トリスメギストス・2
森の入り口では、既にヘルメスの生徒らしき人影が、背中合わせで幻魔と対峙していた。私達は間もなく二人と幻魔の間に割り入り、各々の武器を手にする。
というか、このシルエットは。
「ビビアン!シンディ!無事!?」
紛れもなく、私の親友二人だった。
鈍い銀の身体を持つ小型の人形のような幻魔の群れと、それを統率しているらしい更に倍以上の体躯のブリキの模型。
関節部分だけが人間の神経のように赤く肉質的で、左腕部分が大砲になっているのがなんともバランス悪そう。顔はサイクロプス族のような一つ目で、内側から発光していた。
「おーすザラ。アンタもこっち来たか」
「まだ無事よォ。まだね」
それまで戦っていたとは思えない、けれど頬に汗を滲ませて、ビビアンが軽く手を上げた。拳にはいつものお気に入りの、デコレーション鬼盛りぎゃんきゃわ手甲が装着されている。
「もって……何がどうなってるの?」
「アタシ達も知らないわよォ。せっかくダーリンとデートしてたのに、いきなり伝書烏寄越して来やがってあのババア……」
宝玉片手に、シンディが忌々しそうにブツクサ呟いていた。ババアとは……心当たりのある人物がヘルメスには多すぎる気がします。
そうよね、学校は今日、少なくとも授業はやってない筈。じゃなきゃ私だって、ドラゴンに乗って賢者の石を探しに行ったりしない。
それでもこの二人、最近仲良くなったとはいえ私抜きではプライベートの関わりも薄そうなビビアンとシンディがわざわざコンビを組んで、校内で幻魔と戦っているということは、学校側からの招集があったということだろう。
私達生徒は、学校内で色々な恩恵を受ける代わりに、有事の際は町の魔導士として、戦闘や市民の救助活動に赴くことを課せられている。
「ごめん、私もさっき……その、宙からワープして来たから状況が呑み込めなくて……」
「あ?なに?そーゆー設定?」
「違う違う。とにかく、よく分かってないの。幻魔が出現して、生徒はみんな戦ってるの?」
「そんなトコ。いっちゃん早かったのがあーしとシンディとエルヴィスだったみたいでさ。とりま班分けされてこっちやってんの」
「そっか……首尾は?」
と、聞いてみるものの、この状況を見れば一目瞭然だ。人間を取り巻く無数の小型幻魔と、恐らくここ一体の部隊長として配置された大砲幻魔。
私達もここへやって来るまで幻魔と遭遇することもなかったのは、ひとえに彼女たちの活躍のお陰なのだろう。
「っつーさかさー。もーぜってーぶっ殺せるハズなのに、やたら硬ぇんですけど。何なら削るたびに強くなってね?って」
「だぁからァ、倒しきれるモンじゃないって説明されたでしょォ。ホンット話聞かないわね」
「マジで?初耳だわー」
もー。緊張感ないんだから……。
「でもザラが来てくれたんだから、なんとかなるっしょ」
「私というか、アルスが何とかします……」
「おう。トドメが俺が刺すから、もう一回だけ、殺しきらない程度に弱らせてくれないか?」
「だってさ、シンディ」
「え~。何回同じことやったのよ。も~魔力ないわよ」
「そこを何とか!お願いします先輩」
「っは~……。マジで次ないからね~……」
アルスを中心に、まずは幻魔が魔力を吸収する直前まで攻撃する。主な攻撃手であるアルス、シンディが一歩前に進み出て、そこへ遠近を援護するジークが続き、私とシンディが更にその後ろに控える。
こうしていると、シンディの卒業試験の再現だ。フェイスくんとエルヴィスが居ないけど。
時間はあまり掛けていられない。幸い、ビビアンとシンディはもう対処に手慣れているらしい。まずは、と合図をすると、さっさと小型を蹴散らして回った。
銀の人形は足下に纏わりついたり、互い手足をくっつけさせて、柱のように立ちふさがったり覆いかぶさって来る以外には、それほその脅威ではない。
その代わりに、数が多い。そして、先ほどもビビアンが言っていたように、恐らく既に魔力を吸収して強化されたらしく、なかなかしぶとい。
しかも小型を片づけている間にも、奥で待つ大砲型が間隔を開けつつ魔法の弾を撃ってくるので、必然、私達の動きは制限される。
一発撃ったあとに時間が生まれるのが隙だ、まずはヤツの射程から逃れつつ、小型を誘き寄せなくては。
「ビビアン!小型を一か所に集めて!」
「あいよ!」
自分で封印出来るアルスに、一体ずつ相手取らせるわけにもいかない。かといってビビアンたちもそこまで余裕があるわけじゃない……とくれば。
ここひとつ、くっつきたいならくっついていてもらいましょう。一網打尽にする。とはいえ、私の魔力を直接叩きこもうもんなら、それが何倍になって返って来るかわかったもんじゃないので、ここは一計案じちゃうんだからね。
シンディの補助魔法を付与されたビビアンが、鮮やかに舞い、力強く幻魔を薙ぎ、投げ飛ばし、蹴落とす。ミストラルの斬撃から逃れた幻魔は、次第に同じ場所に誘導されていく。
――今だ。
「“雷の楔よ”!」
威力は最小限、範囲は広く。細かい調整はアテにならないかもだけど――これでいくらか楽になるはず。
私が放ったのは、魔力の檻だ。電流が流れる格子に閉じ込められてた小型幻魔たちは、身動きが取れずに硬直していた。
ちなみに杖を介して魔力を送り続けてるから、幻魔が魔力を吸収したところで檻の威力も上げるだけよ。その前に感電して動けなくなるでしょうけど。
「……コレ今思いついたけどメッチャ有効じゃない?」
「流石だ、ザラ!偉いぞ!流石俺の妻!」
「よっ!アトリウムいち!」
賞賛の気持ちだけ受け取っておくわね。あいつら距離があるからって調子乗ってんな。
「ここまではいーんだよここまでは!」
「補助切れるわよ!下がって!」
すかさず、ビビアンとアルスが位置を入れ替える。
魔硝の剣が輝き、閃く火花ごと、小型の幻魔の集合を叩き斬る。
「纏めて眠れェーッ!!」
濁った硝子の刀身が砕けると同時に、無機質なヒト型も光の粒となって、空中へ霧散していく。
「すっげ!マジで消えたじゃん!」
「じゃ、次はあのデカブツね。――デートの邪魔した罪は重いってこと、わからせてやるわ……!」
シンディがオーブに魔力を込めると、桃色の霧が周囲に立ち込めた。
この霧の正体を知る私とジークは、咄嗟に鼻と口を塞ぐ。
「ちょっとォ、失礼ね。無害よ、無害」
「あ、そうなんだ……じゃあ、なに?」
「ま、これも魅了魔法の応用よ。人間、適度に恋してる分には健康でしょォ?」
「まさか……治療術?」
「ないよかマシでしょ。目くらましにもなるし。……アレに効くかどうかはわかんないケド」
おお……。ついさっき戦いに加わった私達にはやや実感薄めだけど……あ、でもさっき砲弾を避けて転んだときの傷が治っていく。
ビビアンも呼吸を整えて、身体の具合を確かめるようにステップを踏んでいる。まさかシンディがそんな殊勝な魔法を覚えてるなんて……。
「でも、これじゃどこから攻撃が来るかわかんないんじゃ……」
「いいや!」
懸念したそばから、霧を突き抜けて光弾が突き抜けていく。ジークに庇われてなかったら直撃してた……。
「そっか、ジークは見えんのか!さっすが!」
「次が来る前に囲むぞ!」
全員でジークの視線の先をよく観察しつつ、彼の背中に続いて駆け出す。
シンディの魔霧が晴れるころには、左腕の大砲を抱えて佇む幻魔を包囲していた。
五人それぞれ別々の位置につき、砲弾の狙いを分散させる。
「ビビアン!」
「アルス!」
私とシンディがそれぞれ、前衛の二人に身体強化の魔法を施す。幻魔は素早く反応し、アルスとビビアンに砲口を向けるも――
「そいつは貰い受ける!」
ジークが投げつけたフラスコの中身を浴びると、何故か一瞬でジークのほうへ照準を合わせ直した。中身はたぶん、敵視を集める餌のようなものだったのだろう。
「オッッッラァーーー!!!!」
死角になる低い姿勢から一撃、ビビアンの重すぎるアッパーカットが、幻魔の身体をその場から垂直に浮かばせた。
そしてそれよりも高く、アルスが飛翔する。既に再生したミストラルを天高く掲げ、一直線に振り下ろす。
「取ったッ!!!!」
がん、と、鉄板を鉄骨が貫いたような、重金属の交通事故みたいな音が腹の底まで鳴り響いた。しかしその重さはもう目に見えない。
左腕に大砲を宿したブリキの幻魔も、ほどなくして、大量の星となって、ミストラルの亀裂の内側へと吸い込まれていった。
「……ッシャオラァー!!見たかボケェー!!これが女子力じゃあーい!!」
ビビアンの鋭い勝鬨で、私達は一拍遅れてから、勝利を確信した。
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・ちなみにこの幻魔の大砲は魔界でジークがぶっ放したザラレールガンを模しています。




