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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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マイ・ケミカル・ブラザーズ

 



 グリムヴェルトとの戦いから一晩が経った。

 彼は駆けつけたアトリウム王国魔騎士団に、“世界同時幻魔大量発生事件”の重要参考人として身柄を拘束された。

 幻魔の対処を命じられていた私達ヘルメス魔法学校の生徒たちはこれ以上事件への関与を許されず、陽が沈むころには皆、無理矢理家に帰されてしまった。

 もー大人って勝手なんだから。こっちが何か言おうとしても問答無用で帰れの一点張りよ。

 でもこれで――彼も人間として罪を背負い、人間として罰を受ける筈だ。少なくとも今までのように、居ないモノとして扱われる事は無い。

 騎士団に連行される間際で見せたグリムヴェルトの表情は、間違いなく人間のものだった。

 幻魔発生の大元であるグリムヴェルトを無力化したことで、家屋や人的な被害もすべて元通り……むしろ()()()()()()()()()()、という方が正しいのかな。

 残されたのは体力と魔力が底をついた魔導士ばかり、と。

 それでも流石に異常事態だった事もあり、簡単には片づけられないらしく、学校も暫く休校ということになった。正直ありがたい。

 聞いた話しでは、町のギルドや自警団も、同じく報告に追われてまともに運営できていないらしい。

 私達も、一日でモビーディックの町まで行って帰って来てその足でまたずーっと戦い続けたもんだからヘトヘトで。全員グッタリしながら家路についた。家まで送るというジークと兄弟を旧校舎に押し込めるのにも無駄な体力も使ってしまった。当面のあいだの脅威は去ったんだし。私より無理してるんだから大人しく休んでほしい。

 アルスも自分が停泊しているギルドの宿舎に戻り、私も無事自宅に到着。お母さんの心配する声を振り切ってそのままベッドで意識を失い、泥のように眠った。

 その翌朝であります。

 さすがに昨日帰って来てから何も飲まず食わずで寝っぱなしだったからお腹が減ってしょーがないわ。

 顔を洗ってのそのそ階下に降りると、今日はお母さんが先に起きているらしく、リビングダイニングから何だか香ばしい匂いが漂ってきていた。よーし。

「おはよ~~~」

「おはよぉザラちゃぁん」

『おはー』

「お早う、ザラ」

「おっ、起きたか!おはよー!」

「「おはよーございまーす!!」」

「…………いや多いわ!!!!」

 多っ。返って来る挨拶の数が尋常じゃないんですけど。

「アルスはいいとしてな~んで君たちまで居るのよ」

「心配だから顔を見に来た」

「おれも~!暇だから遊びに来ちゃった~!!」

「兄ちゃんに逆らえなくて……やめようって言ったんだけど……」

 疲れてるだろうから放って置いてあげようって発想は魔族たちの中には無いワケね。

 顔や手といった見える部分にガーゼやら包帯を巻いた男たちが、むさ苦しく我が家の食卓を席巻していた。あとミストラル――お父さんもナチュラルに入って来たわね。カミングアウトした途端にこの気軽さ、さすが私の父親だな。

「ていうかアルスは良いって何だ」

「え?アルスはほら……何かもうしょっちゅう居るから……?」

「俺だってしょっちゅう来ている!」

「あらぁ。お母さんはみぃんな大歓迎よぉ」

 朝からカロリー使わせないでほしい。

 ていうかジーク来るなら言ってくれないと本当に、本当にこっちはシャワー浴びたり髪の毛梳かしたりメイクしたりしなきゃいけないんだから困るの。なんでもう既にすっぴんで挨拶するのが当然になってんの?

 でも腹ごしらえしないとジークに気遣う体力すらないわ。

 とりあえず目先の誘惑に負けた私は席につき、恐らくジーク先生が腕を奮ったであろうやたら豪華な朝食にありついた。

 前に魔界の列車で食べたチキンとハーブのサンドイッチだ~うま~い。レモンサラダが疲れた身体に染みる~。何かよくわからん野菜のポタージュうまま~。

「食べているところが一番可愛い……」

「ブッ」

 ジークのうっとりした一言であやうく鼻から紅茶出すところだったじゃないの。あと一番って何よ一番ってもっとかわいい瞬間あるだろうが。え?そういう性癖?だからこいついつも私に餌付けしてんの?

「み……みんなはもう朝ごはん食べたの?」

「おー。俺はギルドの食堂でたらふく食ってきた!そしたら、このままじゃ食糧庫が空になるって叱られて、追い出されちまったよ」

「ウチの食料も無くなるわ」

「大丈夫大丈夫!今は満腹だから!」

 アルスの笑顔に珍しく恐怖を覚える私だった。

「おれ達も食べたよー!ジークさんの手料理!三人で!」

「ん。おいしかったね」

「錬金術なかったら死んでたなって久々に思った」

 もう既に死んだ目でジークが呟く。お疲れ様です……。自分のぶんと更に疲労した胃袋の化け物二人だもんね……。ややぐったりしているのはそのせいか。イヤ本当休んでいいのに……。

「今日はどうするのぉ、ザラちゃん。ジークくんたちとおでかけ?」

「いや……そういう約束は特にしてないけど……」

 約束もしてないのに集まるのが彼等の習性なんです。というのは置いておいて……。今日私がやるべきことは恐らく……。

「……」

『……』

 目がどこにあるか分からないけど、なんか目が合った気がする。そう。アレ。ミストラル(お父さん)のことだ。昨日の段階ではそんな余裕も無かったのでまだお母さんには打ち明けていないものの。

 アルスが朝イチでうちに来てくれたこと、なにより本人が全く隠す気がない辺り、つまり……そういう……話しをしに来てくれたのだろう。

「実はちょっと……お母さん達と話したいことがあるんだけど」

「えぇ~?困るぅ~」

「は?」

 は?

「お母さんこれからお友達と舞台観に行くのよぉ。言ってなかったかしらぁ?」

「……そういえば」

 先週あたりにそんな事を言っていたような。どうりでやたらおめかししてる訳だわ。そのライラックのドレス、特別な日にしか着ないもんね。

 う。そうか。ここのところグリムヴェルト対策に忙しかったのと、まさか緊急家族会議を開くことになるなんて思いもしなかったから、割と記憶の片隅に放置していた。そりゃお母さんも予定あるよね……。

「帰るの夜になりそうだからぁ、ザラちゃん、お夕飯用意しておいてくれるぅ?」

「俺が作りますよ」

「あらぁ~助かるわぁ~!!いいのぉ?」

「はい。ちょうど実家から良い肉が届いたので」

「あらあらあら。じゃあおジークくんに任せしちゃうわぁ。ザラちゃんもちゃんとお手伝いしてねぇ~」

 そう言いながら、お母さんは着々と出かける支度を進めている。帽子を手に取り、鞄に荷物を詰め込んで、時計とカレンダーに書いた予定表を照らし合わせている。

「え、待ってお母さん、もう行くの?」

「そうよぉ。だからジークくんたちが来てくれて良かったわぁ。アルスくん、フュルベールくん、ベルナールくんも。ザラちゃんのことよろしくねぇ~いってきま~す」

 ゆったりとして口調とは裏腹に、素早い仕草でそそくさと玄関へ向かうお母さん。止めようにも私は食事中だ。おいしい。

「お出かけするならちゃんと鍵かけていくのよぉ~」

 なんて声が既にもう遠い。間もなく玄関のドアが開閉する音が虚しく我が家に響いた。

 ……ということは。私の予定が早速ひとつ潰れてしまったんですけど。

『……ああいう人だから』

「うるさいな……」

 ちょっと得意そうなお父さんの声にムカついた。あんたが。あんたが色々黙ってたから。あんたが止めなさいよ。

 ……なんて、流石に十年離れていた父親にいきなりそんな熱量で詰め寄れないけど。なんか全然自分に非が無いみたいな態度なんだよな。なんなの?

 ええ~…………。唯一の味方を僅かに引き留めることすら適わず当惑する私の前に、今度は兄弟が顔を覗かせた。

「えっと、ザラさん……!」

「な、なんでしょう」

 ずいと真っ赤になったベルナールくんが詰め寄ってくる。こうして間近で見るとますますジークによく似ている。強面美形なところとか。

「おれたちとデートしてほしいな~!!」

「…………はい?」

 無邪気にふんにゃり笑うフュルベールくんに、先ほど家を出て行ったお母さんの面影が重なった。他人を振り回すタイプのマイペースな人たちはこれだから。(特大ブーメラン)

「一日だけでいいから、おれ達に時間ちょーだい!ジークさんとアルスさんも一緒だよ!」

「それ、デートって言うのかな……?」

 男四女一はデートっつーか囲いでは。こういう時に出張ってきそうなジークとアルスは既に兄弟の提案を知っていたような素振りで、あとは私の返事を静か~に待っているようだ。

「昨日から、お前達と過ごしたいの一点張りでな。深夜に突撃しかねん勢いだったので何とか抑えつけて、今朝連れてきた」

「なるほど……」

「いいんじゃん?たまにはこいつらのワガママ聞いてやるのも」

 私は兄弟を窺う。二人はいつもみたいにお茶らける様子はなく、ただ切実に、両手を祈るように握り込んで私の言葉を待っている。駄目だなんてって言ったら、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だ。……そんなことしないけど。

「いいよ。こうなったらもう、疲れなんて忘れるくらいぱーっと遊んじゃおう!どうせやる事もないし。それに――」

「それに?」

「私達、ちゃんと遊びに行くの初めてじゃない?フュルベールくんやベルナールくんのこと、もっと知りたいと思ってたんだよね!」

 兄弟がわっと抱き合って喜んだ。そんなにされると照れますよ。

 魔界に行ったり幻魔と戦ったり魔族と追いかけっこしたり……彼等と関わるときはいつもトラブルの渦中で。彼等のパーソナルな部分に触れられる機会があまり無かったように思う。

 純粋に楽しむためだけに一緒に行動するのなんて今までになかったことだ。そう思うと悪くないかも。

「じゃあじゃあじゃあ!!遊園地行こ!!」

「あ、ずるいよ兄ちゃん、俺も言おうと思ってたのに!」

「いいじゃんよ~、どっちが先に言ったって同じだよ!」

 昨日まであんなに見事な連携で戦っていたのに、今やたった一瞬の間を争う兄弟の姿がやけに微笑ましくて、私は思わず吹き出した。

「ふふっ。二人って本当に仲良しだよね。私兄弟とかいないから羨まし〜」

「「え???」」

 しかし何故か硬直する二人。

「……アルスさんは?血繋がってないの?」

「え?ただの友達だけど……」

 ああでも、父親は同じ……?いや、それってどういう状況よ。異母兄妹……ってわけでもないし。それこそアルスに血縁者は居ないらしいし……近いのは兄弟弟子……とか……?でも私は今まで普通に友達だと思ってわけだしな……。

 え。待って、マジで今私とアルスの関係って何なんだろう。この辺も今日の夜にハッキリさせないとだな。父親の養子って家系図でいうとどこ?

「えええぇぇっっ!!!!????」

「な、なに……?あ、家に居たから兄妹だと思ってた?」

「い、いや、えっと……うん、まあ、そんな感じ……」

「……」

 余程の衝撃だったのか、兄弟は二人であんぐり口を開けて呆けたままだ。そんなに似てるかな。少なくとも見た目は、私やお母さんに共通している特徴はない。と思う。

「でもアルスみたいなお兄ちゃん、いいよねー。優しいしかっこいいし、買い物とか嫌な顔せずに付き合ってくれそうだし!学校に送り迎え来てくれそう!!」

 そんで校門でキャーキャー言われてんの。私はその様子にほくそ笑むのよ。ジークいらないな。むしろ悪い虫からめっちゃ守ってくれそうだもんな。

「遊園地って。俺行ったことない!」

「ほんと?じゃあ、初めてならあそこがいいよ!」

「「ウラヌス・キャンドル・ツリー!!」」

 私の言葉を予期していたかのように、兄弟が満面の笑みを浮かべて拳を突き上げた。やっぱりアトリウム人たるものそうよね。外国人に紹介したいスポット上位ランカーだもの。

「何だそれ!?そんなにテンション上がる感じのヤツなのか!?」

「うん!通称天文台!アトリウムで一番綺麗で一番スタンダードな遊園地だよ!!」

「天文台に遊園地が……?」

「そうよ。うーん……ていうか、天文台“が”遊園地になってるっていうか……見てもらったほうが早いかな……」

 怪訝そうなジークの懸念を晴らす為に、私はリビングの本棚のレジャー関連の段から、去年に現地で貰ったウラヌス・キャンドル・ツリーのガイド小冊子を取り出した。

 少し埃っぽくなった表紙をめくって、ジークとアルスにも見えるよう、ページを大きく開いて見せる。

「ね。展望台の周りにアトラクションがあるの。それぞれが星座をモチーフにしてて……季節によって、こんな風に照明が変わったりするの」

「……二人きりならなァ……」

 本音がダダ漏れですよ、悪魔大公。確かに夜のライトアップはさぞかしロマンチックでしょうけど。今日はそういう日じゃないから。

「場所は?」

「そんなに遠くないよ。前に行ったカリフェン湖畔公園から定期便が出てて……」

「ああ、あれの対岸か」

「そうそう!」

 私とジークが~……その~……所謂初おデェトを~……した場所ですね……そこから船に乗って町の向こう岸に渡った先の敷地がまるまるテーマパークになっている訳です。

 なのでここから一時間くらいですかね。何を隠そう去年そこで勝手にグループから取り残されて名前もよく覚えてない男性から百本の薔薇を渡されたりボートの上でキスされそうになって怖くて逃げ帰ったり等しましたので記憶に新しいでございます。

 いや、遊園地じたいはめっちゃ楽しいんだけどね、暫くは思い出すのが嫌になって行ってなかったのよね。

「め~っちゃ楽しみ!!俄然行きたくなってきた!!そうと決まればザラ、早く部屋戻って着替えてこいよ!!」

「え~まだ紅茶残ってるの~」

「も~飲みながら行けって!ほらほら!」

「しょ~がないな~支度するからちょっと待っててよ~」

 すっかりやる気になってしまったアルスが、急かすように寝間着姿の私の背中を押した。目がきらっきらしとる。こういう純粋なところに応えてあげたくて、つい甘やかしてしまう私であった。

 ジーク達にも手を振って、私は階段を登って二階の自室へと戻ることにした。

 休日だし、せっかくのお出かけだからとっておきの服を着よう。袖にボリュームのついたスタンドカラーブラウスに、グレンチェックのショートパンツ。冷えるからコートも羽織って、と。

 髪を梳かして軽く化粧を済ませる。鞄の中身を確認して、室内履きをブーツに履き替え、香水を振る。

 全ての準備が整って一階に戻ると、待たされた男子たちが若干苛ついた様子でこちらを一斉に振り返った。すいませんて。

「よーっし!じゃあ黒猫横丁駅まで競争~~~!!」

 フュルベールくんが玄関のドアをぶち破った結果、まんまと宣言通りに、私は怒りに任せて彼の背中を追うことになった。






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