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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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トリスメギストス・6




「みんな、大丈夫か……ゴホッ、ゴホッ」

 砕け散ったミストラルを携えて、煤煙を吐き出すアルスの姿があった。

 どうやら最後のタロースを封印することに成功したらしい……けど。

「だ、だいじょ……いたたたた」

「わ~~~あたまぐわんぐわんするよぉ~~~」

「お……俺も……なんか……耳と……目と……心臓とか……諸々飛び出しそう……」

 まさか最後の最後に目の前で爆発するとは思わないでしょ。

 爆風の煽りをもろに受けた私達は、アルスの瞬撃とジークの咄嗟の魔道具による防御で直接的なダメージは避けられたものの、しばらくその余韻に惑わされた。

 ただの人間である私ですら、ジークに庇われたときに頭を打ち付けたのと、タロースの自爆の衝撃が身体中を通り抜けていった余波で、あっちこっち痺れている。魔族のジークやフュルベール・ベルナール兄弟はもっと酷い状態だろう。アルスはいつも通り謎機工のマスクで顔を覆っていたみたいだ。

「ジークは、平気?」

「ああ……何とか……」

 私とジーク、兄弟の二人ずつ、肩を組んでどうにか立ち上がる。衣服のカフスやスカートの裾が吹っ飛ばされたような破け方をしていることに気付く。こりゃ……髪もダメでしょうね……。

 いまだ咳き込みながら、私達五人は再集結する。

 ミストラルは虹色の硝子たちを巻き上げるように吸い込んで、その刀身の美しさを取り戻していた。

 ――よし。目いっぱいに息を吸い込む。

 振り向いた先で、グリムヴェルトが唇を噛み締めていた。

「追いつめたぞ、ホムンクルス」

「観念しなさい。……あなたを殺したりなんかしないから」

「だから、大人しくジークに斬られろって言うのかい?つくづく傲慢な女だね、ザラ」

 遠目でも焦っているのが分かる。虚勢を張っているのが見え見えで、握り込んだ拳が震えている。

 それでも私達を見据えている。

「私は……生前の君を知らない。だけど、分かるよ。君は……そういう人間だ。自分の手だけは汚さずに、いつも男を使って。自分にとって都合の良い結果だけ……他人から毟り取ろうとする……!」

「そう言われるとめっちゃ人聞き悪い感じだけど……確かに、それが私の戦い方だよ。私はみんなを頼ってる。同じくらいみんなに返してあげたいから」

「……そこに、私は含まないんだろう」

「含むよ。私に関わった時点で、あなたは私に助けられる運命なの」

「助ける……?私が何に……一体何に苦しんでいるって言うんだ。勝手に憐れむなよ。勝手に見下すな……!それが、それが傲慢だって言ってるんだ!」

 対話は並行線だ。

 このままでは埒が明かない。互いにそう思ったに違いない。

 グリムヴェルトは、雨の中で悲劇を訴える主人公のように、自らの胸に手を翳した。手はそのまま、心臓目掛けて身体の内側に()()()()()

「まだ何かするつもりか……!」

「……!」

 止めるべきかどうか、迷ってしまった。私の逡巡すら見透かしたように、グリムヴェルトは顔を真っ青にして、それでも狂気的に笑っていた。

「ザラ、ジーク。私を何者かにしてくれ」

「え……」

 ――もしかしたら、それが彼の切実な本心だったのか。

 寸の間に見せた縋るような瞳は、私の見間違いだったのだろうか。

「どうなったっていい!私の魂も肉体も精神も――私でない何かに成れるのなら!!」

 グリムヴェルトは吼える。自分の心臓に無理矢理術式を流し込んで、幻界の情報を流し込んで、ジークにもそうしたように、自分という存在を書き換える。

「光よ!!私に命を!――輝きを!!」

 奇しくも魔硝を解き放つのと同じ文句を謳いながら。

 ――その“錬金術”の眩しさに目を覆う。

 魔族が扱うものとは違う、神秘的な光のヴェールが上がった時。

 グリムヴェルト()()()モノが、翼を広げて舞った。

 もう、合成獣(キメラ)を思わせたちぐはぐな人造人間ではない。

「グリムヴェルト……なの……!?」

『さあ。最早私は――存在さえ不確かだ。だからこそ、生きないし滅しない。永遠の幽霊、永劫の虚像――あるいは、ただの妄執が見せる幻影か』

 極光(オーロラ)が如く揺蕩う、二本の角の煌めき。宝石を集めて照らされた翼。輪郭を失い明滅する尾。灰色の肌だけが、僅かに彼の面影を残している。

 異様な魔力……いや、魔力とは違う“何か”。

 そこに居る筈なのに、存在を感じ取れない。時空に孔が空いたような違和感に覚えがあった。

「自ら幻魔化したのか……!」

「だったら斬るだけだろ」

 アルスが躊躇わずにミストラルを振るう。

『その剣じゃ私を傷つけられないよ』

 しかし嘲笑うように、グリムヴェルトが切っ先を押し返した。アルスが後ろへ吹っ飛ぶ。

 ああ――幻魔なんてものじゃない。これはもっと異質だ。

 幻神、とでも呼ぶべきだろうか。

 理性をかなぐり捨てたような芸術的な儚さと愚かさを携えた神は、今まで見てきた幻魔のどれよりも悲しくて、美しい。誰も思い描いたことのない、創生物。

 私は、アルスの呻く声ではっと我に返った。今の今まで、グリムヴェルトに見惚れていた。

 このまま暴れられたらたまったもんじゃない。せめて無力化しないと。

「兄弟!」

「はーいっ!」

「行きます……!」

 魔硝の武器の攻撃に続けて、ジークが深緑の刃を突き立てる。私も追撃に参加し、雷の檻をぶつける。

『効かない、効かない!あははは!』

 ――効かない。グリムヴェルトの言う通りだった。私達は確実に、攻撃を当てている筈だった。

「もう一度!」

 今度はアルスも加わって、一連の連携を繰り返す。幻魔を無に帰す魔硝の剣も、弩も、鉈も、グリムヴェルトの輝く胴体に叩きつけられては砕け、再生し、また砕ける。

 それなら伝説の魔導器であるジークのエメラルド・タブレットならどうか。ここに至るまでの幻魔たちを動かぬ魔硝に変えてきた一太刀も、空を斬るばかりだ。

 発動した筈の雷の魔法も、グリムヴェルトがすり抜けたあと、虹の霧となって散るだけ。

「魔法も効かないなんて……!どうなってんのよ!」

「あいつ……完全にこの世界の理から外れたんだ……!おれたち、影に向かって戦ってるのと同じかも……」

「つまり……今の俺たちじゃ歯が立たないってコトか」

 これじゃ、隙を作ることすら適わない。グリムヴェルトは不敵に嗤って、挑発するように自在に宙を飛んで見せている。

『それじゃ――お返しだ。賽を振ろう』

 ぱちん、と指先が弾かれた。

「ザラ!!」

 ジークが駆けつけるよりも速く、――何かが私に迫っていた。

 きらきら光る、鋭い切り口のような、残像。流星の鏃。稲妻の格子。

 それらが一斉に、私の身体を貫いた。

「――っ!!」

 自分が浮いているのが分かった。時間を滞らせたように、ただゆっくりと肩から堕ちていく。

 血相を変えたジークに抱えられて、このあいだ死んだ時のことを朧げに思い出したりした。

「ザラ……!!」

「へ、平気……」

 痛かった。お腹が痛い、背中が痛い、胸が痛い、首が痛い。浅く息をして、キャスリングに魔力を込める。これで止血くらいは出来る筈だ。前みたいに一撃死じゃなかっただけ良かった。

 ジークにまたトラウマを植え付けないよう、慎重に彼の手を握り返した。

「全部跳ね返すとか……エグ……」

 あれは反射だ。私達が放ってきた全ての敵意が、一辺に戻ってきたのだ。

 そうだった、グリムヴェルトは、私達に直接は手を下せないんだ。それこそ私達を殺したら、矛盾が起きてグリムヴェルトの存在理由ごと消えてなくなってしまうから。

 だったら――幻界の性質を利用するわけだ。

「とりあえず、これを飲め。痛みは消える」

「あ、ありがと……」

 ジークに手ずから、謎の液体を口元に流し込まれる。ああ、よく飲んでる回復薬(ポーション)ね。

 血の味に混じってハーブの香りがする。これちゃんと胃腸まで届いてんのかな。穴開いたところから漏れ出してないかな。なんて馬鹿なことを考える余裕だけは妙にある。

 ジークに支えられて、再度、辛うじて立ち上がると、眩暈がした。喉まで不快感がせり上がってきて、白いブラウスに真っ赤な血を吐いた。

『さあどうするんだ、ザラ!ここで互いに力尽きるまで戦うか、それとも世界を諦める?』

「うる……っさいっての!今考えてんの……!てか、世界って、なに…………!」

 戦況は白紙になった。

 私達とグリムヴェルトは、互いの一挙手一投足を測りかねるように、瞬きすら許さずに距離を保つ。

 相手は、武器による攻撃も、魔法による攻撃も受け付けない。

 それどころか、自分に降りかかった不幸を跳ね返すかのように、罰のように、全ての傷に“成り得たもの”を鏡映しにしてくる。

『もう一撃ぶんあることを忘れずに』

 グリムヴェルトが更に指を鳴らす。

「俺が受ける!!」

 今度は地面から、噴水の飛沫を引き連れて、斬撃と雷撃の影がミストラルに降り注いだ。

 アルスは何度か苦しそうに自分の幻影を受け流すものの、死角から迫る矢と雷に身体を薙ぎ払われ、膝をつく。彼の身体機能を補助する魔法も間に合わない。

「「アルスさん!!」」

「ちぇっ。カッコつかねえな……」

 兄弟がアルスのもとへ駆けつける。その光景に、僅かに、後悔の尾のようなものが脳裏を掠めた。

 いいや、ダメだ。まだだ。グリムヴェルトがまた指先を掲げる。次は何が来る。

 今の私達に出来ること。防御する?魔力を使って?幻魔相手に?ならこっちも反射する?今、必要なこと、今、今――

 考えるたびに頭の芯がぼうっとしていく。何か突拍子もないことを口走りそう。

「……今の私達の力じゃなければいいのかな」

 もはやそう言うしか無かった。

 貧血で思考が纏まらない。だってどうしようもないじゃん。何が出来るっていうのよ。宇宙から未知の存在がやってきて、全ては私が思うままなのだーふははってな具合に解決してくんなきゃ。

 頭が回らないなりに、ジークの反応は予想していたつもりだった。

「……ザラ……!お前、天才か?」

「え?ま、まあ割と……?」

 しかし、思っていたのとは正反対の声色で、ジークが鋭く閃いた表情を見せた。

 そしてグリムヴェルトも同時に、ジークの案を察したらしい。

『ジークウェザー……!君だけは、どうにか殺してやりたいところだ!!』

 夢のような翼を翻して、こちらに向かって来ていた。

「アルス!時間を稼いでくれ!」

「あいよ!」

 その間の地点に、アルスが躍り出ると、グリムヴェルトは輪をかけて気色ばんだ。

 幻界の力で出現させた大鷲の鉤爪と硝子の剣が、不釣り合いに流麗な鈴の音を立てて鍔ぜり合う。

 二人の攻防を横目に、ジークは着々と鍵の倉庫からアイテムを取り出し、地面には紋章(シジル)を描いて――まるで今からここで錬金術を使いますよといわんばかりに準備をしている。

「フュルベール、ベルナール!」

 突然呼びつけられた兄弟が、びくっと肩をこわばらせた後、慌ててジークのもとへやって来る。

「お前たちも錬金術、使えるんだろう」

 その問いに、気まずそうに二人で顔を見合わせる。

「え、えっと……」

「惜しんでる場合じゃないよ、兄ちゃん」

「……だね。そうだよ。ハーゲンティの力が使える」

 兄弟はジークの視線を受け止めて頷く。これからどんな難題を吹っ掛けられたとしても、呑み下しそうな勢いがあった。二人で励まし合うように手を握っている。

「……なら。頼みたいことがある」

 そう言って、ジークは兄弟に耳打ちした。




.

.

.




『退け、アルス!』

「へっ、近づけさせてたまるかよ!」

『私は、君が、嫌いだ――私と同じくせに……――!!』

「お前も素直になればいいだけさ」

『黙れッ!!』

 兄弟が“武器”を錬成している間にも、アルスとグリムヴェルトは言葉をぶつけ合い、互いを傷つけあう。

 何度かグリムヴェルトの反射が襲ってきそうになったけど、その度にアルスが素早くミストラルを叩きこんで、発動そのものを防いでいた。

 焦ったグリムヴェルトが近距離で反射を発動し、それをまた捌く。集中するアルスの背中は、いつもの頼れる兄のような姿ではなく、一流の剣士のものだった。

 一方でこちら側では兄弟が、ジークに提示された“あるモノ”の錬成に取り掛かっていた。

 幻魔を結晶化させた魔硝の欠片と、私の血を使って、紋章(シジル)の魔力を解き放つと、赤黒い光が奔った。

「出来た……!!」

 フュルベールくんとベルナールくんが、その“武器”を掲げた。

 ジークが伝えたのは――“お前たちしか見たことのない物を”、という注文だった。

 かねてよりグリムヴェルトと対峙してきたこの兄弟だけが知るもの――それは恐らく、こう言い換えられる。

 “未来のモノ”と。

 ジークが私の言葉から知啓を得たのは、私達とグリムヴェルトの因縁を穿つ時空――“今”と“未来”というファクターだった。

 今日倒せないのなら、明日の力を。今年倒せないのなら、来年の力を。――二十年後の力を。

 グリムヴェルトに通用するのは、彼と同じ時間軸か、更に先にあるエネルギーだと結論づけたのだ。

 紋章(シジル)の上で妖しげに眠っているそれを、ジークは手に取ってまじまじと見つめた。私も傍らから覗いて、その正体を確かめる。

「刃が……無い……」

 兄弟が生み出した未知の力の形は――あろうことか、金色の剣の柄だけを模っていた。

「だめじゃん!!?」

「いいや――」

 衝撃を受ける私をよそに、ジークがしたり、と微笑んだ。それまで錬成陣の前で屈んでいた姿勢を直し、すっくと立ち上がって、アルスと刃を交えるグリムヴェルトを睨みつけた。

 ああ、この目。ようっく知ってる。もう絶対にやってやるって時の、炎を宿した金の瞳だ。

「ザラ!ありったけを!」

 ――だから、そうくると思った。

 私は了承の返事の代わりに、瞼を伏せて杖に意識を集中させた。遠くに剣戟を感じながら、自分の意識の深い場所と、天空に漂う火花を繋ぐように願い、祈る。大気と電子が私の魂と同化する。

 ――力を。煌めきを、閃きを、輝きを。グリムヴェルトを――裁けるほどの雷を。

 心のなかでそう唱えた瞬間、どこかで、

「――いいよ。」。

 誰かが答えた気がして。

 私が目を見開くのと同時に、黄金の柄が、鋭く、長い雷を宿した。

「やっぱビームソードかっこいいねー、兄ちゃん!男子の憧れだよね!!」

「えー?おれはあの浪漫よくわかんないけど。ベルちゃん、映画館出たあともずっと傘でマネしてハシャいでたよねー」

 青白い稲光そのものが、真っ直ぐな光刃を形成している。まるで照明器具をそのまま縦に引き延ばしたような、魔法剣ならぬ、剣魔法。けれど質量はなく、立体的な映像が照らし出されているみたいに出力されている。

 確かに、こんなもの――見たことも聞いたこともない。胸が高鳴った。

 歩き出しから、徐々に加速して、ジークがアルスのもとへ駆ける。無理矢理に背中を押し付けて、光刃を手に隣に立ち並んだ。

「やるぞ、アルス」

「おう、相棒!」

 ジークとアルス、二人が柄を握ると、たちまち天を貫く勢いで電気の刀身が大きくなった。光の大木を支えているようにさえ見える。

『そ、れは――……』

 微かにグリムヴェルトがたじろいだ隙をついて、二人は剣を振りかぶる。魔族と幻界の人間が、魔族と人間が創った武器で、幻神に牙を剥く。

「「いっけえええええぇぇぇぇぇ――――――!!!!」」

 二人の咆哮とともに、光刃がグリムヴェルトの存在ごと真っ二つに切り裂いた。


 幻神の残滓まで両断した未来の剣が崩壊し、硝子が散り、幻界の景色が霞んでいく最中(さなか)に、グリムヴェルトが天を仰ぎ、小さく呟いた。


『嗚呼――眩しい。眩しいな……――』







 .


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