ホムンクルス・0
彼女の声が好きだった。
小気味良くて、張りのある、口を開けば我が儘ばかり飛び出すあの声が。
彼女の髪が好きだった。
毎日丁寧に手入れをしているんだと誇らしげに語っていた、あの指通りのいい髪が。
彼女の全てが好きだった。彼女の全てを愛していた。
どれほど求めても、どれほど与えても満たされない。永劫の慕情があった。世界でたった一人の人間を選んだ。
運命は一番残酷な方法で、希望を刈り取っていく。
不幸を忘れるほどの絶頂に、絶望は都合よく用意されている。
それまでの時間が、前借りだったとでも言うかのように。何もかもを奪い去っていく。
ああそうだ、運命は思い出せと言っている。
お前は何者であるのか、お前は何処から生まれたのかを。
その問いに嘘をついたときから、罪の在り処が決まっていたのだ。
所詮は、空で泳ぐことなど、海で飛ぶことなど、出来ないのだから。夜闇が昏くあるように、定められた宿命を歪めたままでは、とても居られない。
俺が得たものは――失うべきものと、等価だったのだ。
あるいは、目の前の双子こそ――守らなければならないものだったのではないか。
何を愛せば良かった。何を諦めれば良かった。教えてくれる女は、もう居ない。
世界が、ホムンクルスの居る世界を拒むというのなら。
俺は、彼女の喪失を黙認した世界を否定してやる。世界中の魂を犠牲にして、取り戻してやる。そう願っただけじゃないか。
もう何を抱き締めることも叶わない。残されたのは、自分が壊した世界の亡骸たちのみだ。
何もいらない。
これで良かった。最初からこうすれば良かったんだ。
全てを擲ってようやくまた手に入るなんて、やっぱり、我儘な女だ。
「――そんな顔しないで」
最期まで笑うなんて、お前らしい。
今度こそ、お前と共に居られるだろうか。
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