踊る魔界じゃ・2
――何を隠そうこの私ザラ・コペルニクスちゃんは、ダンスが得意なのである!!
健全な魂は健全な肉体から、ということで我が校にもスポーツの授業は最低限のカリキュラムとして組み込まれている。
私は万年可もなく不可もない成績を叩きだしているものの、ことダンス競技の評価に関しては他の追随を許した覚えがなくってよ!!運動が出来なくて悩んでる君!もしかしたらダンスの才能はあるかもよ!
「んもう!おクソでしてよ!!何を照れていらっしゃるの!?わたくしが見たいのはお二人の世界なの!!ステップに気を取られて表現がおざなりになるくらいでしたら、足を斬り落としておしまいなさい!!」
はい。すいません。
ハーゲンティ邸の一室で過激な教鞭を振るってくれているのは、ジークとイスラくんの知り合いであるという魔族のお嬢様――キャンティルージュ・ロノウェさんだ。
オーガ族のような長い角を持った小柄な女性で、バッスルスタイルのドレスにカンカン帽を被った貴婦人風の出で立ちをしている。しかしその言動はまさに鬼教官そのもの。少しでも気を抜こうものなら、どこからともなく取り出した機関銃をぶっぱなされる。
本業は魔界の武器商人らしいんだけど、イスラくんの取り計らいで、私たちにダンス競技の何たるかを徹底的に教え込みにやってきた。らしい。
「ジークウェザー君とは子供のころの社交ダンス教室で一緒になりましたけど、当時からお変わりありませんわね……特にその関節の固さが!!!!」
「むう……」
「正しく演じることが全てでは無くってよ!!どうせ付け焼刃の技術では他の出場者には敵いません!でしたらせめて魂を燃やし尽くすのが礼儀ではなくって!!?」
熱い。熱すぎるよキャンティ先生。昨日のイフリートさんとはまた違う熱さだよ。
「今更振りを間違えないでくださいまし!!!!」
「さっきと言ってることが違うよ~……」
私とジークの教養には次元を跨いだ差がある。
なので相談の結果――わずかに共通している音楽、ロカビリーダンスでどうか、ということになった。人間界ではちょうど学生たちの流行りだし、魔界でも一定の人気があるとのことだ。
アップテンポでグルグル回りまくるし足下は結構忙しないんだけど、ジークのリードがあるので何とかついていける。何より音楽にノリやすい。クラブハウスで生まれた経緯もあって、本能的なツイストやバップの動きが身体に馴染む。衣装もカワイイしね。
「ジーク、振付覚えた?」
「大体は。お前、意外と出来るんだな……」
「女学生はみんなダンス踊れるから」
「そういうものなのか……」
そして私たちの意図を汲みつつ選曲から振付、演出、レッスンまで担当してくれたのがこの特別講師・キャンティルージュ師匠である。いやホントめっちゃありがたいんです。感謝感謝なんです。休憩させてください。
ちなみにレッスン料はジークのお手製クッキーとケーキだそう。
私はジークと見合って、互いの肩と肩がぶつからないぎりぎりの距離で、音楽のフレーズに合わせてステップを踏む。
でも。でもなんかさ。
「…………ふふぅっ」
ジークの真顔じっと見てると笑っちゃうし恥ずかしい。真剣にやってるんだろうけど。
私が目を背けると、ジークがしてやったりと牙を見せて笑う。そしてキャンティルージュさんに止められるの繰り返しだった。
「ジークウェザー君!!」
しかも何故か注意されるのはジークのほうが多かった。一緒にやってる感じだと、ミスや遅れがあるようには見えないんだけどな。
「アホほど固くてよ!!カッチカチ!!貴方、血液に重金属でも流れていまして!?」
「そう言われても……」
「もっとベロシティを意識して!インナーマッスルにお働きかけなさいな!!ザラさんをご覧なさい。彼女の上手さは運動神経ではありません。この細やかな筋肉の動きが生み出す、指一本に至るまでの“ノリ”です!」
「うほひゃあ!?」
キャンティルージュさんの両腕にいきなり胴体を鷲掴みされたので変な声が出た。あとさりげにディスりあそばされませんでしたこと?
「良いですか。同じ振りでも、おリズムとおテンポのキープ力があります。ジークウェザー君はただ、音がそう鳴っているから動いているだけ。譜にある拍に動きを乗せただけのコマ送り、死後硬直に等しくてよ!ダンスとは連続するものでは無く、流動するものです!!」
「ダ、ダンスとは流動……!!」
師匠のありがたい言葉で雷に打たれるジークウェザー君であった。
なるほど、見てる側からするとそういうことも分かるのか、と私も勉強になる。
確かに私は意識して、次にこういう動きになるから、なるべくそこに繋がるような仕草を取り入れよう……とかやってるわ。時に素早く、時にゆったりと。
ジークは動きは完璧だけど、そこに“流れ”が無いのか。言われてみればそんな気がする。
「コツが摑めた気がする。忘れない内に練習を重ねよう」
「そうだね!がんがん練習して、優勝目指しちゃおう!なんちゃって」
私たちはあくまで出場するだけだ。高望みはいけないよね。
でもやっぱり、ジークとこうやって何かに熱中するのは楽しい。魔族の体力についていくのは大変だけど、それも含めて人間界では体験できないことに心も踊る。
「駄目です。休憩なさって」
「ええ!?せっかくやる気漲ってきたのに……!?」
「今すぐ試したい、改めたい、というそのもどかしい欲求を維持したまま休憩をすることによって―次の五分間が、劇的に変わりましてよ」
「せ、先生……!!」
この人どう考えてもこっちがプロだろ。メンタル面の調節までばっちりじゃないか。私とジークはまんまとキャンティルージュさんの術中にハマってしまったようだ。
「さあジークウェザー君!とっておきのスコーンと紅茶をご用意なさい!!」
庭に出て自前のパラソルの下で寛ぎ始めたキャンティルージュさんのご指名に従い、すごすごと去っていくジーク。可哀想だし私も指導をお願いしている身なので、彼を手伝うことにした。
ジークが淹れたお茶で一服したあとに踊った五分間は、キャンティルージュさんの宣言通り、それまでとは遥かに違うクオリティでの表現を可能にした。
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私は以前魔界にやってきた時と同じ客室をお借りして、ダンス大会が終わって人間界に戻るまでの数日間をハーゲンティ邸で過ごすことになった。
ヴィリハルトさんはアホの兄弟ごと相変わらず快く迎え入れてくれるし、ヒルダさんは心配していた着替えを貸してくれるし、ハーゲンティ家の皆さんにはお世話になりっぱなしだ……。私もせめて、滞在中は家事をやろう。
身一つで魔界に来たせいで、いま私の身の回りに用意されたものは、全てが見慣れない新品に思えた。魔界は機械も多いし、いちいち取り扱い方をジークに聞かないといけない。
電機製の小型ヘアドライヤーとの戦いを制したころ、部屋の扉をノックする音に気づいた。
前みたいにジークだったらやばいので、上着を羽織り、できるだけ髪を纏めて来客を迎えると、扉の前に立っていたのはフリフリの枕を小脇に抱えた寝間着姿のヒルダさんだった。
「ザラちゃん」
「ヒルダさん、どうしたんですか」
「一緒に寝よ」
「えええ!?」
元はヒルダさんのお部屋だったらしいし、とりあえずお通しする。
というかこの姉弟には有無を言わさない迫力がある。ヒルダさんはジークよりも表情のパターンが少ないぶん、何を考えているかわからない怖さがある。や、優しい人なのはわかってるんだけど!
「男とばっかり居て疲れたでしょう」
「ああ……まあ……そうかもです……」
言われてみれば。魔界に来てから殆ど男の人としか会話してないし。しかも全員強烈な変人だし。
ハーゲンティ邸でゆっくりしていても、ジークと兄弟が延々喧嘩してるし。
別に男女差がどうこう言うつもりは無いけど、同性との安心感って、あるよね。実際ヒルダさんが来てくれてほっとしている自分がいる。
「ママのお下がり、似合うね」
「ありがとうございます。ほんとに助かりました……なんかもう何もかもご用意していただいちゃって、申し訳ないです……」
「気にしなくていいよ。どうせ、大方あの兄弟とジークのせいでしょ。魔族が迷惑掛けたなら魔族がフォローしなきゃね」
「え~んヒルダさん好き……」
思わず告白してしまった。
「ふふふ」
あ。ヒルダさんが目を細めて笑うところを初めて見た。やっぱりジークに似ているけど、ヒルダさんの方がいくらか大らかな雰囲気を纏っている気がする。
「いいな。こんな妹欲しい……」
「私もずっとお姉ちゃんが欲しかったんです!」
正直、学内外問わず年上の友達は珍しくない。でもヒルダさんは立場的にも第一印象的にも、お姉ちゃんって感じが強い。私は一人っ子だし、お姉ちゃんとか妹には人一倍憧れがあるので、無駄にどきどきしてしまう。
今夜はただのお泊り会とは違ったものになりそうね。
「お姉ちゃんって呼んでいいよ。あいつはもうお呼んでくれないから」
「い、いえ、それはまだちょっと、恥ずかしいです……!」
グレンの知り合いにはそういった疑似姉妹的なご関係の方も多いと聞きますけれど。
一応、まだ他人の女の人をお姉ちゃんと呼ぶのには抵抗がある。……まだじゃない。一生他人の可能性もあるわね!!だからよ!!
さすが魔界の貴族というか。ベッドひとつとっても規模が違うので、私とヒルダさんが同じ寝具で横になるのは簡単だった。なぜシングルで成人女性二人が並んでも幅が余るサイズ。(後で聞いたら、魔族の姿は大小や特徴の差がめっちゃあるので、デカけりゃ大体なんにでも対応できるだろ的な話らしい。そういえば喫茶店の調度品もそんな感じだった。)
寝転がって間近で見るヒルダさんの横顔は、灯かりを消した薄暗がりのなかでも目鼻立ちがくっきりと分かった。
「あの……ジークとヒルダさんって、仲悪い……わけじゃないです、よね?」
この距離なら、聞ける気がして。ふとした疑問を呟いた。
ジークはたびたびお姉さんであるヒルダさんに苦手意識を抱いている旨を口や態度で現わしているけど、実際に家のなかでコミュニケーションを取っているところは、ごく普通の姉弟のやり取りに見えた。
でもそれ、よーく観察したら、ヴィリハルトさんや私が居る前でだけだったのよね。
二人きりになっているところを見かける機会があったけど、終始無言で気まずい空気が流れていた。
わざわざ人間界に来て弟に服を着せるくらいだから、憎悪してるって程じゃないんだろうけど……ときどき、ギクシャクしている感じが否めない。喧嘩以外の何気ない会話が無いっていうか。
「さあ。とりあえず、お互いのことに口は出さないってルールなの」
ヒルダさんはぶっきらぼうな口調で、そう答えた。
そして、
「ジークが私のこと嫌いなのよ」
寝がえりをうって、壁の方を向いてしまった。
「……あいつが怖がりなの知ってる?」
「あ、はい。本人は隠してるつもりみたいですね」
旧校舎でも、お姉さんの話をしていたのを思い出す。
子供の頃、ヒルダさんに台風の夜に怪談話をさんざんされて、ジークは一人で幽霊に怯えながら過ごしたと。
「子供のころにね。真っ暗な夜が来るたびに、“お姉ちゃん一緒に寝よう”って泣くの」
「ふふっ。ジークがですか?」
「信じられないでしょ。でも本当よ。パパやママが仕事で居ない日だと、どうしても一人が嫌だって駄々こねてた」
ちょっと想像できなく笑ってしまう。あのジークが、ビビアンの弟くんたちや、イオンくんやベルナールくんみたいに、お姉ちゃんに追い縋っていたなんて。生まれた時から意地っ張りって訳じゃないのね。
「でも私、無視しちゃった」
ヒルダさんは淡々と続ける。そこにはからかうような懐かしさも、悔いるような罪悪感もない。
今でも善悪を判断しかねているみたいに、ただ平坦に記憶を語っていた。
「私だって怖いのを我慢してるのに、一コしか違わないあいつがぎゃあぎゃあ騒いで。いつも大人に構われるのはあいつばっかり。だから私だけでもこいつをイジメてやろうと思って」
「八つ当たりですか……」
「そうかもね。そんな事続けてたら、すっかり嫌われちゃった」
――ジークはヒルダさんのこと嫌いだなんて言ってませんでしたよ。
と、簡単に口にするのは憚られた。
私なんかに気を遣われても、逆に不快感を与えてしまうんじゃないかとさえ思った。
それくらい、ヒルダさんの言葉には、自分で下した諦め以外を認めないような頑なさと、姉弟のあいだにある溝の深さがあった。
「ヒルダさんは、どうなんですか。ジークのこと……」
「……嫌いよ。自分のしたこと思い出すから」
自分のしたこと――少なくとも私は、ジークからそんな話を聞いたことは無いけど。
遠回しに表現するってことは、尚のこと踏み込めない事情があるんだろうな。
ひとくちに家族と言ったって、誰も彼もが幸せで円滑な関係を築いているわけじゃないことくらい、自然と理解している。
うちだって、所謂普通の家庭じゃない。例えばここで私が“同じきょうだいなんだから話し合えばきっとわかりますよ”なんて激励をしたら、きっとヒルダさんじゃなくても、傷つくに違いない。
「でもザラちゃんは好き。ザラちゃんを連れてきてくれたことだけは、あいつを褒めてやりたい」
「あ、ありがとうございます……」
「いい子、いい子……」
ヒルダさんは私に向き直ると、その胸に私の頭を抱いて、柔らかく撫で始めた。髪を梳く感触がくすぐったい。かわいいお人形の艶を確かめるみたいに、何度もヒルダさんの掌が行き来する。
しばらくそうされているうちに何だか気持ちよくなって、眠くなってきたころ、同じようにヒルダさんの手も止まった。
「ヒルダさん?」
「すー……」
あどけない寝息が聞こえてきた。長い瞼は伏せられて、夜でも輝いていた瞳の光を店じまいのように閉じ込めてしまった。
私もヒルダさんが好きだ。ジークのお姉さんというだけでなく、一人の友人としても、彼女の力になれたら。願いながら、私もそっと目を閉じた。
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・今回のゲストキャラクター、キャンティルージュ・ロノウェさん。24歳。魔界の貿易商(主に武器の輸出入と開発)を営む過激なお嬢様です。また音楽やダンスに関しての能力も持っています。ジークやイスラとは昔なじみで、“キャンティルージュ女史”として畏敬の念を抱かれています。好きなものは戦争とガトリング。じいや、弾薬が足りなくってよ!!
・元ネタであるゴエティアのロノウェじたいには音楽どうこうという話は特にない(ハズ)なのですが、昔、『27クラブと呼ばれる27歳で没したミュージシャン達は、悪魔に魂を売り渡したから早逝した』という都市伝説がありまして。その27番の数字を持つ悪魔が、言語や言葉による表現に関する力を持つロノウェである、というお話で、そこから拝借しています。
・ジークウェザー、ブリムヒルダ、イスラシュタ…など、魔界の人名はあえて妙ちくりんにしています。それぞれ原型となる元ネタはあるのですが、現実には存在しない法則で名付けています。そもそもソロモン72柱とかが絡んでくるとイヤでも被りそうだし、あくまでも彼等はファーストネームありきの独立した個人なので。あと単にヘンな人達なので。




