あと62センチの恋
――「浮気よ」。
昼休みどきのカフェテリア。
昼食を終えた 私とビビアンをわざわざ呼び出したかと思ったら、シンディがそんな事を言い出した。
当然、私達はその突拍子もない言いがかりにウンザリと溜息を吐くばかりだ。
「エルヴィスに限ってある訳ないじゃん」
「バカバカし……」
私とジーク同様、シンディとエルヴィスももう半年以上の付き合いになる。
むしろ関係性で言えば私達なんかよりずっと進んでいるし、誰がどう見たって仲の良いバカップルだ。
いつもエルヴィスの肩に乗ってふんぞり返ってるシンディが、言うに事欠いて浮気とな。
出会ったばかりの頃こそ、攫われた因縁もあって気まずい雰囲気を感じてたけど、エルヴィスは仲良くなればなるほど素直で無垢で優しい男の子だ。浮気なんて有り得ない、と思う。
「ちょっとぉ!ちゃんと聞いてよぉ!証拠になりそうなものもあるんだからぁ!」
「証拠ねぇ〜」
「まず、まずよ。なんかコソコソしてる」
「なんか……って。もうシンディの主観じゃん」
もう全然シンディの話が入ってこない。
私とビビアンは退屈げに頬杖をついて、それぞれの飲み物をずぞぞと音を立ててだらしなく吸った。
「変なのよ!前はデート中百回は目が合ってたのに最近は九十回くらいなの!」
「飽きたんだろ。目線の自由くらい与えてやれし」
「同感」
辛辣だけど。私なんて向こうから無理矢理視界に割り込んで目合わせてくんだぞ。ちょっとかなり怖い。
「学校以外のこと探られるの嫌がってすぐ話逸らすし!何よりアタシと居る時間が減ったの!すぐどっか行っちゃうのよ!寮にも居ないし!変でしょ!?」
「バイト忙しいんじゃないの」
「そう思ってバイト先に行って色々聞いてみたの!確かにシフトは増えてたけど、でも何で急にそんなことするのよぉ!?」
「けっこーえげつねーコトしてんな」
なに探偵まがいの事してるのよ。何故人は恋をするとストーカーになるのだろうか。私の周り、粘着質な人間多くないか。
「……プレゼント買おうとしてるとか?」
あのエルヴィスがコソコソするなんて、それくらいしか考えつかない。ていうか十中八九そうだと思う。
そこは彼女として、華麗にスルーして待ってあげるべきなのでは。そして本番で大げさに驚いてあげるまでがマナーというか思い遣りでは。……いや私が言えたこっちゃないけども。
しかしシンディは私達の言葉になど耳も貸さず、勝手に一人でヒートアップしていく。
あれじゃん。解決策じゃなくて共感が欲しい典型例じゃん。
「それだけじゃないのよ!!香水!!服から女の香水の匂いがしたの!!問い詰めてもしらばっくれるし!絶対知らない女と会ってるのぉ!!」
「親戚とかそういうオチ〜?」
「何なのよアンタたちさっきから全然真面目に考えてくれないじゃないのよぉ!!」
「だってさぁ〜……有り得ないって。エルヴィスだよ?」
「茶番だよ茶番」
「他にも挙動不審なところいっぱいあるんだからぁ!!お昼ご飯代を節約するようになったし、ぼーっとアタシの手を見つめたり!家族連れの人妻に釘付けになったり!話題もいつも“特別なイベントをやるならどんな場所がいいか”とか!全然関係ないタイミングで好きな色とか好きな花とか訊いてくるし!何なのよ!」
「…………」
今にもハンカチ噛んできいいと呻きそうなシンディに、私とビビアン、二人で呆然とした。
いや。無いよ流石に。
「……むしろ何でそこまでされて分かんないのっていう」
「流石の私でも察しがつくんだけど……」
「女として終わってんな」
完全にサプライズする気満々じゃねーか。聞いてて恥ずかしくなるくらい露骨だよ。エルヴィス、隠し事下手すぎるよ。むしろ相談してよ。
悲しいかな当の本人に一切伝わる気配がないどころか盛大に誤解までされているのが何とも。報われないというか。
逆にこういう感じだから上手くいってる的な?……それもそうか。相手を好きなように誘惑できるシンディからしてみれば、ありきたりな言動をする男子なんて見飽きているだろうし。だからこそミステリアスなエルヴィスに惚れこんでいるんだろう。
それなら、こう、お互い相手の行動に予測がつかないのも納得……なのかなぁ。
「こうなったらもう……尾行するしかない!!!!」
もはや私達なんてお構いなし。シンディは声高らかに宣言し、勢いよく席から立ち上がった。
「いってら」
「アンタ達も来るの!!」
「ええ〜……何で〜?」
「もし尾行が見つかってもアンタ達と遊んでただけって言い訳できるでしょ」
「なんでそういう浅知恵は回るのに肝心なことには気付かないの……?」
あれか。ストレートな好意に慣れてないわね?さては。
ていうかもしかしなくてもシンディって私達以外に女友達居な…………やめとこう。
「カレ……今日も授業が終わったらサッサと消えるつもりよ!後をつけて浮気の証拠をガッツリ掴んでやるんだから!!」
「も~……仕方ないな~……」
「暇つぶしにはなるかぁー」
まあ……困っているのは確かだろうし。ビビアンの言う通り暇だし。シンディに貸しを作っておくのも悪くないので、付き合うことにしよう。
私達は放課後に待ち合わせの約束をして、解散することになった。冬休み前でどの学科も授業は同じ時間に終わるし、案外今日は良いチャンスなのかもしれない。
「……つか、シンディの魔法があるなら浮気とかされてもヘーキじゃね?」
「何でか分かんないけど、エルヴィスにはアタシの魅了が効かないの」
「へえ……何でだろうね?ジークやマーニくんですら効いてたのに……」
「おい、ザラやめときって」
「へ?」
ビビアンに袖を引かれて、私ははっとした。
そこには既に、恍惚の表情で自分の劇場に陶酔している一人芝居の主役・シンディの姿があった。
「それはぁ……やっぱりぃ、アタシとエルヴィスが奇跡で運命だからよぉ!」
「始まった」
「あちゃー……スイッチ入れちゃった……」
「忘れもしないわ、あの雨の日……アタシ、いつもみたいに中庭のガゼボで男が傘を持ってくるの待ってたの……。でもね……霧雨のなかで、アタシの魔法でも動かないヒトが居たの……それがエルヴィスだったのよ……!!」
今のうちに教室に戻ろう。うん。私はビビアンと視線を交わして、シンディが気付かぬ間にそそくさとカフェテリアを後にした。
もうその話百回聞いたし百回聞いたのに内容は全然覚えてない。
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・新章はやっぱりほのぼの回から。時間的には前回からそんなに経ってません。




