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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
1.魔族にズッキュン
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私の為に争わないで!・0

/ジークside後日談。







 ジークがネロとキョウに出会ってから数日後。

 新たな友人の事情を知ったヘルメスの双璧たちは、そういうことならば是非にと、ジークに“校長”との面会を勧めた。

 彼らの特権ゆえか、ネロとキョウが一言添えただけで、部外者である筈のジークは驚くほど容易に校長室まで通された。

 室内に足を踏み入れれば、そこは豪奢な調度品や美術品で彩られていて、実家を思わせるような内装にジークはやや安堵さえ覚えた。

 外で待つというネロとキョウにしばしの別れを告げ、校長とやらの姿を捜すと、小さな影が目についた。

 細かい刺繍の入った高級そうな天鵞絨張りのスツールの上に居るのが、()()()()()()()()()、だそうだ。

「おお。やっと来たか。旧校舎の悪魔くん」

 ――猫が喋った。

 まさに目の前の()()()の口から、中年ほどの低く艶やかな女性の声が発せられていた。

 ヘルメス魔法学校校長、大魔女セージ・ヘルキャットの真の姿は、誰も知らない。

 時に獣人の姿で現れ、時に竜の姿で現れ、時に老人の姿で現れるとも。そんな童謡マザーグースが生徒のあいだで口ずさまれるほどに、彼女はいつも違う姿で目撃される。変化魔法なのか催眠魔法なのか、あるいはもっと不可思議な奇術の類であるのか――それさえ、誰も分からないというのだ。

 そして今日この瞬間は、たまたま、青い猫であった。

「やはり気付かれていたか」

「まあねぇ。随分大胆に結界を書き換えられたから、何かの間違いかとも思っていたんだが」

 猫――セージが真っ直ぐにジークを見据えていた。青い毛並みもそうだが、セージの瞳も、非現実的だ。どこから入っているのかもわからない光が眼球のなかで幾重にも反射して、瞬きする度に色を変えていた。

 背筋に電流が奔るような感覚。

 大魔導士とはこういうものだ。ジークの父親もそうだった。

 まるで銀河のような視線。大いなる意思に見定められている感覚。

「……」

「そう固くなるな。何も処断しようってんじゃない。ウチじゃ君みたいな若くて優秀な魔導士は何したっていいんだ。それをフォローするのが我々なのだから」

 無茶苦茶だ。だが、本来、そうである。研鑽にルールなど必要ない。実力に束縛など必要ない。丸裸の自由の下で初めて、少年少女たちは目的や夢に向かうことが出来る。

「なら、俺をどうするつもりだ」

「決まっている。ウチに入学なさいな」

 セージが猫らしく目を細めた。笑っているのだ。

「は」

 対してジークは目を丸くした。

「なに」「うそだぁ」、と、扉の向こうからも歓喜と驚嘆の声が上がる。

「といっても、君はもうここで学ぶようなことはないだろう。学費はいらん。講義なんか受けず、籍を入れるだけでいい。今までのようにコソコソしなくても済むし、旧校舎もそのまま使わせてやろう。……ま、家賃くらいは貰っておこうかね」

 そこまでバレてたか、やっぱり。

 いくら人間界の魔法学校とはいえ――いや、()()()()()()()()侮れない筈だ。これに限っては、魔族も天界の住人も、いやという程叩き込まれている価値観だった。

 彼らは九十九パーセント愚かだが、残りの一パーセントで、盤上の何もかもをひっくり返す力を持っている。

 その点で、最初から完成された我々とは違うのだと。

 ジークも自分の立場については、意図的に見過ごされている、あるいは、泳がされていると考えていた。

「条件は何だ」

「……何も。ただ、今と変わらず、ザラ・コペルニクスを守ってくれ」

 セージがスツールから降りて、窓辺のデスクに向かって、小さな歩幅で歩いていく。

 猫好きのジークは、その光景をしっかり心に焼き付けた。

 セージはジャンプしてデスクに飛び乗り、猫の手で器用に抽斗を開けながら話す。

「正直に言うと、ザラ・コペルニクスには手を焼いている。いや彼女というより……アンリミテッドという存在に」

「……だろうな」

 一枚の書類がジークに手渡された。赤いインクで印刷された、『入学希望書』だった。

「あれは厄介だ。魔力の塊が裸で歩いているようなものだし、何しろ実例が殆どない。にも関わらずあっちこっちからトラブルを運んで来て、しかも本人では手に負えないときた。教育者としても魔導士としても、彼女のような個体に犬死されるのは堪らないのだよ。だから君のように、彼女に警戒されず、始終張り付いて護衛できる存在は貴重だ」

 セージの言葉とともに、入学希望書に、字が次々と燃え盛りながら浮かび上がっていく。


 ――“私、___は、ヘルメス魔法学校に身柄を所属し、諸特権を行使する代わりに、ザラ・コペルニクスを守護することをここに誓います。”


 ジークの為に書き下ろされた文言は、千年前、ハーゲンティ家を含む七十二の家系の魔族が、ひとりの人間と結んだという、魔書(グリモワ)の契約を彷彿とさせた。

 なるほど魔族には、こちらのほうが強制力がある。

 何かを与え、何かを奪う。

 奇しくも、英雄譚として語られる由緒ある魔族の先達と同じ状況に立たされたことで、ジークの胸は僅かに熱を帯びていた。

「……わかった。契約成立だ」

 ジークは納得し、デスクの上の羽ペンで、空白に自分のフルネームをサインした。

 セージ校長が、希望書に肉球で判を押す。

「細かいことは、君はうるさく言わなくても分かってくれるだろう。」

 それは期待でもあり、裏を返せば圧力プレッシャーでもあった。紙切れ一枚で結ばれた、悪魔と人間の関係の重さを語っている。

 しかし、ジークもそんなことは百も承知だ。そこで頭を抱えないのが、ジークウェザー・ハーゲンティという悪魔大公である。

 慌てて部屋に入ってきたネロ、キョウとハイタッチを交わし――こうして、ジークは正式に、ヘルメス魔法学校の(ほぼ)生徒(扱い)となった。








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・契約書、同意書は最後までよく読みましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「猫好きのジークは」で突然ジークくんの猫派犬派かがわかるところが好きです。
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