寄る。今度こそ、シンディも大人しく、彼女の話に耳を傾ける気になったようだ。
「おれがエルヴィスに頼まれてたのは、あんたに贈る為の婚約指輪だよ。知人伝てでな、学生でも手が届くもんってことで、予算や素材について相談してたトコ」
やぁっぱりね、とビビアンと二人、わざとらしく肩を竦めて見せる。だから言ったじゃないのよねぇ。
これにはシンディもまた別の意味で頬を染めて、慌ててスカーレットさんに謝罪した。
「……ご、ごめんなさい……アタシ……大騒ぎして……アナタに突っかかったりして」
「気にすんな気にすんな。こういうのを相談しに来る客とその相手の関係ってのは、どいつもナーバスな時期みたいだしな。それに、よくある事だ。おれが男だったら多少は誤解も減ったんだろうが……生憎と女のおれじゃないと、うちの華やかなアクセサリーは作れないもんでね」
「カッコ良……」
「めちゃくちゃ良い人じゃん……」
からから笑うスカーレットさんは、大人の対応でシンディをあっさり許してしまった。
素直に謝れるようになった分、シンディも大人になったわね。ていうか、エルヴィス絡みのことなら、彼女は普通の女の子なのよ。
――だから、私はこの二人を応援したくなるのかも。
スカーレットさんの言葉に安心したシンディは、改めてエルヴィスの腕の中で、彼の眼帯を優しく撫でた。
「エルヴィス。アタシで良いなら。アナタのお嫁さんにしてくれる?一年後でも、二年後でも。いつまでだって待てるから」
「……うん。幸せな家庭にしよう」
二人は額をくっつけて、幸せそうに笑った。
「式には呼んでね、シンディ」
「……うん。アンタ達も。付き合ってくれてありがと」
「ま。ケーキぶんは働いたかな!」
三人で嬉し涙を浮かべて、笑い合う。
浮気調査のつもりが、一転して婚約の場に立ち会うことになってしまった。数ある人生のなかでも、かなり貴重な体験だろう。
「……ゆーてあたしはこの二人デキ婚すると思ってたけどな」
「こーら」
失礼な事を耳打ちしてくるビビアンは置いといて。
その後私たちは四人でテーブルにつき、シンディと未来の自分の薬指を重ね合わせて、スカーレットさんが持ってきていた指輪の資料に釘付けになった。
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・ちなみに作者はこういうサプライズが行われる場面でも徹底的に無視してコーヒー飲んでるタイプです。




