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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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ホムンクルス・2

 



 てっきり、ジークの腕の中で目を醒ますのかと思ったけど、そうじゃなかった。

 私はかたわらのグリムヴェルトに見守られながら、ゆったりと起き上がった。血まみれだけど特に身体に痛みや異常はない。

 あーあー、このジャンパースカート、お気に入りだったのにな。てゆか、お腹出ちゃってるよ、恥ずかしいな。

 と、キョロキョロしている間にも、グリムヴェルトは特に手を出してくる様子もなくこちらを静かに窺っている。屋外だし、特に拘束もされてないところを見ると、どうやら拉致されてきた訳ではないらしいわね。

 恐らく、私が死んでからさほど時間も経っていなければ、距離がある場所でもなさそう。

 その証拠に、見通しの悪い林の中から、遠くに私の家の煙突が見えるから。

 さーてと。どこから説明してもらおうかな……。

「ザラ。君一人に死なれたら困るよ。ジークと同時じゃないと」

「はあ~……言うに事欠いてそれぇ?」

「そうじゃないと……私は()()()()()()()

「……」

 グリムヴェルトが瞼を伏せた。幻魔が見せた夢のなかでは見せなかった表情だ。安堵したような、どこか自棄になっているような、涙の枯れた嘆きの瞬き。

 幻のなかで会った彼とは違うと分かっていても、何故か、私たちは互いに敵意を抱くことが出来ないでいる。むしろ、まるで、グリムヴェルトは何かから私を守ろうとさえしているように見えた。

「ねえ……あなたは、何者なの?」

 何度目かわからない同じ質問に、グリムヴェルトは視線を逸らした。それは、真実を語る賢者の溜息だった。

「私は……ホムンクルスだ」

「ホムンクルス……って、あの?」

「ジークウェザー・ハーゲンティが生み出した、ザラ・コペルニクスの代替品。人造人間ってやつさ」

「は……?」

 ――人造人間(ホムンクルス)

 黒魔術師や錬金術師がフラスコの中で生み出した、人間を模した人工魔導生命体。魂を持たない筈の人形。それがグリムヴェルトの正体だと言う。

 ……ああそうか、それならこの有り合わせの魔物と人間のパーツを繋いだようなキメラのような容姿にも納得が行く。

 ……いや。てか。いやいやいや。

 いくらあいつが拗らせているとはいっても。いつの間に。普通に犯罪だし。

「正確には……身代わりにすらならなかったガラクタ、ってところかな」

 いつもの自信過剰なものではなく、自嘲を込めて、グリムヴェルトは吐き出すように笑った。

「ねえ、教えて。あなたは何を知ってるの?」

「……昔話をしてあげようか」

 ホムンクルスは、全てを語り始めた。それを知れば、自分に同情する筈だろうと下心でもあるのだろうか。

 ――あるいは、もう、誰かに止めてほしくて、そうするのか。




 ――“二十年前……錬金術師の魔族とその妻である人間が居た。さまざまな障害を乗り越えた二人は深く愛し合い、幸福な家庭を築いていた。そして誰もが、彼らを祝福し、守護していた。

 だが生憎、どこの世界でも幸せとは長く続かないものだそうだ。

 ある日、妻は事故で命を落としてしまった。皮肉にも、錬金術師の母親と同じ理由でね。

 錬金術師は過去を克服した筈だったが、その油断が逆に悲劇を招いてしまった。あるいは、身も心も人間になった事で、因果を引き寄せてしまったのか……。

 ともあれ、二度も目の前で愛する者を失った男が、狂気に染まっていくのは時間の問題だった。錬金術師は全てを擲って、ある禁じられた研究に没頭するようになった。

 よくある発想さ。錬金術(まほう)で妻を蘇らせようと思ったんだ。

 ……―どうやって、かい?

 なんてことはない。(ゼロ)から同じ人間を創り上げたのさ。

 ああ、まあ、そう結末を焦らないでくれよ。私を見れば分かることだけどね。

 何もかもを犠牲にした研究の末、錬金術師は見事に人工魔導生命体を生み出すことに成功した。

 愛した妻の遺伝子と身体を再現し、あとは魂さえ宿れば完璧!

 ……しかし、こういった話には悲劇がつきもの、だろう?特に恋人に先立たれた錬金術師なんてのは、古今東西、どの物語でもバッドエンドが約束されいてるようなものさ。

 そう、そのまさかだよ。

 彼女を再現するということは、彼女の能力もそのまま引き継ぐということだ。何が起こったかわかるよね?

 ――正解!

 アンリミテッドが引き起こした、この場合における最も有り得ない事象ー成功でも失敗でもない!全く新しい、それでいて全く別の人格を持った存在が誕生した。

 それが私、ジークと共に二十年後の世界を滅ぼしてきたホムンクルス、クロムウェル=グリムヴェルト!”




 ――。

 それは、自己紹介なんて生易しいものじゃなかった。

 二十年後の未来で、“生まれてしまったモノ”。

 私の代わりであって、そうでないモノ。逸脱してしまったモノ。あるいは私達よりも遥かに優れたモノ、及ばないモノ。

 それが、クロムウェル・グリムヴェルトという存在の、真実。

 つまり二十年後――あの大馬鹿(ジーク)は私を失ったショックで彼、グリムヴェルトを生み出すと。そんな未来まで一緒に居るのも驚きのような納得のような不思議な感覚だけど。

 私の能力である『大変な偶然の事故の重複』によって、今現在の私が、彼に目をつけられていると。

 てゆか、人工魔導生命体もだし、その……十年分の時間移動も、魔法律で定められた立派な禁呪、犯罪も犯罪よね。

 でもこれで、グリムヴェルトが魔界で初対面のはずの私たちを知っていたことも、数々の意味深な発言にも合点がいくわ。

 はあ。考えること多くて溜息出ちゃう。人間、一度死地を乗り越えると余裕が生まれるもので、驚いたり怒ったりする気分にもなれなかった。

「それが、何でこんなところにいるの?」

「アンリミテッドであってそうでないこの能力(ちから)があれば、時空跳躍なんてお手の物さ」

「そうじゃなくて。わざわざ過去に来たのは何でかって話」

「言っただろう。私が望むのは、ただ私が受け入れられる世界……そしてそれが叶わないのなら、私は生きられない。我慢なんてできない、耐えられない。死んだほうがましなんだよ」

 ……ふむ。概ね、私が幻魔の夢のなかで聞いたのと同じ旨の発言だ。本当にあれは本人じゃなかったってことね。

 彼は妥協知らずの完璧主義で、自己肯定欲求のオバケであることも変わらない。

 じゃあ、私たちにしょっちゅうちょっかいをかけるのは――

「私とジークが死ねば、あなたが生まれる未来が消えるってこと?」

「そういうこと。だから私も幻魔を使って色々探しているんだ――君たちが間違いなく死ぬ機会を」

「っ……」

 自分の命を、まるでなんてことのないように言う。その姿が、胸に突き刺さった。

 たしかに卵も、鶏がいなければ生まれることはない。時間移動の魔法が禁呪とされる最大の理由、――矛盾(パラドックス)を利用して、自分が消える為に私たちを消す。

 死なば諸共道連れにする、決死の覚悟を決めた兵士のような自爆と自己破滅の精神。彼が真に憎いのは、きっと自分自身だ。

 それに気づけないでいることが、稚拙で、だからこそ痛ましい。

「勝手に一人で死ねばいいって、そう思うかい?私にそんな勇気、あるわけないだろ?せめて、私を辛い目に遭わせた人間たちに復讐して、出来るだけたくさん迷惑をかけて、死にたいんだ」

 これも、以前と同じ文句だ。

 彼が思い描くというフィナーレに相応しい演出は、生者が彩るものではないらしい。

 ――無駄だとわかっていても。私は彼と向き合わざるを得ない。

「あ……あなたはただ、私の代わりに作られただけでしょ!?だったら、恨むのを辞めればいいだけの話じゃない。二十年後の世界?だかなんだか知らないけど、今、この時空ではあなたのことを知ってる人間なんていないんでしょ。誰があなたの存在を許さないって言うわけ?」

「ルカの言葉を思い出してご覧」

「……確か……弱い……とか不完全とかって……」

 私とアルスを救い出し、グリムヴェルトの命を奪う為に突如現れた吸血鬼・ドラクルーカさんは、ホムンクルスの少年を、生ごみでも見るかのような視線で射貫いていたっけ。

 ――“アレを容認するってことは、俺が今まで必死こいて創ってきたものを否定するって事になるんだ”。

「そう。ドラクルーカは正真正銘、この世界の創造主。だけど私は――そんなルカが創った世界のルールから外れて生まれたモノだ。だから、認められない。許されないんだ」

「……だから、滅ぼしたの?それは……悲しかったから?それとも、辛かったから……?」

 私の問いに、人ならざる少年は、芝居がかった仕草で頭を振った。彼にだけ見えている美しい月夜を仰ぐようにして、心底から用意された台詞をなぞる。

「さあ。世界と私……先に憎んだのはどっちだったかな。もう、忘れたよ。ともかく私たちは相容れない。互いに拒絶し反発し、さもなくば、死ぬか、殺されるかだ」

 これにて、おしまい。グリムヴェルトは優雅な振る舞いで、私に恭しく礼をして見せた。彼の幕間では、きっとここで拍手が起こり、照明が暗転するのだ。私は束の間、彼に課題演目の観劇を許されていたに過ぎない。

 0か100か。演者と観客の如く交わることのない、互いに生きる世界の絶対なる境界線を示して、グリムヴェルトの気紛れな答え合わせは強引に幕を閉じた。これ以上、交わせる言葉などないのだろう。

 まるでその瞬間を待っていたように、私たちの後方で、どっかんと地面が呻りを上げた。

 間髪入れずに揺れが襲う。体勢を崩しながら、私は衝撃の方向を確認した。

「わ、わ、何いまの音!?」

「……ジークが暴れてるんだ」

「暴れてるの!?何で!?」

 狼狽えているあいだにも、見慣れた赤黒い光が空と木々に反射する。ジークが魔法をぶっぱなしているときの反応だ。

 しかもそれが、一度どころか二度、三度と続き、明らかに何か抉ってはいけないものを抉りだしたり爆発させている轟音が響き渡る。これは暴れていると形容して間違いない。

「分かるだろ。君の敵討ちさ」

「ウン、やめさせよう!!今すぐに!」

 なるほど、そうだったわ。ただでさえ私関連で我を見失い易い、しかもそれがグリムヴェルトの話で割とその性質が裏付けされてしまったあのアホが、私が死ぬのを目の当たりにして冷静で居る訳が無かった。

 恐らくあの兄弟とルカさんに全力で八つ当たりしているんだわ。ああ、手に取るように容易に想像できる。

 ――こうしちゃいられない。風に乗って吹き付ける砂塵を手で払いながら、私は騒ぎの渦中を目指す。やっぱり距離はそう遠くないみたいだ。私の家のに向かったほうがいいかも。

「巻き込まれるよ」

「一回くらい巻きまないと止まんないわよあのバカ!」

 グリムヴェルトの忠告も聞かず、私は駆け出す。もう、私、生き返ったばっかりなのに!!






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