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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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天橋の夜明け

 



 貴重な休日が、とか言ってらんないのは分かってるけどね。

 一介の女学生がこんなにしょっちゅう、あちこちに冒険に出かけるのもどうなのよ。

 内心でそうは思ってても口には出さないけどさ、こう、どんどん日常が遠のいてるなあって。いや、今更か……ジークと出会った時点で……。

 と、この寒空の下ドラゴンの背に乗って国境の山々を見下ろしていると考えてしまうワケです。

「ねえ、やっぱり三人乗りは無理があるんじゃないかな!?」

「しょーがねーだろ、二体しか借りられなかったんだから」

「だって、ドラゴンさんも重そうだよ!?心なしか遅くない!?」

「こんなもんだってー」

 はい。

 フェイスくんの占いを聞いた私たちは―アルスの伝手を辿って、ドラゴン運送屋さんのお世話になっています。ギルドの同僚さんの、そのまた更に古いご友人だとかで。

 私たちの住むアトリウム王国では、ディエゴくんのような、魔物を捕らえて調教する馴手(テイマー)と呼ばれる魔導士によって、一部の魔物が商業や工業に利用にされる事がある。

 文字通り人智を越えた存在である彼等は、こうして私たち人間だけでは到達できない場所への移動や、過酷な環境に住む人々の生活を助けているのだ。そういえばヴィズのパレードにもフェンリルやドラゴンが居たわね。

 しかし問題なのはその人手……というか竜手の数だ。

 人間五人に対して用意されたドラゴンはたったの二頭。人間のそれを大きく上回る巨躯を持つとはいえ、背中に乗せて飛ぶともなると若干キツいのでは。そりゃ私だって猫三匹乗せて走り回れとか言われたらキツいよ。

 その証拠に、私とジークとアルスを乗せているこっちの赤いドラゴンが、フュルベール・ベルナールくん兄弟を運んでいるもう一頭の同種よりも高度が低いし速度も遅い。しかもなんか一生懸命なんよ。ゲホゲホ言ってるんよ。鞍越しに感じる鱗がしんなりしてるんよ。

 本来は多くても御者と上空での環境を補助する魔導士の二人だってところを、ジークのアイテムで何とかするって言って無理矢理五人みちみちで詰めてんのよ。そらガバるわ。

「ジークはドラゴン、乗ったことある?」

「ああ……ジイさんが昔、レーサーだった時に、何度か」

「カホルさん、そうだったの!?」

「成績よりスキャンダルで新聞記事を賑わせてたけどな」

「オウ……」

 私は後ろ鞍に座るジークから、衝撃的な事実を告げられるのであった。ちなみに前はアルス、私は男二人に挟まれる形になっている。

 ドラゴンレースも常に一定の人気がある競技だ。魔界にもあるんだね。

 その名の通り人間がドラゴンを駆り、ゴールを目指してその速度を競う。スポーツというよりは賭け事として脚光を浴びるもので、男たちはひとときの夢と浪漫を求めて、会場から超長距離の先にあるゴールまでの間をテレビやラジオ、通信魔法の実況解説放送に齧りつく。

 その騎手ともなれば花形職業のひとつ――カホルさんのあのド派手な言動も納得だ。いやあれはハーゲンティ家の血筋か。

「ごめんねぇ、無茶させて……」

 申し訳ない気持ちで鞍越しの鱗を撫でると、赤い竜は喉を低く鳴らした。ちょっと怖かった。

 一方で、私たちの前方を行くもう一頭のほうは。

「わーい!!本物のドラゴンだー!!」

「兄ちゃん、暴れたら落ちちゃうよ!!」

「見て見てベルちゃん!さっき居たとこがもうあんなに遠く……あ!!あそこさっき通ってきたとこかな!?うわー日差し眩しいっ!!あとドラゴンって肌スベスベだね!!もっと鱗ゴツゴツしてるかと思ってた!!」

「お願いだから落ち着いて、兄ちゃん!!危ないから!!ホントに!!」

 瞬きするたびに目に入るものに対していちいち全身で反応するフュルベールくんと、それを制御するベルナールくんがてんやわんやしていた。落竜は滅多にないらしいけど、あの調子じゃわかんないわね。

 ジークが用意した謎の手綱でドラゴンを運転し、フェイスくんが占いで示した方角に飛び続けることしばらく。

 休日の早朝から滞空しているせいでやや疲労と酔いが回ってきたころ、急に空が暗くなった。

 ――否、私たちの上空を巨大な影が覆った。

「あれ……って。飛行船……?」

「めちゃくちゃでかいな!!」

 まさに息を呑む光景。伝説を目の当たりにする。

 本やテレビでしか見たことのないモノが目の前にあるっていうのは、それだけでも凄いけど――実際にこうして相対すると。自分の視野がこんなにも狭いことを思い知らされる。全貌を捉えきれないのだ。

 普段、私が想像できるものが、どれだけ俯瞰されていることか。圧倒的な圧迫感。

 ドラゴンの何十倍もある、でーっかいアーモンドみたいな魚みたいな、金属で出来た空気の袋が、アトリウムとヴィズを隔絶する雪山の上で悠々と浮遊している。子供の頃に絵本で読んだ、雲海を泳ぐ空飛ぶクジラの伝承は、たぶんこれのことだったのだろうと思った。

「あの中に町がある……のかな……」

 にわかには信じ難いけど、あの兄弟の言ってたこと信じるなら、その筈だ。もしかしたらただの旅客機かもしれないけど。それにしては、プロペラや帆のようなものがはためく風と音は感じるけど……ええと……所謂旅客を乗せている筈のゴンドラ部分……のようなものは見当たらないのよね。

「ねー二人ともー!!町にはどうやって入るのー!?」

「わかんなーい!!」

「…………」

 バカ兄弟に聞いた私がバカだった。大声出して損した。

 私が引き攣った笑みを浮かべていると、ジークが突然、こちらに身体を乗り出してきた。

「あそこ、何か開いたぞ」

「え?どこどこどこ」

「あそこだ。誰か手を振っている」

「ええ~?どこだよ~」

 ジークが懸命に飛行船を指差すけど、全然わからん。

「ああもう、人間の視力じゃ見えないのか!とにかく行ってみるぞ!」

 ドラゴンの手綱を引くアルスに促し、私たちはジークが示す飛行船の端のほうまで旋回する。

 山を越えたからか、急に周囲の温度が下がった気がする。それでも無事なのは、一重にジークが、アルスのお友達の術式を真似て創った御守(タリスマン)のお陰だ。

 ジークの言った通り、船尾と思われるプロペラの近くの足場で、こちらに向かって人が手を振っていた。風や飛行船の駆動音でかき消されているものの、何やら必死に叫んでいる。

 向こうはこちらに声が届かないと見ると、今度は身振り手振りでの伝達方法に切り替えた。相変わらず遠くて私とアルスには視認するのがやっとなんだけど、魔族三人によると、『この下にドラゴンを停めろ』とのことらしい。

「停めるって?ガレージでもあるの?」

「そうみたいだ。今開けると言っている」

「え。わかるの?」

「唇の動きを読んだ」

 そんなジークの怖いほどのスペックに感心していると、その会話の通り、足場の人( よく見ると作業着を着たエルフの男性だ)は、何やらもぞもぞと動いて鎖のついたハンドルを回し始めた。

 その金属音に連動し、今まで船の外層に包まれ隠されていた戸が浮かび上がり、引き上げられていった。内部からは自然光とは違う灯かりが溢れ、私たちを歓迎するように照らした。

 私たちは互いに頷きあい、導きに従う。放たれた扉に向かってまた少し上昇し下降し――ついにその街へ足を踏み入れた。

 私たち五人を乗せたドラゴンがガレージに収まると、背後で戸が再び、がらがらと音をたてて閉まっていった。

 ――船の中に格納庫がある。

 一面煉瓦で積み上げられたアーチ状の倉庫。そこには私たちを乗せてきたドラゴンの他にも、大きなグリフォンや、小型の飛行機も並んでいた。これも本やテレビでしか見たことが無かった。私が実際に目にしたことがあるのなんて、港町の倉庫くらいのものだけど、それがこの空間にすっぽり収まっている。

 私はもう一度背中の扉を振り返った。もしかして、転移魔法で別の場所に来ちゃったんじゃないかと。

「ようこそ天井の町モビー・ディックへ!」

 先ほど合図そくれたエルフの男性の一言で、それも杞憂に終わった。

「……!やっぱりここがそうなんだ!」

 安心と驚きと好奇心。色んな感情が一気に押し寄せる。フュルベールくんじゃないけど、きょろきょろ辺りを見渡すのが止められない。

 天空の町。フェイスくんや兄弟、ルカさんを信じてたし、存在を疑うような余裕さえ無かったけど――こうして直に訪れている事実にどうも浮ついてしまう。早く通りに出てみたい気持ちでいっぱいだ。

 流石にこれにばかりは、ジークやアルスも目を輝かせている。兄弟は既に走って他の乗り物を見に行った。

「君たちが来るのは知ってたよ!待ってて良かった」

「へ……?どういうことですか……?」

「町の占い師がね、昨日、この(まち)に新しい客人が来るって予知したんだ。人間と魔族の若者が竜に乗って来る、って聞いてた時は驚いたけど、やっぱり大魔女の言うことは当たるもんだなあ」

 男性の笑顔にやや面喰いながらも、私たちはひとまずドラゴンを降りた。やたらスタイリッシュに着地するジーク、それとは対照的にぴょんと軽やかに飛び降りるアルス。乗るときと同じく取り残される私。

 ジークに介助してもらい、ようやく長時間の同じ姿勢から解放された。お疲れ様、とドラゴンの頬を撫でると、ジークによく似た幻想的な獣の瞳が、眠たそうに細められた。このまま連れていく訳にもいかないので、彼等にはこの倉庫で休んでいてもらうことにした。

「大魔女がそこに来ているから、会っていくといいよ。俺はここのガレージの管理人だから持ち場を離れられないけど、彼女がきっと色々面倒を見てくれる」

「ありがとうございました。帰りもお世話になります」

「おう。それじゃ、行ってらっしゃい!楽しんでいってくれよ!」

 まるでツアーかアトラクションにでも案内するように、エルフ男性はウインクで私たちを送り出してくれた。多分、悪い町じゃないんだろうな。あとでお名前を伺っておこう。




.

.

.




 さて。私たちの来訪を予知していたという大魔女さんを捜そう。

 とはいえ私たちはその人のことを知らないし、どうしたものかと思っていたら、捜す必要が無かったことに気づいた。

倉庫の奥の扉の前に、大きな魔女帽を被り、奇抜なコートに身を包んだスタイル抜群の美女が立っていたからだ。コートなのに何故スタイルがわかるのかって?それは殆ど腕を通しているだけの状態ではだけまくっていて、中には水着くらい露出度の高い衣装を身に着けているからよ。

 美女は私たちの姿を見つけると、片手に持っていた箒ごと、ぶんぶん振り回して手招きをした。

 恐らくアレだろう。ということで、私たちは大人しく美女の誘いに応じた。

 駆け寄ってみると、彼女の美貌が更に明らかになった。

まるで作り物のように、傷ひとつない陶磁の肌、熟れた唇、つやつやの茶髪――いや待って。大魔女、なのよねこの人。

 私の脳裏に、今まで会ってきた人外や吸血鬼の方々が思い浮かんだ。何故かこの世界に存在する美しい生命体は、頭がぶっ飛んでることが多い。

 なので、どんなテンションが来てもいいよう、ぐっと固唾を呑んで、身構える。

「はーーーーいっ☆初めまして~!あたしがアトリウムいちの大魔女のヘルメス・イグナレンス・パプリカシオ・ロッテンダール・コワズスキー三世ちゃんでぇ~~~っっす!!よろぴくちゃんっ♪」

「………………」

 無駄だった…………。

 私の防御はものの見事に打ち砕かれた。流石は大魔女だった。

 物理的に衝撃派が出ているとしか思えなかった。私は目を伏して耐えるのが精一杯だった。

 しかしどうにか一撃を凌いだらしいジークが一言。

「ノリがババアだな」

「おいおい、そんなこと言われたら傷ついちゃうぞ~っ!まだこっちはピチピチのギャルなんだから~ぷんすかぷん!」

「ほら……」

「もう胸焼けしてきた……」

「きっつ……」

 お願いだから酔っぱらってるとかであってほしいんだけど多分常時これが素なんだろうなと思わされる圧倒的な説得力。やはり人である上で大事な尊厳(なにか)を犠牲にしないと、名を残せるような偉人にはなれないということなのか。

「あれ……てか、ヘルメス……って」

 ふと、私は自分が通う魔導アカデミーと大魔女に共通点を見出した。

「そうなのそうなの~!セージちゃんたらね、学校にあたしの名前つけてくれたんだよぉ~。ヘルメス嬉しいっ」

「え……じゃあ、本物の大魔導士ヘルメス!?」

「そ~言ってるじゃないか~。えへへ~そんな大した魔導士でも……あるけどねぇ~!!」

 校長室や資料室にある校史や、運動場の石碑にも刻まれ、校舎のいたるところでもシンボルとして扱われる、大魔導士ヘルメスを象徴する金の朱鷺。

 学生証の裏にも、大魔導士ヘルメスにあやかってつけられた校名であることが記されている。その大元ネタになった人物が、今目の前にいるこのふざけ……愉快な魔女だというのだから驚きだ。

「校長とはどういうご関係なんですか?」

「えっとね~あたしのぉ~、んっと~、いち、にぃ、さん……八人目くらいの弟子かにゃ~?百年くらい前にね、せんせぇ~、こんど魔導アカデミーを創るんだけどぉ~、せんせぇのお名前使ってもい~?て聞いてきたの、今でも覚えてるな~っ!」

「そ、そっすか……」

「えへへ~。それでね、アナタ達、セージちゃんの教え子なんでしょぉ~っ!?それって、あたしの孫弟子みたいなことじゃ~ん!?会えて超嬉しい~~~っ!!」

 会話を交せば交すほど疲弊してく私を、ヘルメスさんは無邪気な笑みと共に抱き締めてくる。

「な、何故この師匠からあの校長が……?」

「反面教師にでもしたんじゃないのか……」

「うふふふふ~っ!!弟子にした子はみ~んな勝手に死んじゃうから、こうやって直接あたしの系譜にいるコと会えるってすっごく珍しいのよ~っ」

「そ、そっすか……」

 なんともリアクションしづらい話題に触れるかどうか迷っているうちに、ヘルメスさんはどんどん頬ずりやボディタッチで距離を縮めてくる。見た目が派手でセクシーなぶんギャップが凄い、凄いぞ大魔女。ジークたちはまんまと私を犠牲にして遠巻きにしているし。うう。

 あでも……いい匂いすりゅ……。柔らか……。

 ヘルメスさんの抱擁に心地よさを覚えていると、今度は急に、何かを思い出したヘルメスさんに引っぺがされるように突き離された。

「あ、そ~だ。みんな、あたしじゃなくて教授に会いに来たんだよね。いけないいけない、うっかり忘れちゃうところだったゾ☆てへっ☆」

 もうその自分の頭を小突く動作すら死語の一種では。そんなツッコミをぐっと我慢した。

「教授?」

「みんな勝手にそう呼んでるんだよ~。みんなのことは報せてあるし、あたしが彼のところまで案内するねっ。てゆ~か、その為に来たんだし~!!」

 そう言ってヘルメスさんは身を翻すと、箒に乗って一足先に倉庫の扉まで進んでいってしまう。私たちは彼女に遅れないよう、全員で駆け出した。

「いいんですかっ?」

「だって~セージちゃんの教え子にいいとこ見せたいんだも~ん!」

 会いに来たのは伝説の商人の筈なので、教授……というのが何者さんなのかは不明だけど。今は彼女に従うのが良いんだろう。

 扉の向こうの階段を駆けのぼりながら、私たちは必死にヘルメスさんのあとを追う。

 追うが。

「ちょ、速……ッ」

「案内する気あんのか……!?」

 しかもメッチャ飛ぶし。






 .


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